深紅星輝─精霊魔術で行く精霊道─

若宮 澪

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 第1章 【眩惑纏繞】子爵令嬢と婚約破棄

 裏切り者たち

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 12月27日、深更。
 星菜さんが立てた予定通り、私達は北西部戦線へと立ち寄り、そこから北部戦線へと転進しようとしていた。

 「沙羅ちゃん、どこか行くんか?」

 海音さんにそう尋ねられる。

 「ごめん、少し用事があって……」
 「そかそか。なら先に行っとくけん、用事済ましてきぃよ」
 「ありがと、海音さん」

 海凪様もおいていく形で、私は目的の場所へと飛行を開始する。茉莉も後からついてくる形で合流。目的地は─銀城公爵領だ。

 「茉莉、カメラは持ってきてるよね?」
 「もちろん」

 北西部戦線の一角─富山県側に伸びている、飛騨山脈沿いの戦域だ。

 「っと、なんかバレてない?」
 「自動迎撃システムA I S、心配しなくて良い」

 機関銃の弾幕をすり抜けながら、目的地を目指す。ちなみに、こちら側に向いていたレーダーサイトは電磁式〈エレクトロンフィールド〉の応用で、カメラは茉莉によるシステム干渉で、それぞれ無力化してある。

 「茉莉、もう少し高度下げて。目視されると困るから」
 「ん」

 森を極低高度で抜けながら、予想されるポイントに着く。

 「……、予想通り」
 「連絡する?」
 「お願い」

 これは、先に連絡を入れておいたほうが良いだろう。
 海音さんの部隊と一緒に来てよかった。気心がしれてる部隊じゃないと、この場を任せられない。

 「……、傍受成功」
 「聞かせてもらえる?」

 茉莉の傍受機から、声が聞こえてくる。

 「私は『ニルヴァーナ』代理の『キルシェ・ブリューテ』だ。そちらが言っていた連絡員か?」
 「ああ。代わりに、そちらから借りていた連絡員はお返ししよう」
 「これからも期待しているぞ」

 見た所、背の高い女性が指揮官らしい。その隣にいる、ちょっと背の低めな可愛らしい少女はおそらく副官だ。
 そして、その後ろに控えているのは精霊術士隊、しかも二個士隊規模。思ったよりも規模が大きい。

 「茉莉、第三と第四に緊急招集をかけるように要請し……」
 「もう終わってる」
 「ありがと、行動が早くて助かる」

 相変わらず行動が早い。
 こっちの意思を汲み取るのがうまいなあ、と場違いにも感心する。

 「……、昇月の杯」

 襟元に見えるのは、昇月の杯の証である逆月章さかさつきのあかしだ。預かっているものよりもやや小さい、多分バッチタイプなのだろう。
 そして、それと取引しているのは─公国貴族だ。銀城公爵家を筆頭とする、急進改革派の一派。

 できれば彼らのことを信じてあげたかったけど、ここまで証拠が揃ってしまえばもうどうしようもない。
 昇月の杯と取引しているのを見てしまった時点で、もう私達のするべき行動は一つしかなくなってしまった。

 傍受した音声の録音を続ける。

 「『ニルヴァーナ』の次の作戦は?」
 「追って伝えることになっている。それまでは待機を続けてくれ」

 耳を傾ける。昇月の杯が何をしようとしているのか、探っておかなければならない。

 「『キルシェ・ブリューテ』、我々『ノルトカンプフ』としてはできる限り早くプランζを実行に移してほしい。思ったよりも、我々に対する不支持派が強い。このままだと、規定の兵力では足らなくなる」
 「それをどうにかするのが『ノルトカンプフ』諸君の仕事だろう? まあ一応伝えておくが、そもそもとして『ニルヴァーナ』がそちらの言い分を聞くかどうかわからんぞ?」
 「言っていただけるだけでもありがたい、感謝する」
 「『ノルトカンプフ』諸君も、我々昇月の杯と同じ意思なのだろう? ならば、諸君らは同志だ。無碍に扱うわけにもいくまい」

 プランζゼータ? 『ニルヴァーナ』、『ノルトカンプフ』? コードネームだというのは分かるが、それ以上はなんとも言えない。

 「……、ここには誰もいないはずじゃなかったっけ?」

 次の『キルシェ・ブリューテ』の声に注意を払っていたまさにその時、副官らしき少女が、そう言った。

 「っ、まずい! 逆探切って!」
 「ん」

 すぐに移動を開始する。
 まさか気づかれるなんて……っ! 私達からだいぶ離れてるはずなのに、どうしてっ!?

