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第1話 千年の都
帝都の空気
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先日の撤退作戦も終わり、私は久しぶりに帝都へと帰還した。戦場では地獄が繰り広げられていたが、ここでは全く戦争の匂いを感じない。相も変わらず日常が送られている。
「アリサ!」
空港を出てすぐに、待ち合わせしていたリラと落ち合うことができた。
「リラ、久方ぶりだな」
「ホントだよ! 最後にあったの何ヶ月前?」
「シュヴァイツァー作戦決行前だからな、多分2か月前だ」
タクシーを携帯で呼ぶ。
さして待つ必要もなく、誰も乗せていない空車が来た。軍人用の携帯で呼んだがゆえに、中には誰もいない。
いわゆる自動走行車だ。
もとから「国民」の少ない千年帝国では、運転手などに「奴隷」を用いている。もちろん信用できる者しか雇っていない。だが、それでも念には念を入れて、軍人が乗る場合は「奴隷」が運転していない自動走行車が来ることになっている。
「作戦はどうだった?」
「聞きたいか?」
「……、やめとくよ。どうせ報道通りじゃないんでしょ?」
「まあな」
タクシーの窓から外を見る。
ビルの立ち並ぶ都市。数キロごとに巨大なスクリーンが設置されていて、いつも何かしらの報道を行っている。
目を凝らしてみれば、どうやら今やっているのはシュヴァイツァー作戦についてのようだ。
「連合国軍の艦隊戦力の大半を撃滅し大勝利を飾った、ねぇ……」
どうにも、事実とかけ離れた報道をするのが当たり前になっているらしい。今回のシュヴァイツァー作戦では、実際は味方の艦隊戦力の二割を失い、撤退している。
もとから非現実的な報道をしていたが、ここに極まれり、といったところか。
「それで、どこに向かってるの?」
「そういえば言ってなかったな、一度親衛隊本部で帰還の挨拶をしてくる。リラはそこで待ってろよ」
「ひっどーっ、私邪魔者扱い!?」
「上官への挨拶に親友を連れて行くバカがどこにいるんだよ?」
何やらジタバタしているリラを余所目に、外へと視界を遣る。
道路上には車が多数ならんで、排ガスを都市にばらまいている。歩行者たちは街のあちこちを歩き回っていて、楽しそうだ。
帝都の外では戦争をしているというのに。
「それで、挨拶終わったらどうするの?」
「せっかくの休暇だからな。あまり時間もないが、ゆったり過ごしたい」
「ちょうどよかった! 実は偶然、私も休暇なんだよ」
「偶然、ねぇ……」
前に、私に次いつ休暇を取るか聞いてきたのは覚えているんだが。まあいい。
「取り敢えず、親衛隊本部に挨拶しに行ってから考えるとするか」
「ねえねえ、やっぱ次はさ~」
話聞いてなさげなリラに手刀を落とし、とりあえず黙らせることにした。
◇◇◇
親衛隊本部ビル。全面ガラス張りの10階建てビルで、その威容は半端なものではない。権威主義的な側面しか伺えないが、間違った感想でもないだろうり少なくとも、千年帝国軍の中枢ではあるのだし。
何よりも、「親衛後方武装集団」の本部ビルでもあるのだから、この程度は普通か。
「久しぶりで迷いそうだな」
自動ドアを抜け、改札ゲート前につく。
自分の身分証を改札の認証システムに当てる。一瞬後にゲートが開き、同時に生体端末に反応がある。
脳の中に埋め込まれた小型の通信機器が視界へと干渉。親衛制海武装集団長官、ミヒャエラ親衛隊大将からの連絡が映り込む。
「いつも通りだな」
あまりにもいつも通りな連絡に、少しだけ笑みがこぼれる。戦場の地獄から帰ってみれば、まだ後方は随分と余裕があるらしい。
少し気分も和んだところで、さっさと返信を送る。さて、ミヒャエラ長官の部屋は─。
「アリサ君、この度の活躍ご苦労さまでした」
「……、シュトックハウゼン長官」
肩を唐突に叩かれ、振り向いてみればシュトックハウゼン長官がいた。親衛後方武装集団の保安局長官、悪名高き保安部の元締め。
人の良さそうな整った外見の、魔女だ。すらっとした長身に、蒼色の瞳、そして豊かに蓄えられた金髪。いかにも総統閣下の好みそうな見た目。
「この度の作戦での活躍は聞いております」
