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聖騎士の力
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その時である、宿屋一口の戸を勢いよく空けて突然入ってきた男性は、挨拶もなくトーエに話しかけた。
『コジロウはどこだい?急ぎ伝えたい事があるから呼んでくれ』
「コタロウ!」
ゲージの中を覗き込み
『おいおい間に合わなかったかよ、チクショウ』
そう言うと深いため息をついてどっかりと椅子に腰を降ろした。
『あの、いらっしゃいませ・・・ご宿泊ですか?』
戸惑いながら話しかけるトーエにコタロウは答える。
『おいおいつれねーな、この顔を忘れちまったかよ、兄貴にそっくりだろ?それとも存在自体を忘れられちまったか?』
手に持っていたお盆をカランと落として彼女は固まった。
「コタロウだよ、トーエ」
そう言った僕の方を見て目を真ん丸にした彼女の口から出た言葉。
『かなり臭うので、お風呂入ってください』
それを聞いて僕もコタロウも緊張の糸が切れたように大笑いした。
『違えねえ、風呂なんか何年入ってないかな、ずっと滝がシャワーだったからな。わーかった、それじゃあ風呂借りるわ』
そう言って彼は風呂の方に笑いながら歩いて行った。
見送って脱衣所の扉が閉まった瞬間に彼女はゲージギリギリまで走ってきて覗き込み、僕に言った。
『ねね、本当にあのコタロウちゃんなの?』
信じられないのも無理はない、もう何年会っていない事か。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」
という言葉がある。
僕ですら『コジロウなの?』と訊かれたくらいである、もっと長い間離れていた今のワイルドなコタロウが彼女にわかるはずもない。
お父様に食って掛った頃の彼は、サラサラのおかっぱ頭で可愛らしい少年だったのだから。
「前に聖騎士になった時の話したよね、実はあの時いろいろあって牢獄に鎖で繋がれたんだ。それを助けてくれたのがコタロウだった、会った時は僕も驚いたよ。そして僕なんかより今の彼は何百倍も強いからね」
そんな話をしていると見事に鍛え上げられた肉体に腰美濃一つで、頭をワシワシ拭きながら褐色のコタロウが出てきて言った。
『おいおい何百倍は言いすぎだぜ、兄貴』
コタロウの姿を見てサッと後ろを向き、
『ふ、服を着てください!』
とトーエが叫ぶ、僕らは再び大笑いした。
『何がおかしいのですか、女性の前です。服を着てください!』
はいはい、という仕草をしながらコタロウは服を着た。
『おう、姉ちゃんもういいぜ』
『ね、ねえちゃんじゃありません、トーエです!』
『なんだよガキの頃、姉ちゃんって呼んでただろ?』
それを聞いてくるりと振り返り
『あなた、本当にあのコタロウちゃんなの?』
と彼女は聞く。
『ああ、正真正銘あのコタロウちゃんだ』
それを聞いた彼女はツイと鼻をつまみ、
『服が臭いので洗いますから脱いでください』
と言う、僕等はまたもや大笑いだ。
『なんですか!着替えならコジロウの服が洗濯してありますからそれを着てください、ここで脱がないでくださいね、男の人って全くもう!』
トーエも幼馴染三人揃った事を、照れながらも喜んでいるようだった。
コタロウは
『ちょっと小せえな』
と文句を言いながらも着替え、トーエはタライに洗濯物を入れて洗濯しに行った、兄弟の会話が始まる。
『兄貴、トーエってあんな美人だったっけ?もっとこう、ソバカスだらけのお転婆でよう』
「そうなんだよ、俺も戻ってきて驚いたよ、女の子って成長すると全く別人みたいになるんだな」
『本当だぜ、それはそうとよ』
コタロウが本題を語り始めた。
『悪い、遅くなっちまったもんだから兄貴にこんな窮屈な思いさせちまって。