 「『シュトゥルム・ヴィント』より第三隊各位、敵に位置が露呈した。直ちに散開、対人戦闘隊形」
 「『キルシェ・ブリューテ』より第二隊各位、第三隊を援護しつつ撤退準備」

 対応が早い。こちらが増援を呼んだと一瞬で判断した上、すぐに戦闘隊列を整える。これでは、こちらにとっての後詰にあたる第三、第四士隊が駆けつけてくるまで、第一、第二士隊はほぼ同数の敵を相手にすることになる。
 こちらは対人戦の経験など殆ど無い。下手をすれば、こっちの方が劣勢だ。

 「空間制圧する。『キルシェ・ブリューテ』に第三の指揮を一時移譲」
 「『キルシェ・ブリューテ』より『シュトゥルム・ヴィント』、了解した」

 その直後、広域に精霊術の発動を感知。慌てて精霊魔術を発動。近域に【無効ヴァリッド】を展開し、相手の術式を即時無力化。

 その代償として、私は事実上攻撃不能に陥った。精霊術を発動直後に、それを打ち消すような精霊魔術を発動して中和するのが【無効ヴァリッド】だ。強力な術式である以上、精霊意識に大きく意識を削られるのは必定。
 視界が白濁していく、それを必死に抑え込みながら飛行術式を展開、逃走を続ける。

 「っ!? 後方一四1 4 0 0 m、追撃」
 「こっちに気づいたっての!?」

 おそらく、こちらの位置は完全に割られている。後方から銃声が聞こえる、電磁加速された多数の銃弾。

 「茉莉!」
 「〈エレクトロンフィールド〉!」

 茉莉が強力な電磁防御場を展開。磁場領域で強制的に磁化された弾丸は電場領域であらぬ方向へと弾き飛ばされていく。

 「……、多い」

 茉莉がそうつぶやく。
 極めて精密な射撃がこちらを襲う。銃声、銃声、また銃声。死神の鎌が振り下ろされようとしているのかと錯覚しそうだ。
 本来なら乱数回避するべきところだが、あえて直進を続ける。私が防御場を展開できない以上、茉莉の展開した領域に庇ってもらいながら逃げるしかないからだ。

 「……っ!? 開けられる……」

 直後、銃弾が防御場をこじ開けた。
 茉莉の〈グラヴィティフィールド・第二段階フォルムベータ〉がその銃弾をはじき飛ばす。電磁場の一部が、弾丸内に封入された磁気単極子モノポールによりズタズタにされていた。

 こちらの心臓の鼓動になぞ、敵は気にかけるつもりもない。同じように磁気単極子モノポールの封入された弾丸が次々に襲いかかってくる。
 電磁場を再度立て直そうとする茉莉に追い打ちをかける攻撃。防御場の展開で手一杯になり、飛行速度がみるみる低下していく。

 「……、反撃だ!」

 堪えきれなくなったのは私の方だった。

 体を捻り、【コイルガン】を放つ。電磁加速された弾丸は、しかし相手に届かない。相手はこちらの弾丸を完全に見切り、最小限の動きで躱す。
 逆撃とばかりに、多数の弾丸が〈コイルガン〉で放たれていく。既に〈エレクトロンフィールド〉の防御機能は崩壊済みだ。茉莉の展開した〈グラヴィティフィールド〉が弾丸を弾き飛ばす。

