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本編
第六話 狂気
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僕が十五になったある日のこと、廊下を歩いている時、両親の話声が聞こえてきた。
「あと一年であれも成人か」
そんな父の台詞が聞こえてくる。
この国では女性も男性も、十六歳で成人する。そして、その年から貴族の大人として社交界に参加するようになるのだ。
「あれ……あぁ、オスカーのことですか。そういえばそんな者もおりましたね」
「家庭教師は付けていたはずだから、特に問題はないだろう」
両親のいる部屋の扉が少し開いていたことから声が漏れ出ていたらしかった。いつもなら両親の姿を見ればすぐに立ち去るのだが、なんだか僕の話をしているようなのでこっそりと廊下から聞き耳を立てる。
「そういえば、残りの子供達はまだ生きているのか?」
「子供? あぁ、あれのことですか。最後に見た時にはまだ息をしていた気がしますわ」
「オスカーが社交界に出てあれらについて話されたら面倒だ。どうせもう死にかけだろう?」
「ええ」
「面倒なことになる前に処分しておきなさい。気晴らをしたいのならばどこからか子供を適当に仕入れてくればいい」
「確かにそろそろ飽きてきましたわ。あれらはもう捨てましょう」
そして母は部屋に控えていた使用人の一人に僕の弟と妹を始末するように指示を出した。
僕は蒼白になってその場から音をたてないように移動する。どこかの空き部屋に飛び込めば、廊下を数人の使用人達が会話をしながら歩いていった。
「ようやくあいつらを殺してもいいらしいぞ」
「あぁ、やっとですか。早く死んで欲しいと思っていたので嬉しいです」
「将来あんなごみどもに仕えることになるのかと、もうひやひやしていたものね」
「あんなのが同じ屋敷にいると思うと、気持ち悪くて仕方なかったからな」
「良かったですね」
そんな会話が、僕の耳に届いてきて。
僕の中で何かが壊れた。
そして気が付いたら、僕は屋敷にいた全員を殺していた。
血だまりの中、僕は座り込んで血しぶきの飛び散った天井をぼんやりと見上げる。死体がごろごろ転がっている中、僕はぽつんと呟いた。
「どうせ殺すなら、もっと早く全員殺しておけば良かったな」
そうすれば、僕の弟と妹はとうの昔に解放されていただろうに。
こんな狂気の渦巻く屋敷に長いこと大切な弟と妹を閉じ込めておいたことを後悔せずにはいられなかった。現実感を失いながら、僕は血の海を歩く。あれ程誰にも見つからないようにと怯えながら歩いた廊下には、今や生きたものは誰もいなかった。血を跳ねさせながら、僕は屋根裏部屋へと歩む。
僕は二人が閉じ込められていた屋根裏部屋の鍵を開けた。二人は屋敷の中で行われた殺戮に気付くことなく抱き合うように眠っていた。
「……大丈夫、必ず僕が守るから」
僕は二人を起こすことなく屋根裏部屋を去る。
ゆっくり眠ればいい。孤児院まで行く馬車を呼んでおこう。大丈夫、もうこの屋敷には誰もいないから、逃げても誰も追いかけてこないよ。あぁ、でも逃げるときに僕が殺した人間の死体を見てしまうのは良くないな。だから死体は二人が目を覚ます前までに隠しておこう。
***
今から九年前に起こったことを僕は屋敷の自室で一人、ぼんやりと思い出していた。
そう、結局あの後僕は父の後を継いで侯爵になった。強盗が入ったという僕の証言により、シェーファー家の殺戮は賊の仕業ということになっている。現場の状態から僕が皆を殺したことは明らかだったけれど、その証拠が無かったことから僕の言い分が通ったのだ。