「それはどうも。シュトックハウゼン長官も、活躍なさっているそうで」
「いえいえ、総統閣下に仇なす者可能性のある者を一人残らず楽園に送るのは私の義務ですから」
誇るように彼女はそう、口上を垂れる。
おそらく彼女にとっては、本当に誇りなのだろう。帝都に住む奴隷たちを拷問し、罪なき彼らに強引な自白をさせて殺害するのも、はたまた大陸の奴隷たちを強引に連れ去って収容所に送りつけるのも。そして、それに異議を唱える魔女を反体制的として絞首台に登らせるのも、火刑に処するのも。
「貴女も、言動にはお気をつけて」
耳元で、そっと彼女はそう言った。
普段の人の良さそうな表情は、横顔からは全くうかがえない。だけれど、その目は、明らかな狂気に染まっていた。
「ええ、常に気をつけるように努力しますよ」
「それでは、また近いうちに」
そう言い残して、シュトックハウゼン長官はどこかへと消えていった。
背筋に走った寒気をなだめながら、目的の部屋まで歩いていく。正直に言って、彼女に対してあまり良いイメージはないが、それでも付き合わなければならない。
それと比べて、やはり私の直属の上司、ミヒャエラ親衛隊大将とはやりやすい。立場的には上下がきっちり分かれているが、私的な場では仲良くやれる。
にしても、親衛後方武装集団、か。
総統閣下の直接の護衛と植民地の支配、後方の保安活動などを行う、千年帝国最大の武装組織、それが彼らだ。悪名高き保安局をはじめとし、総督府や特別警察軍団を下部組織として持つ、千年帝国のためだけの、千年帝国の国民たちのためだけの、千年帝国の魔女たちのためだけの組織。
本当に、あまり気分の良いものではない。
「……、まあ、私には関係ないか」
ドアをノックする。
「誰かね?」
懐かしいミヒャエラ親衛隊大将の声がする。
さっきまでの陰鬱とした気分も、それだけで吹き飛んでしまった。
「暁月アリサ親衛隊少佐です」
「アリサか、入れ」
ドアを開け、その先を見る。
相変わらずの、幼気な見た目だ。
やや小柄な体格と、大きな瞳。ポニーテールにまとめられた金髪が、少しだけ揺れた。
「ひさしぶりだな、アリサ」
やや高めの声が、部屋の中に響いた。心地の良い空気の振動が、私の鼓膜を揺らした。
「アリサ!」
空港を出てすぐに、待ち合わせしていたリラと落ち合うことができた。
「リラ、久方ぶりだな」
「ホントだよ! 最後にあったの何ヶ月前?」
「シュヴァイツァー作戦決行前だからな、多分2か月前だ」
タクシーを携帯で呼ぶ。
さして待つ必要もなく、誰も乗せていない空車が来た。軍人用の携帯で呼んだがゆえに、中には誰もいない。
いわゆる自動走行車だ。
もとから「国民」の少ない千年帝国では、運転手などに「奴隷」を用いている。もちろん信用できる者しか雇っていない。だが、それでも念には念を入れて、軍人が乗る場合は「奴隷」が運転していない自動走行車が来ることになっている。
「作戦はどうだった?」
「聞きたいか?」
「……、やめとくよ。どうせ報道通りじゃないんでしょ?」
「まあな」
タクシーの窓から外を見る。
ビルの立ち並ぶ都市。数キロごとに巨大なスクリーンが設置されていて、いつも何かしらの報道を行っている。
目を凝らしてみれば、どうやら今やっているのはシュヴァイツァー作戦についてのようだ。
「連合国軍の艦隊戦力の大半を撃滅し大勝利を飾った、ねぇ……」
どうにも、事実とかけ離れた報道をするのが当たり前になっているらしい。今回のシュヴァイツァー作戦では、実際は味方の艦隊戦力の二割を失い、撤退している。
もとから非現実的な報道をしていたが、ここに極まれり、といったところか。
「それで、どこに向かってるの?」
「そういえば言ってなかったな、一度親衛隊本部で帰還の挨拶をしてくる。リラはそこで待ってろよ」
「ひっどーっ、私邪魔者扱い!?」
「上官への挨拶に親友を連れて行くバカがどこにいるんだよ?」
何やらジタバタしているリラを余所目に、外へと視界を遣る。
道路上には車が多数ならんで、排ガスを都市にばらまいている。歩行者たちは街のあちこちを歩き回っていて、楽しそうだ。
帝都の外では戦争をしているというのに。
「それで、挨拶終わったらどうするの?」