(ヤツは自分の一部を十個に分けてそれぞれの特獣に守らせている)
って話、覚えてるか?それが何なのかははっきりわからねえ、今回は十体の特獣を偵察しただけで倒してないからな。おっとこんな時間、兄貴の身体が人間に戻ってから話すか、姉ちゃんメシー!』
この辺りは昔と変わらず甘えん坊の次男坊だ、とはいっても双子なのだから年齢は同じなのだが。
焦げ茶色のパンに自家製のチーズのせという定番メニューを食べながら、
『姉ちゃん、一応オレ、お客さんなんだけど。ほら、ジュワーッと焼いたステーキとかさー、ないの?』
『今は物がない時代なの、贅沢言わずに食べなさい!みすぼらしい恰好して突然現れて。お金持ってないんでしょ?』
それを聞いたコタロウはヤギの胃袋で作った袋からどっさりと金貨を出した。
『オレさ、自給自足なもんでコイツ使うことねえから、姉ちゃんにやるよ』
『ちょ、ちょっと。あんたこれいくらあると思ってるの!悪い事して稼いだ汚いお金じゃないでしょうね?』
『違えよ、あっちこっちで暴れまわっている獣とか魔物とか倒してくれって頼まれたから倒してやったらくれたんだ。ほんで、この袋に入れて走ってたらいい重りになるだろ?そんだけだ。あとさ二人とも、肉喰いたくねーか?』
トーエも僕もごくりと唾をのんだ。
『よっしゃ、五分で帰ってくる、姉ちゃんは火起こしといてくれ』
そういうとあの頃の様に飛び出していった。
五分後、肩に大きな猪を担いでコタロウは帰ってきた。
「おまえ、それどうやって?」
『ん?いつもどおりぶん殴った。捌いてやるから待ってろ、うまい肉喰わしてやっからよう』
兄として頭の上がらない弟というのはこういう事なのだろう、三人とも久し振りのご馳走にお腹がはちきれんばかりに食べまくった。
満腹の幸せ感に浸っているのもつかの間、コタロウが歯に挟まった肉を楊枝でシーシーしながら話し始めた。
『さーて、本題にはいろうか。兄貴は確かに強くなった、でもそれは学校の中での話だ。あの時のオレを見てその辺は理解してくれたろう?』
弁解の余地もない、手が届くなんてレベルではなかった。
『いや、ヘコませるつもりじゃねーんだよ、まだまだ強くなれるって言いたいんだ。それとな、奴が十個に分けた自分の一部にはそれぞれ簡単に言うと解毒効果っていうか、呪いを解くっていうか、そういうもんがあるんだよ。わかりやすく言うとだな、兄貴を元に戻す方法とか、ミライさんを元に戻す方法って言えばわかってもらえるかな。その為には特獣を倒してそのヒントを見つけなきゃならねえ。刃の特獣は兄貴たちが倒したばかりだから何かヒントがあるんじゃねーかと思って行ってみたけど、再生中だったもんでわかんなかった。ただ一つわかったのは「希望の石」っていうものがあって、十個あるヤツの一部と対極にある存在があるらしいんだよ。ほら、魔物を倒す時、兄貴もバディー組んで二人でやったろ?奴の相方がその「希望の石」っていうものになったって事らしいんだ、いわゆる抑止力ってやつだな。それを持つものは世界中どこに居ようとも「ラルド」と呪文を唱えると、仲間ごと自分の拠点に帰れるというすごいパワーを持った石らしい。俺も見た事ねえからわかんねえけど、なんでも綺麗なエメラルドで出来ていて、涙のしずくみたいな形をしているんだと。そいつがあれば普通の人間は無理だけど、聖騎士の資格のある兄貴は呪いが解けてリスじゃなく元のコジロウに戻る事が出来るって事だ』
『んー、それは荷物が多くて重たい時とかに時々使うかな』
トーエがニコニコしながら口を開いた。
『なんだと?』
「どういう事?」
兄弟二人してグイッと彼女に近づくと彼女は頬を赤らめながら後ずさりした。
『ちょっと、近いです、女性に対して失礼です!』
「いや、そうじゃなくてトーエ。今の話聞いてた?」
『うん、聞いてたよ。宿屋に帰るラルドでしょ?コジロウが居なくなってから女の子一人で重たい荷物を運ぶの大変だったから、お父様からはあんまり人前で使ってはいけないって言われてたんだけど、時々使ってた。』
