太陽と月

るしん

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変わり果てた街 

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 胸元にしまってある小瓶を気にしつつ、全速力で走り街に辿り着くと民家や宿泊所、薬屋などことごとく火の手が上がっている。

「トーエが危ない!」

扉を開けると誰もいない、お父様もお母様も、そしてトーエも。

「こんなところまで魔の手が伸びていたのか、トーエ!」

 その呼びかけに微かに聞こえた物音の様な微音、剣を構えてゆっくりと近づいてみる、一番奥の角部屋からゴソゴソと音がする。

(よくも、よくも街を!トーエを!)

怒りに震えながら扉を蹴破ると、部屋の隅っこに震えて縮こまっているトーエがいた。

『コジロウ、なの・・・?』

そうだ、すっかり体格も変わり声変わりもして彼女からすれば別人だろう、わからなくて当然だ。

 彼女もすっかり見違える様な髪の長い綺麗な女性になり、面影から彼女であろうと察した程だ。僕は怖がる女の子を慈しむように剣を納め、優しい声で言った。

「トーエただいま、コジロウだよ、もう大丈夫だからこっちにおいで」

それを聞いた彼女は僕の胸に泣きながら飛び込んできた。

『みんな・・・みんな魔物に取りつかれてしまって、動物とか農具とかに変えられてしまって』

余程怖かったのだろう、震えている。

「トーエ、よく聞いて。僕は士官学校を出て特獣を倒し、騎士の上の聖騎士になったんだよ。僕が帰ってきたからにはもう大丈夫だから、何があったのか詳しく話してくれるかい?」

彼女は思い出せることを全力で話してくれた。


『街のあちらこちらで突然行方不明になるという事件が起こった』


『どうやら騎士のいる家が最初に狙われたみたいだった』


『騎士が街に居なくなると無差別に人々が消えていった』


『捜査してみるとどの家にも街人の姿はなく、人影のない家の壁には決まって星の様な不思議な落書きがされてあった』


『自分以外の人は昼の間は動物や物に姿を変えられ、夜になると人の姿に戻るという呪いを掛けられているようだ』


『夜の時間だけ人間の姿に戻る事が出来るようだが家の敷地から外に出ようとしても、バリアの様なもので覆われていて敷地から出られない』


『人間の姿に戻っている時だけは会話ができるので情報を持ち寄ってみると、みんな共通の人間に触れられた瞬間から意識が無くなったらしい』


『どうやらその触れられた瞬間に、動物や道具に変えられてしまったのではないか』


『その人物は緑色のマントを羽織っていて、騎士の称号を付けていた為、誰も不審に思わなかった』


『この家には一番最後に現れたようだ、噂を聞いていたのでお父様が問い詰めようとしたら目の前でポットに変えられた』


『お母様もフライパンに変えられ、彼女にも触れようとしたが、先祖代々受け継がれてきたエメラルド色のペンダントが突然激しく光りマントの女は家の外まで吹っ飛んだ為、彼女だけは助かった』


『そいつは何やら呪文のようなものを唱えて炎を纏ったドラゴンを呼び寄せると、その上に乗って天高く舞い上がり、剣を振り上げた』


『剣の先から雷の様なものが空に向かって伸びた後、空は真っ黒になってしまった』


『そいつが乗ってきたドラゴンが吐く炎によってあちこち焼かれてしまっている』


『それからというもの、時計が頼りで昼なのか夜なのかもわからない』


『夜の間はいいが、朝になると皆戻ってしまうのでそれからの時間は彼女一人、物音がするたびにビクビクしながら一番奥の部屋の隅っこに隠れていた・・・』


と。

 いくつかキーワードは見つかるが、それらが僕の知識と直結する部分は少ない

(マントの男が呼び寄せたのは『炎の特獣』であろう)

くらいのものだ。自分が聖騎士となり牢獄に繋がれたのも不自然だ。

これは国家ぐるみの陰謀なのか、それとも国家自体がその男に脅されているのか、いずれにしても僕のやるべきことは決まっている。

街を元に戻す事・・・なのだが、何からどうしていいのかわからない。

(とりあえずこの時間誰もいないこの街に、今は僕という会話のできる人間が居るのだから、彼女の傍に居よう。そして夜になったら街の人は動けなくても僕は動けるのだから、情報収集をしてみよう。それまでの間は僕の士官学校での物語を彼女に聞かせてあげよう)