 「……、限界」
 「っ! 茉莉、周囲に救難信号!」

 本当はしたくないが、仕方ない。
 茉莉が周囲のあらゆる人に〈トランスミット〉を発動、こちらの声が聞こえるようにする。

 「メーデーメーデーメーデーメーデー! こちら近衛軍団第一士隊、昇月の杯の攻撃を受けている!」

 私はそう叫びながら、茉莉に〈トランスミット〉を繋ぐ。特殊な方法を使って、救難信号を近域にいる全員に届ける。

 「随分と余裕そうじゃないか」

 声が、割り込んでくる。
 私達の〈トランスミット〉にさらに重ねがけする形。

 「私達に対して敵対行為を働く精霊術士二名に告げるよ、早く降伏して。さもないと、空間制圧するよ?」

 副官らしき少女の声だ。
 動きからして、おそらく一個士隊規模の司令官。それに、空間制圧となると……。

 「……、茉莉、さっきの空間制圧系の攻撃って……」
 「〈オーロラエリア〉」
 「……、防ぐしかないんだけどさっ!」

 〈オーロラエリア〉─特定空間内に強力な電撃を流す、範囲攻撃型の精霊術だ。これを受ければ、感電して即死する。
 対人戦では極めて有効な一撃だけど、メビウス相手にはあまり効果がない。つまり、彼女らは人殺し専門の部隊だ。

 相手の発光反応ルミナンスが見える。空間全体に薄い青色。精霊が空間内のあらゆる原子や分子、電場や磁場を書き換えていく。物理法則を捻じ曲げる精霊術の中でも範囲攻撃のそれは、残酷でこそあれ美しさを感じる。
 幻想的な風景に抱かれて死んだ戦士達は数知れず。だけど私達は絶対に逃げ切る。

 精霊が書き換えていく空間のあらゆる物質、物理定数。それに対して逆方向に干渉し、相手の攻撃を無力化していく。
 精霊魔術【無効ヴァリッド】による強制的な中和。

 「……っ……」

 意識が呑まれていく。
 精霊意識特有の視界に、視界が重なり合っていく。蒼色の背景に、まるでニューロンのような白い糸、そして網。
 そして、散りばめられた白色の粒子。その密度は加速度的に上昇していく。

 「……、だめかも……」

 思ったよりも、さらに精霊意識側に持っていかれている。このままだと……。

 「茉莉」

 こちらの言わんとしていることを察したらしい。私を抱きかかえる形で、戦域を離脱していく。こちらの動きにつられて、相手の干渉領域が伸びていく。

 「……、あーあ、折角苦しまずに逝かせて上げようって思ったのになー」

 その瞬間、脇腹に鋭い痛みが走った。

 「……、銀城公爵……」

 いつの間にやら、私達の後方に回り込んでいたらしい。昇月の杯の部隊に私達が目を奪われている隙に、こちらの逃走ルートを防ぎにかかっていたのだろう。

 「……、貴女がたの名前は知らない、聞くつもりもない。ただ、この場でね」

 直後、多数の弾丸が私達に襲いかかってくる。茉莉が最後の力を振り絞って〈グラヴィティフィールド〉を展開、初撃を防ぐ。
 一切の油断なく、銀城公爵率いる、北西部の急進改革派諸侯が銃撃を再開。銃声、銃声、銃声。

 今度こそ防ぐ手段はない。
 なら、避けるだけだ。茉莉の手を引っ張って、急加速。茉莉がうっ、という声を上げる。ごめん、変に掴んだかもしれない。

 二回目の斉射もこれで避ける。

 「〈コイルガン〉で一帯ごと吹き飛ばす」

 ……、それは、ちょっと無理だなあ……。
 気が抜けて、飛行術式が崩壊。体は自由落下していく。茉莉も既に限界、飛行術式を緩やかに解体して、墜落時の衝撃を防いでくれたけどそれで一杯一杯だ。

 〈コイルガン〉で電磁加速された弾丸の嵐が、襲いかかってくる。見上げた空、そこに映るのは蒼色の発光反応を伴った銃弾。
 おそらく、磁気単極子モノポール電荷エレクトロンチャージが封入されているのだろう。どうやっても、私達をここで仕留めるつもりだ。

