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酒血肉躙
終
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天王は突然取引を持ちかけてきた。天王からすれば、この状況は絶体絶命だ。しかしまだ表情には余裕があった。
取引に私が応じると踏んでいるのだ。私はその取引の内容が気になっていた。
「取引だと? 言ってみろ」
「ええ。実は二、三日中に珍しい人間が到着する予定なんですよ。それをあげます。あとはそうですね......今後君の命を狙わないと約束します。どうです? 悪くない話でしょう?」
天王はにやりと笑いそう言った。私が解放すると信じきっている。
「その珍しい人間とやらは何がどう珍しいのだ?」
私は尋ねた。我ながら頭の悪そうな質問だとは思ったが、予想がつかない以上訊いてみるしかなかった。天王はすぐに答える。
「色素欠乏症の少女です。アルビノと言ったほうが分かりやすいですか?」
「......アルビノか」
私はまだそれを殺したことがなかった。噂には聞いたことがある。その肉を食べれば病気が治るらしく、裏では高値で取引されている。その肌は雪のように白く、髪も肌と同じ色をしているらしい。
真っ白の肌に刃を入れると、真っ赤な血が溢れだす。白と赤の色彩は恐ろしく美しいはずだ。そう考えるだけで頭がずきずきと痛む。脳が『殺せ』と言っているのだ。
「......そのアルビノの年はいくつだ?」
「八歳です」
「身長は?」
「百三十センチです」
「体重は?」
「二十六キロです」
「瞳の色は?」
「......深い赤です」
「処女か?」
「......恐らくは」
「なるほど............」
私は目を閉じた。そこにはアルビノの少女が現れていた。
『殺してみたい』
『犯したい』
『これで作品を作りたい』
沢山の感情が表れ、消えていく。
しかし、
しかし。
そう話は単純ではない。違うのだ。
「............交渉は決裂だ。どちらにせよ私を殺そうとした事実に変わりはない。お前は自分のミスを私に押し付けようとしたのだろう? その責任は自分で償え」
私がそう言うと、天王は驚愕の表情を見せた。
「その表情が一番見たかったのだ!!」
私はそう叫び、その心臓に刃を突き立てた。
「ゴフッ............」
天王は無表情になり、その口からは血が溢れていた。構わずに刃を抜き、また突き刺す。
二回。
三回。
そうだ。殺人鬼が理性によって人を殺すことはあっても、理性によって殺人を止めるなどあり得ないのだ。
いくら魅力的な提案をされたところで目の前に殺すべき人間がいる。我慢できるはずがない。
私は狂ったように刺し続けた。途中から天王は反応しなかったが、構わず刺し続けた。
「んんーーー!」
くぐもった呻き声で我に返った。そこには縛られたままの島崎が転がっていた。
こいつもまた殺す対象だ。私は天王に刺さっていたナイフを抜き、島崎に突き刺した。
天王と島崎を刺し殺し、私は部屋を出た。ふすまは開けっぱなしにしておき、ポケットからライターを取り出した。
ライターでふすまに火をつける。めらめらとふすまは燃え、柱に飛び火した。これでこの家はじきに炎に包まれるはずだ。その前に脱出しなければ。
私は玄関めがけて走る。外には五望と來唯が待っているはずだ。
しかし危なかったな。
私は心の中で息を吐き出していた。
天王はこの私を殺そうとしていた。少なくとも警察が来た時点では何も気がついていなかった。もしあの時警察が来なければ、私の方が死んでいたかもしれないのだ。
警察に感謝しなければいけないな。ありがとう。私は心の中で礼を言った。
私はまだ絶対に死ぬわけにはいかないのだ。五望と來唯に殺人の全てを伝え終わっていない。まだ父との約束を果たしていないのだ。
私は死ぬ間際の、父の言葉を思い出す。
『お前には母を殺させ、兄弟姉妹を殺させた。そして私の持つ殺人の全てを叩き込んだ。もう教えることは何もない。俺を殺し、次の殺人鬼になり血を繋げろ。後は頼んだぞ、四透』
そして私は父を殺し、殺人鬼になった。そして五望と來唯を殺人鬼に成長させた。
あとは真の殺人鬼はどちらか決めるだけだ。そしてどちらか一人を生かし、どちらか一人を殺す。
最後は私を殺させ、役目を終えなければいけない。
私は燃え盛る屋敷を出ようと廊下を走る。急いで靴をはき、ドアを開け外へ出ようとした。
が、
微かに足に抵抗を感じ、思わず下を見た。
そこには細いワイヤーが張ってあり、それに触れていた。私は罠に足をかけてしまったのだ。
一本取られたな。いや、引き分けだろうか?
