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ep.0.50 北方戦役─序章
死闘
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チョコレートを流し込み、箒と銃を取って戦う。突撃銃の塗装が剥がれ落ちて使い物にならなくなったため、貯蔵されていた狙撃銃に切り替えたくらいが、唯一変わったことかな。
ひたすら敵を潰すだけの原始的な死闘。爆炎、爆炎、爆炎。轟音に耳が慣れ、目がチカチカするのを堪えながら、それでも戦闘を続ける。
「……、っ!」
息が上がってくる。そろそろ限界に近いと自覚する。
敵は、ようやく九条領長野に私達がいることを脅威とみなし始めたらしい。主力部隊の一部を割いてまで、こちらに向かってきているという報告があった。お陰様で前線の圧力は緩和されたが、こちらの負担は跳ね上がっている。
「リラ様っ!?」
海凪様の声が聞こえる。その声も、今は少し遠い。
意識が若干朦朧となり始めていることに、今更気づく。だが、ここで引くわけにもいかない。
「沙羅、血が出てる」
茉莉の声を聞いて、服を見る。吐血した跡なのか、若干の血がついていた。口の中から血の味がすることを自覚する。
「大丈夫」
服の袖で血を拭う。
加減速のしすぎで、骨や筋肉に負担をかけすぎたらしい。ただ、そんなこと言ったって退くわけにもいかない。というか、退く場所もない。
「行くよっ!」
◇◇◇
電磁式〈ブレイズブレイド・第二段階〉で辺りを薙ぎ払い、〈コイルガン〉で敵車両を吹き飛ばす。
「だいぶきつそうやな」
電磁式〈トランスミット〉で京香と会話する。
京香の方はかなり余裕がありそうだ。……、おかしいなぁ、京香だって前線にいるはずなのに、どうしてだよっ!いやまあ、人数の問題だろうけどさっ!それにしたって!理不尽だって!感じないわけじゃないんですよ!
「京香、こっちはそろそろ限界。どうしようもなくなったら、精霊魔術使って逃げるからね」
「それは構わへんよ。ただ、それされるとこっちもキツイわ」
いま、公国が有している戦力は、機動戦力としては高々四個軍団。辺境軍団を加えても、十個を下らない。それに対して相手は数十個軍団規模。普通に考えたら、たったこれだけの戦力で前線を支えられるわけがない。
その無茶を可能にしているのが精霊術士、つまり航空士隊なわけだが。
「やっぱり機動防御に切り替えるべきじゃない?」
防衛線を一旦放棄して、出張ってきた相手だけを狙う、それが機動防御だ。少数の防衛部隊が敵部隊の進撃を遅滞させ、進撃の速度が鈍った相手から精霊術士で叩き潰す。こちらが持っている空間と敵の進撃速度を等価交換する形になるが、それくらいしか方法が思いつかない。
「そうしたいのはやまやまなんやけど、これ以上食い込まれてまうと、中枢領に食い込まれるんよ」
そこまで追い詰められているのか……。
中枢領は、いわば「銃後」、つまり後方だ。安全が保証されているはずの地帯だから、市民だって沢山いる。おそらく避難も始まっているだろうが、仮にも首都近辺だ。すんなり避難が進むとは思えない。
「そりゃ、仕方ないかぁ……」
近寄ってきた戦車型に〈コイルガン〉をお見舞いし、擱座させる。
「っ! きっつい!」
「沙羅、もう使うたらどうや? 近辺に味方はおらへん、見られることもないやろし」
「……、でもなぁ……」
ここで精霊魔術を使うと、海凪様があまりにも不憫だ。半ば私の身勝手でここにいるわけだし。
精霊魔術の存在は、少なくとも軍内部には伝えていない。それどころか、知っている貴族といえば義伯父の西園寺公爵と義父の西園寺子爵だけだ。あとは京香とか秀亜とか。
んまあ、伝えるべきことじゃないからこれがベストなんだけど。仮に海凪様に見られちゃうと、ねぇ……。
「一緒にいる如月家の御令嬢のこと気にしとるんか?」
「いやだって、巻き込むわけにもいかないでしょ?」
「そりゃそうやな。じゃあ、暫く匿うたらどうや?いっそのこと、如月家の御令嬢も巻き込んでまおうや」
直前と言ってることが全く別ですよ京香さん!?
「だから、そういうわけにも……」
「大丈夫や、如月の棟梁とは仲がええ、何とかねじ込んでも文句言われへんやろ」
「いやまあ、そうかもしれないけどさ!」
「なら決まりやな。巻き込んでまえ!そもそも、茉莉と西園寺の公爵、子爵達としか、最近絡んでへんやろ?久しぶりに人付き合いせえや」
むぅ……。そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
「……、せめて、海凪様に確認を取ってからにさせて」
「それもそうやな。じゃあ、返事は後で聞かせてもろうで」
そう言って、京香は〈トランスミット〉を切った。
うーん、どう話したものか……。
「リラ様?」
いつの間にか近くにいた海凪様が、私にそう問いかけてくる。ええい、こうなったら、やってやろうじゃないの!
「海凪様、これから見たこと、誰にも言わないで下さいね」
「? はい、それは構いませんが」
「あと、この戦いが終わったら、私のところに来てくれる、数日くらい?」
心底困惑した様子だが、海凪様は頷いてくれる。
よし!じゃあ容赦なく使わせてもらうよっ!