その後暫くして落ち着いてから、僕は弟と妹がいるはずの孤児院を訪れた。しかし妹は既にどこかに引き取られていた上に、弟は母から受けた虐待の傷も治療されておらず酷く衰弱していた。どうやら僕は孤児院選びを間違えたらしい。僕は自身が兄であることを告げることなく、すぐさまシェーファー侯爵として弟を引き取った。それがルークだ。孤児院で名前を付けてもらったらしい。
妹に関しては、ずっと行方を追っていたが見つからなかった。本当に二人を入れる孤児院を間違えた。
僕が妹に再会したのは、彼女がデビュタントとして社交界に現れた時だった。ずっと探していた妹に会えたものだから、僕はまさに運命だとそれはもう歓喜した。小さかった彼女は美しい大人の女性へと成長していたが、一目見てすぐに妹だと分かったため、僕は彼女を引き取ったというオルレアン伯爵について調査した。
そして僕は妹をあの孤児院に引き取らせてしまったことを心の底から後悔した。
オルレアン伯爵もまた下劣な人間だったのだ。僕の妹は虐待の際ルークに庇われていたこともあり、殆ど肌に傷が残っていなかった。おまけに外に出る機会もなく監禁されていたせいで肌は白く華奢で、血筋的にも侯爵令嬢であるから顔立ちも非常に整っていた。孤児院で汚れを落とされ食事を与えられれば、それは容姿の優れた少女になったことだろう。そう、男が好むような愛らしい少女に。伯爵はステラを自身の子供としてではなく別の目的として引き取っていたのだ。
こうして僕はまた妹を救えなかった。だから僕はすぐにステラと名付けられた妹と婚約を結んだのだ。伯爵がこれ以上彼女に手を出せなくするために。彼女がこれ以上傷つけられることがないように。
定期的にオルレアン家に訪問することで伯爵を見張るのと同時に、僕はオルレアン家を潰すべく様々な情報を集めた。妹に手を出した伯爵は決して許さない。オルレアン伯爵は元々いい噂を聞かなかったから徹底的に調べ上げてみれば、彼は様々な犯罪に手を出していたことが分かった。
こうして僕は伯爵の犯した犯罪の証拠を揃えるに至り、ついにオルレアン家を潰す準備を全て整えたのだった。
「あと一年であれも成人か」
そんな父の台詞が聞こえてくる。
この国では女性も男性も、十六歳で成人する。そして、その年から貴族の大人として社交界に参加するようになるのだ。
「あれ……あぁ、オスカーのことですか。そういえばそんな者もおりましたね」
「家庭教師は付けていたはずだから、特に問題はないだろう」
両親のいる部屋の扉が少し開いていたことから声が漏れ出ていたらしかった。いつもなら両親の姿を見ればすぐに立ち去るのだが、なんだか僕の話をしているようなのでこっそりと廊下から聞き耳を立てる。
「そういえば、残りの子供達はまだ生きているのか?」
「子供? あぁ、あれのことですか。最後に見た時にはまだ息をしていた気がしますわ」
「オスカーが社交界に出てあれらについて話されたら面倒だ。どうせもう死にかけだろう?」
「ええ」
「面倒なことになる前に処分しておきなさい。気晴らをしたいのならばどこからか子供を適当に仕入れてくればいい」
「確かにそろそろ飽きてきましたわ。あれらはもう捨てましょう」
そして母は部屋に控えていた使用人の一人に僕の弟と妹を始末するように指示を出した。
僕は蒼白になってその場から音をたてないように移動する。どこかの空き部屋に飛び込めば、廊下を数人の使用人達が会話をしながら歩いていった。
「ようやくあいつらを殺してもいいらしいぞ」
「あぁ、やっとですか。早く死んで欲しいと思っていたので嬉しいです」
「将来あんなごみどもに仕えることになるのかと、もうひやひやしていたものね」
「あんなのが同じ屋敷にいると思うと、気持ち悪くて仕方なかったからな」
「良かったですね」
そんな会話が、僕の耳に届いてきて。
僕の中で何かが壊れた。
そして気が付いたら、僕は屋敷にいた全員を殺していた。
