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番外編 モニタ〇リング! ~ばれるか、ばれないか~
第三話 理を超越した男
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トムの視線がルークへと向かった。如何なる獣よりも発達したその嗅覚が、食欲を刺激する骨付き肉の匂いを捕らえてしまったのだ。ひよこステラの巨体に隠されていたとしても必ず獲物を見つけ出すトムの鋭さには、もはや脱帽するしかなかった。
もはやこれまでか。僕達が自らの運命を悟った、その時だった。
「大食い大会の開催だ! 飛び入り参加も大歓迎!」
――――あぁ、それは天が遣わした使徒の声に違いがなかった。
トムはその重々しい巨体からは考え付かない程の速さでその首を横にねじった。そこには大きな旗をぱたぱたと振って客を呼んでいる平民の男がいる。その旗には『大食い大会! 参加費無料!』の文字が。トムに選択肢などなかった。彼の視線が大食い大会会場に釘付けになっているその隙に、僕達はすっとその横を通り過ぎる。
そして目にもとまらぬ速さで大食い大会会場へと吸い込まれていくトムを見送り、僕とルーク、ステラの三人は笑みを浮かべて互いの健闘を讃え合った。
僕達はこうして試練を乗り越えたのだった。しかし、僕達は予想だにしていなかった。本日最大級の危機がもう間近に迫っていたことを――――。
その男は、まるで陽炎のように現れた。
その背は決して高くない。そして低くもない。中肉中背の、本当にどこにでもいるような平凡な男だった。仮装らしい仮装はしていないというのに、彼は仮装した者ばかりいる祭りの中において全く違和感がない。ただ陽炎が揺らめくが如く、その男は当たり前のようにそこにいた。
そう、彼はそういう男なのだ。彼はフォーレ侯爵が三男エドモンド。彼こそ、かつて『殺戮侯爵』と呼ばれた僕が唯一恐れた男だった。
エドモンド・フォーレ。別名『理を超越した男』――――彼は、数々の逸話を生み出した伝説の男だった。
彼の父フォーレ侯爵はこの国の侯爵達の中でも特に裕福で、彼の三男であるエドモンドにも大勢の女性が声をかけていた。その中には、あの社交界一の美女メアリー伯爵令嬢もいた。彼女はトムにダンスの誘いを断られてから一度落ち込んでいたが、すぐさま立ち直ってさらなる努力を始めたらしい。以前から国一番と言われる女性であった彼女はさらに美しさに磨きをかけ、彼女に懸想していない男は誰一人としていないとまで言わしめた。勿論、彼女は自らの美貌だダイけを磨いたのではない。勉学にも力を入れ頭脳を磨き、所作をさらに磨き上げ、あの『全てを呑み込む男』トム・ランベールに見向きもされなかった絶望をばねにダンスを一日に何時間も練習した。こうして彼女は全ての男の視線を吸い寄せる奇跡の女性となったのだ。人々はその恐るべき吸引力に敬意を表して彼女のことを『恋のダイソーン』と呼ぶようになった。
そんな彼女に、エドモンドはデートに誘われた。誰もが注目する中、エドモンドの返答はこうだった。『伝説のツチノッコを探しに山に籠る予定なものですから……準備がありますので、これで失礼いたします』。彼はそう言って颯爽と去っていった。
そして次の日、彼は虫取り網を片手に一人、山へと消えていった。後に門番はその時の彼の様子を『誰よりも輝いて見えた』と語ったそうだ。
彼の逸話はこれだけではない。まだ僕が殺戮侯爵と呼ばれる前に、とある殺人事件が起きた。被害者は完全なる密室の中殺害され、容疑者全員にアリバイがあった。その上、容疑者だったはずの人物達が次々と殺害され、被害者だけが増えてゆく。止まらない悲劇。国の頭脳を担う文官達がどれだけ頭を悩ませても、一向に犯人は分からなかった。
そんな時だ、その男が現れたのは――――。
エドモンドは丁度趣味で仕上げていた論文『アフロパーマにおける理想的な毛髪の曲率と捩率ならびにその数値から導出されるアフロパーマ曲線の公式の提唱』を城に提出しに来ていた。そしてその時たまたま、この事件が起きていることを知ったらしい。彼は事件の資料にざっと目を通しただけで一瞬にして密室トリックを言い当て、犯人を見つけ出してしまった。この時より、南の隣国にいるという赤い蝶ネクタイを付けたたった一つの真実を追い求める眼鏡少年と、北の隣国にいるという髪をうなじで括ったじっちゃんの名に掛けて犯罪を解決に導く青年と並んで、エドモンドは世界三大名探偵の一人として名を連ねることになったのだった。
では何故僕がシェーファー家で殺戮を起こしたとき彼によって捕まらなかったかというと、たまたま彼が伝説のビックリフットを探しに、国中を巡る旅に出ていたからだ。これは奇跡に他ならない。もし彼が旅に出ておらず暇を持て余していたら、僕は彼に事件の真実を言い当てられて今頃牢の中にいたことだろう。そう確信出来てしまう程、彼は驚くべき頭脳を持つ人物だった。
彼はあまりに優秀すぎるが故に、誰一人として彼の行動を理解できる者はいなかった。だからこそ皆敬意を込めて、彼を『理を超越した男』と呼ぶ。様々な修羅場をくぐってきたこの僕でさえ、彼の思考の一端さえ掴むことが出来ないのだ。恐ろしい男、エドモンド・フォーレ。『殺戮侯爵』が唯一恐怖を覚えた男。
