1 / 1
大樹
しおりを挟む
ある日、公園に散歩に行った男は、一人の青年が絵を描いているのを見つけた。彼は地面に立てたキャンバスに向かって筆を動かしている。時折どこかに顔を上げていたため、男がその視線の先を追えば、そこには大樹がそびえていた。成程、彼はその大樹を描いているのかと、男は足を止めてその木を見上げる。それは立派な大樹であった。空に届きそうなほど背が高く、幹も驚くほど太い。その幹から枝が何本も分かれ、青々とした葉が茂っている。なんとも見事なものだと、男は感嘆した。
その青年は真剣な表情でその大樹とキャンバスに視線を行き来させながら、筆を一心に動かしていた。これほど素晴らしい大樹をまさか絵で表現できるものなのかと、男はつい気になってしまい、邪魔をしてはいけないと思いつつも彼の背後に忍び寄り、キャンバスを覗き込む。男は息を飲んだ。というのも、そこにはあの天までそびえたつ大樹など描かれておらず、枯れ木が描かれていたのだ。
幹には苔が生え、枝は細くなり、葉は全て落ちていた。あの目を見張る風格はなく、まごうことなく哀れな枯れ木だ。あの力強さはどこへ行ったのか、ひっそりと描かれた大樹は今にも倒れそうな有様であった。
もしや、彼は全く別の木を描いているのかもしれない。男はそう思い辺りを見回したが、このような枯れ木などどこにも見当たならかった。ならば一体彼は何を描いているのか、男は気になって仕方がなくなり、ついに若い青年に声をかけた。
「あの、集中なさっているところ申し訳ないが。貴方は何をお描きになっているのかな」
すると青年は筆を止めて、男の方へ振り向いた。
「はぁ、僕の絵にご興味があるので」
「少々気になってしまってね。後ろから覗かせてもらったよ」
「こうしてよくここに絵を描きに来るんですよ。ここは美しい芝生も川もありますからね。そこにある絵も、全部この公園で描いたものです。どうぞご覧になってください」
そう言って青年が指を指した先に、キャンバスが積み重なっていた。それらを手にとって見てみると、どれも絵が描かれている。それは赤茶色の土が一面に広がっている大地の絵であったり、細長く掘られた地面が延々と続く絵であった。これらもこの公園で描かれたものと彼は言っているが、はて、このような場所がここにあっただろうか。
「これは本当にここで描いたものなのかい」
「えぇ、どれも確かにこの公園の風景を描いたものですよ。今描いているのも、あの大樹の絵です。ほら、ここからよく見えるでしょう」
そして、やはり青年は男が先程見上げていたあの大樹を指さす。
「失礼だが、今貴方が描いている絵とは随分違うようだ」
「これは手厳しい。僕は絵描きではありませんから、そう上手くありませんよ」
「いや、絵は素人の私から見てもそれはお上手だ。あぁ、もしかして、見たままを描いている訳ではないのかな」
「いえ、見たままを描いていますよ。僕の腕もまだまだという訳です」
そう言って、青年は筆を置いた。彼は自分の絵と大樹を交互に見てから、大きく頷く。
「貴方は色々言いますがね、僕はこの絵で納得できるのですよ」
「いや、失礼した。とてもお上手だ」
男も一先ず納得することにした。そこにそびえている大樹とは随分違う枯れ木の絵ではあるが、枯れ木の絵として見れば、それは優れたものだと思ったのだ。もしや、彼は人とは違う才を持っているのかもしれない。芸術家とはどこか人と異なる視点を持っているものだ。
青年は男の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。そのように言っていただけたのは初めてですよ。そうだ、お礼に是非貴方の絵を描かせてくださいませんか。僕の絵はたいしたものではありませんが、記念に差し上げますよ」
「そうか、では是非お願いしようかな」
男は青年の前に立った。誰かに絵を描いてもらったことなどなかった男は、大変楽しみに待っていた。一体、どのような絵になるのだろうか。
青年はすぐに筆を置き、キャンパスと男を交互に見てから大きく頷く。
「うん、我ながらそっくりに描けたと思いますよ」
「おや、それは楽しみだ。私にも見せてくれないかね」
「えぇ、差し上げますよ」
青年は満足そうにキャンバスを男に渡した。男はその受け取った絵を見て、大層驚いた。
