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 第1章 【眩惑纏繞】子爵令嬢と婚約破棄

 朝の銃声、模擬戦より

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 公国特種学府の教室の朝は静寂だ。朝は自学自習の時間という意識が強い学府の生徒にとって、騒がしさは犯罪でさえある。
 その静寂を破るかのように、鐘の音が鳴った。

 直後、ガラッ、とドアが開く。
 ショートヘアの女性教師が中に入り、無言である生徒を一瞥する。

 「全員、起立!」

 その号令と同時に、全員が立ち上がる。
 本を読んでいた者も、何かをノートに書きつけていた者も、全員一瞬でそれらを閉じ、ざっと立ち上がった。

 「敬礼!」

 右手を額に当て、全員がその教師に敬礼する。

 「よろしい」

 その声と同時に、全員着席。
 教師といえど、その実軍人だ。決して華美ではなく、権威的な従軍用女性着ミリタリードレスを着ている。

 「本日付で、当教室に二人の女子生徒が転入する。短い間になるだろうが、戦技研鑽の同志として、決して侮らぬように」

 その女性教師はそう言うと、少しばかり瞑想する。

 「レナ教諭、その女子生徒達について、もう少し詳しくご紹介願えませんか?」

 先ほど起立を命じた生徒が、その女性教師─西園寺レナに対して、そう要求する。レナは瞑っていた目を開き、きっ、と冷たい視線を送る。
 特段その生徒に対して悪感情があるわけではない。ただ、もとからやや目付きが厳しいだけだ。

 「荒沢子爵令息、君の要求は尤もだ。だが、こればかりは実際に体験してみれば分かる。故に、私は説明を省いた」

 そう言って、レナは教壇に向かって左側に少しだけ移動した。

 「うっわあああーッ!」

 直後、窓ガラスが割れた。
 呆然とする生徒の中、散らばった窓ガラスの破片群の中心付近に、その少女は立っていた。

 「やはり窓ガラスを割って入ってきたか」

 そう、レナは素敵に笑った。

◇◇◇

 えっと、これは少しやばい状況なのでは? いやでも、私別に悪くない!

 ちょーっとフラストレーションが溜まってて!
 ちょーっと星箒シュテルンの飛行試験がしてみたくなって!
 ちょーっと制御に失敗して窓ガラスを叩き割っただけ! もとから遅刻する予定だった教室に、偶然にも突っ込めたのはむしろ幸運なのでは!?

 「改めて、自己紹介を願えるか?」
 「えっ、あ、はい! はじめまして、西園寺沙羅って言います! 好きなことは精霊研究、嫌いなことはフラストレーションがたまるあらゆること! これから少しの間、よろしくお願いしますっ!」

 よし、完璧に言い切ったぞ! これで自己紹介パートは終了、このまま席に案内される流れのハズ!

 「とりあえず、まずは窓ガラスの賠償請求だな」
 「え、ああ……、そうなりますね、レナさん」

 そう言った瞬間、すごい目で見られた。
 って、ああ、そっか! ここではレナさん、教師なんだった!

 「ちょ、えっーと、すみません、いつもの調子でさん付けしてしまいました。これからはレナ教諭と呼びますので、ご容赦を」
 「それでいい。では、この賠償は君自身に請求することになるが、それで構わないな?」
 「えっ、あ、はい。どうぞ」

 軽くそう返すと、みんなから呆れられた、というか呆れた目で見られた。

 「あと、ここの掃除は君に任せるぞ、沙羅」
 「それはもとからそのつもりです」

 さっさと掃除箱の所に行って、箒でガラス片を片付けていく。周りからアホか、といった感じの目で見られた。
 いやあ、どうしてでしょうかね?(すっとぼけ)

 「ふう、これでよし、と」
 「掃除ご苦労さま。君の席は荒沢子爵令息の隣だ、とは言っても授業ごとに移動にはなるが……」
 「それは大丈夫です、色々教えられていますから」

