魔女と首飾り 〜戦場の女神と戦野の死神の征路に咲く白百合、あるいは平凡な少女達の恋情と憂鬱〜

若宮 澪

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プロローグ

悪魔の目覚め

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 一面に広がる海原を突き進み、鈍く光る海面を視界の端にようやく捉えた。未だに強く残る血の匂いが、鉄の匂いが、私の気分を憂鬱にさせた。

 海面が、今にも私の足に触れそうなほど迫っている。慣れないが、気をわずかに抜いた私に怒るかのように荒ぶる。
 慌てて飛行制御の各パラメータを調整、高度を維持しながら姿勢を立て直した。

 もうすぐ、作戦地域だ。
 私の所属している第24特種制海隊は、無線封止しながらここまでやってきた。他の部隊員とも無線封止中だから、今どうなっているのかもわからない。

 とはいえ、それもここまでだ。

 「"アグラ1"より第104司令室アクバルH Q、応答願う」

 無線封止の解除時刻となり、私は司令部へと連絡を入れる。だが、無線からは何も聞こえてこない。
 ややあって、別の回線が割り込んできた。

 「こちら東部方面司令部インテグラH Q、つい先程秋津市は陥落した。それに伴い、"杜若かきつばた作戦"は続行不能と判断され、作戦部隊に帰投が命じられた。
  第24特種制海隊はただちに作戦域から撤退、加那咲市へと帰投せよ。繰り返す、作戦は中止された。ただちに加那咲市へと帰投せよ」
 「っ! ……、了解」
 「君たちの無念はよくわかる。だが、君たちまでをも失えば、今後の立て直しは不可能になる。おとなしく、命令に従ってくれ」

 その言葉と同時に、通信は終了した。
 ややあって、他の部隊員達からも無線越しに声が聞こえてくる。

 「聞いたかよサキ、作戦中止だとよ」
 「ふざんけんなよ! ここから加那咲までどれだけあるとおもってんだ!」
 「直線距離でも500キロ、最低でも25時間はかかるな」
 「丸一日も集中力が持つかよッ!」

 他の部隊員達は、悪態をついていた。
 それも、仕方ないことだと思う。
 私達─第24特種制海隊は、大戦に決着をつけるべく立案された、敵奥地への浸透攻撃作戦「杜若かきつばた」に従い、敵の中枢付近の海域まで侵攻していた。

 私たちの敵、魔女たち。その国家である「千年帝国ミレニアム」の中枢部、海に面した帝都「偉大なるグロース・都市シュタット」まで残り50キロ、これが私たちの今の現在地だ。

 既に敵の防空識別圏内に入り込んでいるわけだし、いつ敵に見つかってもおかしくない。さらに、行きは出発地点の加那咲市から直接向かわず、途中で秋津市を経由した。だからこそ、休息ありでギリギリこの地点まで辿り着けたのだ。

 それに対して、今回の帰りの旅路は直接帰投しなければならない。

 ここから飛行ユニットで12時間程度の距離にある秋津市は、魔女たちが陥落させた。秋津市のある爪先イタリクス半島を経由せずに、本土の加那咲市まで帰るのは、正直厳しい。

 「上の連中は俺たちに死んでこいってか? ふざけんなよ! 何が君たちは最終兵器だ、だ! ただの使い捨ての、槍の穂先じゃねぇか!」
 「さわぐな川島」

 取り敢えず、混乱している他の部隊員を黙らせる。取り乱されても邪魔なだけだ。

 「各位、当該海域を急速離脱。指定海域α1で一度合流した後、加那咲に帰投する」

 各地に散らばっている部隊員を一度かき集めたあと、加那咲への撤退を目指す。

 「にしても、こんなところまで来て撤退なんて、なんだかいやになりそうですよ、水無瀬の姉貴」
 「まあ、言わんとしていることはわかるけど。あと、仮にも軍隊だ。姉貴はやめろ」
 「どうせ聞かれてないでしょうし、ね」

