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隆一くんは困惑する

失敗した......

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 葵にめり込んでいたハンマーをどかすと、隠れていた血と肉と骨があらわになる。
 その瞬間、私の理性は粉々に吹き飛んだ。
 心臓の鼓動にあわせ血が吹き出し、床を濡らすその様は、どの噴水よりも綺麗で美しかった。
 私は思わず噴水へと手を突っ込んだ。ぬるいその水は手のひらをどろりと包み込む。そのあたたかさはとても優しく、母親の子宮に入ったかのような錯覚を覚えた。

 さらに奥に手を入れていく。
 葵は興奮したのか、軽く震えていた。構わず掻き回す。砕けた肉と骨が手のひらを刺激した。混ぜるたび、つんと心地よい匂いが鼻をつく。

 私は欲求を抑えきれず、溢れ出る鮮血をすくい口をつけた。
 ワインのような甘い香りが口一杯に広がり、ブランデー以上に濃厚な匂いが鼻腔を刺激した。葵を口内で堪能した後、ゴクリと飲み干す。

 恐怖を与え濃縮された血液は、最高の喉ごしを体感させてくれた。そのまま葵は私に取り込まれていった。
 口内に葵が感じられなくなったところで、また血液を口に含む。
 新しく迎え入れた葵と、わずかに残っていた葵とが再開し、交ざり合う。
 どちらの葵もじっくりと味わい、また飲み干す。

 そしてまた口に含み、

 飲み干し、

 また迎え入れる。

 たくさんの葵たちは私の口内を飛び回り、味覚や嗅覚を刺激した。
 さらに抉れた肉を掴み放り込んだ。口内にいた葵たちは困惑した後、それを受け入れた。
 私の中で再開した二人は躍り、悦んでいた。肉と血は手を取り合い、私の胃へと駆け込んでいった。
 口内を空にした後、今度は噴水に直接口をつけ、抱きしめた。
 私の体は葵一色に染まり、完全に充たされた。

 口一杯に含んだ葵は、身動きが取れない。そのままゴクリと飲み込んだ。
 その瞬間、大量の葵が入ってくる。私は構わず次々と送り込んでいった。

 一口。

 二口。

 三口――。

 腹がはち切れる寸前まで葵を味わい、心ゆくまで堪能した。
 理性を取り戻した私は、はっとそれを見つめた。そこには弱々しく呼吸しているだけの残りかすが横たわっていた。




 娘たちがコーラを飲み、部屋へ戻ってきた。

「ぱぱ! それもうしにそう!? なんで?」

 來唯はガンガンと葵を蹴飛ばした。しかしほとんど反応が無い。弱々しく呼吸しているだけだった。

「すまん。ちょっと遊ぶだけのつもりだったのだが......」

 私は言葉を濁した。本能を抑えきれず、來唯の人間を殺しかけてしまった。父親として、それ以前に殺人鬼として情けなかった。ついに恥ずかしさのあまり項垂れてしまった。

「ぱぱがこわしたの! まだいっぱいあそぼうとおもっていたのに......」

 來唯は目に涙を溜め、プルプルと震えていた。小さい手のひらにはしっかりと五寸釘が握りしめられていた。

「......うっ...ひっく...」

 來唯は下を向き、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。隣に立っていた五望が慰める。

「來唯、泣かないで。私の譲ってあげるから。ね?」

 五望は來唯の頭を優しく撫でる。

「......ほんとに? あれころしてもいい?」

 來唯は袖で顔をゴシゴシと擦った後、縛られている隆一くんを指差した。

「良いわよ。だから泣かないで。ね? いい子だから」

「......うん! くゆい、いいこだからなかない!」

 來唯は目の端に涙を溜めながらも、にこりと笑った。

「それと父さん!」

 突然、五望が私を指差してきた。

「來唯の人間を奪うなんて大人げないです! 反省していてください!」

「......すまん」

 私は素直に謝った。いつもは優しい子なのだが、殺しに関しては人が変わったように厳しかった。
 本当に誰に似たんだろうか? 母親か?

「父さんは罰として、次の殺人には参加させません! 反省していてくださいね!」

 五望はそう言うと、來唯の手を引き隆一くんに近寄っていった。
 どうやら私は参加させてもらえないようだ。
 ため息をつき、部屋の端に歩いていった。



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