血だまりの中、僕は座り込んで血しぶきの飛び散った天井をぼんやりと見上げる。死体がごろごろ転がっている中、僕はぽつんと呟いた。
「どうせ殺すなら、もっと早く全員殺しておけば良かったな」
そうすれば、僕の弟と妹はとうの昔に解放されていただろうに。
こんな狂気の渦巻く屋敷に長いこと大切な弟と妹を閉じ込めておいたことを後悔せずにはいられなかった。現実感を失いながら、僕は血の海を歩く。あれ程誰にも見つからないようにと怯えながら歩いた廊下には、今や生きたものは誰もいなかった。血を跳ねさせながら、僕は屋根裏部屋へと歩む。
僕は二人が閉じ込められていた屋根裏部屋の鍵を開けた。二人は屋敷の中で行われた殺戮に気付くことなく抱き合うように眠っていた。
「……大丈夫、必ず僕が守るから」
僕は二人を起こすことなく屋根裏部屋を去る。
ゆっくり眠ればいい。孤児院まで行く馬車を呼んでおこう。大丈夫、もうこの屋敷には誰もいないから、逃げても誰も追いかけてこないよ。あぁ、でも逃げるときに僕が殺した人間の死体を見てしまうのは良くないな。だから死体は二人が目を覚ます前までに隠しておこう。
***
今から九年前に起こったことを僕は屋敷の自室で一人、ぼんやりと思い出していた。
そう、結局あの後僕は父の後を継いで侯爵になった。強盗が入ったという僕の証言により、シェーファー家の殺戮は賊の仕業ということになっている。現場の状態から僕が皆を殺したことは明らかだったけれど、その証拠が無かったことから僕の言い分が通ったのだ。
その後暫くして落ち着いてから、僕は弟と妹がいるはずの孤児院を訪れた。しかし妹は既にどこかに引き取られていた上に、弟は母から受けた虐待の傷も治療されておらず酷く衰弱していた。どうやら僕は孤児院選びを間違えたらしい。僕は自身が兄であることを告げることなく、すぐさまシェーファー侯爵として弟を引き取った。それがルークだ。孤児院で名前を付けてもらったらしい。
妹に関しては、ずっと行方を追っていたが見つからなかった。本当に二人を入れる孤児院を間違えた。
僕が妹に再会したのは、彼女がデビュタントとして社交界に現れた時だった。ずっと探していた妹に会えたものだから、僕はまさに運命だとそれはもう歓喜した。小さかった彼女は美しい大人の女性へと成長していたが、一目見てすぐに妹だと分かったため、僕は彼女を引き取ったというオルレアン伯爵について調査した。
そして僕は妹をあの孤児院に引き取らせてしまったことを心の底から後悔した。
オルレアン伯爵もまた下劣な人間だったのだ。僕の妹は虐待の際ルークに庇われていたこともあり、殆ど肌に傷が残っていなかった。おまけに外に出る機会もなく監禁されていたせいで肌は白く華奢で、血筋的にも侯爵令嬢であるから顔立ちも非常に整っていた。孤児院で汚れを落とされ食事を与えられれば、それは容姿の優れた少女になったことだろう。そう、男が好むような愛らしい少女に。伯爵はステラを自身の子供としてではなく別の目的として引き取っていたのだ。
こうして僕はまた妹を救えなかった。だから僕はすぐにステラと名付けられた妹と婚約を結んだのだ。伯爵がこれ以上彼女に手を出せなくするために。彼女がこれ以上傷つけられることがないように。
定期的にオルレアン家に訪問することで伯爵を見張るのと同時に、僕はオルレアン家を潰すべく様々な情報を集めた。妹に手を出した伯爵は決して許さない。オルレアン伯爵は元々いい噂を聞かなかったから徹底的に調べ上げてみれば、彼は様々な犯罪に手を出していたことが分かった。
こうして僕は伯爵の犯した犯罪の証拠を揃えるに至り、ついにオルレアン家を潰す準備を全て整えたのだった。
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