 その空を、私は場違いに綺麗だって、思った。

 蒼色の光を靡く彗星、そしてそれに手を伸ばす私。かつて、私が共に歩みたいと思い、一緒に生きることを誓った少女。
 あの子と見上げた空と、どこも似ていないはずなのに、それでもあの時と同じように感じた。

 ……、せめて、あの子との誓いは果たしたかったなあ……。

 銃弾が殺到する。
 躱すのも不可能、薙ぎ払おうにも〈ブレイズブレード〉は展開不能。精霊意識に押し込まれまくった意識は既に限界。精霊術の展開自体不可能。

 詰みだ。

 「リラ様ッ!」

 直後、弾丸が全て薙ぎ払われる。
 〈ブレイズブレード・第二段階フォルムベータ〉に特有の発光反応ルミナンス。鋭く伸びた蒼色が、降り注ぐ弾丸を焼き払った。

 「海凪……、様?」

 段々と意識が回復していく。
 精霊意識が遠のき、精霊術が再度発動可能になる。一時的な過負荷状態も終わった。

 「海凪様、間に合ったんだ……」

 はあ……、と安堵のため息をつく。

 「……、銀城公爵家……」

 続いて海音さん率いる第一士隊が展開。
 相手もやる気だ。こちらを速やかに解囲すると、第一士隊側に展開していた銀城公爵家率いる急進改革派部隊が左翼、追撃してきていた昇月の杯が右翼に展開。
 数の多さを活かすつもりだろう、球面状に陣形が展開されている。

 睨み合い。

 敵部隊は未だに数の面でこちらを圧倒している反面、私達の方は時間が経てば経つほど増援が駆けつけてくるため、時間は敵となっている。
 となれば、敵が攻撃、味方が防御になるのは必定。相手のほうが先に動き出すはずだ。

 「……、第一士隊各位、中央に火力を集中。一撃突破、そのまま撹乱を続けろ」

 だが、実際には海音さんの方が先に動き出した。敵に機先を制されるのを警戒したのだろう。
 空間内が瞬く間に蒼色に染まっていく。

 「……、動いた」

 一旦戦域から離脱し、第一士隊の動きを見る。過負荷状態を過ぎたとはいえ、強力な精霊魔術を使用した場合、最低でも十分近くは休憩が必要だ。

 第一士隊の中央部への攻撃を見て、敵部隊は球面から逆紡錘形へと陣形を変える。中央部が大きく後退した形。それと同時に、正面に強力な電磁防御場を展開。
 第一士隊の銃弾や荷電粒子はこれにより大きく弾かれる。対して、相手は〈コイルガン〉を連射。

 第一士隊に対して過剰な火力集中。

 即座に散開が行われ、突撃。磁気単極子モノポールの封入された大量の弾丸が放たれ、敵の防御場を強引に食い破る。
 しかし、その間に相手は逆進。突撃を敢行した第一士隊全体を包囲下に置く。同時に、空間制圧系の大火力攻撃。
 【無効ヴァリッド】は精霊魔術だ。精霊術ではない以上、空間制圧系は躱すか術士を無力化するかしか方法がない。

 そして、包囲下に置かれた部隊にとって、躱すのは不可能。第一は突撃を続け、包囲の一角に肉薄。それを、相手は〈ブレイズブレード〉と〈コイルガン〉で防ごうとする。
 反応がやや遅い、海音さんが僅かに生じた攻撃までの隙を突く。急加速して敵の懐に飛び込むと、手当たり次第に銃を乱射。陣形を乱された中央部は、さらに後退を続ける。

 あくまでも第一を包囲下に置くつもりらしい。
 しかし、混乱の中で更に後退を続けるのは至難の業。包囲を破られると見た右翼が、空間制圧系の術式発動を停止。後退し、中央部のさらに後ろ側へと回り込む。