「せっかくの休暇だからな。あまり時間もないが、ゆったり過ごしたい」
「ちょうどよかった! 実は偶然、私も休暇なんだよ」
「偶然、ねぇ……」
前に、私に次いつ休暇を取るか聞いてきたのは覚えているんだが。まあいい。
「取り敢えず、親衛隊本部に挨拶しに行ってから考えるとするか」
「ねえねえ、やっぱ次はさ~」
話聞いてなさげなリラに手刀を落とし、とりあえず黙らせることにした。
◇◇◇
親衛隊本部ビル。全面ガラス張りの10階建てビルで、その威容は半端なものではない。権威主義的な側面しか伺えないが、間違った感想でもないだろうり少なくとも、千年帝国軍の中枢ではあるのだし。
何よりも、「親衛後方武装集団」の本部ビルでもあるのだから、この程度は普通か。
「久しぶりで迷いそうだな」
自動ドアを抜け、改札ゲート前につく。
自分の身分証を改札の認証システムに当てる。一瞬後にゲートが開き、同時に生体端末に反応がある。
脳の中に埋め込まれた小型の通信機器が視界へと干渉。親衛制海武装集団長官、ミヒャエラ親衛隊大将からの連絡が映り込む。
「いつも通りだな」
あまりにもいつも通りな連絡に、少しだけ笑みがこぼれる。戦場の地獄から帰ってみれば、まだ後方は随分と余裕があるらしい。
少し気分も和んだところで、さっさと返信を送る。さて、ミヒャエラ長官の部屋は─。
「アリサ君、この度の活躍ご苦労さまでした」
「……、シュトックハウゼン長官」
肩を唐突に叩かれ、振り向いてみればシュトックハウゼン長官がいた。親衛後方武装集団の保安局長官、悪名高き保安部の元締め。
人の良さそうな整った外見の、魔女だ。すらっとした長身に、蒼色の瞳、そして豊かに蓄えられた金髪。いかにも総統閣下の好みそうな見た目。
「この度の作戦での活躍は聞いております」
「それはどうも。シュトックハウゼン長官も、活躍なさっているそうで」
「いえいえ、総統閣下に仇なす者可能性のある者を一人残らず楽園に送るのは私の義務ですから」
誇るように彼女はそう、口上を垂れる。
おそらく彼女にとっては、本当に誇りなのだろう。帝都に住む奴隷たちを拷問し、罪なき彼らに強引な自白をさせて殺害するのも、はたまた大陸の奴隷たちを強引に連れ去って収容所に送りつけるのも。そして、それに異議を唱える魔女を反体制的として絞首台に登らせるのも、火刑に処するのも。
「貴女も、言動にはお気をつけて」
耳元で、そっと彼女はそう言った。
普段の人の良さそうな表情は、横顔からは全くうかがえない。だけれど、その目は、明らかな狂気に染まっていた。
「ええ、常に気をつけるように努力しますよ」
「それでは、また近いうちに」
そう言い残して、シュトックハウゼン長官はどこかへと消えていった。
背筋に走った寒気をなだめながら、目的の部屋まで歩いていく。正直に言って、彼女に対してあまり良いイメージはないが、それでも付き合わなければならない。
それと比べて、やはり私の直属の上司、ミヒャエラ親衛隊大将とはやりやすい。立場的には上下がきっちり分かれているが、私的な場では仲良くやれる。
にしても、親衛後方武装集団、か。
総統閣下の直接の護衛と植民地の支配、後方の保安活動などを行う、千年帝国最大の武装組織、それが彼らだ。悪名高き保安局をはじめとし、総督府や特別警察軍団を下部組織として持つ、千年帝国のためだけの、千年帝国の国民たちのためだけの、千年帝国の魔女たちのためだけの組織。
本当に、あまり気分の良いものではない。
「……、まあ、私には関係ないか」
ドアをノックする。
「誰かね?」
懐かしいミヒャエラ親衛隊大将の声がする。
さっきまでの陰鬱とした気分も、それだけで吹き飛んでしまった。
「暁月アリサ親衛隊少佐です」
「アリサか、入れ」
ドアを開け、その先を見る。
相変わらずの、幼気な見た目だ。
やや小柄な体格と、大きな瞳。ポニーテールにまとめられた金髪が、少しだけ揺れた。
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やや高めの声が、部屋の中に響いた。心地の良い空気の振動が、私の鼓膜を揺らした。
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