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 第1章 【眩惑纏繞】子爵令嬢と婚約破棄

 会議は踊る、されど進まず

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 改めて見ると、やっぱり海音さんはすごく美人だ。
 そろそろ四十路も半ばを過ぎているはずなのに、まるでそれを感じさせない。妖艶さと勝ち気を両立させた、独特な魅力を感じる。

 「たっ、大公殿下!」
 「ええんよ畏まらんで。どうせこの後の会議でもフランクにいくやろし」
 「は、はあ……」

 なんか、海凪様が凄く疲れてる気がする。
 まあ、こんなに偉い人の開く会議に列席するわけだし、そんな感じにもなるかぁ……。海凪様、お疲れ様。

 あれでも待てよ、この会議に出させられてるのって、結構な部分が私のせいでは?
 だって、この会議って、あの指揮官型のメビウスについてのものだよね。私が勝手にとつらなければ、この会議でなくても済んだのでは?

 「なんか、ごめんね?」
 「えっと……?」

 海凪様に一応謝っといたけど、何を謝罪してるんだこの人、的な目で見られた。なんならちょっと怪訝そう。

 「そういえば、茉莉はどしたん?」
 「茉莉は……、多分寝てるんじゃないかな」
 「……、茉莉が朝弱いん、全く治る気配がなさそうやな」

 そろそろ琴音さんか琴羽さんが起こしに行くことだろう。
 ところであの子、着替え間に合うのかな?

 「おはよう、沙羅、京香……」

 あっ、そんな話してたら完璧な身繕いを終えて、凄く眠そうな顔でこっちに来た。なんだろ、どうして身繕いは完璧なのに、そんなに眠そうなんだ?

 「お、おはよう……、眠そうだね茉莉」
 「……? 眠くはない」

 なんて言いながらも寝ぼけ眼を擦ってるあたり、多分眠いんだろうなあ……、この子大丈夫?

 「それならいいけど。ところで京香、他の皆さんは?」
 「新条公爵やったらそろそろ来ると思うで。彬君も一緒やな」
 「だからその彬君って呼び方止めてあげなよ、凄い恐縮してたじゃん」
 「せやなあ」

 などと話しているうちに、続々と、呼び出しを受けた貴族と貴族令息達がやってくる。全員、一応面識はある。今とは違った形で、だけど。

◇◇◇

 「それでは、これより会議を開催します。今回の議題は、北部戦線の収拾および、これまで未確認であったメビウスの機種についてです」

 秀亜がテキパキと話を進めていく。

 「これは、現在の北部戦線の状況です。九条領長野より南方八十キロ地点が突出部となり、他の部分では大きく押し込まれています。特に、大規模攻勢に伴い戦線の崩壊した北東部は犀川中流まで食い込まれ、東部戦線にも影響が出ています」

 スクリーンに、戦域図が映し出される。
 北東部が大きく窪んだ形をしていて、東部戦線の一部も食い破られている。うーん、改めて見ると、中々ひどい状況だなあ……。

 「東部戦線では連日メビウスによる小、中規模攻勢が敢行されています。北東部の、東部戦線と北部戦線を繋ぐ一帯、つまり旧群馬一円ですが、救援要請がひっきりなしに寄せられています。ですが、中央軍団も現在消耗しており、すぐに動ける状態にはありません」

 頷くのは、中央軍閥の首魁の片割れともいえる海音さんだ。
 今回、海音さんもかなりの軍功を上げたって聞いてる。ただ、それが出世に結び付くかどうかは知らないし、興味もない。なんなら本人さえ興味がなさそう。

 「西園寺公爵、東部戦線の現状について細かな説明をお願いいたします」
 「分かりました」

 秀亜に代わって、義伯父上が説明を始める。
 秀亜の隣に立つ形になってるけど、別に緊張はしてなさそう。んまあ、そりゃそうかもだけど。事情もあるし。

 「現在、我々東部辺境軍団は、四個軍団を北東部へと回し、三個軍団は東部戦線正面からの敵襲に備えています。ただし、戦況は芳しくありません。東部戦線正面からの来襲こそ今のところはありませんが、偵察部隊によると、最低でも五個軍団規模の増援が東部戦線側のメビウス支配域深部へと到達。これに、これまで正面から対峙していた集団を含めれば、優に十個軍団を超える規模の軍団が存在することになります。
  仮にこれらの軍団が正面から攻撃してきた場合、北東部どころか東部戦線一帯が吹き飛ぶことにもなりかねない。十年前の二の舞いですな」