「海凪様、信用してますからね、その言葉っ!」
魔女箒の複合魔術核を同調、精霊術から精霊魔術へと設定を変更。波長をより短くし、精霊魔術を起動。
広域破壊系の精霊魔術、光学式【エンドライト】を発動。
「海凪様、茉莉、広域破壊系を使う。退避して」
はいっ!?という声が聞こえたが、それは無視。茉莉がどうにかしてくれるだろう。光学式【エンドライト】を発動するまでのタイムラグは大凡二秒前後、その間足を止める。
対空戦車型や対空車両型がこれ幸いとばかりに弾幕をぶちまけてくるが。
「電磁式〈エレクトロンフィールド・第二段階〉」
全周に〈エレクトロンフィールド〉を展開。磁化の影響を受けたあらゆる弾丸があらぬ方向へと吹き飛ばされていく。
永遠にも、一瞬にも感ぜられる二秒間。その二秒間、あらゆる弾丸は吹き飛ばされ、そしてこちらへ向かってくることはない。空間演算量が馬鹿にならないが、それは精霊術としてのものを使うならばのこと。
今は複合魔術核を用いて演算しているため、何の影響もない。
「沈め」
【エンドライト】が発動。
直後、視界を灼くような閃光が走る。視界が白濁を通り越して、淡水色へと変色する。それもまた一瞬、次の瞬間には下の視界へと回帰する。
「ふう……」
頭を下に向け、辺りを見下ろす。擱座した多数の戦車型、対空戦車型、エトセトラエトセトラ。メビウスの軍集団はあっという間に崩壊する。
メビウスの「本体」とも言うべき魔導核─これを【エンドライト】で破壊したのだ。魔導核を失ったメビウス、つまり戦車型や対空車両型などは元の形を保つことができない。
【エンドライト】自体は、魔導核の自発的な固有振動を増幅させるだけもので、精霊術である〈メビウス・ディスコネクト〉と似たような性質を持つ。だが、その増幅値が一定値を越えれば、魔導核を取り囲む導線が破断する。
「沙羅、半径二十キロメートル以内に敵影なし、当該戦域の脅威度ゼロ」
「報告ありがと、茉莉」
私は茉莉に感謝を告げると、地表に降り立つ。
下の方でぽかん、としちゃってる海凪様にも色々話さないといけないしね。
◇◇◇
あれから約半日ほど経って、ようやく私達は味方と合流した。とはいっても、近衛軍団とではない。大攻勢開始から一日半、未だに前線への大規模攻撃は続行されている。近衛軍団は結局、千曲川上流にてメビウスの大部隊と交戦し、そこで足止め食らってしまった。
「西園寺公爵、ご久しぶりです」
「沙羅殿、ご久し振りです」
初老、というわけではないがやや白髪交じりの男性と声を交わす。東部戦線、西園寺公爵領の当主、西園寺造成殿だ。私の義伯父にあたる人物で、訳有って親しくさせてもらっている。
北部戦線の一部崩壊に伴い、メビウスが東部に流れ込む可能性がある─そう告げたのは、京香だったそうだ。それを受けて東部では緊急会議が行われ、その決定を受けて西園寺公爵が軍を率いてこちらに駆けつけてくれた、とのことらしい。
精霊魔術の影響でメビウスの軍集団、おそらく一個師団規模が文字通り消滅した為、メビウス側もこちらへと積極的に絡んでくることはなくなった。前線を圧迫するために戦力をかなり割いている手前、さらに追加の軍勢を送るだけの余裕は流石にないらしい。
それはそれでありがたいが、同時に、私達のことをそれほど脅威だと認識してくれなくなっている、ということでもある。高々三人の精霊術士である以上、そこまでの戦力を割く価値もない、ということか。
いやまあ!これまで!散々苦しんできましたし!ありがたいって言ったらまあそりゃそうなんですけどねっ!
でもですよ、私達、一応味方の後方支援を行うためにここまでやってきたわけでありまして!その役割が今になって十分に果たせなくなって若干思うところがないわけではないんですよ!
だからといってこれ以上攻めてきてほしいわけでもないけど。
「さ、西園寺公爵ッ! ご無沙汰しております、如月家の海凪でございます」
「ああ、知っている。息子が随分と迷惑をかけているようで申し訳ない」
西園寺公爵はそう言って深々と頭を下げた。
あの公爵が頭を下げるとは、珍しい……。
「さて、沙羅殿、勝手に飛び出していかれますと、私共も困りますゆえ、事前に連絡をくださるようにお願いしますぞ」
「いやぁ、ごめんごめん。義伯父さんに迷惑かけるつもりはなかったんだけど、体がついつい動いてしまって……」
などと言い訳していると、後ろから手刀を落とされる。
「流石に義父には連絡をよこしてほしいものです」
「しゅ、春琴義父上、ご、ご久しぶりです……」
はぁ、と深々とため息をつかれてしまった。
いやまあ!確かに!義父上に連絡を入れなかったことは悪いって思ってるんですよ!
「でもでも聞いてくださいよ義父上ッ!」
「うっ、お腹が痛くなってきた……」
義父上が大袈裟にお腹のあたりを擦る。
「大丈夫です! 沢山魔術核が手に入ったことの報告を……」
「その管理が大変なんだと、何回言えばわかるんですか……?」
うう、すみません義父上……ッ!
ですが、これは必要経費なのです!そう、必要経費!
「そ、それに、ひ、費用は大公家から出てるじゃないですかぁ……」
「それに、もなにも……、って、そういう問題じゃないんですよっ!」
なんというか、本当に可哀想な義父上(←誰のせいだよ)。
いや!申し訳ないって思ってるのは本心だから!本当に申し訳ないとは思っているからっ!にしても、さすがは義父上、ツッコミが上手い!
「ほらほら春琴、沙羅殿をあまり困らせるな」
「あ゛に゛う゛え゛ぇ……!」
すっごい声を出してる義父上と、カラカラと笑う義伯父上。ついでにいうと、義父上は、顔は若いのに若白髪がたくさん生えてるタイプだ。いやあ、まったく、どうしてこんなに若白髪まみれになってしまわれたのか……。
うん、多分私のせいだなっ!