 レナさんと話していると、もう一人の転入生─茉莉がローブを羽織った状態で教室に入ってくる。

 「レナ教諭、すみません。東部戦線で、所要があって」
 「そちらの事情は知っている。席は銀城公爵令息の隣となる、そちらに座るように」

 丁寧に一礼を返し、席に向かう─直前で、荒沢子爵令息が声を上げる。

 「失礼、転入生の方。自己紹介を行っていただけないか?」
 「レナ教諭が、してくれる。私から話せることは、なにもない」

 そう言って、茉莉は席に座った。

 「もう一人の転入生は西園寺茉莉、そこでガラス片を捨てている沙羅の妹にあたる人だ。東部戦線では色々と世話になっている」

 茉莉は軽く頭を下げて会釈する。

 「先日は東部戦線で急な攻勢があり、茉莉はその対応に追われていた。そちらの事情は理解している、今回の遅刻については何も言わない」
 「感謝」

 ふっ、とレナさんが笑った。

 「さて、そんな茉莉とは違って、沙羅の方は何故か遅刻したわけだが」
 「いやあ、色々ありまして……」
 「なるほど、なかなか性根が腐っているらしい。誰か、この馬鹿をわからせてやれ」

 あまり教諭らしくもない言葉だけど、これが学府の日常。基本的には戦闘狂バーサーカーしかいないところだから、案の定何人もの奴が手を挙げていく。

 「ちょいちょい! 術士二科なんだけど、私! なんかエリートっぽい人が手を上げてるんだけど! って、荒沢子爵令息! 多分このクラスで一番強い人だよね! 弱いものいじめ反対!」
 「まさか! 弱いものいじめとは心外、戦技研鑚の同志として扱っているだけですとも、ええ!」
 「私をわからせたいだけでしょ! 私、これでも一般的な精霊術士なんですけど!?」
 「なるほどなるほど、ガラスを叩き割るのも普通の精霊術士がすることと?」

 うっわーッ、なんやこいつ! いやなんというか、フレンドリーではあるんだけど! でも、わざと私を煽ってるよね!
 なに、戦争? 戦争したいの!?

 「さて、戦技研鑚の同志諸君! ここは実力順と行こうじゃないか! 実力が上の者達から、順番に戦っていく、こんなのはどうだ?」

 異議なし、いいんじゃね、と言った声が飛び交う。いやあ、私、嫌われてますねぇ……? 何がまずかったんだか。

 「では、十連抜きの私闘フェーデと行こうか。それでも構いませんよね、レナ教諭」
 「好きにしな」

 そのレナの一言で、私闘フェーデは正当化される。ちなみに、朝礼が朝8時きっかりに行われるのに対して、一限開始は9時40分。
 この百分間の間に何が行われるかといえば─こういった私闘フェーデだ。

 「それで構わないか、沙羅様?」
 「それ、私に拒否権なくない!? いやまあ、別にいいけどさ……」

 そう返すと、荒沢子爵令息は立ち上がる。
 ついてこいと言わんばかりに、廊下を先導して歩いていく。

 やがて、私達は、ある一角へとたどり着いた。

 「模擬戦場だ」

 私に顔を向けるでもなく、彼はそう告げる。

 「説明しておこう、模擬戦場では精霊術の威力が激減する。模擬戦では、その形式によらず、被弾する毎に手持ちのポイントが減っていき、ゼロとなれば敗北とする」

 見た所、〈祠〉と同じようなものが立ち並んでいる。なるほどなるほど、あの中の精霊核は〈フェアリーリハーモニー〉と、それを相殺する術式を受けているらしい。
 これはこれは、また興味深い……っ! これは一体どういう術式!? 光学式なのはわかる! でもこれは……っ!

 「続いて十連抜きのルールを説明する。十連抜きを挑まれた側は手持ちとして100ptを持つが、それに対して挑む側は、十人それぞれが15ptを持つ。対戦終了後、挑まれた側は5ptだけ回復していく。ただし100ptを超える分は加算されない。
  ヘッドショットを食らった場合は残存ポイントによらず一発失格。その他の部位への被弾は、その部位と状況によりptを減らすこととする」

 えっと、あの精霊核は……。
 なるほど、〈メビウスディスコネクト〉のシステムを逆用しているのか……。他にも色々!