 第一は中央との混戦を続けながら、敵の左翼側との結合部へと緩やかに錐をねじりこむ。それに対して、敵の左翼は混乱を避けるために後退すると中央部の前方空間へと躍り出る。
 同時に、右翼がさらに陣形を伸ばし、左翼側から突破を試みていた第一を包囲下へと置く。今のところはどちらも脱落なし。

 先に動いたのは、またしても海音さん達。

 中央部との混戦を抜け出すと、二機編隊で敵左翼への攻撃を敢行。多方面からの同時攻撃を受けた左翼は、冷静に後退。それと同時に、再度第一を包囲下に置く。
 このままいけば、他の部隊が救援に駆けつけるほうが早い。だが、相手のほうが上手だ。球面での包囲を諦め、円筒状に陣形を変化させる。同時に、高圧のレーザー光線を浴びせかけてくる。

 重力式〈グラヴィティフィールド〉でしか防げない攻撃だ。第一は円筒の両端を目指して二手に別れ、レーザー光線の集中を回避。
 しかし、ただでさえ少ない戦力を分散させられた形だ。空いた隙間に敵部隊が割り込み、第一を分断。片方に攻撃を集中していく。

 向かい合っての反撃を選択すれば、流石に火力で押しつぶされる。そのまま円筒の端を目指す第一の片割れ。
 対して、敵部隊は速度を上げ、円筒の縁を閉ざしていく。間に合わないと見た第一は、攻撃を横側へと集中。予想外に強烈な横撃。やむを得ず敵部隊は攻撃箇所を後退させ時間を稼ぐ。

 しかし、その後退は間に合わない。

 第一のもう片方の片割れが戦力の少なかった敵部隊を突破すると、後退していた部分へと強烈な一撃を与える。
 ついに敵部隊が崩れた。
 海音さんの〈ブレイズブレード・収束段階フォルムカノン〉が、電磁防御場エレクトロンフィールドを展開していなかった部隊を貫く。
 慌てて回避行動を取ったようだが、既に遅い。〈グラヴィティフィールド〉で辛うじて致命傷は免れたようだが、急速高密度展開は術士に多大な負担をかける。

 飛行術式を維持できなくなった一部部隊が墜落。突破を完了した第一は逐次集結、対して敵部隊は全戦力の一割を先程の一撃で失っている。
 依然として敵は戦力優位にあるが、度重なる空戦機動と術式発動で疲労が蓄積されている。三倍近い戦力差をものともせず、第一は再度の突撃を敢行。

 対して、相手は一部部隊を置き去りにしながら本隊は後退、第一が侵入可能なあらゆる空間を空間制圧式で薙ぎ払おうとする。
 目論見に気づいた海音さんは、第一から一個小隊を分け、そちらを置き去りにされた敵部隊に当てると、自らが率いる本隊は天頂方向へと敵部隊を回避、そのまま敵本隊へと突入。

 空間制圧式の展開が間に合わないと見たか、敵部隊は通常攻撃を再開。再び荷電粒子と銃弾が飛び交う空間打撃戦となる。
 正面からの火力投射量に劣る第一は、不利を悟り散開。同時に中心部へと猛撃を加える。〈コイルガン・第三段階フォルムガンマ〉や〈ブレイズブレード・第二段階フォルムベータ〉が飛び交う。
 海音さんは、再び〈ブレイズブレード・収束段階フォルムカノン〉で敵中心部に穴を開ける。敵は回避行動のために散開し、その結果できた隙間。その空隙へと即座に割り込み、混戦に縺れこませる。

 やむを得ず混戦に応じた相手。だが、それは悪手だ。

 敵の後背から、大火力が襲ってくる。

 「こちら近衛軍団第二士隊、これより援護を開始する」

 敵部隊へと殺到した火線。
 すんでのところで気付いた敵は回避に成功するも、それを待ち構えていたかのような〈ブレイズブレード・収束段階フォルムカノン〉が追撃。
 結果、〈グラヴィティフィールド〉を過負荷で運用する羽目になり、飛行術式も展開不能に。これで、戦力の三割が脱落する。