「あの……」
海凪様が恐る恐るといった感じで割り込んでくる。そういえば、完全に海凪様のことを忘れていた。
「造成殿、その……、リラ様とはどのようなご関係なので?」
「ん、ああ、そういえば海凪殿は会ったことがないのだったな。沙羅殿は我が弟の義理の娘だ」
ん?"そういえば"? 普通なら、海凪様と会ったことがある立場なの、私? 全く知らな─、あっ……。
「あの……、義伯父上、ひょっとして、海凪様って、元朝潮公爵家の御令嬢ですか……?」
「ああ、今は如月子爵家の養子になっておるのですよ」
「あぁ……、だから……」
やっと得心がいった。
如月家とは昔、それなりに交流があったが、海凪なんていう名前の子とは会ったことがない。養子に入った子だから、私が知らなかったのか……。
と、いうか。
「だから海凪様、義伯父上のことを知っていたんだね」
「ええ、まあ……」
遠くに目をやると、一人の少年が地表に降り立っていた。
「やっほーッ! ひっさしぶり!」
手を振ってみるが、相手は私から顔を背けてしまう。
うーん、昔は仲良かったのに、嫌われたのかな……。いやまあ、これに関しては若干私も悪いのかもしれないけど。
「どうする、海凪様? 話して来る?」
「ええ……、一応」
若干嫌そうな表情が一瞬浮かんだが、それはすぐに消える。無表情の、若干穏やかで、でも厳しい目付きに代わる。
先ほど地表に降り立った若君は、西園寺公爵家が嫡男、西園寺冥夜。私とついさっきまで肩を並べて戦っていた如月海凪様の─私は朝潮家の御令嬢として認識していなかったから気づかなかったが─許婚だ。いやあ、そうと知っていればもっとフランクに行ったのになあ……。
「お姉ちゃん?」
珍しく茉莉から"お姉ちゃん"と言われる。姉妹といっても諸事情あるし、何よりも歳の差はない。だから茉莉からはいっつも、名前の沙羅で呼ばれている。
いやあ、お姉ちゃんって言われる気分、久しぶりに味わった……っ! なんかこう、くすぐるものがあるというか、胸が熱くなるというかなんというかっ、とにかく最高の気分だっ!よし、何かで乾杯しよう!
「どうした、我が妹よ!」
「……? 沙羅、今連絡が来た」
あぁ……、お姉ちゃん呼びをもう一度……っ!
ああ待って茉莉!そんな顔で見ないで!"なにやってんだこいつ"って書いてあるその顔止めて、私が悲しくなるじゃん!
「? 京香から連絡。大攻勢は未だ継続中、競合戦域を突破された」
「……、えっ!?」
待て待て待て待て!
それはまじでやばいやつ!競合戦域を抜けられたら、都城のある諏訪はもう目と鼻の先だ。市街地外縁部まで食い込まれるなんて、十年前の東部戦線以来、これは本当にまずい。
「西園寺公爵!」
「どうかしたかね、沙羅殿」
「……、競合戦域を抜かれました」
「……!?」
一同全員に緊張が走る。
そうか、そういえば西園寺公爵は経験組だった……。競合戦域を抜かれた結果どうなるか、知ってるからこそのこの緊張だ。
十年前、東部戦線が崩壊した時、東部の中枢領に在住していた一般市民および臣民は約二〇〇万人、そのうち生き残ったのは半分以下とも言われている。それと同じ事態に、今まさに、陥りかけているのだ。
「……、感動の再会というわけにはいかんようですな」
「兄上、航空士隊は再出撃の用意を完了しています。半分を補給線の攻撃に回し、もう半分は戦線後方から回り込みましょう」
「あいわかった。補給線撹乱部隊の指揮は春琴に任せる。各隊直ちに再出撃、第一、第二小隊は私に、第三、第四小隊は春琴の指揮下に入れ! 沙羅殿、些か酷だとは思いますが……」
頷こうと、頭を下げようとして─視界がいきなり黒ずみだした。膝のあたりが、限界だと今更叫びだす。深呼吸しようとして口から息を吸っても、酸素が回ってこない。
意識が落ちそうになり、公爵の袖につかまろうとして、手に力が入らず失敗する。そのまま地面へと転げ落ちてしまい、慌てる公爵の顔が薄っすらと見える。
……、そういえば、最後に寝たの、二日前か……。
場違いに冷静な思考が頭を過る。二日間、休み無しで頭と体を酷使し続けた上に、精霊魔術を一発かましたのだ。その後も休むことなく補給線攻撃に回った。
流石に二徹、しかも戦闘しながらはまずかったらしい。
……、体力が、足りてないな……。
こんな時に倒れ込んでしまうとは、自分も情けない。
「……、うっ……」
無理やり腕を地面に押し付け、強引に起き上がる。視界は若干黒ずんだままだが、意識は辛うじて保っている。手で頬を強く叩き、強引に意識を覚醒させる。
「公爵、大丈夫です。私も出ます」
「沙羅殿、ですがな……」
「大丈夫です、本当に。それに─」
ここで立てなかったら、それこそ本当にだめだ。
私は、私のために戦っている。体がどうとかそういう問題ではない、心構えの問題だ。軍にも入らず個人として、大公殿下にお仕えするただの沙羅としてここに立っている以上、ここで座り込むわけには行かない。
「本当に大丈夫です、公爵。責任問題なんて問わせませんからっ!」
明るく言って元気を漲らせる。
にしても、この調子だとなぁ……。これは、栄養ドリンクゴリ押しで行くしか無いな。
「……、精霊術士に二言はない、分かっておりますな、沙羅殿」
「はい、責任は……」
「違う、大丈夫だという沙羅殿のお言葉の方だ」
こくり、と頷く。
「分かりました。では、茉莉殿や海凪殿と一緒にお行きください」
「御配慮感謝いたします、公爵」
深々と頭を下げる。
本来、茉莉はともかく海凪様は義伯父上か義父上の指揮下に入るはずだ。籍を入れる前とはいえ、既に海凪様は西園寺家の者。許婚である以上は、それ相応の責務を負う。許婚の実家の部隊の一員として戦うのもその責務の一つだ。
「茉莉、海凪様、行こう」
「ん」
「……、本当に大丈夫なのですか、リラ様……」
大丈夫、と明るく言う。自分に言い聞かせるように。
ポーチから栄養ドリンクを取り出して、ごくり、と飲み込む。へましたら血管はち切れるかもしれないけど、そのときはその時だ諦めよう!大丈夫大丈夫、無茶してもオーケーだって昔のCMで言ってた!