 「それで聞いていたのか、沙羅様?」
 「ん? ああ、うん、聞いてたよ。要は相手の攻撃を躱しながら、自分の攻撃を当てればいいんでしょ?」
 「まあそうなるな。それでは、私闘フェーデ開始といこう。先鋒は俺でいいな、諸君!」

 これまたいいんじゃね、的な意見が多数。というか、後で戦えるならどうでもいい、といった感じだった。
 やっぱりここ、戦闘狂バーサーカーしかいないのでは?

 そんなことを考えながら、模擬戦場の中心部に立つ。

 「戦闘開始前に聞く。君は術士二科と言っていたが、本当か?」
 「ん? うん、まあ、そうなるけど?」
 「ほう……、まあいい、全力で行かせてもらう」

 あれ? ここって舐めプしてくれるところじゃないの? 私まだ死にたくないんだけど?

 「形式は十連抜き。では、私闘フェーデを開始する」

 レナさんのその声と同時に、相手が動く。

 飛行術式、空を飛ぶ荒沢。
 星箒シュテルンを使えば一応空を飛べるんだけど、逆に言えば素の私ではちょっと空を飛ぶので精一杯。
 星箒シュテルンを使うのは最終手段、となると─私は右側へと全力で疾走。直後、〈コイルガン〉の射撃を受ける。

 ゴム弾だよね? 痛くないよね?

 「? そちらは飛ばないのか?」

 〈トランスミット〉越しにそんな声が聞こえる。

 「ご生憎様、私は飛べないんだよッ!」

 荒沢に銃口を指向、発砲。
 〈コイルガン〉でほんの僅かに加速した弾丸、相手は〈エレクトロンフィールド〉でそれを防ぐ。見た所、結界域外と同じくらいの減衰率だ。
 荒沢が再度〈コイルガン〉で弾丸を放ってくる。それを〈エレクトロンフィールド〉で弾くが、その直後に弾丸が上昇する・・・・
 銃弾を回収する荒沢。

 「銃弾は有限だ。となると、数で押し切る戦法は普通取らない」
 「んまあ、そうだね」

 私闘フェーデの定石は知らないけど、それくらいはわかる。精霊術士の戦場での損耗率が低いのは、この〈エレクトロンフィールド〉を始めとした防御式の為。
 となれば、無闇矢鱈に銃弾を放つのは得策ではない、ってことになる。ただ、ならどうすればいいかはわからないけど。

 「なら、放った弾丸を回収するまでだ」
 「……、ああ、なるほどね」

 なんとなく相手の戦法がわかってしまった。
 直後、荒沢が銃弾を連射、それを〈エレクトロンフィールド〉で弾く。

 「決めさせてもらう、〈アクセラレート〉」

 直後、残弾全て─三十発の弾丸が、私に向かって、放たれた。〈アクセラレート〉によって超高速加速された弾丸が、容赦なく私の方へと迫っていく。
 〈エレクトロンフィールド〉でむやみに防ぐと、弾いた弾丸が逆向きに加速される。つまり、私に向かって再び飛んでくるということ。
 かといって、防がないという選択肢はない。

 僅かの間だけ逡巡した。
 そして、決断。私は、〈エレクトロンフィールド〉を展開した。

 「〈アクセラレート〉」

 私を取り囲む弾丸が時間差で私へと向かってくる。それを必死に〈エレクトロンフィールド〉で弾きながら、必死に隙を探す。
 〈コイルガン〉をもう一発放ってみるが、案の定弾かれるだけ。かといって、〈ブレイズブレード〉は射程外……。
 じりじりと追い詰められていく。〈エレクトロンフィールド〉を通常の出力で維持するために、普段の数倍の速度で意識を消耗していく。

 「……、っ!」

 勝算が見いだせず焦る心を辛うじて押さえつける。まずい、だけど打開策もなし。

 視界もだんだん白濁していく。

 〈エレクトロンフィールド〉の全周展開をこれ以上続ければ、たとえ僅かな隙を見出だせても、それに漬け込むだけの精霊術を発動できないと判断。やむを得ず、〈エレクトロンフィールド〉を第二段階フォルムベータへと移行。それを見た相手が、ほう、と笑う。