しかし私はその結果を知ることはできない。
完
取引に私が応じると踏んでいるのだ。私はその取引の内容が気になっていた。
「取引だと? 言ってみろ」
「ええ。実は二、三日中に珍しい人間が到着する予定なんですよ。それをあげます。あとはそうですね......今後君の命を狙わないと約束します。どうです? 悪くない話でしょう?」
天王はにやりと笑いそう言った。私が解放すると信じきっている。
「その珍しい人間とやらは何がどう珍しいのだ?」
私は尋ねた。我ながら頭の悪そうな質問だとは思ったが、予想がつかない以上訊いてみるしかなかった。天王はすぐに答える。
「色素欠乏症の少女です。アルビノと言ったほうが分かりやすいですか?」
「......アルビノか」
私はまだそれを殺したことがなかった。噂には聞いたことがある。その肉を食べれば病気が治るらしく、裏では高値で取引されている。その肌は雪のように白く、髪も肌と同じ色をしているらしい。
真っ白の肌に刃を入れると、真っ赤な血が溢れだす。白と赤の色彩は恐ろしく美しいはずだ。そう考えるだけで頭がずきずきと痛む。脳が『殺せ』と言っているのだ。
「......そのアルビノの年はいくつだ?」
「八歳です」
「身長は?」
「百三十センチです」
「体重は?」
「二十六キロです」
「瞳の色は?」
「......深い赤です」
「処女か?」
「......恐らくは」
「なるほど............」
私は目を閉じた。そこにはアルビノの少女が現れていた。
『殺してみたい』
『犯したい』
『これで作品を作りたい』
沢山の感情が表れ、消えていく。
しかし、
しかし。
そう話は単純ではない。違うのだ。
「............交渉は決裂だ。どちらにせよ私を殺そうとした事実に変わりはない。お前は自分のミスを私に押し付けようとしたのだろう? その責任は自分で償え」
私がそう言うと、天王は驚愕の表情を見せた。
「その表情が一番見たかったのだ!!」
私はそう叫び、その心臓に刃を突き立てた。
「ゴフッ............」
天王は無表情になり、その口からは血が溢れていた。構わずに刃を抜き、また突き刺す。
二回。
三回。
そうだ。殺人鬼が理性によって人を殺すことはあっても、理性によって殺人を止めるなどあり得ないのだ。
いくら魅力的な提案をされたところで目の前に殺すべき人間がいる。我慢できるはずがない。
私は狂ったように刺し続けた。途中から天王は反応しなかったが、構わず刺し続けた。
「んんーーー!」
くぐもった呻き声で我に返った。そこには縛られたままの島崎が転がっていた。
こいつもまた殺す対象だ。私は天王に刺さっていたナイフを抜き、島崎に突き刺した。
天王と島崎を刺し殺し、私は部屋を出た。ふすまは開けっぱなしにしておき、ポケットからライターを取り出した。
ライターでふすまに火をつける。めらめらとふすまは燃え、柱に飛び火した。これでこの家はじきに炎に包まれるはずだ。その前に脱出しなければ。
私は玄関めがけて走る。外には五望と來唯が待っているはずだ。
しかし危なかったな。
私は心の中で息を吐き出していた。
天王はこの私を殺そうとしていた。少なくとも警察が来た時点では何も気がついていなかった。もしあの時警察が来なければ、私の方が死んでいたかもしれないのだ。
警察に感謝しなければいけないな。ありがとう。私は心の中で礼を言った。
私はまだ絶対に死ぬわけにはいかないのだ。五望と來唯に殺人の全てを伝え終わっていない。まだ父との約束を果たしていないのだ。
私は死ぬ間際の、父の言葉を思い出す。
『お前には母を殺させ、兄弟姉妹を殺させた。そして私の持つ殺人の全てを叩き込んだ。もう教えることは何もない。俺を殺し、次の殺人鬼になり血を繋げろ。後は頼んだぞ、四透』
そして私は父を殺し、殺人鬼になった。そして五望と來唯を殺人鬼に成長させた。
あとは真の殺人鬼はどちらか決めるだけだ。そしてどちらか一人を生かし、どちらか一人を殺す。
最後は私を殺させ、役目を終えなければいけない。
私は燃え盛る屋敷を出ようと廊下を走る。急いで靴をはき、ドアを開け外へ出ようとした。
が、
微かに足に抵抗を感じ、思わず下を見た。
そこには細いワイヤーが張ってあり、それに触れていた。私は罠に足をかけてしまったのだ。
一本取られたな。いや、引き分けだろうか?
しかし私はその結果を知ることはできない。
完
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