『殺戮侯爵』の婚約破棄

水瀬白龍

文字の大きさ
上 下
1 / 14
本編

第一話 撤回

しおりを挟む
 とある昼下がり、我が屋敷にて。
「ステラ、君との婚約を破棄させてもらいたい」
 僕の愛しの婚約者にそう告げれば彼女はきょとんと目をまばたかせた。



 ***



 伯爵令嬢のステラ・オルレアンは僕の世界一可愛い婚約者である。彼女が十六歳でデビュタントとして初めて社交界に出た時に僕は彼女を一目見てこれは運命だと確信した。そしてその場で彼女に婚約を申し込んだのだ。年も僕の六つ下でそこまで離れておらず、爵位も僕が侯爵、彼女は伯爵令嬢ということで婚約に当たってなんの問題もなかった。それから僕達は定期的にお互いの家を行き来していた。
 僕が婚約を申し込んでから二年程が経ち、今日も彼女は我が屋敷にお茶をしに来ていた。今いる場所は僕の自室、僕たちは机を挟んで二人でゆったりとソファーに腰かけている。ちなみに婚約者同士のお茶会でも、未婚の女性が男である僕と二人きりになるのはあまりよろしくないので一応僕の従者であるルークも僕の後ろに控えてくれている。

 この三人しかいない部屋で僕は唐突に切り出した。
「突然の話ですまないのだけれど。ステラ、君との婚約を破棄させてもらいたい」
 僕がそう告げれば彼女はきょとんと目をまばたかせる。
「…………え?」
「ルーク」
 僕が名を呼べば従者のルークが手に持っていた書類を僕に渡してくれた。
「ステラ、これに署名をしてほしい。これで僕達の婚約はなかったことにできるから」
 既に僕が書くべきところは記入済みだ。後は彼女が署名をするだけなので僕はそのまま彼女に書類を手渡した。ステラはそれを受け取り唖然としている。
「婚約、破棄……ですか?」
「そう、婚約破棄」
 もう一度僕が言えば、彼女は大きくため息をついて持っていた書類をぱさりと机に置いた。机にはペンとインクも置いてあるが彼女はそれを手に取ることなく僕をじっと見つめる。
「……オスカー様」
「何だい?」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
 彼女があまりにも真剣な表情だったので僕は首を傾げてしまう。
「君は僕との婚約を継続させたかったのかい?」
「破棄など望んでおりません。オスカー様はどうして私との婚約を破棄したいと仰ったのですか?」
「君の方こそ何故そんなことを尋ねるんだい? 僕と婚約破棄できるんだよ? 君にとってはその方がいいと思うけれど。君、僕のこと好きだったの?」
 この婚約は僕が強引に進めたものだ。彼女の父であるオルレアン伯爵はこの婚約に乗り気ではなかったのに僕は自身の侯爵という地位を利用して無理矢理婚約を結んだのである。よって僕達の婚約の間には演劇のような恋愛物語など存在しない。単に彼女を一目見て運命だと思った僕が権力を用いて結んだだけの関係なのだ。
 しかし彼女の返答は僕にとっては予想外のものだった。
「私は貴方のことをお慕いしておりました」
「まさか、君は僕に恋愛感情を抱いていたのかい?」
 僕達は定期的に会っていたが、彼女にそのような素振りは一切無かったし、勿論僕も彼女にそういったアプローチは一切していなかったのに。
「いいえ、確かにそのような情熱的な感情を貴方に抱いたことはありません。元々、貴方から突然申し込まれた婚約でしたから……しかし貴方と暖かな家庭を築いていけたら、とは思っておりました、オスカー様」
 それを聞いて僕は思わず頬を緩めてしまった。つまり僕と家族になることに彼女は拒絶感を持っていなかったのだ。あぁ、なんて可愛らしいのだろう。やはり彼女は世界で一番愛らしい少女だ。
「それを聞いてとても嬉しいよ」
「……私との婚約を破棄しようとしているのに嬉しいのですか?」
 にこにこ笑う僕とは対照的に彼女はどこかいぶかし気だ。そんな顔もとっても可愛らしい。
 僕はそんな彼女に微笑みながら言った。
「だってまさか僕相手に暖かな家庭を築きたかっただなんて言ってくれるとは思わなかったんだ。だからとても不思議な気分だよ。そしてとてもいい気分でもある」
 そう、まさかこの僕にそんな優しい思いを持っていてくれていたなんて。だからとても嬉しいのだ。
 というのも僕は周りの人間からおおいに恐れられている有名な悪人なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