 この時点で、敵部隊は私達と同数にまで数が減少、戦力的に同等レベルにまで低下した。この時点で、敵部隊は撤退を決意。

 引き際は鮮やかだった。

 大量の銃弾で事実上の面制圧を行うと、直ちに反転。それと同時に空間制圧式を発動。発動に長時間かかる空間制圧式、しかし後退しながら撃つのならばなんとか時間をもたせる事ができる。
 突撃しようとした第一の一部に対しては、牽制射撃が放たれる。足が鈍ったその瞬間にさらに距離を稼ぎ、時間を稼いでいく。

 「全隊、追撃やめ! 直ちに現空域より離脱!」

 海音さんが撤退命令を下す。
 空間制圧式の効力圏から全隊が離脱、その直後に術式が発現。空間が蒼く染まり、その中にあったあらゆる物体を焼き払い粉々にしていく。

 閃光が止み、視界がもとに戻る。

 その時には、既に敵部隊はこちらの追撃不能な位置にまで逃げ去ってしまっていた。

 「……、第一士隊各位、敵の墜落者を捕縛しろ」

 第一士隊が地表へと降下。
 脇腹の流血も止まり、戦列復帰が可能になるくらいには休めたので、私も第一士隊へと合流する。

 「沙羅ちゃん、大丈夫だったんか?」
 「うーん、ちょっと脇腹が痛いけど、それ以外は特に。海凪様に助けてもらいましたからね!」
 「いえ、貴族として当然のことをしたまでです」

 本当にさらっと、海凪様がそう言った。
 特に誇るわけでもなく、淡々と事実を語るような口調で。んまあ、海凪様だもんね。

 「それより、敵の墜落者を探しましょう」
 「そうだね。急速改革派が昇月の杯に通じてた証拠にもなるし」

 それに、急速改革派のこれからの処遇にも影響する。まず、昇月の杯と急速改革派がどれくらい蜜月なのかを聞き出して、次に……。

 「……、あれ?」

 その時、違和感に気づく。
 相手は墜落したはず、それならそう遠くには行っていない。それなのに、ここの近くにはいない……、まさか!

 「……、墜ちたフリ……っ!」

 ハメられた。
 その時になって、ようやく相手の目論見に気付く。おそらく、最初から敵はこれが狙いだったのだ。

 敵の真の目的は、急進改革派を安全に本領へと帰すこと。そのために、わざわざ真正面から戦い、適当なタイミングで落とされたように偽装した・・・・

 彼らの本領は、北西部戦線の中でも峻険で守りやすい銀城公爵領と、その周辺区域。
 もしもそこに逃げられたら、少なくとも二個軍団規模の動員が必要になる。もちろんだが、そんな大規模な軍団、おいそれと動員できるものではない。
 それに、現在各軍団は北方戦役のために再編成中。再度の動員には、最低でも二週間はかかる。

 「……、落とされたフリをしたんか……」

 珍しく、海音さんが舌打ちをする。

 「どこまでも人を舐めてはるんやな、あいつらっ……」

 ……、現状維持派は、急進改革派と袂を分かった人々だ。大公家傍流や嫡流が中心となった派閥、その中でも極めて良識的な人たちがほとんど。
 それに対して、急進改革派は、最初の方はともかく、政権崩壊寸前の頃には当初の目的を失い、自己保存本能のままに公都を血に染めた。

 そして、最後にはその責任を、他の誰かへと押し付けた。

 シャリーラ、そしてその最側近であった朝潮子爵夫人─朝潮あさしお海咲みさき。急進改革派の尻拭いをさせられる形で処刑された二人。

 そのどちらとも仲が良かった海音さんにとっては─急進改革派は、憎悪の対象なのだろう。

 「海音さん……」
 「……、分かってはるよ。でもな、やっぱり許せへん人達、私にもおるんよ……」

 そう言って海音さんは、空を見上げた。
 その瞳に映る星空に、私はどこか親近感を感じた。
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