 「〈アクセラレート〉」

 挑発するように、わざわざ術式名を伝えてくる。なめやがって……!
 血が一瞬頭に上りかけ─その瞬間に、弾丸が防御の狭間をすり抜けて右腕に着弾。ゴム弾とはいえかなりの痛みが走り、一瞬防壁が消失。

 「まずっ!」

 慌てて銃弾を躱し、同時に〈エレクトロンフィールド〉を再展開。その一瞬の間に相手は私の後ろ側へ。

 「〈コイルガン〉」

 銃弾を一発回収し、再装填リロード再発砲ファイア。防壁をまたすり抜ける、今度は間違えない。
 〈グラヴィティフィールド〉を一部展開、銃弾を弾く。とはいえ、追い詰められている状態には変わりない。

 「……っ……!」

 その瞬間、相手の顔に僅かに焦りが見られた。荒沢の方も、想定外の長丁場らしい。
 よく考えれば、〈アクセラレート〉はかなり意識を消耗する。下手に長時間連続で放ち続ければ、精霊意識に意識を丸ごと乗っ取られかねない。

 「へぇ……」

 おそらく、荒沢が〈アクセラレート〉での戦闘を選んだのは、短期決戦のため。さらに、わざわざ十連抜きという、私に不利な勝負の提案─まさか、私の戦場での実力を知っている?
 確かに、私は、ここの学生よりも戦場暮らしが長い。経験値に偏りこそあれど、実戦なら負けなしとも言える、まあメビウス相手で負けると死ぬけど。
 となれば、それを織り込んだ上で、私が肩慣らしを終えないうちに仕留める算段? なるほど、それなら!

 「〈コイルガン〉ッ!」

 ゴム弾にゴム弾を衝突させる。
 〈エレクトロンフィールド〉で弾き飛ばした弾丸の位置に正確に命中させ、弾丸を一つ減らす。弾丸の数を減らしていけば、私をダウンさせられる可能性は急激に減退していく。

 こちらの戦略を見抜いたのか、即座に戦法を切り替えてくる。私への突貫、近接攻撃でかたを付けるつもり? 甘いっ!

 「〈ブレイズブレード〉!」

 〈ブレイズブレード〉での一撃、相手の頭へと近づけていく。それを、荒沢は殆(ほとん)ど勘で躱してみせた。私の攻撃を読んだわけじゃない? なら。

 さらに一歩踏み込み、〈コイルガン〉を放つ。超近接距離からの一撃、荒沢は致命傷を避けるために急速上昇。結果、左足に着弾。
 飛行術式が崩れる。姿勢が乱れた、その隙を逃さすさらに距離を詰め、〈ブレイズブレード〉で頭を触れる。
 これで、チェックメイトだ。

 「私の勝ちですね?」
 「ああ、俺の負けだ」

 はあ、とため息をつく荒沢。

 「そこまで。荒沢子爵令息はHSヘッドショットにより脱落、西園寺子爵令嬢は右腕への被弾により-10pt、流血分として-6pt。この時点で止血完了とみなし、次の戦いまでの補充として5pt分加増、現在の西園寺子爵令嬢は89ptだ」

 レナが長文をすらすらと読み上げていく。ちなみに、これは定型文らしい。
 まあそうだとしても、こんな長文をよく噛まずに言えるなあ……、私は無理。

 「ありがとな、沙羅様」
 「どういたしまして、荒沢子爵令息。お名前を教えていただける?」
 「俺は荒沢良治、良治とでも呼んでくれ」
 「わかった、良治様。対戦おつかれさま」
 「そちらこそ」

 握手したあと、良治様は離れていく。
 あっ、そういえば。

 「ちょっと待って! あのさ、ひょっとしてなんだけど、私のこと前から知ってたんじゃ……」
 「その星箒シュテルンの事も含めてな。冥矢によろしく頼むぞ!」

 そう言って、今度こそ良治様はクラスメートのところへと帰っていった。
 さてさて、次の人は……?