「いやだから、今その石の話をしていたよね?」
『うんそうね、それがどうしたの?』
「あのね、その石の力で僕の身体が昼間でも元のコジロウに戻せますよって話をコタロウはしていたんだけど」
『エエー!』
やっぱり聞いていなかった、でもこれで一つ希望の光が見えたのは確かだ。
「コタロウ、石はここにあったとして、どうすれば俺は元に戻れるんだ?」
『そこまではわからん』
しばらく沈黙が続いたあと、トーエが呪文のようなものを石を握りしめながら唱えだした。
するとどうだろう身体に重みが戻ってゆく、うっすら半透明だった肉体が実体化し、みるみる力が沸いてくるのが分かった。
「トーエ、今の呪文・・・」
『ひょっとしてと思って、この家の女たちは代々石を受け継ぐのと同時に、この呪文を覚えるの。毎日毎日何回も何回も唱えてきたから覚えちゃってた。私に娘が出来たらこの呪文と石を伝えるのよ』
コタロウが驚いて見ている横で、僕の肉体は見事に復活を果たしたのだった。
その時である、国家の役人たちが大勢で宿屋に押し掛けてきたのだ。
(門番ぶっ飛ばして脱走したのだから、まあ・・・こうなるわな)
『上官反逆罪で投獄中のコジロウがここに戻ってきているとの情報で参った。大人しく引き渡せば何もせぬが、下手にかばいだてするなら宿屋ごと火を放つ!』
身体の戻った僕はそれを聞いて一気にヒートアップし、剣を握りしめて外に出ようとしたところをコタロウに止められた。
『兄貴、ここは穏便に済ませようぜ。俺に策があるからちょっと乗ってくれ』
彼はそう言うと僕達を部屋に残したまま役人の前に丸腰で出て行った。
『聖騎士様に向かって随分な口の利き方だなあ、あんたら束になったってアイツには敵わないだろうに』
そう言った刹那、コタロウに麻酔銃が放たれた。
話している後ろ姿しか見えないが、パン!という音が聞こえたので自分の時と同じ麻酔銃であることはすぐに分かった。
がしかし、彼は倒れるでもなく避けるでもなく平然とその場に立っている、どういうことだ?
『ヤツは特獣を倒した聖騎士だ。こんな弾丸避けるなんて造作もないことだ。わからないのか、あんたら上官のメンツを潰さない為にあの時は敢えて撃たれてやったんだよ。その証拠に聖騎士でもないこの俺が、いま摘まんでみせているだろう?こんなもの、オモチャみたいなものだ』
その場に立ったまま指先で麻酔弾を転がしていたかと思うと、それを僕らの居る方にポイと後ろ向きに投げた。役人達は一様にポカーンとしている。
『よし、物は相談なんだが国家権力の犬さん達よ。今のところコジロウを抑えられるのは俺だけだ、あんたらにそれが出来ない事もわかっているし、奴が本気で暴れたら国家そのものを転覆させかねない力を持つのが聖騎士だってことはわかってるよな?そこでだ、コジロウは俺が抑えてやる。あんたらには手出しさせやしない、その代わり条件がある。国家図書館に伝説の聖騎士に纏わる本があるはずだ、あと現在起こっている訳の分からない現象に対する文献もな。俺達はこの現象を止めたくて動いている訳なのだが資料が足りん、文献を見たくてもあそこには特別許可がないと入れないだろう?その許可をくれよ』
褐色に焼けた顔をニヤニヤとさせながら彼は言った。
『何を馬鹿な事を!素直に引き渡さなければ宿に火を放つぞ!』
『そうかい、じゃあ仕方ねえ、コジロウ出て来いよ』
そう言われて僕も外に出た。
その瞬間に三発麻酔銃が放たれたが、満身創痍のあの時とは違って今は満ちている。
こんなもの特獣に比べれば可愛いものだ。
弾丸は体に触れる事もなく、気のオーラで跳ね返り地面に落ちた。
『なあ、こいつら聖騎士様の力をわかっていないらしい。本気でお前を捕まえるつもりらしいぜ、何かみせてやりなよ』
面白がって僕に言う気持ちもわかるし、実際に聖騎士は