 飄々とした顔をしているが、その東部戦線の、事実上の総責任者は義伯父上である。責任で押しつぶされるどころか、飄々として振る舞う事ができるあたり、流石は歴戦の貴族将校だなあ、と少し感心する。

 「現在、東部辺境軍団は予備兵役及び後備兵役を徴収し、再訓練を実施しています。ですが、実戦投入までに最低でも一ヶ月は必要。故に、それ以前に攻勢が敢行された場合─」

 東部戦線が真っ赤に染まる。
 スクリーン上に映るのは、関東一円から旧静岡県中部地域まで赤く塗られた、東部戦域図だ。

 「この領域を放棄し、遅滞防御に務めることになります」
 「……、競合戦域コンテクストエリアどころか、中枢領まで放棄するのか?」

 腕を組んで難しい顔をしていた、新条公爵がそう問いかける。新条公爵は南部戦線の要だ。旧静岡県エリアも、もちろん南部戦域に含まれる。自分の管轄エリアを明け渡さなければならないとなれば、そんな反応にもなるだろうなあ……。

 「これは、比較的楽観的な予想図です。もしも遅滞防御さえ間に合わない攻勢が敢行されれば、最悪の場合─」

 スクリーン上の赤の領域が、さらに増える。
 私も含めて、その場にいる全員が息を呑んだ。

 「西部戦線競合戦域まで後退し、そこで迎撃することになります」
 「……、待て、西園寺公爵」

 海音さんが、鋭い目つきで義伯父上を睨みつける。

 「いくらなんでも悲観的な予想過ぎるだろう。東部戦域全体までならばともかく、公都まで放棄しなければならなくなる? 仮にも我々中央軍団が控えている、公都を明け渡すことにはなるまい」
 「ではお聞きしようか、如月子爵」

 義伯父上─西園寺造成公爵が、同じく鋭い目つきで如月子爵を睨み返す。
 思わず義伯父上から目を背けてしまう、だって怖いし。海音さんも海音さんで、相当怖い表情をしてる。
 まあ、海音さんの場合、東部辺境軍団のトップから言外に"お前らは無能だ"と言われたような状況だしね。中央軍団の存在意義って、公都を守ることだし。

 「聞きたいことがあるならはっきりと聞き給え」

 うぅ……、怖いよぉ……、海音さんの声が低いよぉ……。
 今私が座ってる席って、海音さんの隣なんだよね。それで、義伯父上と海音さんを繋ぐ直線上に丁度位置してるわけで。
 つまり、私を挟んで喧嘩一歩手前みたいな状況。逃げていい?

 「今、中央軍団の機甲戦力の稼働率はどれくらいですかな?」
 「……、痛いところを突かれましたな」

 海音さん、苦虫を噛み潰したような表情になってるんだろうなあ……。
 怖いので、二人の顔は見ないようにしてる。

 「確かに、現状、機甲戦力の稼働率は三割を切っています。オーバーホール中の車両や、そもそもとして石油の不足、さらには弾薬なども心許ない。仮に一ヶ月の猶予があったとしても、稼働率は六割程度にしかなりますまい」
 「かといって、術士戦力もすぐに動けるわけではないのだろう?」
 「動かせはしますが、後続が続かない。銃弾にしろ銃そのものにしろ、すぐに再生産できるわけでもない。東部戦線に備蓄が回されているお陰で、中央軍団の術士戦力は事実上半減だ」

 はあ、と溜め息を付く海音さん。
 さりげなく、"今中央軍団が動けないの、あんたらのせいだからな?"と言ってるんだけど。まあ確かに、東部戦線の逼迫も相俟あいまって、弾薬とか石油とかの備蓄も結構な部分が東部に回されてる。
 結果として中央軍団にしわ寄せが来てるのも否定はできない。

 「話がそれましたな」

 やれやれ、といった感じで義伯父上が視線を外す。
 海音さんと義伯父上って、微妙に反りが合わないらしくて、こうやっていつも喧嘩してるらしい。いつもは京香や秀亜が止めに入るって聞くんだけど、今回はずっと喧嘩してるわけにもいかないのか、自主的にすぐに止めた。

 「どちらにしても、目に見える以上に東部戦線は逼迫しているのをご理解いただきたい。連戦に次ぐ連戦で、精霊術士の後送や戦死なども増えている。通常戦力もかなり減耗しています。
  それこそ、数少ない予備戦力や備蓄の大半を東部戦線に回さなくてはならないほどに」