 「あれ、出てこないの?」

 みんなが何故か首を横に振っている。

 「いやいやいや、私の方がどう見ても不利だったじゃん! みんなにも勝ち目あるでしょ!?」
 「じゃあ、今度は俺と対戦してくれませんか?」

 そう言って、みんなが列を開ける。
 どうやら、さっきの良治様と同格クラスで強い人らしい。

 「はじめまして、西園寺沙羅子爵令嬢。俺は銀城ぎんじょう添枝そえだと言います」
 「改めて挨拶を、銀城添枝公爵令息。私は西園寺沙羅子爵令嬢です、今後ともどうぞよろしく」
 「これから戦う人にする挨拶かどうかはともかく、これからよろしくお願いしますね、沙羅様」
 「こちらこそ、添枝様」

 向かい合う。
 さっきの良治様とはちがって、こっちは正統派の戦い方をしそうだ、と見る。実際、体つきは鍛えてある人そのもの。
 それに、その目。なるほど、実戦経験者と見た。となれば、戦闘開始と同時にしてくることといえば一つだ。

 「十連抜き二戦目、開始!」

 レナさんの声が響くやいなや、一気に添枝様が距離を詰めてくる。思った通り、近接戦闘ッ!
 即座に〈ブレイズブレード〉を発動、相手の剣撃を防ぐ。それと同時に〈エレクトロンフィールド〉を展開。一瞬遅れて相手が〈ブレイズブレード〉の刀部根本のほほ真下にある銃口から銃弾を放つ。
 おそらく〈コイルガン〉、それを弾く。その直後、相手はさらに一歩距離を詰め、蹴撃。身体の重心を逸らしてその一撃を躱す。
 返す刃で、一撃食らわせようとしてきた右足を左手で掴む。その瞬間に飛行術式が発動され、相手は上昇。急上昇を引き換えにこちらを銃口に収める、甘い。

 左足を地に落とし、それと同時に銃撃を躱す。そして、こちらも銃口を向ける。相手は飛行術式を解除してこちらの銃撃を回避。
 〈ブレイズブレード〉を使って追撃するが、相手もそれに合わせて〈ブレイズブレード〉を発動、鍔迫り合う。

 精霊術同士が干渉、一気に意識が白濁。
 慌てて私は解除、添枝様もそれは同じ。しかし、態勢を立て直したかさらに距離を詰めてくる。
 蹴撃、今度は電撃を含む!
 わざわざ靴に細工している、蹴る力が筋肉自体への電気的刺激により僅かに増大。不味いと思い慌てて距離を取る。
 解除していた〈ブレイズブレード〉を再稼働、足をそれで狙い、相手は避ける。代わりに、私の持つ銃の手元に銃弾を打ち込もうとしてくる。

 〈エレクトロンフィールド〉で銃弾を弾く、しかしその隙に相手は一気に距離を詰めてくる。もはや再度の銃撃は間に合わない。〈ブレイズブレード〉を横薙ぎし、相手の首元を狙う。
 それを、相手は腰を屈めて回避。僅かに態勢を崩したその隙を突いて、私は息を整えて再度距離を取る。〈コイルガン〉を放ち、相手の動きを牽制、そのまま私は一気に突撃。

 致死の一撃と判定される頭から首にかけてを〈ブレイズブレード〉で狙う。こちらの思考を添枝様は全て読みきったのか、こともあろうか牽制した弾丸の方へと向い、左肩を撃ち抜かせる。
 それを代償に私の近接距離まで迫る。あっけにとられていたのもつかの間、さらに距離を詰めてくる添枝に対して私は〈グラヴィティフィールド〉を展開。

 「〈グラヴィティフィールド〉」
 「なっ!?」

 慌てて距離を取ろうとする。
 直後、私の眼の前に展開されていた防御壁のかなりの部分が相手に干渉されて無効化。私と添枝様の間の距離はあって3メートル。

 距離を詰められてはたまらない。
 後ろへと一気に下がり、相手の蹴りを躱す。そのまましゃがみ込み、添枝様を下の方から狙撃する。それを、添枝様は美しく回避し、攻撃へとつなげてくる。

 予想外のところから〈エレクトロンフィスト〉を受けそうになり、私は〈エレクトロンフィールド〉でそれを弾く。
 しかしそれは餌、本命の銃口は私の頭の近くにまで来ている。〈ブレイズブレード〉で慌てて添枝様の右腕から銃を叩き落とす。