《伝説》
と呼ばれるくらいの存在なのだから
(マグマでも降らしてやろうか)
とも思ったがここは街の中だ、軽めに抑えておこう。
『フリーズ』
そう唱えて彼ら全員の膝から下を凍らせた。
レベル的には初歩の初歩、物を凍らせる呪文である。
「いいか、ミライは膝から下を特獣によって切り落とされたんだ。このままその凍った脚を砕いてやってもいいのだが・・・」
『待ってくれ、わかった。聖騎士にはたらいた無礼を許してくれ』
一番位の高そうな顎にひげを蓄えた男性がそう叫んだので、僕は
『リフリーズ』
と唱えて全員を氷から解放した。
『我々も国家から言われて来ただけなんだ、許してくれ。私の身分証にもなっているこの指輪を受け取ってくれ。門番に「ガイアの遣いで来た」と指輪を見せれば中に入れるようにしておく。これで勘弁してもらえないだろうか、まだ子供が産まれたばかりなんだよ』
コタロウはそれを受け取るとピーンと空にはじいたあと再び手に握り、
『よし、交渉成立だな。じゃあ、あんたら帰っていいよ。国家には空を飛んで逃げられたとかうまい事言っといてくれ』
とカラカラ笑いながらいい、彼らは一目散に帰っていった。
『兄貴わかってるねー、もっと強力な魔法レベルを出されたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしたけど、うまくやってくれたな』
「おう、街の中だしな。魔法まで使わずとも呪文レベルで充分だろ。よし、これで討伐に行く事が出来る、行こうか!」
そう息巻いている僕に、コタロウは冷ややかに言った。
『兄貴、今度は殺されるぜ?申し訳ないけど今の兄貴では足手まといだ。帰還魔法のトーエを連れて行った方がよっぽど使える』
牢獄の外で見た彼の実力、緑のマント男に対して何もできなかった自分、確かにそうかもしれないが、だからといってこのまま指をくわえて見てろというのか。
『兄貴よく聞いてくれ、兄貴は確かに強くなる要素が未知数だ。でも現在のレベルは俺からしたら基礎中の基礎なんだよ、特獣とやり合うなんてレベルじゃあねえ。剣技はある程度修行すれば良くなるだろうが、魔法レベルがほぼゼロだ。ミライさんの上を行って貰わなきゃ勝てねーんだよ、その為には兄貴が得意としている剣技を一旦捨てて魔法専門の修行に特化しねーと駄目だ。「ベゴマイト」なんて、何のダメージもなく普通に使えなきゃ意味がない、あんなの初級魔法だ。まだまだ兄貴が使えるようにならなきゃいけない魔法は何百とある、その後だな、剣技は。俺があの時、山を切って見せただろう?あんなの闘いの中では子供レベルだ』
ミライを以てして砂になった禁断魔法が初級だと?僕は愕然とした、でも弟の言う事は筋が通っている。
魔法と剣技どちらも高いレベルで使いこなす事が出来て初めて聖騎士であり、僕とミライの様にどちらかが秀でているだけでは、お互い一人の時にどう闘ったらいい?無残に殺されるのは明らかだ。
『おいおい、そんなにしょげるなって。兄貴なら今の俺レベルになるのに一年掛からねーよ、まあ一年もかかってちゃあ世界が滅亡してしまうけどな。とにかく魔法レベルを一気に引き上げる、その上で剣技も引き上げる。そしてミライさんを元に戻し、彼のレベルアップが完了した時、初めて出発だ。さっきも言ったようにざっと見積もって剣技も加えると一年掛かるかなってところだ。どうする?兄貴は何か月でやるつもりだい?』
「聞かせてくれ。お前が俺ならどれくらいでやれると思う?」
『そうだなー、目いっぱいやっても三ヵ月かかるかな』
「じゃあ一ヶ月で頼む、一ヶ月でお前レベルまでに鍛えてくれ」
『わかった、その代わり辛いぜ?あと、気が早すぎる。先ずは文献を探ってみるところから始めないか?』
彼の言う事はもっともだ、いくらコタロウが強いとはいえ何の知識も持たずに行くのとある程度物事の理を知ってから動くのとでは効率も危険度も変わってくる。
