上 下
27 / 91
1章

ツチノコの発見だぁぁぁぁ?

しおりを挟む
1.裕次郎とルイーゼは、隠れながら様子をうかがう。見た目はまさに大きな蠅の化け物だ。全身から鋼のような輝きを放ち、顔には網目状の複眼が宝石のように輝いている。
 先程『ギィギィギィ』と聞こえてきた音は、どうやら羽を震わせていた音のようだ。
「ルイーゼ? 未確認生物ってあれだよね?」
 裕次郎は囁くように話し掛けるが、何故か答えない。
「ねえ、聞いてる?」
 隣にいたルイーゼの肩を揺らすと、震えながら答え始める。
「・・・あれは、上級悪魔の蠅の王ベルゼブブよ。死にたくなかったら、気付かれる前に逃げるわよ」
 ルイーゼは、震えながらゆっくりと後ずさる。裕次郎も慎重に後ろに下がろうとした。
『パキッ』
 しかし運悪く、裕次郎の足元にあった小枝が音を立ててしまう。
『逃げるな』
 突然、頭の中に地獄の底から這い上がってくるような声が響いてくる。裕次郎は、足が地面に貼り付いてしまったかのように動かせなくなった。焦ってルイーゼを見ると、目を大きく開き、真っ白な顔をして震えている。どうやら同じように頭の中に声が入り込んで来ているらしい。
『目の前にやって来い』
 また声が頭に響いてきた。
 すると信じられないことに勝手に足が動き始め、蠅の王ベルゼブブの目の前まで歩かされる。横を見るとルイーゼも同じように歩いてきていた。
めすは眠れ』
 頭に声が響いてきた瞬間、ルイーゼは崩れ落ちるように地面に倒れる。
 ・・・俺達、これは本当に死んだかもしれない。強いとかそんな次元じゃない。
 裕次郎は震えながら、ピクリとも動かないルイーゼを見下ろした。
『お前が最近、子悪魔を召喚しているおすだな。探したぞ』
 蠅の王ベルゼブブの何百という目が裕次郎の顔を映し出している。
「はい」
 裕次郎の意思とは関係なく、勝手に口から言葉が発せられた。
『そうか。実はお前に合わせたい悪魔がいる』
 蠅の王ベルゼブブは、『ギィギィギィ』と体を震わせる。すると羽の辺りから白い塊が音もなく地面に落ちてきた。
「ウジウジ!」
 変な鳴き声を上げたその塊は、芋虫のように蠅の王ベルゼブブの前に出てきた。
 見た目は真っ白で、太ったフランスパンのような形をしている。先っぽの顔と思われる部分には、中心にぱっちりとした大きな目が一つだけあり、その下に突起が左右に二つ、突き出ている。白色のツチノコに見えなくもない。
「ウジウジ! ウジウジ!」
 その塊は、裕次郎を見た後、興奮したように蠅の王ベルゼブブに話し掛ける。
『うむ。我が娘は、お前を気に入ったようだ。しばらく預かってくれ』
 蠅の王ベルゼブブはそう言うと、虹色に光る羽を羽ばたかせ、嵐のような突風が裕次郎を襲う。
 すると、蠅の王ベルゼブブの体がゆっくりと宙に浮いた。
『それでは頼んだぞ』
 空中でゆっくりと旋回した後 そう言い残し、猛スピードで飛んでいった。
 裕次郎は、意味がわからず呆然と空を見上げるが、
「ウジ!」
 とズボンの裾を引っ張られ、我に帰った。
 足元を見ると、体に付いている左右の手? で必死に引っ張ってきていた。
 裕次郎は、その塊を観察する。
 これは、あれだ。キモかわいい・・のか?
 その塊はぐいぐいと裕次郎の体を這い上がり、肩に乗る。
「ウジ!」  
 満足したような声を出し、垂れた尻尾? を裕次郎の首に軽く巻き付けると、動きを止める。
「・・・・・・」  
 裕次郎は、無言で考える。なんかこれ、見覚えがある。
 変な鳴き声のモンスターを肩に乗せ、全国を旅する・・・パチモンバスター? だっけ?
 そんなことを考えていると、ルイーゼが意識を回復する。
「・・・あれ? 蠅の王ベルゼブブは?」
 頭を押さえながら、ルイーゼが立ち上がる。
「もう、あっちに飛んでいったよ」
 裕次郎が空を指差すと、ルイーゼは安心したようにため息をつき座り込んだ。
「ウジ!」
 白い塊も真似をして突起を空に向ける。
「・・・それ何よ」
 イザベルが裕次郎の肩を見ながら聞いてくる。
「・・・う~ん、ツチノコの悪魔?」
 裕次郎は考えながら答える。
「・・・そんなの聞いたことないけど?」
 ルイーゼが首をかしげる。
「君、何の悪魔なの?」
 裕次郎はそう聞いてみるが、
「ウジ!」
 と言うだけで、答えてくれない。考え込んだ末、勝手に名前をつけることにした。
「・・・よし! 蠅の王ベルゼブブから取って、ベルちゃんでいいかな!」
 裕次郎は、勝手にそう決めた。
「ウジ!」
 ベルちゃんという名前を気に入ったのか、左右の突起をピコピコと動かしている。
「・・・なんでもいいけど、早く行きましょう」
 ルイーゼが呆れた表情を作った。