たしか、「貴方は二十四時間働けますか?」だっけ?オーケー、そんな言葉があるなら死なない!若いし!
何度も言うけど、私、若いので!
「さあ、いっくよっ!」
そう言って私は、箒とともに空へと飛び上がった。
◇◇◇
というわけで、大攻勢開始から約三日。北方戦線は完全に崩壊、メビウス側は諏訪市街地を当に射程圏内に捉えようとしているそうです。これマジで大丈夫か?
京香が頑張って食い止めてくれたおかげで、メビウスの前線部隊は後続の部隊と交代したらしいけど、それはつまり、これから新手の敵を相手しなければならなくなったということ。
そして私達は、絶賛後方破壊活動中。まだ死者は出ていないが、そろそろ出てもおかしくない。三徹目で若干テンションおかしくなってんな私、と今更自覚してしまう。
いやまあ!流石に!三日連続徹夜なんて!想定してないんですよっ!精霊魔術研究してる時でさえ三日目の半ばで寝たぞ、今日?はつくづくついてない……。
「リラ様、流石にお眠りになられては……」
「ん?ごめん、足手まといだった?」
〈ブレイズブレイド〉でまた敵を薙ぎ払う。
〈コイルガン〉で横から狙ってきた戦車型を吹き飛ばし、立ち止まる一瞬の隙を狙ってきた不敬者には〈ブレイズブレイド・第二段階〉での斬撃を御見舞する。
今の所撃破数トップだと思ってたけど、これくらいはふつうの精霊術士でもできるのだろうか?いや、できそうだなっ!うーん、やはりまだまだ精進せねば……、というかやっぱり眠い。
栄養ドリンクをもう一杯飲もうとして、その手を抑えられる。
「無茶し過ぎです!」
いきなりの怒号だった。海凪様が、珍しく怒りを込めた眼で私のことを見てくる。海凪様と会うのはここ数日が始めてだが、こんな風に本気で怒ることなんて、この子、あんまりなかったんじゃないだろうか?
「そうかな?」
笑いながらそう言って、栄養ドリンクを飲もうとする。それを、強い力で抑えられる。
「ちょっとぉーっ、飲ませてよぉ?」
軽い口調でそう言ってみるが、海凪様の抑える力は変わらず強いまま。
「このままだと、私、戦えないんだけどー?」
もう一度軽い口調で言ってみる。
その瞬間、何かがプツン、と切れた音がした。私が、ではない。目の前にいる海凪様の、何かの糸が、切れた。
「どうして……」
「えっ?」
そして、告げる口調は、思い遣りの優しさと、それとは違うどこか冷酷な何かを、共に秘めていた。
「どうして、そこまでして戦おうとするのですか?」
「うーん、私のためだけど?」
その瞬間、思いっきり強く、腕を引かれた。
「死にたいんですかッ!」
「こんなんじゃ死なないよ?ほら、私、こう見えても体強いからっ…、」
その瞬間、口で血の味がした。
……、やっば、吐血してる……。これは、ちょっと、本格的にまずいかもしれない。でも、……。
「……、高機動による内臓へのダメージ、それに過度の強壮剤投与に伴う血管収縮の副作用、といったところですか?」
「だ、大丈夫だって!これくらいふつう─」
「普通じゃありませんッ!」
強い口調で、そう言い切られた。
「こんな無茶して戦ってッ!しかも、それが普通?良い加減にしてください、貴族たるもの、率先して死に急ぐものではありませんよ!」
「し、死なないし、これくらいじゃ……」
「分かりました、じゃあ私もご一緒します」
「えっ?」
一瞬、呆気にとられる。
「平気だというなら、私も同じように戦っても構わないのでしょう?その程度で死なないというのなら、私もこれから一睡もせずに戦います」
「そ、それは無茶なんじゃないかなぁ……? わ、私は慣れてるからできるだけで……」
「慣れてるからと言って、身体は同じでしょう?」
「た、多少私のほうが年上っ! だって、海凪様はまだ学生、私はその時期終わってるからっ!」
ふーん、と冷たく言われる。
「でも、体つきは私のほうが良いと思いますが?」
そう言われると、確かに。
向こうのほうが身長がやや高いので、若干見下される形になる─いやいやいや、でも、鍛え方は……。
「とにかく、寝ましょう! 血も吐いてるのに戦うのは流石にどうかと思いますので」
「こ、これくらい普通なんだけどなあ……」
もう一度腕を強く引かれたので、流石にそれ以上の口答えはやめることにした。まあ確かに、血を吐きながら戦うのは、周りの人にとっては迷惑だったかもね、申し訳ない……。
「にしても、どうして私なんかを気遣ったわけ?」
「貴族として、そうした方が良いと思ったからです」
うーん、海凪様の性格が若干読めない。
多分いい子なんだろうけど、こう、ちょっと普通からはズレているような気がする。でも、私みたいなズレ方じゃなくて、なんかこう……、うーん、うまく形容できないなぁ……。
「? どうかなさいました?」
「ん、べつに何でもないよ。少し、貴女のことが気になっただけ」
「如月子爵家の養息女、それ以上でもそれ以下でもありません。血を吐いてるんですし、抱き上げて差し上げたほうがよろしいですか?」