 そうなんだよなあ……。
 公国の生産能力にも限界がある。弾薬だって湧いて出るわけでもないし、石油なんてもっとひどい。鉄資源に石油資源─そういったもののかなりの部分は、海外の海底資源由来になっている。

 そして、大規模攻勢ごとに、その資源も消えていく。

 それはそれは、まるで死神の足音のように。
 帳簿を見るたびに吐き気がするくらいには、今の戦況は絶望的で、しかも好転する余地もない。現状維持するのだってやっとだ。
 そんなギリギリの戦いを支える精霊術士にしろ、銃弾や銃は必要なわけで。

 東部戦線だけじゃない。
 北部だって西部だってとうに限界は超えてる。それなのに戦い続けようと思ったら、綱渡りをするしか無い。

 「いつも通りの選択と集中の結果、というわけかぁ……」

 独り言のように呟いたのを、耳聡く海音さんが聞きつけたらしい。

 「東部戦線を重点に置かなければならない現状は相分かった。だがしかし、その結果として北部の奪還に向かわねば、結局の所、戦線を巻き返すことはできない。北部戦線が圧迫されたたままでは、いくら東部戦線に集中しようとも意味がないだろう?」
 「それはその通りだな」

 とはいえ、といったところだ。
 実際問題、北部戦線が圧壊寸前だとしても、東部戦線に戦力や備蓄を集中させないと、雪崩を打って前線が崩壊しかねない。十年前の東部戦線崩壊時、なし崩し的に崩壊した北部戦線をみればそれは明らかだ。

 「現状の報告感謝します、西園寺公爵」

 秀亜が義伯父上を席に返して、スクリーン上の戦域図を切り替える。

 「今西園寺公爵が話していただいたように、東部戦線はかなり危機的状況にあります。ですが、ここまま北部戦線が圧迫されたままとなれば、いずれにせよ戦線が崩壊する危険性があります」

 そう、だからといって東部戦線に注力したとしても、北部戦線が崩壊すればこちらもまたなし崩し的に東部戦線が崩壊してしまう。とはいえ、北部と東部のどちらにも十分な戦力を置くというのは不可能だ。

 だって、肝心の戦力が足りてないから。

 慢性的な戦争状態が齎した恒常的戦力不足。
 それに伴う限定的な攻勢にすら出られない状況。
 そして、全体的な資源の不足。

 こんな状態でよく戦争をしてられるな、と言われそうだけど、"こんな状態"が続いて、かれこれ一世紀近く経っている。ある意味、この程度は慣れたものなのだ。

 「翌日より開催される大公会議では、これからの戦略の策定が主題となります。そして、その戦略策定の重要な因子ファクターとなり得る存在が確認されました。
  では、沙羅、頼めますか?」
 「分かった」

 私は席を立ち上がる。

 正直に言うと、すごく気が重い。
 綱渡り、戦力不足、終わりの見えない戦争。それだけでも十分に、気分が憂鬱になる。それなのに、さらに憂鬱になる情報を付け加えなきゃいけないんだから。

 壊れゆく戦線、崩れ行く国家、斜陽とはまさにこのことなんだろうなあ、自覚したくもなかったけど。

 私がスクリーンの横に立つと、みんなの視線が滅茶苦茶集まってくる。それもそうだよね。だってこれから私が報告しようとしていることは、公国の戦争戦略を根底から覆しかねないんだから。

 「知っての通り、メビウスは群体、つまり群れて襲ってくるだけであり、そこに戦略も連携もない─それが、これまでの常識でした」

 もちろん、無茶苦茶な規模で襲ってくるから、些か私達では力不足の感があったけど。実際、数百年の間で、こうして戦線は押し込まれているわけだし。

 「ですが、今回、北部戦線においては大規模な連携攻撃が観測されています。北部戦線において、北部辺境軍団が溶けるように消滅したのも、それが原因であるかと。
  そして、その連携攻撃を司る指揮官型メビウスが確認されました」

 スクリーン上に、私の戦闘記録アサルトレコードに残っていた指揮官型メビウス─陸上空母を映し出す。画像の粗さなどは、一応編集ソフトでどうにかした。

 「陸上空母型─符丁コールサイン双頭の魔犬オルトロス

 推測される敵機体の概形を映す。
 戦闘記録アサルトレコードから割り出された各部位の長さなどを参考に、上から見下ろすような形になるように書き直したものだ。

 「見ての通り、二つの飛行甲板を有し、それを繋ぐ胴体部分には254mm砲が搭載されています。さらに、飛行甲板縁部にも多数の砲塔が確認されていて、精霊術士による接近も難しいかと。
  飛行甲板からは、多数の、戦闘機タイプの小型ビットが発艦可能。レーザー発振器を有しているようで、私はこの攻撃を受けて戦闘不能となりました。発艦可能な機体の数も多く、制空権を容易く握られてしまうおそれがあります」