そこに描かれていたのは、一体の骸骨であった。
(終)
その青年は真剣な表情でその大樹とキャンバスに視線を行き来させながら、筆を一心に動かしていた。これほど素晴らしい大樹をまさか絵で表現できるものなのかと、男はつい気になってしまい、邪魔をしてはいけないと思いつつも彼の背後に忍び寄り、キャンバスを覗き込む。男は息を飲んだ。というのも、そこにはあの天までそびえたつ大樹など描かれておらず、枯れ木が描かれていたのだ。
幹には苔が生え、枝は細くなり、葉は全て落ちていた。あの目を見張る風格はなく、まごうことなく哀れな枯れ木だ。あの力強さはどこへ行ったのか、ひっそりと描かれた大樹は今にも倒れそうな有様であった。
もしや、彼は全く別の木を描いているのかもしれない。男はそう思い辺りを見回したが、このような枯れ木などどこにも見当たならかった。ならば一体彼は何を描いているのか、男は気になって仕方がなくなり、ついに若い青年に声をかけた。
「あの、集中なさっているところ申し訳ないが。貴方は何をお描きになっているのかな」
すると青年は筆を止めて、男の方へ振り向いた。
「はぁ、僕の絵にご興味があるので」
「少々気になってしまってね。後ろから覗かせてもらったよ」
「こうしてよくここに絵を描きに来るんですよ。ここは美しい芝生も川もありますからね。そこにある絵も、全部この公園で描いたものです。どうぞご覧になってください」
そう言って青年が指を指した先に、キャンバスが積み重なっていた。それらを手にとって見てみると、どれも絵が描かれている。それは赤茶色の土が一面に広がっている大地の絵であったり、細長く掘られた地面が延々と続く絵であった。これらもこの公園で描かれたものと彼は言っているが、はて、このような場所がここにあっただろうか。
「これは本当にここで描いたものなのかい」
「えぇ、どれも確かにこの公園の風景を描いたものですよ。今描いているのも、あの大樹の絵です。ほら、ここからよく見えるでしょう」
そして、やはり青年は男が先程見上げていたあの大樹を指さす。
「失礼だが、今貴方が描いている絵とは随分違うようだ」
「これは手厳しい。僕は絵描きではありませんから、そう上手くありませんよ」
「いや、絵は素人の私から見てもそれはお上手だ。あぁ、もしかして、見たままを描いている訳ではないのかな」
「いえ、見たままを描いていますよ。僕の腕もまだまだという訳です」
そう言って、青年は筆を置いた。彼は自分の絵と大樹を交互に見てから、大きく頷く。
「貴方は色々言いますがね、僕はこの絵で納得できるのですよ」
「いや、失礼した。とてもお上手だ」
男も一先ず納得することにした。そこにそびえている大樹とは随分違う枯れ木の絵ではあるが、枯れ木の絵として見れば、それは優れたものだと思ったのだ。もしや、彼は人とは違う才を持っているのかもしれない。芸術家とはどこか人と異なる視点を持っているものだ。
青年は男の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。そのように言っていただけたのは初めてですよ。そうだ、お礼に是非貴方の絵を描かせてくださいませんか。僕の絵はたいしたものではありませんが、記念に差し上げますよ」
「そうか、では是非お願いしようかな」
男は青年の前に立った。誰かに絵を描いてもらったことなどなかった男は、大変楽しみに待っていた。一体、どのような絵になるのだろうか。
青年はすぐに筆を置き、キャンパスと男を交互に見てから大きく頷く。
「うん、我ながらそっくりに描けたと思いますよ」
「おや、それは楽しみだ。私にも見せてくれないかね」
「えぇ、差し上げますよ」
青年は満足そうにキャンバスを男に渡した。男はその受け取った絵を見て、大層驚いた。
そこに描かれていたのは、一体の骸骨であった。
(終)
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
落ち着いた雰囲気の文体なので読みやすく、また、ムードもあって、とても印象的な作品でした。(^ー^)
四季様
貴重なお時間の中、拙著をお読みいただきありがとうございました。感想をいただきとても嬉しかったです。ありがとうございました。