「別にいいよ。ここは戦場、どこから弾丸の雨が降ってきてもおかしくないんだから」
ひたすら敵を潰すだけの原始的な死闘。爆炎、爆炎、爆炎。轟音に耳が慣れ、目がチカチカするのを堪えながら、それでも戦闘を続ける。
「……、っ!」
息が上がってくる。そろそろ限界に近いと自覚する。
敵は、ようやく九条領長野に私達がいることを脅威とみなし始めたらしい。主力部隊の一部を割いてまで、こちらに向かってきているという報告があった。お陰様で前線の圧力は緩和されたが、こちらの負担は跳ね上がっている。
「リラ様っ!?」
海凪様の声が聞こえる。その声も、今は少し遠い。
意識が若干朦朧となり始めていることに、今更気づく。だが、ここで引くわけにもいかない。
「沙羅、血が出てる」
茉莉の声を聞いて、服を見る。吐血した跡なのか、若干の血がついていた。口の中から血の味がすることを自覚する。
「大丈夫」
服の袖で血を拭う。
加減速のしすぎで、骨や筋肉に負担をかけすぎたらしい。ただ、そんなこと言ったって退くわけにもいかない。というか、退く場所もない。
「行くよっ!」
◇◇◇
電磁式〈ブレイズブレイド・第二段階〉で辺りを薙ぎ払い、〈コイルガン〉で敵車両を吹き飛ばす。
「だいぶきつそうやな」
電磁式〈トランスミット〉で京香と会話する。
京香の方はかなり余裕がありそうだ。……、おかしいなぁ、京香だって前線にいるはずなのに、どうしてだよっ!いやまあ、人数の問題だろうけどさっ!それにしたって!理不尽だって!感じないわけじゃないんですよ!
「京香、こっちはそろそろ限界。どうしようもなくなったら、精霊魔術使って逃げるからね」
「それは構わへんよ。ただ、それされるとこっちもキツイわ」
いま、公国が有している戦力は、機動戦力としては高々四個軍団。辺境軍団を加えても、十個を下らない。それに対して相手は数十個軍団規模。普通に考えたら、たったこれだけの戦力で前線を支えられるわけがない。
その無茶を可能にしているのが精霊術士、つまり航空士隊なわけだが。
「やっぱり機動防御に切り替えるべきじゃない?」
防衛線を一旦放棄して、出張ってきた相手だけを狙う、それが機動防御だ。少数の防衛部隊が敵部隊の進撃を遅滞させ、進撃の速度が鈍った相手から精霊術士で叩き潰す。こちらが持っている空間と敵の進撃速度を等価交換する形になるが、それくらいしか方法が思いつかない。
「そうしたいのはやまやまなんやけど、これ以上食い込まれてまうと、中枢領に食い込まれるんよ」
そこまで追い詰められているのか……。
中枢領は、いわば「銃後」、つまり後方だ。安全が保証されているはずの地帯だから、市民だって沢山いる。おそらく避難も始まっているだろうが、仮にも首都近辺だ。すんなり避難が進むとは思えない。
「そりゃ、仕方ないかぁ……」
近寄ってきた戦車型に〈コイルガン〉をお見舞いし、擱座させる。
「っ! きっつい!」
「沙羅、もう使うたらどうや? 近辺に味方はおらへん、見られることもないやろし」
「……、でもなぁ……」
ここで精霊魔術を使うと、海凪様があまりにも不憫だ。半ば私の身勝手でここにいるわけだし。
精霊魔術の存在は、少なくとも軍内部には伝えていない。それどころか、知っている貴族といえば義伯父の西園寺公爵と義父の西園寺子爵だけだ。あとは京香とか秀亜とか。
んまあ、伝えるべきことじゃないからこれがベストなんだけど。仮に海凪様に見られちゃうと、ねぇ……。
「一緒にいる如月家の御令嬢のこと気にしとるんか?」
「いやだって、巻き込むわけにもいかないでしょ?」
「そりゃそうやな。じゃあ、暫く匿うたらどうや?いっそのこと、如月家の御令嬢も巻き込んでまおうや」
直前と言ってることが全く別ですよ京香さん!?
「だから、そういうわけにも……」
「大丈夫や、如月の棟梁とは仲がええ、何とかねじ込んでも文句言われへんやろ」
「いやまあ、そうかもしれないけどさ!」
「なら決まりやな。巻き込んでまえ!そもそも、茉莉と西園寺の公爵、子爵達としか、最近絡んでへんやろ?久しぶりに人付き合いせえや」
むぅ……。そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
「……、せめて、海凪様に確認を取ってからにさせて」
「それもそうやな。じゃあ、返事は後で聞かせてもろうで」
そう言って、京香は〈トランスミット〉を切った。
うーん、どう話したものか……。
「リラ様?」
いつの間にか近くにいた海凪様が、私にそう問いかけてくる。ええい、こうなったら、やってやろうじゃないの!
「海凪様、これから見たこと、誰にも言わないで下さいね」
「? はい、それは構いませんが」
「あと、この戦いが終わったら、私のところに来てくれる、数日くらい?」
心底困惑した様子だが、海凪様は頷いてくれる。
よし!じゃあ容赦なく使わせてもらうよっ!