2.山の裏でみんなと合流した裕次郎は、蠅の王ベルゼブブを発見した事、悪魔を渡された事を説明した後、ベルをみんなに紹介していた。
「新しい仲間のベルちゃんです! 多分ツチノコの悪魔です!」 
「ウジウジ!」
 ベルも挨拶のつもりか、前肢を振り回す。
「そうなのか! よろしく!」 
「あくま? サキといっしょだ!」
「・・・豆芝ちゃんの方が断然可愛いですね」
「わんわん!」  
 みんな、どうやらベルを受け入れたようだ。
「しかし、蠅の王ベルゼブブだったとは・・・まあ裕次郎から聞いた話だと、悪魔はもういないようだし大丈夫だろう。よし! 山を降りるとしよう!」
 イザベルが拳を上げ、元気よくそう言った。

3.クエストカウンターで、未確認生物は蠅の王ベルゼブブだったと説明し、四人一組パーティーは解散した。シャルロットはしれっと豆芝を持って帰ろうとしていたが、ギリギリで阻止した。これ以上変な事をされたらたまらない。
 話し合いの結果、絶対明日連れてくる事を条件に引き下がってくれた。
「よし! それではこの後、対人戦闘の訓練をするとしよう!」 
 イザベルが裕次郎の手を掴み、魔法訓練施設へ歩いていく。後ろから豆芝とサキもついてきた。
 裕次郎は、今日無事に帰る事が出来るのかと、半分引きずられるように連れていかれながら考えていた。

