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突然舞い込む依頼 1
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水の都ーアルクターヌの朝は早い。
漁業が盛んなこの街は、日が上る前から作業が始まる。
漁に出た船が港へ戻る頃には、近くの市場は活気に満ちていくのだ。
貿易も盛んで、いろんな国の品々が運び込まれたり、他国の人々が観光に来たりと常に賑わっている街だった。
そんな活気に満ちた市場から離れた路地裏に、ひっそりと佇む一軒の店がある。
木の看板に大きく綺麗な字で“向日葵堂”(ひまわりどう)と名付けられた店があった。
レンガ造りの綺麗な店は、出入口となるドアに手すりの着いた階段が備わっていた。
階段と言っても、段数は五つ。その両脇には綺麗に咲き誇る小さな赤色の花の鉢植えが置かれていた。
その店から、香ばしい匂いが漂い始めると、近くに住む住人がぞろぞろと店の前にやってくる。
店のドアには“営業中”の札がかけられ、ドアを開けると、カラカランと鈴の音がなり、店の中に漂う焼きたての香ばしい香りが、入ってきた人々の鼻孔をくすぐった。
こじんまりとした店内に、二つの長い机が両端に置かれ、その上には、篭いっぱいに詰められた丸いパン、少し固めで長細いパンがそれぞれ置かれていた。
その他にも、果物を生地に練り込ませたパンや焼菓子も置かれている。レジが置かれているカウンターの後ろ棚には、当店一番人気の四角いパンが並んでいた。
「いらっしゃいませ!」
明るい声の主は、焼きたてのパンが入った籠を置かれている台に並べながら、にこりと笑顔を見せて人々を出迎えた。
オレンジ色の長い髪を後ろで一本に編み、前髪の一部を上げた二十代前半の笑顔が似合う、明るい印象の女だった。
動きやすそうなシンプルな服装にエプロンをつけている。
向日葵堂店主ーユズリハ・カザネに人々は声をかけた。
「ユズちゃん、久しぶりじゃないのさ!元気にしてたかい?」
「一ヶ月ぶりか?旅に出てたんだって?」
「あら、体を壊したって聞いてたよ?」
口々に言う人々にユズリハは苦笑を浮かべる。
ここ向日葵堂は、店主の気まぐれで開く変わった店だ。
二日間、開いていたと思ったら、二週間休みとか、はたまた二ヶ月空いていたと思えば一ヶ月休む等、不定期の販売をしているのだ。
種類は少しずつ増やしているが、数は多く作らない。できるだけ、余らないようにしているのだ。それに、この店で働いているのはユズリハ一人だけ。
掃除、仕込みなどを一人で行っているため限界があるのだ。
それでも、客足が途絶えないのはそれだけユズリハの作るパンが美味しいということなのだろう。
「この通り、体は壊してませんよ。ここ一ヶ月、旅というか、小旅行はしてきました。新作パンの参考になる食材探しに」
それを聞いて人々はおおと声をもらす。
「新作、出来たのか?」
「はい、これです」
そう言って見せたのは、普段置かれているパンよりも小さなパンだった。
そのパンの表面には何かがふりかけられている。
「表面にふりかけているのは、アルクターヌで取れた塩です。中には豆を甘く煮て、こしたアンが入ってます」
老若男女問わず、尚且つ一口サイズで食べやすいパンを作りたくてユズリハが作った新作は、見た目も可愛らしく、いくらでも食べられる物となった。
知り合いに味見もしてもらい、好評だったため、新作として販売してみようと思ったのだ。
「その新作、もらおうかしら!」
「俺にも!」
「私にも!」
「ありがとうございます!」
笑顔を見せて対応しながら、店のパンは次々となくなっていく。
お昼を過ぎる頃には、ほぼ完売状態となった。
最後の客が店を出るのを入口まで見送ると、トコトコとその客とすれ違い、こちらに来る幼い子供の姿がいた。
茶色の短髪に少し汚れた服を着ている活発そうな少年だ。
ユズリハの前まで来ると、一通の手紙を差し出してきた。
「…………?」
「知らないおじさんがお姉さんにって」
「知らないおじさんが?」
受け取った手紙の封筒には、差出人は書かれていない。しかし、封がしてあるところには一角獣が書かれた判が押されていた。
「ちゃんと渡したからな!」
「あ、ちょっと待って」
帰ろうとする少年を止め、ユズリハは一旦店の中へ入ると、しばらくして表に再び出ると膨らんだ紙袋を少年に差し出す。
「手紙を持ってきてくれたお礼。余り物で悪いけど、よかったら食べて?」
中には、店で残ったパンが入っている。
「いいの?!」
「うん」
「やったー!ありがとう、お姉さん」
そう言って、少年は手を振りながら帰っていく。
ユズリハも手を振り替えし、少年の姿が見えなくなると、フッとユズリハの笑顔が消え冷たい表情に変わる。
入口にかけてある“営業中”の看板を裏返し“準備中”にして店の中へと入った。
封を開けて取り出した手紙には綺麗な字でこう書かれているだけだった。
“オレンジ→黒、紫―青+石 待つ”
謎の暗号が書かれた手紙を見てユズリハはため息を一つ。
「はぁ、どうしてこんな面倒臭いことを…」
呆れた表情でユズリハは呟く。
壁に掛けてある時計を見てから、ユズリハはグッと背伸びをして見せた。
「んー、さて片付けるか」
今回もパンは完売。
手紙の差出人と合うまでまだ時間はある。