 「……、ちっ!」

 銃を〈コイルガン〉で狙い、場外へと吹き飛ばす。相手は〈アクセラレート〉で砂利を加速しようとしてくるが─もう遅い。

 「チェックメイト」

 銃を相手の眉間に当てる。
 ふう、と一息つく。

 「そこまで! 銀城公爵令息はHSヘッドショットを受けて脱落。西園寺子爵令嬢は特に被害なし、次の私闘フェーデに備えて5ptが加増され、94ptとなった。以上を以て第二戦を終了とする」

 立ち上がる添枝様。
 それに対して私は、埃を払う。

 「まさか、飛行させることもなく負けるとは、思っても見ませんでした」
 「もとから空を飛ぶのは苦手でして……」

 星箒シュテルンがなければ、私はほとんど空を飛べない。数メートルくらい地上に上がって、それで終了だ。それ以上上昇すると、私がちゃんと降りられるかどうかが怪しくなる。

 「? それなのにあの強さとは……、恐れ入りました」

 そう言って、添枝様は爽やかそうに微笑んだ。
 にしても、強かった。本当に強かった。対人戦なんてほぼしたこと無かったし、たまにはいいかもしれない。
 ところでみんなからすごいドン引きされてるんだけど、なんでや? 私、悪い事してなくない!?

 「あ、あの……、続きの人は?」

 全員首をプルプルふる。
 あれ? ホントに私、なんかやらかしたパターンか!?

 「全員手を挙げないようだから、これで十連抜きは終わりだな。レナ教諭、これを以て十連抜きを終了とします」
 「了解」

 レナさんはため息をつきながらそう言った。
 本当になんで、みんな私に挑むのをやめたんだか……。

 心底疑問に思っていると、添枝様が耳打ちする。

 「術士二科と聞いて侮っていたら、一科の俊英と実戦返りがやられたんですよ。下手したら自分も負けるかもしれないと思って、挑めないのでしょうね」
 「け、研鑚の機会だと思えばよくない?」
 「あまりにも実力差があるというのならば、私闘フェーデを受けないのが普通です。良治や俺が珍しいだけですよ」

 そう言って、添枝様は微笑む。

 「さて、じゃあ俺も少し研鑚して……」
 「おっと、ちょっとまってくれるかな?」
 「? どうかしました?」

 そう言って、私はその人の両眼を覗き込む。

 「どうして、乙坂アリサ子爵令嬢と婚約破棄したのか、教えてくれないかな?」
 「親に言われましてね。俺個人としては、アリサのことを好いてはいたのですが……」

 そう言って、本当に悔しそうにする添枝様。どうやら、本人に裏がある、というわけでもなさそうだ。

 「念の為聞くけど、それは本当のことだよね?」
 「神にも大公殿下にも誓いましょう」
 「わかった」

 まだ本心から納得したわけではないけど、おそらく添枝様自身はほぼ白確定と見ていい。となると、途端に怪しくなるのは……。

 「じゃあ、ご両親からはどんなふうに連絡を受けたの?」
 「手紙です。乙坂子爵家の当主も夫人も戦死したから、もはや乙坂家の娘と婚約する価値はない、すぐに婚約破棄しろ、と。一応抗議の手紙を書いて送りはしたのですが、返ってきた返事はさっさと婚約破棄しろの一点張り。しかたなく婚約破棄しました」
 「それは……、ご愁傷さま」
 「ありがとうございます。ただ、俺よりもアリサの方が精神的にはキツいはずです。もしも会ったら慰めてやってください」

 そこからは、本心からアリサ嬢を慕う気持ちが見えた。うーん、念の為にアリサ嬢からも話を聞いたほうが良さそうだけど、もうこれは白でしょ。

 「……、本当にアリサ嬢を慕ってるんだね」
 「ああ。アリサとは、割と長い付き合いだからでしょうかね。よく二人でバカやったもんです」

 そう言って微笑んだあと、添枝様は何かを思い出したかのように、両手を叩いた。

 「そういえば、俺の両親にも魔女みたい女性が出入りしているのだとか。アリサじゃなくて、別の女性らしいですけど」

 ……、聞き捨てならないことを聞いた気がする。

 「その人って、どんな人?」
 「さあ? あくまで、公爵家に仕えている子爵家の方から聞いた話ですし、ちゃんと見たわけではないそうなので」
 「なるほど……」
 「おっと! すみません、友人に呼ばれてしまいました」
 「ああ呼び止めてごめんね、じゃあ!」
 「これから数ヶ月、よろしくお願いしますね!」