 はあ、とため息をつく。

 「駄弁ってないで、とっとと集まるぞ」

◇◇◇

 「暁月、貴様の初陣だ。敵部隊を殲滅しろ」

 千年帝国ミレニアムの西方海面、首都防空識別圏。その上空に、黒髪の少女は佇む。

 「こちら暁月、了解した」

 その首元から魔女にしか扱えぬ特殊なペンダントを提げ、ライフルを持つ。その銃口の先にいる者達は、知らぬ間に射程圏内へと食い込んでいた。

◇◇◇

 「なんとか合流できたが……」
 「どうにも、静かですね」

 既に第24特種制海隊は撤退しつつある。
 敵の防空識別圏も突破したし、おそらくは追撃もないはずだ。

 おそらくは。

 「……、静かすぎるか?」
 「あまり良い気分はしませんね」

 あまりにも不自然だ、と言われたらその通り。私達は容易に敵の首都近傍まで進出できた上に、帰路で追撃されることもない。

 「念の為、警戒を密に─」
 「ッ! 姉貴、22の連中から、敵の襲撃警報が!」
 「っ! やはり追撃はしてきている……」

 刹那、空が漂白された。
 耳をつんざくような轟音が、鳴り響いた。

 「……、は?」

 気づいた時には、既に遅すぎた。
 空を漂白するかのような、眩い閃光。その影に映り込む、少女の姿。

 高度数百メートル、私達の到達しえない高高度に、魔女は揺蕩う。

 「っ! 各位散開!」

 視界が戻りきらないうちに、敵は攻撃を開始する。
 初撃で視界を奪った敵の少女は、容赦なくライフルを指向、発砲してくる。

 「おい川島! しっ─」

 再発砲。
 助けに入ろうとした味方ともども、射殺される。

 一人が反撃を試みたが、こちらの銃火器では相手に届かない。対して相手は、手持ちの携帯式パンツァー対戦車擲弾・ファウストをこちらに向けてくる。

 「おい、さっさと散開しろ!」

 警告するも間に合わない。
 擲弾─グレネードが放たれる。海面付近で爆散、中に詰められた焼夷弾ナパームが海面付近にいた味方数人ともども焼き殺していく。

 「っ! 散開だ、聞こえないのか!」

 その時、ようやく自分が誰の声も聞こえていないことに気づく。

 ……、先程の閃光弾は、音響攻撃兵器─。

 こちらの指示が聞こえない味方は、次々に各個撃破されていく。もはや、撤退もあったものではない。
 視界を半ば奪われ、聴覚も麻痺。

 それでも一部の味方とともに、なんとか西へと針路を向ける。
 まさにその時だった。

 少女が、57mm砲弾を放った。

 海面付近で勝手に自爆し、その破片で、集まっていた味方の肉体を切り刻んでいく。赤色に海面が染まり、ちぎれた肉片が水底へと消えていく。

 「ッ! ふざけるなよ!」

 速度を落として急速反転。
 他の味方の撤退を援護するため、せめて一撃を与えるべく、手持ちの対戦車ライフルを向ける。

 振り返りざまに、敵の方へとライフルを指向。
 敵の少女と目が合う。遥か遠くにいるが、確実に今、目があった。

 殺意を込めて睨みつけ、ライフルの引き金を引く。
 その直後、少女が放ったアサルトライフルの銃弾が、右目の視界いっぱいに映り込んだ。

 「どうし……」

◇◇◇

 久しぶりの悪夢だった。

 「……、あんたは、私が殺すッ!」

 5年前の借りを、まだ返せてはいない。
 私の大切な同胞はらからを殺した罪、必ず償わせる。

 ベッドから跳ね起きて、軍服を纏う。
 あと少しで、あの死神に手が届く。だから、それまでは。

 「それまでは死ぬんじゃねぇぞ。あんたを殺すのは、この私だ」
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