それまでに店の後片付けをするため、ユズリハは手紙をポケットにしまい作業へと取りかかり始めた。
漁業が盛んなこの街は、日が上る前から作業が始まる。
漁に出た船が港へ戻る頃には、近くの市場は活気に満ちていくのだ。
貿易も盛んで、いろんな国の品々が運び込まれたり、他国の人々が観光に来たりと常に賑わっている街だった。
そんな活気に満ちた市場から離れた路地裏に、ひっそりと佇む一軒の店がある。
木の看板に大きく綺麗な字で“向日葵堂”(ひまわりどう)と名付けられた店があった。
レンガ造りの綺麗な店は、出入口となるドアに手すりの着いた階段が備わっていた。
階段と言っても、段数は五つ。その両脇には綺麗に咲き誇る小さな赤色の花の鉢植えが置かれていた。
その店から、香ばしい匂いが漂い始めると、近くに住む住人がぞろぞろと店の前にやってくる。
店のドアには“営業中”の札がかけられ、ドアを開けると、カラカランと鈴の音がなり、店の中に漂う焼きたての香ばしい香りが、入ってきた人々の鼻孔をくすぐった。
こじんまりとした店内に、二つの長い机が両端に置かれ、その上には、篭いっぱいに詰められた丸いパン、少し固めで長細いパンがそれぞれ置かれていた。
その他にも、果物を生地に練り込ませたパンや焼菓子も置かれている。レジが置かれているカウンターの後ろ棚には、当店一番人気の四角いパンが並んでいた。
「いらっしゃいませ!」
明るい声の主は、焼きたてのパンが入った籠を置かれている台に並べながら、にこりと笑顔を見せて人々を出迎えた。
オレンジ色の長い髪を後ろで一本に編み、前髪の一部を上げた二十代前半の笑顔が似合う、明るい印象の女だった。
動きやすそうなシンプルな服装にエプロンをつけている。
向日葵堂店主ーユズリハ・カザネに人々は声をかけた。
「ユズちゃん、久しぶりじゃないのさ!元気にしてたかい?」
「一ヶ月ぶりか?旅に出てたんだって?」
「あら、体を壊したって聞いてたよ?」
口々に言う人々にユズリハは苦笑を浮かべる。
ここ向日葵堂は、店主の気まぐれで開く変わった店だ。
二日間、開いていたと思ったら、二週間休みとか、はたまた二ヶ月空いていたと思えば一ヶ月休む等、不定期の販売をしているのだ。
種類は少しずつ増やしているが、数は多く作らない。できるだけ、余らないようにしているのだ。それに、この店で働いているのはユズリハ一人だけ。
掃除、仕込みなどを一人で行っているため限界があるのだ。
それでも、客足が途絶えないのはそれだけユズリハの作るパンが美味しいということなのだろう。
「この通り、体は壊してませんよ。ここ一ヶ月、旅というか、小旅行はしてきました。新作パンの参考になる食材探しに」
それを聞いて人々はおおと声をもらす。
「新作、出来たのか?」
「はい、これです」
そう言って見せたのは、普段置かれているパンよりも小さなパンだった。
そのパンの表面には何かがふりかけられている。
「表面にふりかけているのは、アルクターヌで取れた塩です。中には豆を甘く煮て、こしたアンが入ってます」
老若男女問わず、尚且つ一口サイズで食べやすいパンを作りたくてユズリハが作った新作は、見た目も可愛らしく、いくらでも食べられる物となった。
知り合いに味見もしてもらい、好評だったため、新作として販売してみようと思ったのだ。
「その新作、もらおうかしら!」
「俺にも!」
「私にも!」
「ありがとうございます!」
笑顔を見せて対応しながら、店のパンは次々となくなっていく。
お昼を過ぎる頃には、ほぼ完売状態となった。
最後の客が店を出るのを入口まで見送ると、トコトコとその客とすれ違い、こちらに来る幼い子供の姿がいた。
茶色の短髪に少し汚れた服を着ている活発そうな少年だ。
ユズリハの前まで来ると、一通の手紙を差し出してきた。
「…………?」
「知らないおじさんがお姉さんにって」
「知らないおじさんが?」
受け取った手紙の封筒には、差出人は書かれていない。しかし、封がしてあるところには一角獣が書かれた判が押されていた。
「ちゃんと渡したからな!」
「あ、ちょっと待って」
帰ろうとする少年を止め、ユズリハは一旦店の中へ入ると、しばらくして表に再び出ると膨らんだ紙袋を少年に差し出す。
「手紙を持ってきてくれたお礼。余り物で悪いけど、よかったら食べて?」
中には、店で残ったパンが入っている。
「いいの?!」
「うん」
「やったー!ありがとう、お姉さん」
そう言って、少年は手を振りながら帰っていく。
ユズリハも手を振り替えし、少年の姿が見えなくなると、フッとユズリハの笑顔が消え冷たい表情に変わる。
入口にかけてある“営業中”の看板を裏返し“準備中”にして店の中へと入った。
封を開けて取り出した手紙には綺麗な字でこう書かれているだけだった。
“オレンジ→黒、紫―青+石 待つ”
謎の暗号が書かれた手紙を見てユズリハはため息を一つ。
「はぁ、どうしてこんな面倒臭いことを…」
呆れた表情でユズリハは呟く。
壁に掛けてある時計を見てから、ユズリハはグッと背伸びをして見せた。
「んー、さて片付けるか」
今回もパンは完売。
手紙の差出人と合うまでまだ時間はある。
それまでに店の後片付けをするため、ユズリハは手紙をポケットにしまい作業へと取りかかり始めた。
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