「海凪様、信用してますからね、その言葉っ!」
魔女箒の複合魔術核を同調、精霊術から精霊魔術へと設定を変更。波長をより短くし、精霊魔術を起動。
広域破壊系の精霊魔術、光学式【エンドライト】を発動。
「海凪様、茉莉、広域破壊系を使う。退避して」
はいっ!?という声が聞こえたが、それは無視。茉莉がどうにかしてくれるだろう。光学式【エンドライト】を発動するまでのタイムラグは大凡二秒前後、その間足を止める。
対空戦車型や対空車両型がこれ幸いとばかりに弾幕をぶちまけてくるが。
「電磁式〈エレクトロンフィールド・第二段階〉」
全周に〈エレクトロンフィールド〉を展開。磁化の影響を受けたあらゆる弾丸があらぬ方向へと吹き飛ばされていく。
永遠にも、一瞬にも感ぜられる二秒間。その二秒間、あらゆる弾丸は吹き飛ばされ、そしてこちらへ向かってくることはない。空間演算量が馬鹿にならないが、それは精霊術としてのものを使うならばのこと。
今は複合魔術核を用いて演算しているため、何の影響もない。
「沈め」
【エンドライト】が発動。
直後、視界を灼くような閃光が走る。視界が白濁を通り越して、淡水色へと変色する。それもまた一瞬、次の瞬間には下の視界へと回帰する。
「ふう……」
頭を下に向け、辺りを見下ろす。擱座した多数の戦車型、対空戦車型、エトセトラエトセトラ。メビウスの軍集団はあっという間に崩壊する。
メビウスの「本体」とも言うべき魔導核─これを【エンドライト】で破壊したのだ。魔導核を失ったメビウス、つまり戦車型や対空車両型などは元の形を保つことができない。
【エンドライト】自体は、魔導核の自発的な固有振動を増幅させるだけもので、精霊術である〈メビウス・ディスコネクト〉と似たような性質を持つ。だが、その増幅値が一定値を越えれば、魔導核を取り囲む導線が破断する。
「沙羅、半径二十キロメートル以内に敵影なし、当該戦域の脅威度ゼロ」
「報告ありがと、茉莉」
私は茉莉に感謝を告げると、地表に降り立つ。
下の方でぽかん、としちゃってる海凪様にも色々話さないといけないしね。
◇◇◇
あれから約半日ほど経って、ようやく私達は味方と合流した。とはいっても、近衛軍団とではない。大攻勢開始から一日半、未だに前線への大規模攻撃は続行されている。近衛軍団は結局、千曲川上流にてメビウスの大部隊と交戦し、そこで足止め食らってしまった。
「西園寺公爵、ご久しぶりです」
「沙羅殿、ご久し振りです」
初老、というわけではないがやや白髪交じりの男性と声を交わす。東部戦線、西園寺公爵領の当主、西園寺造成殿だ。私の義伯父にあたる人物で、訳有って親しくさせてもらっている。
北部戦線の一部崩壊に伴い、メビウスが東部に流れ込む可能性がある─そう告げたのは、京香だったそうだ。それを受けて東部では緊急会議が行われ、その決定を受けて西園寺公爵が軍を率いてこちらに駆けつけてくれた、とのことらしい。
精霊魔術の影響でメビウスの軍集団、おそらく一個師団規模が文字通り消滅した為、メビウス側もこちらへと積極的に絡んでくることはなくなった。前線を圧迫するために戦力をかなり割いている手前、さらに追加の軍勢を送るだけの余裕は流石にないらしい。
それはそれでありがたいが、同時に、私達のことをそれほど脅威だと認識してくれなくなっている、ということでもある。高々三人の精霊術士である以上、そこまでの戦力を割く価値もない、ということか。
いやまあ!これまで!散々苦しんできましたし!ありがたいって言ったらまあそりゃそうなんですけどねっ!
でもですよ、私達、一応味方の後方支援を行うためにここまでやってきたわけでありまして!その役割が今になって十分に果たせなくなって若干思うところがないわけではないんですよ!
だからといってこれ以上攻めてきてほしいわけでもないけど。
「さ、西園寺公爵ッ! ご無沙汰しております、如月家の海凪でございます」
「ああ、知っている。息子が随分と迷惑をかけているようで申し訳ない」
西園寺公爵はそう言って深々と頭を下げた。
あの公爵が頭を下げるとは、珍しい……。
「さて、沙羅殿、勝手に飛び出していかれますと、私共も困りますゆえ、事前に連絡をくださるようにお願いしますぞ」
「いやぁ、ごめんごめん。義伯父さんに迷惑かけるつもりはなかったんだけど、体がついつい動いてしまって……」
などと言い訳していると、後ろから手刀を落とされる。
「流石に義父には連絡をよこしてほしいものです」
「しゅ、春琴義父上、ご、ご久しぶりです……」
はぁ、と深々とため息をつかれてしまった。
いやまあ!確かに!義父上に連絡を入れなかったことは悪いって思ってるんですよ!
「でもでも聞いてくださいよ義父上ッ!」
「うっ、お腹が痛くなってきた……」
義父上が大袈裟にお腹のあたりを擦る。
「大丈夫です! 沢山魔術核が手に入ったことの報告を……」
「その管理が大変なんだと、何回言えばわかるんですか……?」
うう、すみません義父上……ッ!
ですが、これは必要経費なのです!そう、必要経費!
「そ、それに、ひ、費用は大公家から出てるじゃないですかぁ……」
「それに、もなにも……、って、そういう問題じゃないんですよっ!」
なんというか、本当に可哀想な義父上(←誰のせいだよ)。
いや!申し訳ないって思ってるのは本心だから!本当に申し訳ないとは思っているからっ!にしても、さすがは義父上、ツッコミが上手い!
「ほらほら春琴、沙羅殿をあまり困らせるな」
「あ゛に゛う゛え゛ぇ……!」
すっごい声を出してる義父上と、カラカラと笑う義伯父上。ついでにいうと、義父上は、顔は若いのに若白髪がたくさん生えてるタイプだ。いやあ、まったく、どうしてこんなに若白髪まみれになってしまわれたのか……。
うん、多分私のせいだなっ!