トーエを守りながら旅をする事になるのだから、知識はあるに越したことは無い。
『コジロウはどこだい?急ぎ伝えたい事があるから呼んでくれ』
「コタロウ!」
ゲージの中を覗き込み
『おいおい間に合わなかったかよ、チクショウ』
そう言うと深いため息をついてどっかりと椅子に腰を降ろした。
『あの、いらっしゃいませ・・・ご宿泊ですか?』
戸惑いながら話しかけるトーエにコタロウは答える。
『おいおいつれねーな、この顔を忘れちまったかよ、兄貴にそっくりだろ?それとも存在自体を忘れられちまったか?』
手に持っていたお盆をカランと落として彼女は固まった。
「コタロウだよ、トーエ」
そう言った僕の方を見て目を真ん丸にした彼女の口から出た言葉。
『かなり臭うので、お風呂入ってください』
それを聞いて僕もコタロウも緊張の糸が切れたように大笑いした。
『違えねえ、風呂なんか何年入ってないかな、ずっと滝がシャワーだったからな。わーかった、それじゃあ風呂借りるわ』
そう言って彼は風呂の方に笑いながら歩いて行った。
見送って脱衣所の扉が閉まった瞬間に彼女はゲージギリギリまで走ってきて覗き込み、僕に言った。
『ねね、本当にあのコタロウちゃんなの?』
信じられないのも無理はない、もう何年会っていない事か。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」
という言葉がある。
僕ですら『コジロウなの?』と訊かれたくらいである、もっと長い間離れていた今のワイルドなコタロウが彼女にわかるはずもない。
お父様に食って掛った頃の彼は、サラサラのおかっぱ頭で可愛らしい少年だったのだから。
「前に聖騎士になった時の話したよね、実はあの時いろいろあって牢獄に鎖で繋がれたんだ。それを助けてくれたのがコタロウだった、会った時は僕も驚いたよ。そして僕なんかより今の彼は何百倍も強いからね」
そんな話をしていると見事に鍛え上げられた肉体に腰美濃一つで、頭をワシワシ拭きながら褐色のコタロウが出てきて言った。
『おいおい何百倍は言いすぎだぜ、兄貴』
コタロウの姿を見てサッと後ろを向き、
『ふ、服を着てください!』
とトーエが叫ぶ、僕らは再び大笑いした。
『何がおかしいのですか、女性の前です。服を着てください!』
はいはい、という仕草をしながらコタロウは服を着た。
『おう、姉ちゃんもういいぜ』
『ね、ねえちゃんじゃありません、トーエです!』
『なんだよガキの頃、姉ちゃんって呼んでただろ?』
それを聞いてくるりと振り返り
『あなた、本当にあのコタロウちゃんなの?』
と彼女は聞く。
『ああ、正真正銘あのコタロウちゃんだ』
それを聞いた彼女はツイと鼻をつまみ、
『服が臭いので洗いますから脱いでください』
と言う、僕等はまたもや大笑いだ。
『なんですか!着替えならコジロウの服が洗濯してありますからそれを着てください、ここで脱がないでくださいね、男の人って全くもう!』
トーエも幼馴染三人揃った事を、照れながらも喜んでいるようだった。
コタロウは
『ちょっと小せえな』
と文句を言いながらも着替え、トーエはタライに洗濯物を入れて洗濯しに行った、兄弟の会話が始まる。
『兄貴、トーエってあんな美人だったっけ?もっとこう、ソバカスだらけのお転婆でよう』
「そうなんだよ、俺も戻ってきて驚いたよ、女の子って成長すると全く別人みたいになるんだな」
『本当だぜ、それはそうとよ』
コタロウが本題を語り始めた。
『悪い、遅くなっちまったもんだから兄貴にこんな窮屈な思いさせちまって。
(ヤツは自分の一部を十個に分けてそれぞれの特獣に守らせている)
って話、覚えてるか?それが何なのかははっきりわからねえ、今回は十体の特獣を偵察しただけで倒してないからな。おっとこんな時間、兄貴の身体が人間に戻ってから話すか、姉ちゃんメシー!』