そんな彼が、今僕達の目の前にいる。
彼の姿を見つけた瞬間、僕の全身は総毛立った。
もはやこれまでか。僕達が自らの運命を悟った、その時だった。
「大食い大会の開催だ! 飛び入り参加も大歓迎!」
――――あぁ、それは天が遣わした使徒の声に違いがなかった。
トムはその重々しい巨体からは考え付かない程の速さでその首を横にねじった。そこには大きな旗をぱたぱたと振って客を呼んでいる平民の男がいる。その旗には『大食い大会! 参加費無料!』の文字が。トムに選択肢などなかった。彼の視線が大食い大会会場に釘付けになっているその隙に、僕達はすっとその横を通り過ぎる。
そして目にもとまらぬ速さで大食い大会会場へと吸い込まれていくトムを見送り、僕とルーク、ステラの三人は笑みを浮かべて互いの健闘を讃え合った。
僕達はこうして試練を乗り越えたのだった。しかし、僕達は予想だにしていなかった。本日最大級の危機がもう間近に迫っていたことを――――。
その男は、まるで陽炎のように現れた。
その背は決して高くない。そして低くもない。中肉中背の、本当にどこにでもいるような平凡な男だった。仮装らしい仮装はしていないというのに、彼は仮装した者ばかりいる祭りの中において全く違和感がない。ただ陽炎が揺らめくが如く、その男は当たり前のようにそこにいた。
そう、彼はそういう男なのだ。彼はフォーレ侯爵が三男エドモンド。彼こそ、かつて『殺戮侯爵』と呼ばれた僕が唯一恐れた男だった。
エドモンド・フォーレ。別名『理を超越した男』――――彼は、数々の逸話を生み出した伝説の男だった。
彼の父フォーレ侯爵はこの国の侯爵達の中でも特に裕福で、彼の三男であるエドモンドにも大勢の女性が声をかけていた。その中には、あの社交界一の美女メアリー伯爵令嬢もいた。彼女はトムにダンスの誘いを断られてから一度落ち込んでいたが、すぐさま立ち直ってさらなる努力を始めたらしい。以前から国一番と言われる女性であった彼女はさらに美しさに磨きをかけ、彼女に懸想していない男は誰一人としていないとまで言わしめた。勿論、彼女は自らの美貌だダイけを磨いたのではない。勉学にも力を入れ頭脳を磨き、所作をさらに磨き上げ、あの『全てを呑み込む男』トム・ランベールに見向きもされなかった絶望をばねにダンスを一日に何時間も練習した。こうして彼女は全ての男の視線を吸い寄せる奇跡の女性となったのだ。人々はその恐るべき吸引力に敬意を表して彼女のことを『恋のダイソーン』と呼ぶようになった。
そんな彼女に、エドモンドはデートに誘われた。誰もが注目する中、エドモンドの返答はこうだった。『伝説のツチノッコを探しに山に籠る予定なものですから……準備がありますので、これで失礼いたします』。彼はそう言って颯爽と去っていった。
そして次の日、彼は虫取り網を片手に一人、山へと消えていった。後に門番はその時の彼の様子を『誰よりも輝いて見えた』と語ったそうだ。
彼の逸話はこれだけではない。まだ僕が殺戮侯爵と呼ばれる前に、とある殺人事件が起きた。被害者は完全なる密室の中殺害され、容疑者全員にアリバイがあった。その上、容疑者だったはずの人物達が次々と殺害され、被害者だけが増えてゆく。止まらない悲劇。国の頭脳を担う文官達がどれだけ頭を悩ませても、一向に犯人は分からなかった。
そんな時だ、その男が現れたのは――――。
エドモンドは丁度趣味で仕上げていた論文『アフロパーマにおける理想的な毛髪の曲率と捩率ならびにその数値から導出されるアフロパーマ曲線の公式の提唱』を城に提出しに来ていた。そしてその時たまたま、この事件が起きていることを知ったらしい。彼は事件の資料にざっと目を通しただけで一瞬にして密室トリックを言い当て、犯人を見つけ出してしまった。この時より、南の隣国にいるという赤い蝶ネクタイを付けたたった一つの真実を追い求める眼鏡少年と、北の隣国にいるという髪をうなじで括ったじっちゃんの名に掛けて犯罪を解決に導く青年と並んで、エドモンドは世界三大名探偵の一人として名を連ねることになったのだった。
では何故僕がシェーファー家で殺戮を起こしたとき彼によって捕まらなかったかというと、たまたま彼が伝説のビックリフットを探しに、国中を巡る旅に出ていたからだ。これは奇跡に他ならない。もし彼が旅に出ておらず暇を持て余していたら、僕は彼に事件の真実を言い当てられて今頃牢の中にいたことだろう。そう確信出来てしまう程、彼は驚くべき頭脳を持つ人物だった。
彼はあまりに優秀すぎるが故に、誰一人として彼の行動を理解できる者はいなかった。だからこそ皆敬意を込めて、彼を『理を超越した男』と呼ぶ。様々な修羅場をくぐってきたこの僕でさえ、彼の思考の一端さえ掴むことが出来ないのだ。恐ろしい男、エドモンド・フォーレ。『殺戮侯爵』が唯一恐怖を覚えた男。
そんな彼が、今僕達の目の前にいる。
彼の姿を見つけた瞬間、僕の全身は総毛立った。
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