 これまでだんまりを決め込んでいた公家筆頭─八条星菜辺境伯令嬢が、口を開く。

 「それが指揮官型であるという確証はありますか?」
 「これほどの重武装ユニットを有する機体を、私達はこれまで一切確認したことがありません。それに、これだけの重武装ユニットを有する以上、相応の戦略的価値があることは間違いないかと。
  また、指揮官型メビウスには必須であろう、多数の魔導核が確認されています。魔導核の数だけみても、通常のメビウス機体の数十倍の数を有していますし、状況証拠とはいえ、ほぼ確実かと」
 「……、分かりました」

 私は説明を続ける。
 戦闘した所感、敵の出方などを報告し、乾いた喉をお茶で潤しながら話続けた。凄く疲れるけど、やるしかない。

 「……、説明は以上となります」
 「沙羅、ありがとう」

 秀亜に一礼して、私は席に戻る。

 「……、本体の武装だけでなく、飛行可能ユニットを有するビットが存在するのも厄介ですな。無視しようにも、下手をすればこの一体だけで戦線を突き崩されかねない」
 「155mm砲や機関砲を多数搭載しているのも厄介です。この一機を破壊するために、それこそ多数のミサイルや砲弾を必要とするでしょうからね」

 悩ましい顔で、義伯父上と海音さんが、スクリーン上の陸上空母を睨みつける。実際、こいつが指揮官型ではなかったとしても、排除しなければならない相手だ。

 「京香殿下、"オルトロス"の監視を行っている部隊は?」

 新条公爵が、徐ろに口を開く。

 「それについては弥生子爵の方が詳しいんとちゃうか?」
 「説明したほうがよろしいですか?」

 男としてはやや高いテノールの声で、彼方子爵が京香に聞き返す。
 こくり、と京香が頷くのをみて、徐ろに話始めた─まるでパンでも買いに行くかのような気軽さで。

 「一応、僕の部下達、つまり第一航空師団第二士隊が監視にあたってるよ。ただし、観測しているとはいっても魔導核を、ね。今のところ支配域から出た気配はないけど、いつ動き出してもおかしくないとは思うよ」

 気の抜けた感じで話しているけど、ちゃんと将校としては有能だ。
 ちょっと性格が悪くて、ちょっと顔が良くて、ちょっと人の神経を逆撫でしがちなのを除けば、ちゃんと将校としては有能だ、有能なのだ、……、ついでにいうと私は嫌いだけど。

 「どこかのおチビちゃんが破壊した部分についても観測しておいたよ。多分だけどもう修復されちゃってるね。苦労したのに可哀想だね」
 「……、親切にどーも」

 ほら、こうやって逆撫でしてくる。
 誰がおチビちゃんだ、このばかやろーっ! つーか、苦労したのに可哀想だね? 煽りか、煽りだよな! ぶっ飛ばしていい?

 「僕の部下達によると、競合戦域コンテクストエリアと支配域深部の間に、巨大な構造物が建築されてるって。魔導核の観測による結果だけど」
 「……、構造物? 構造体型が出張ってきてるってこと?」
 「うーん、どうなんだろうねえ……。あくまでも魔導核を観測しただけだから、そこらへんはよくわからないよ。第一の子たちが深部まで偵察してくれるらしいから、その報告待ちだね」

 元から細目な瞳を、さらに細めて彼方子爵が見てくる。
 うっわ、目つき悪っ! これでも顔立ちが整ってるから、それはそれで絵になるのがとっても腹立たしい!