4.「よし! それでは準備はいいか!」
 イザベルが大剣を裕次郎に向ける。
「パパ~頑張って~」
「わんわん~」
「ウジ~」
 観客席に座ったサキ達も応援してくれている。
 サキ達に手を振りながら、裕次郎はルールを思い返していた。
 今回、イザベルは魔法をなにも使わない。そして俺がイザベルの鎧に一撃でも決めればいい。うん。いけるはず。
「いつでもいいよ!」  
 裕次郎は両手で、刃を出した雷刀を持ちながらそう言った。
 流石のイザベルでも、魔法を使わないなら只の女の子・・・のはず。
「それではいくぞ!」 
 イザベルが大剣をゆっくりと振り上げ、まるで氷上を滑るように高速で突っ込んできた。
 一瞬で目の前まで迫ってきたイザベルの大剣が、一切の迷い無く裕次郎の頭に振り下ろされる。
『バキィィィィン!』
 なんとか雷刀を振り上げ防いたが、圧倒的な剣圧に力負けし、吹き飛ばされてしまう。
 無様に地面を転がりながらも両手で地面を掴み、なんとか体勢を立て直す。
「周りをよく見ろ!」
 叫んだイザベルに視線を向けると、薙き払われてくる大剣の刃が、一本の線と化して鋭く迫ってきていた。
 裕次郎は恐怖のあまり、ほぼ反射的に体を伏せる。
『ブォン!』
 直後、裕次郎の残像を大剣が斬りつけていた。
「あああああ!」
 裕次郎は叫びながら立ち上がると、イザベルに背を向け全力疾走する。二十メートル程走り後ろを振り返ると、イザベルが影のようにすぐ後ろに張り付いていた。
「ああああああああ!」
 裕次郎は後ろを見ながら死ぬ気で走る。するとイザベルが何かにつまずいたように、『ガクッ』と沈んだ。
 それを見た裕次郎は安堵した。
 しかしイザベルは、つまずいたわけではなかった。そのままとんぼ返りの要領で一回転し、すぐに頭が現れた。次に回転力によって速度がついた大剣が空気を斬り裂き、裕次郎を襲う。
 大剣から体を斬り裂かれる寸前、裕次郎はターンするように左に大きく飛び退いた。
『ドガァァァァン!』
 裕次郎を斬り裂くはずだった剣先は、大きな音を立てて地面をえぐる。
 もうもうと砂煙が立ち上ぼり、裕次郎の体を隠す。
 その間に裕次郎は、イザベルとの距離をとった。
 正直、魔法を使わないイザベルがこれ程まで強いのは想定外だ。しかも、まだ本気を出しているようにも見えない。裕次郎は、汗ばむ手で雷刀を握りしめる。
『ブォン!』
 砂煙の中から空気を斬り裂く鋭い音が聞こえ、斬られた砂煙が晴れていく。
「正直、思ったより素早いな」
 イザベルが笑いながら話しかけてくるが、恐怖心は薄れるどころか、ますます酷くなってゆく。
「よし。私はここから動かん。次は裕次郎が攻めろ」
 イザベルは腰を落とし、大剣を中段に構えた。
 裕次郎は暫く考えると、剣を右手に持ちイザベルに向かって走っていく。
「あああああ!」
 自らに気合いを入れる為、叫びながら突っ込む。どんどんイザベルが大きくなり、裕次郎は全力で斬りかかった。
『バキィィィィン!』
 今回はこちらから突っ込んでいった分、裕次郎が有利だ。一瞬だが力が均衡し、つばぜり合いになる。次の瞬間、裕次郎が雷刀のスイッチを切ると、
『ヴォン』
 と音を立てて刃が消えた。
 すると均衡していた力が崩れ、支えを失ったイザベルがバランスを崩し、前のめりになった。裕次郎はすぐさまスイッチを入れなおし、無防備になった鎧へ攻撃を叩き込む。
「バシィン!」
 斬れはしなかったものの、鎧の胸の辺りに黒く焦げたような線を残した。裕次郎は緊張が解け、そのまま転んでしまった。イザベルは倒れることはなく、右足を一歩前に出して踏ん張った。
「うむ! 中々やるじゃないか!」
 イザベルはそう言うと振り返り、裕次郎を起こそうと駆け寄る。ダメージはほとんど無さそうだ。
「・・・ありがとう」
 裕次郎は、そう言うだけで精一杯だった。

5.「パパすごい~」
 サキが走り寄り、抱きついてくる。  
「わんわん!」  
 豆芝は嬉そうに裕次郎の周りをぐるぐると走り回る。
「ウジウジ!」 
 ベルもつぶらな瞳で裕次郎を見つめてくる。
「おお! 裕次郎は人気者だな!」 
 こちらを見ながら、イザベルは自分で傷を治療している。
「・・・大丈夫だった?」
 対人戦闘とはいえ怪我をさせてしまったと、裕次郎は責任を感じていた。
「ああ。かすり傷だったし、問題ないぞ。しかし今日は疲れたな。もう帰るとしよう」 
 そう言いながら、治療が終わったイザベルは裕次郎の近くまでやって来た。
「そうだね。みんなも、もう帰るよ」 
 裕次郎はサキ達に声をかける。
「ウジ!」
 ベルが、するすると裕次郎の体を登り、肩へ乗る。
「うん! かえる!」
 サキは裕次郎と手を繋いだ。
「わん!」
 豆芝は軽く吠えると出口に向かって走り始める。
 裕次郎も出口に行こうと歩きながら、また明日もイザベルに鍛えてもらおうと思っていた。


 続く。













しおりを挟む

処理中です...