この辺りは昔と変わらず甘えん坊の次男坊だ、とはいっても双子なのだから年齢は同じなのだが。
焦げ茶色のパンに自家製のチーズのせという定番メニューを食べながら、
『姉ちゃん、一応オレ、お客さんなんだけど。ほら、ジュワーッと焼いたステーキとかさー、ないの?』
『今は物がない時代なの、贅沢言わずに食べなさい!みすぼらしい恰好して突然現れて。お金持ってないんでしょ?』
それを聞いたコタロウはヤギの胃袋で作った袋からどっさりと金貨を出した。
『オレさ、自給自足なもんでコイツ使うことねえから、姉ちゃんにやるよ』
『ちょ、ちょっと。あんたこれいくらあると思ってるの!悪い事して稼いだ汚いお金じゃないでしょうね?』
『違えよ、あっちこっちで暴れまわっている獣とか魔物とか倒してくれって頼まれたから倒してやったらくれたんだ。ほんで、この袋に入れて走ってたらいい重りになるだろ?そんだけだ。あとさ二人とも、肉喰いたくねーか?』
トーエも僕もごくりと唾をのんだ。
『よっしゃ、五分で帰ってくる、姉ちゃんは火起こしといてくれ』
そういうとあの頃の様に飛び出していった。
五分後、肩に大きな猪を担いでコタロウは帰ってきた。
「おまえ、それどうやって?」
『ん?いつもどおりぶん殴った。捌いてやるから待ってろ、うまい肉喰わしてやっからよう』
兄として頭の上がらない弟というのはこういう事なのだろう、三人とも久し振りのご馳走にお腹がはちきれんばかりに食べまくった。
満腹の幸せ感に浸っているのもつかの間、コタロウが歯に挟まった肉を楊枝でシーシーしながら話し始めた。
『さーて、本題にはいろうか。兄貴は確かに強くなった、でもそれは学校の中での話だ。あの時のオレを見てその辺は理解してくれたろう?』
弁解の余地もない、手が届くなんてレベルではなかった。
『いや、ヘコませるつもりじゃねーんだよ、まだまだ強くなれるって言いたいんだ。それとな、奴が十個に分けた自分の一部にはそれぞれ簡単に言うと解毒効果っていうか、呪いを解くっていうか、そういうもんがあるんだよ。わかりやすく言うとだな、兄貴を元に戻す方法とか、ミライさんを元に戻す方法って言えばわかってもらえるかな。その為には特獣を倒してそのヒントを見つけなきゃならねえ。刃の特獣は兄貴たちが倒したばかりだから何かヒントがあるんじゃねーかと思って行ってみたけど、再生中だったもんでわかんなかった。ただ一つわかったのは「希望の石」っていうものがあって、十個あるヤツの一部と対極にある存在があるらしいんだよ。ほら、魔物を倒す時、兄貴もバディー組んで二人でやったろ?奴の相方がその「希望の石」っていうものになったって事らしいんだ、いわゆる抑止力ってやつだな。それを持つものは世界中どこに居ようとも「ラルド」と呪文を唱えると、仲間ごと自分の拠点に帰れるというすごいパワーを持った石らしい。俺も見た事ねえからわかんねえけど、なんでも綺麗なエメラルドで出来ていて、涙のしずくみたいな形をしているんだと。そいつがあれば普通の人間は無理だけど、聖騎士の資格のある兄貴は呪いが解けてリスじゃなく元のコジロウに戻る事が出来るって事だ』
『んー、それは荷物が多くて重たい時とかに時々使うかな』
トーエがニコニコしながら口を開いた。
『なんだと?』
「どういう事?」
兄弟二人してグイッと彼女に近づくと彼女は頬を赤らめながら後ずさりした。
『ちょっと、近いです、女性に対して失礼です!』
「いや、そうじゃなくてトーエ。今の話聞いてた?」
『うん、聞いてたよ。宿屋に帰るラルドでしょ?コジロウが居なくなってから女の子一人で重たい荷物を運ぶの大変だったから、お父様からはあんまり人前で使ってはいけないって言われてたんだけど、時々使ってた。』
「いやだから、今その石の話をしていたよね?」
『うんそうね、それがどうしたの?』