「あの……」
海凪様が恐る恐るといった感じで割り込んでくる。そういえば、完全に海凪様のことを忘れていた。
「造成殿、その……、リラ様とはどのようなご関係なので?」
「ん、ああ、そういえば海凪殿は会ったことがないのだったな。沙羅殿は我が弟の義理の娘だ」
ん?"そういえば"? 普通なら、海凪様と会ったことがある立場なの、私? 全く知らな─、あっ……。
「あの……、義伯父上、ひょっとして、海凪様って、元朝潮公爵家の御令嬢ですか……?」
「ああ、今は如月子爵家の養子になっておるのですよ」
「あぁ……、だから……」
やっと得心がいった。
如月家とは昔、それなりに交流があったが、海凪なんていう名前の子とは会ったことがない。養子に入った子だから、私が知らなかったのか……。
と、いうか。
「だから海凪様、義伯父上のことを知っていたんだね」
「ええ、まあ……」
遠くに目をやると、一人の少年が地表に降り立っていた。
「やっほーッ! ひっさしぶり!」
手を振ってみるが、相手は私から顔を背けてしまう。
うーん、昔は仲良かったのに、嫌われたのかな……。いやまあ、これに関しては若干私も悪いのかもしれないけど。
「どうする、海凪様? 話して来る?」
「ええ……、一応」
若干嫌そうな表情が一瞬浮かんだが、それはすぐに消える。無表情の、若干穏やかで、でも厳しい目付きに代わる。
先ほど地表に降り立った若君は、西園寺公爵家が嫡男、西園寺冥夜。私とついさっきまで肩を並べて戦っていた如月海凪様の─私は朝潮家の御令嬢として認識していなかったから気づかなかったが─許婚だ。いやあ、そうと知っていればもっとフランクに行ったのになあ……。
「お姉ちゃん?」
珍しく茉莉から"お姉ちゃん"と言われる。姉妹といっても諸事情あるし、何よりも歳の差はない。だから茉莉からはいっつも、名前の沙羅で呼ばれている。
いやあ、お姉ちゃんって言われる気分、久しぶりに味わった……っ! なんかこう、くすぐるものがあるというか、胸が熱くなるというかなんというかっ、とにかく最高の気分だっ!よし、何かで乾杯しよう!
「どうした、我が妹よ!」
「……? 沙羅、今連絡が来た」
あぁ……、お姉ちゃん呼びをもう一度……っ!
ああ待って茉莉!そんな顔で見ないで!"なにやってんだこいつ"って書いてあるその顔止めて、私が悲しくなるじゃん!
「? 京香から連絡。大攻勢は未だ継続中、競合戦域を突破された」
「……、えっ!?」
待て待て待て待て!
それはまじでやばいやつ!競合戦域を抜けられたら、都城のある諏訪はもう目と鼻の先だ。市街地外縁部まで食い込まれるなんて、十年前の東部戦線以来、これは本当にまずい。
「西園寺公爵!」
「どうかしたかね、沙羅殿」
「……、競合戦域を抜かれました」
「……!?」
一同全員に緊張が走る。
そうか、そういえば西園寺公爵は経験組だった……。競合戦域を抜かれた結果どうなるか、知ってるからこそのこの緊張だ。
十年前、東部戦線が崩壊した時、東部の中枢領に在住していた一般市民および臣民は約二〇〇万人、そのうち生き残ったのは半分以下とも言われている。それと同じ事態に、今まさに、陥りかけているのだ。
「……、感動の再会というわけにはいかんようですな」
「兄上、航空士隊は再出撃の用意を完了しています。半分を補給線の攻撃に回し、もう半分は戦線後方から回り込みましょう」
「あいわかった。補給線撹乱部隊の指揮は春琴に任せる。各隊直ちに再出撃、第一、第二小隊は私に、第三、第四小隊は春琴の指揮下に入れ! 沙羅殿、些か酷だとは思いますが……」
頷こうと、頭を下げようとして─視界がいきなり黒ずみだした。膝のあたりが、限界だと今更叫びだす。深呼吸しようとして口から息を吸っても、酸素が回ってこない。
意識が落ちそうになり、公爵の袖につかまろうとして、手に力が入らず失敗する。そのまま地面へと転げ落ちてしまい、慌てる公爵の顔が薄っすらと見える。
……、そういえば、最後に寝たの、二日前か……。
場違いに冷静な思考が頭を過る。二日間、休み無しで頭と体を酷使し続けた上に、精霊魔術を一発かましたのだ。その後も休むことなく補給線攻撃に回った。
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「……、うっ……」
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「沙羅殿、ですがな……」
「大丈夫です、本当に。それに─」
ここで立てなかったら、それこそ本当にだめだ。
私は、私のために戦っている。体がどうとかそういう問題ではない、心構えの問題だ。軍にも入らず個人として、大公殿下にお仕えするただの沙羅としてここに立っている以上、ここで座り込むわけには行かない。
「本当に大丈夫です、公爵。責任問題なんて問わせませんからっ!」
明るく言って元気を漲らせる。
にしても、この調子だとなぁ……。これは、栄養ドリンクゴリ押しで行くしか無いな。
「……、精霊術士に二言はない、分かっておりますな、沙羅殿」
「はい、責任は……」
「違う、大丈夫だという沙羅殿のお言葉の方だ」
こくり、と頷く。
「分かりました。では、茉莉殿や海凪殿と一緒にお行きください」
「御配慮感謝いたします、公爵」
深々と頭を下げる。
本来、茉莉はともかく海凪様は義伯父上か義父上の指揮下に入るはずだ。籍を入れる前とはいえ、既に海凪様は西園寺家の者。許婚である以上は、それ相応の責務を負う。許婚の実家の部隊の一員として戦うのもその責務の一つだ。
「茉莉、海凪様、行こう」
「ん」
「……、本当に大丈夫なのですか、リラ様……」
大丈夫、と明るく言う。自分に言い聞かせるように。
ポーチから栄養ドリンクを取り出して、ごくり、と飲み込む。へましたら血管はち切れるかもしれないけど、そのときはその時だ諦めよう!大丈夫大丈夫、無茶してもオーケーだって昔のCMで言ってた!