 そう言って添枝様は走り去ってしまった。
 わざわざあの星菜さんがくれたヒントだ。答え自体ではなくても、それに近い何かがあるはず。
 とはいっても、さっぱりだけど。うーん、どうすればいいんだか。

◇◇◇

 授業が終わる。
 授業は五限制。一限あたり100分の授業で、座学四、実技一を一日のセットとしているらしい。なるほど、実技の腕を鈍らせないため、ってことか。
 ただし、一日はしっかり休養を取るためか、水曜日だけは座学が五限分ある。んまあ、とはいっても、合計して週二五コマの授業しかない。

 んまあ、それはともかく。
 こつこつ、と靴で床を踏み鳴らし、目指す先は学府の図書館。ちなみに本を借りに来たわけではない。終業が七時の学府図書館だけど、貸出は五時まで、本の閲覧室は五時半までだから、五限全部を終えた時点で既に本は見られなくなっている。

 図書館内に入り、七時前まで空いている区画─自習室を横目に通り過ぎ、館長室をノックする。

 「失礼します、沙羅です」
 「汝沙羅也。許入」

 ドアを開ける、眼の前にいるのは初老の男性だ。完全に髪は白色だが決して禿げてはいない。
 後ろ髪は緩やかに一本で結ばれていて、身につけている片眼鏡まで含めればまるで英国紳士みたいだ、みたことないけど。

 「すみません。漢語は苦手なので、日本語で話していただけませんか?」
 「? ああ、そうだったな。すまない、最近は孫娘としか話さないもので、人と話す時には漢語で話す癖がついてしまったらしい!」

 ハッハッハッ! と快活に笑う好々爺。
 ちなみに、この方こそ学府長─九条兼重子爵である。あっ、もちろん紅亜の祖父に当たる人物だね、漢語話してるし。

 「それで沙羅殿、一体何用ですかな?」
 「資料庫B-17、その閲覧許可をいただきたい」
 「ほう」

 途端に、兼重子爵の目線が冷たくなる。

 「研究の有益な話が聞けると思っていたのだが、違うのですかな?」
 「すみません、詳しいことは言えないのですが」

 そう言って、私は星菜さんから預かっていたものを懐から出して見せる。

 「……、なるほど、その調査ですかな?」
 「ええ、その通りです」
 「ほうほう……」

 相変わらず冷たい目線のまま、私を見てくる。その視線は、間違いなく、公国貴族としてのものだった。

 「念の為に聞きますが、貴女が・・・そちらの味方と・・・・・・・いうわけでは・・・・・・ないでしょうな・・・・・・・?」
 「まさか! 私は西園寺子爵家の・・・・・・・長女です、そのような真似はしませんよ!」
 「……、わかりました、そちらの言葉を信頼することにいたしましょう。ですが、付き添っても構いませんよな?」
 「もちろん!」

 ふっ、と兼重子爵が笑う。
 そういえば、この人、割と偉い人なんだよなあ……。学者とか学府長とか、そんな感じの戦場に出ない人って割と軽蔑されがちなんだけど、兼重子爵は特別らしい。詳しいことは知らないけど。

◇◇◇

 茉莉が私を廊下で偶然見つけたのか、私の方へと近寄ってくる。小走りなのもちょっとかわいい。

 近くに来た茉莉といつも通り少しじゃれ合ったあと、進展を聞かれたので、答えを返す。

 「なんとなく、第1フェーズの佳境は突破したってところかな? ただ、少なくともこの事件、あと三フェーズはあると思う。まだまだ事件解決には掛かりそうだね」
 「大変……」
 「そんなこともないよ。精霊魔術の研究をするのと同じくらい……、いやそれには劣るけど、でも楽しいから」

 少しだけ茉莉の側にある壁により掛かる。
 その時、視界の端に、見覚えのある人影が写った。私は、その人へと呼びかける。

 「海凪様! こっちにきてよ!」
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【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神様のミスで女に転生したようです

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 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

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