「あのね、その石の力で僕の身体が昼間でも元のコジロウに戻せますよって話をコタロウはしていたんだけど」
『エエー!』
やっぱり聞いていなかった、でもこれで一つ希望の光が見えたのは確かだ。
「コタロウ、石はここにあったとして、どうすれば俺は元に戻れるんだ?」
『そこまではわからん』
しばらく沈黙が続いたあと、トーエが呪文のようなものを石を握りしめながら唱えだした。
するとどうだろう身体に重みが戻ってゆく、うっすら半透明だった肉体が実体化し、みるみる力が沸いてくるのが分かった。
「トーエ、今の呪文・・・」
『ひょっとしてと思って、この家の女たちは代々石を受け継ぐのと同時に、この呪文を覚えるの。毎日毎日何回も何回も唱えてきたから覚えちゃってた。私に娘が出来たらこの呪文と石を伝えるのよ』
コタロウが驚いて見ている横で、僕の肉体は見事に復活を果たしたのだった。
その時である、国家の役人たちが大勢で宿屋に押し掛けてきたのだ。
(門番ぶっ飛ばして脱走したのだから、まあ・・・こうなるわな)
『上官反逆罪で投獄中のコジロウがここに戻ってきているとの情報で参った。大人しく引き渡せば何もせぬが、下手にかばいだてするなら宿屋ごと火を放つ!』
身体の戻った僕はそれを聞いて一気にヒートアップし、剣を握りしめて外に出ようとしたところをコタロウに止められた。
『兄貴、ここは穏便に済ませようぜ。俺に策があるからちょっと乗ってくれ』
彼はそう言うと僕達を部屋に残したまま役人の前に丸腰で出て行った。
『聖騎士様に向かって随分な口の利き方だなあ、あんたら束になったってアイツには敵わないだろうに』
そう言った刹那、コタロウに麻酔銃が放たれた。
話している後ろ姿しか見えないが、パン!という音が聞こえたので自分の時と同じ麻酔銃であることはすぐに分かった。
がしかし、彼は倒れるでもなく避けるでもなく平然とその場に立っている、どういうことだ?
『ヤツは特獣を倒した聖騎士だ。こんな弾丸避けるなんて造作もないことだ。わからないのか、あんたら上官のメンツを潰さない為にあの時は敢えて撃たれてやったんだよ。その証拠に聖騎士でもないこの俺が、いま摘まんでみせているだろう?こんなもの、オモチャみたいなものだ』
その場に立ったまま指先で麻酔弾を転がしていたかと思うと、それを僕らの居る方にポイと後ろ向きに投げた。役人達は一様にポカーンとしている。
『よし、物は相談なんだが国家権力の犬さん達よ。今のところコジロウを抑えられるのは俺だけだ、あんたらにそれが出来ない事もわかっているし、奴が本気で暴れたら国家そのものを転覆させかねない力を持つのが聖騎士だってことはわかってるよな?そこでだ、コジロウは俺が抑えてやる。あんたらには手出しさせやしない、その代わり条件がある。国家図書館に伝説の聖騎士に纏わる本があるはずだ、あと現在起こっている訳の分からない現象に対する文献もな。俺達はこの現象を止めたくて動いている訳なのだが資料が足りん、文献を見たくてもあそこには特別許可がないと入れないだろう?その許可をくれよ』
褐色に焼けた顔をニヤニヤとさせながら彼は言った。
『何を馬鹿な事を!素直に引き渡さなければ宿に火を放つぞ!』
『そうかい、じゃあ仕方ねえ、コジロウ出て来いよ』
そう言われて僕も外に出た。
その瞬間に三発麻酔銃が放たれたが、満身創痍のあの時とは違って今は満ちている。
こんなもの特獣に比べれば可愛いものだ。
弾丸は体に触れる事もなく、気のオーラで跳ね返り地面に落ちた。
『なあ、こいつら聖騎士様の力をわかっていないらしい。本気でお前を捕まえるつもりらしいぜ、何かみせてやりなよ』
面白がって僕に言う気持ちもわかるし、実際に聖騎士は
《伝説》
と呼ばれるくらいの存在なのだから
(マグマでも降らしてやろうか)
とも思ったがここは街の中だ、軽めに抑えておこう。
『フリーズ』
そう唱えて彼ら全員の膝から下を凍らせた。