高見 梁川
エッセイ・ノンフィクション
管理人自身の恐怖体験や、ネット上や読書で知った大量殺人犯、謎の未解決事件や歴史ミステリーなどをまとめた忘備録。 個人的な記録用のブログが削除されてしまったので、データを転載します。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

【完結】立場を弁えぬモブ令嬢Aは、ヒロインをぶっ潰し、ついでに自分の恋も叶えちゃいます!

MEIKO
恋愛
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!  笑って泣けるラブコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。

お人好し底辺テイマーがSSSランク聖獣たちともふもふ無双する

大福金
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ【ユニークキャラクター賞】受賞作 《あらすじ》 この世界では12歳になると、自分に合ったジョブが決まる。これは神からのギフトとされこの時に人生が決まる。 皆、華やかなジョブを希望するが何に成るかは神次第なのだ。 そんな中俺はジョブを決める12歳の洗礼式で【魔物使い】テイマーになった。 花形のジョブではないが動物は好きだし俺は魔物使いと言うジョブを気にいっていた。 ジョブが決まれば12歳から修行にでる。15歳になるとこのジョブでお金を稼ぐ事もできるし。冒険者登録をして世界を旅しながらお金を稼ぐ事もできる。 この時俺はまだ見ぬ未来に期待していた。 だが俺は……一年たっても二年たっても一匹もテイム出来なかった。 犬や猫、底辺魔物のスライムやゴブリンでさえテイム出来ない。 俺のジョブは本当に魔物使いなのか疑うほどに。 こんな俺でも同郷のデュークが冒険者パーティー【深緑の牙】に仲間に入れてくれた。 俺はメンバーの為に必死に頑張った。 なのに……あんな形で俺を追放なんて‼︎ そんな無能な俺が後に…… SSSランクのフェンリルをテイム(使役)し無双する 主人公ティーゴの活躍とは裏腹に 深緑の牙はどんどん転落して行く…… 基本ほのぼのです。可愛いもふもふフェンリルを愛でます。 たまに人の為にもふもふ無双します。 ざまぁ後は可愛いもふもふ達とのんびり旅をして行きます。 もふもふ仲間はどんどん増えて行きます。可愛いもふもふ仲間達をティーゴはドンドン無自覚にタラシこんでいきます。

侯爵夫人の手紙

桃井すもも
恋愛
侯爵夫人ルイーザは、王都の邸を離れて湖畔の別荘にいた。 別荘は夫の祖父が終の棲家にしていた邸宅で、森と湖畔があるだけの静かな場所だった。 ルイーザは庭のブランコを揺らしながら、これといって考えることが何もないことに気が付いた。 今まで只管忙しなく暮らしてきた。家の為に領地の為に、夫の為に。 ついつい自分の事は後回しになって、鏡を見る暇も無かった。 それが今は森と湖畔以外は何もないこの場所で、なんにもしない暮らしをしている。 何故ならルイーザは、家政も執務も社交も投げ出して、王都の暮らしから飛び出して来た。 そうして夫からも、逃げ出して来たのであった。 ❇後半部分に出産に関わるセンシティブな内容がございます。関連話冒頭に注意書きにて表記をさせて頂きます。苦手な方は読み飛ばして下さいませ。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく公開後に激しい修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。 ❇登場人物のお名前が他作品とダダ被りしておりますが、皆様別人でございます。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。妄想なので史実とは異なっております。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

処理中です...