 「推測してみようか?」
 「……、その構造物の目的について?」
 「そう! 沙羅さんも気になるんじゃないのかなあ、この構造物が何なのか? それとも気にならないのかな?」
 「……、気にはなりますけど、第一士隊の報告を待ちます。変に推測して外れたら、それこそ大変ですし」
 「推測するだけならタダだよぉ?」

 頬杖をついて、私の価値を図るかのように見てくる。
 うっざ! それに面倒メンドい……。

 「弥生子爵、そこまでにしておきなさい」

 義伯父上が嗜める。
 彼方子爵は、義伯父上に少し目線を遣った後、私の方に、それはそれは絵になる面倒くさそうな微笑を浮かべて、目を閉じた。

 「ただ、弥生子爵のうとることは問題やなあ……。構造体型やっけ? 報告に上がるん久方ぶりやないか?」
 「確かに、構造体型が出てきたのは久しぶりだな」

 海音さんが思案するかのように顎に手を当てた。

 構造体型とは、メビウスの機体?もどきの一つだ。
 多数の魔導核の連合体から形成されていて、特定の形を有していない。言ってみれば建材みたいなもので、構造体型がいると一日で拠点ができる、まじで。

 一回、墨田川を渡られて、こちらの辺境伯領のど真ん中に拠点を建造されたこともあった。あの時はほんとにやばかったなあ……、メビウスの航空拠点が半日で完成して、そこから制空権を奪われていった。
 なんとか拠点の破壊に成功したときには、こっちの戦力はほぼ全滅状態だったわけで、お陰であの後数か月間、精霊術士戦力をひっきりなしに使う羽目になった。構造体型なんて死ねばいいのに。
 いや、そもそも生きてないか。

 「……、嫌な予感しかしませんな」
 「珍しく意見があったな、私も同意見だ」

 義伯父上と海音さんが、渋々といった感じで頷く。
 ……、実際、ろくでもないことが起きそうな気しかない。

 「……、念の為、私が偵察に行きましょうか?」
 「第一に同行するつもりなら、道中は私の部下達に護衛させようか?」

 まるっきり冗談と分かる声で彼方子爵が言ってきた。

 「……、それ、わかってていってますよね」

 今第二を公都に戻したら、敵を観測する部隊がいなくなってしまう。
 どう考えたってアウトでしょそれ。絶対わかってていってるよねこの人、なんか意趣返ししたくなってきたなぁ……。

 「まあ二人とも落ち着きなはれ」

 京香が呆れた、と言外に含めて言ってくる。
 いやだって! こいつ! ムカつくんだもん! 何、西園寺子爵家の娘に要はないっての!? 後で義伯父上にしばかれればいいのにっ!

 「さーらー?」

 京香に窘められて、漸く私は引く。
 それでも、一発殴りたいっていう気持ちに変わりはないけど。ちなみに、さっきから彼方子爵はニヤニヤしてる、性格悪っ! 何あの笑顔、全力で殴り飛ばしたいッ!

 「はぁ……、ええか、二人とも、今はいがみ合うの、やめよな?」

 ……、わかりましたよ。
 はぁ、と溜め息を付いて、彼方子爵から視線をそらした。

 「今回の議題は、この北部戦線の怪物をどうするんか、そして東部戦線をどないして好転させるか、その二点や。ここからは自由に話し合ってもろえるか?」

 分かった、と言わんばかりに、この会議に列席している貴族たちはみんな頷いた。

◇◇◇

 「結局、何も決まりそうにないねぇ……」

 その後、なんやかんやあって自由に話していた私は、今は彼方子爵に捕まっていた。

 「そうですね」
 「おやおや、何か情報を持っているんじゃないかなぁ、君は?」
 「貴方達に隠し事はしませんよ」

 へぇ、と心底疑わしげに彼方子爵は声を出した。……、んまあ、これに関してはほぼ私の責任ではあるけどさ。

 「……、少なくとも、今の私は西です」
 「その言葉をどこまで信用できるのか、分からないんだよねぇ」
 「ある程度、信用に足る根拠は示してきたつもりですが」
 「うんそうだねぇ。でも心底信頼できないっていうのもぉ、分かるよねぇ?」

 口調こそ穏やかだけど、私のことを全く信用していないとわかるような声だった。それに、冷たく射るような目。

 「まあ、今回の関しては君を信用することにするよぉ。でもぉ、信頼はしないからねぇ?」
 「……、分かっています」

 少なくとも、彼方子爵は私を信頼していない。それは、仕方のないことだ。だが、私の戦略的価値だけは信じている、そんな感じだ。

 「なら構わないけどねぇ」
 「……」
 「少なくとも、僕は君のことを今回は信用するよ。でも、一度でも信用を裏切るのなら、その時は─」

 容赦なく君を殺すよ、と。
 声なき声が、聞こえた。

 結局会議は、このままでは埒が明かないということで終了。海音さん率いる第一士隊と私が、北部戦線とその奥地を一度強行偵察し、情報を仕入れてから仕切り直すことに決定した。
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