たしか、「貴方は二十四時間働けますか?」だっけ?オーケー、そんな言葉があるなら死なない!若いし!
何度も言うけど、私、若いので!
「さあ、いっくよっ!」
そう言って私は、箒とともに空へと飛び上がった。
◇◇◇
というわけで、大攻勢開始から約三日。北方戦線は完全に崩壊、メビウス側は諏訪市街地を当に射程圏内に捉えようとしているそうです。これマジで大丈夫か?
京香が頑張って食い止めてくれたおかげで、メビウスの前線部隊は後続の部隊と交代したらしいけど、それはつまり、これから新手の敵を相手しなければならなくなったということ。
そして私達は、絶賛後方破壊活動中。まだ死者は出ていないが、そろそろ出てもおかしくない。三徹目で若干テンションおかしくなってんな私、と今更自覚してしまう。
いやまあ!流石に!三日連続徹夜なんて!想定してないんですよっ!精霊魔術研究してる時でさえ三日目の半ばで寝たぞ、今日?はつくづくついてない……。
「リラ様、流石にお眠りになられては……」
「ん?ごめん、足手まといだった?」
〈ブレイズブレイド〉でまた敵を薙ぎ払う。
〈コイルガン〉で横から狙ってきた戦車型を吹き飛ばし、立ち止まる一瞬の隙を狙ってきた不敬者には〈ブレイズブレイド・第二段階〉での斬撃を御見舞する。
今の所撃破数トップだと思ってたけど、これくらいはふつうの精霊術士でもできるのだろうか?いや、できそうだなっ!うーん、やはりまだまだ精進せねば……、というかやっぱり眠い。
栄養ドリンクをもう一杯飲もうとして、その手を抑えられる。
「無茶し過ぎです!」
いきなりの怒号だった。海凪様が、珍しく怒りを込めた眼で私のことを見てくる。海凪様と会うのはここ数日が始めてだが、こんな風に本気で怒ることなんて、この子、あんまりなかったんじゃないだろうか?
「そうかな?」
笑いながらそう言って、栄養ドリンクを飲もうとする。それを、強い力で抑えられる。
「ちょっとぉーっ、飲ませてよぉ?」
軽い口調でそう言ってみるが、海凪様の抑える力は変わらず強いまま。
「このままだと、私、戦えないんだけどー?」
もう一度軽い口調で言ってみる。
その瞬間、何かがプツン、と切れた音がした。私が、ではない。目の前にいる海凪様の、何かの糸が、切れた。
「どうして……」
「えっ?」
そして、告げる口調は、思い遣りの優しさと、それとは違うどこか冷酷な何かを、共に秘めていた。
「どうして、そこまでして戦おうとするのですか?」
「うーん、私のためだけど?」
その瞬間、思いっきり強く、腕を引かれた。
「死にたいんですかッ!」
「こんなんじゃ死なないよ?ほら、私、こう見えても体強いからっ…、」
その瞬間、口で血の味がした。
……、やっば、吐血してる……。これは、ちょっと、本格的にまずいかもしれない。でも、……。
「……、高機動による内臓へのダメージ、それに過度の強壮剤投与に伴う血管収縮の副作用、といったところですか?」
「だ、大丈夫だって!これくらいふつう─」
「普通じゃありませんッ!」
強い口調で、そう言い切られた。
「こんな無茶して戦ってッ!しかも、それが普通?良い加減にしてください、貴族たるもの、率先して死に急ぐものではありませんよ!」
「し、死なないし、これくらいじゃ……」
「分かりました、じゃあ私もご一緒します」
「えっ?」
一瞬、呆気にとられる。
「平気だというなら、私も同じように戦っても構わないのでしょう?その程度で死なないというのなら、私もこれから一睡もせずに戦います」
「そ、それは無茶なんじゃないかなぁ……? わ、私は慣れてるからできるだけで……」
「慣れてるからと言って、身体は同じでしょう?」
「た、多少私のほうが年上っ! だって、海凪様はまだ学生、私はその時期終わってるからっ!」
ふーん、と冷たく言われる。
「でも、体つきは私のほうが良いと思いますが?」
そう言われると、確かに。
向こうのほうが身長がやや高いので、若干見下される形になる─いやいやいや、でも、鍛え方は……。
「とにかく、寝ましょう! 血も吐いてるのに戦うのは流石にどうかと思いますので」
「こ、これくらい普通なんだけどなあ……」
もう一度腕を強く引かれたので、流石にそれ以上の口答えはやめることにした。まあ確かに、血を吐きながら戦うのは、周りの人にとっては迷惑だったかもね、申し訳ない……。
「にしても、どうして私なんかを気遣ったわけ?」
「貴族として、そうした方が良いと思ったからです」
うーん、海凪様の性格が若干読めない。
多分いい子なんだろうけど、こう、ちょっと普通からはズレているような気がする。でも、私みたいなズレ方じゃなくて、なんかこう……、うーん、うまく形容できないなぁ……。
「? どうかなさいました?」
「ん、べつに何でもないよ。少し、貴女のことが気になっただけ」
「如月子爵家の養息女、それ以上でもそれ以下でもありません。血を吐いてるんですし、抱き上げて差し上げたほうがよろしいですか?」
「別にいいよ。ここは戦場、どこから弾丸の雨が降ってきてもおかしくないんだから」
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