レベル的には初歩の初歩、物を凍らせる呪文である。
「いいか、ミライは膝から下を特獣によって切り落とされたんだ。このままその凍った脚を砕いてやってもいいのだが・・・」
『待ってくれ、わかった。聖騎士にはたらいた無礼を許してくれ』
一番位の高そうな顎にひげを蓄えた男性がそう叫んだので、僕は
『リフリーズ』
と唱えて全員を氷から解放した。
『我々も国家から言われて来ただけなんだ、許してくれ。私の身分証にもなっているこの指輪を受け取ってくれ。門番に「ガイアの遣いで来た」と指輪を見せれば中に入れるようにしておく。これで勘弁してもらえないだろうか、まだ子供が産まれたばかりなんだよ』
コタロウはそれを受け取るとピーンと空にはじいたあと再び手に握り、
『よし、交渉成立だな。じゃあ、あんたら帰っていいよ。国家には空を飛んで逃げられたとかうまい事言っといてくれ』
とカラカラ笑いながらいい、彼らは一目散に帰っていった。
『兄貴わかってるねー、もっと強力な魔法レベルを出されたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしたけど、うまくやってくれたな』
「おう、街の中だしな。魔法まで使わずとも呪文レベルで充分だろ。よし、これで討伐に行く事が出来る、行こうか!」
そう息巻いている僕に、コタロウは冷ややかに言った。
『兄貴、今度は殺されるぜ?申し訳ないけど今の兄貴では足手まといだ。帰還魔法のトーエを連れて行った方がよっぽど使える』
牢獄の外で見た彼の実力、緑のマント男に対して何もできなかった自分、確かにそうかもしれないが、だからといってこのまま指をくわえて見てろというのか。
『兄貴よく聞いてくれ、兄貴は確かに強くなる要素が未知数だ。でも現在のレベルは俺からしたら基礎中の基礎なんだよ、特獣とやり合うなんてレベルじゃあねえ。剣技はある程度修行すれば良くなるだろうが、魔法レベルがほぼゼロだ。ミライさんの上を行って貰わなきゃ勝てねーんだよ、その為には兄貴が得意としている剣技を一旦捨てて魔法専門の修行に特化しねーと駄目だ。「ベゴマイト」なんて、何のダメージもなく普通に使えなきゃ意味がない、あんなの初級魔法だ。まだまだ兄貴が使えるようにならなきゃいけない魔法は何百とある、その後だな、剣技は。俺があの時、山を切って見せただろう?あんなの闘いの中では子供レベルだ』
ミライを以てして砂になった禁断魔法が初級だと?僕は愕然とした、でも弟の言う事は筋が通っている。
魔法と剣技どちらも高いレベルで使いこなす事が出来て初めて聖騎士であり、僕とミライの様にどちらかが秀でているだけでは、お互い一人の時にどう闘ったらいい?無残に殺されるのは明らかだ。
『おいおい、そんなにしょげるなって。兄貴なら今の俺レベルになるのに一年掛からねーよ、まあ一年もかかってちゃあ世界が滅亡してしまうけどな。とにかく魔法レベルを一気に引き上げる、その上で剣技も引き上げる。そしてミライさんを元に戻し、彼のレベルアップが完了した時、初めて出発だ。さっきも言ったようにざっと見積もって剣技も加えると一年掛かるかなってところだ。どうする?兄貴は何か月でやるつもりだい?』
「聞かせてくれ。お前が俺ならどれくらいでやれると思う?」
『そうだなー、目いっぱいやっても三ヵ月かかるかな』
「じゃあ一ヶ月で頼む、一ヶ月でお前レベルまでに鍛えてくれ」
『わかった、その代わり辛いぜ?あと、気が早すぎる。先ずは文献を探ってみるところから始めないか?』
彼の言う事はもっともだ、いくらコタロウが強いとはいえ何の知識も持たずに行くのとある程度物事の理を知ってから動くのとでは効率も危険度も変わってくる。
トーエを守りながら旅をする事になるのだから、知識はあるに越したことは無い。
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