そう思って先ずは彼女を安心させ、

「色々話してくれてありがとう、お礼に僕が士官学校に行っていた頃の話をしてあげるよ」

と明るい話題だけ選りすぐって話して聞かせた。

 あの頃は苦くて飲めなかったが、一緒にコーヒーを飲みながら語り合い、誰もいない街を一緒に歩き、裏庭に埋めてある貯金樽を見て笑い合い、そして夜の時間になった。

人間の姿に戻ったお父様とお母様からお話を伺うと

『それが一瞬の出来事で覚えていない』

という返答だった。他の家も回ってみたが、返答は一様に

『一瞬の出来事で覚えていない』

と。

壁の落書きについて聞いてみても

『知らない』

男の特徴について聞いてみても

『この街では見た事がない』

と、誰もが同じことを言った。

 そして朝になり彼女の言っていたことを僕は目の当たりにする、目の前で話をしていたお父様・お母様が突然ポットとフライパンに姿を変えて床に転がり落ちた。


(何てことだ・・・)


言葉を失う僕の傍にトーエがやってきて

『いつも、こんな感じで一人ぼっちになっちゃうの・・・』

ポロポロと涙をこぼしながら訴えた。

(物に変えられてしまう側も辛いが、それを見ているトーエの寂しさと苦しみは図り切れないだろう)

僕の中に闘志がメラメラと湧いてきた。


 その数時間後、突如雷鳴が轟き空が鳴いたかと思うとドラゴンに乗って緑色のマントを翻した男が街に降り立った。

僕は「トランス」と呪文を唱えて気を高めて剣を構え、男を見た。

ヤツはニヤニヤと笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる、そして僕の頭の中に話しかけてきた。

『君が聖騎士だって?笑わせるねえその程度で、クックックッ!お嬢さんはどうやら石を持っているようだからやり損ねたけど、君はただの死に損ないだなー。どれ、見てやるから聖騎士様の力を私に見せて御覧なさい』

「お前が街を、世界をこんな風にしているのか、目的は何だ!どうやって人間を物質化させた?元に戻す方法を教えろ!」

『よく喋る聖騎士様だこと、でも一つだけ教えてあげよう。君たちが森で魔物を倒して手に入れた魔悪のかけら、あれを人間に埋め込んでやっただけの事だよ、まあ元に戻す方法は私しか知らないからこの私を倒す以外、道は無いのだけれどもね』

「ということは、お前を倒せば全部元に戻せるという事なんだな?」

『そうだね、だから君の力を見せてごらんよ』

そう聞くが早いか、僕は彼に斬りかかった「雷光の走」・・・!

素手で、片手で受け止めた。

『なあに?こんなもんなの?聖騎士様でしょ、出し惜しみせずにもっと思いっきり見せてごらんよ』

(ミライがベゴマイトと呪文を唱えてくれたから僕はあの時すさまじい力を出す事が出来た、ミライは砂になってしまったが、コタロウは自己発動できるレベル、僕はまだそのレベルに達していない)

『あーあ、つまらないつまらない!相棒が砂になって弟に救われて君自身は全然強くない、あーつまらない!退屈で欠伸がでてしまうくらいつまらない!これじゃあ砂になったあの子も無駄死にだね』

言われたい放題言われているが、事実だ。

ミライの事も弟の事もなぜこいつが知っているのかという所はさておき、こんなにも力の差があるものなのか。
待て・・・ミライが無駄死にだと?

僕は再びバーサク状態になり、握られていた剣を振り払い戻し、再び斬りかかった。

『なーんだ、やればできるじゃん!さあもっと楽しませておくれよ』

次の瞬間、剣は粉々に握りつぶされ、僕は柄だけを持っていた。

『お前つまらないから、もういいや』

そう言うと一瞬で間を詰められ額に触れられた。


『惨めに生きろ・・・』


そう言い残して男は炎の特獣に乗り去っていった。

全ての物が巨大化して見える、草も木も石も家も、そしてトーエも。

『コジロウ』

彼女の涙が大粒の水の塊となって振ってきた。

そして彼女は僕を両手で救い上げて地面にしゃがみ込み、

『また一人になっちゃった』

と泣き崩れた。彼女の胸にぶら下がっているペンダントに自分の姿が映った。

(リスになっている!そうか、僕も動物に変えられてしまったのか)

「トーエ、守ってあげられなくてごめんね」

そう言うと彼女はハッとして僕を自分の顔の高さまで持ち上げた。

『コジロウ、喋れるの?』

どうやらかろうじて彼女と会話ができるという部分だけは残す事が出来たらしい、これが聖騎士の力なのか。

『コジロウがリスになっちゃったのは悲しいけど、これで昼の間もお話が出来るんだね』

悲しみと悔しさをかみ殺して彼女は笑顔で僕に言った、情けない。

僕の住処は彼女の胸のポケットの中になった、少しでも寂しくないようにいっぱい話しかけた。

彼女も嬉しそうに話を聞いてくれたし、僕がいない間の宿屋の事・お父様の事・お母様の事などいっぱい話してくれた。

まだ全世界の人間が呪われたわけではないようで、三日に一人くらいの割合で宿泊客はあった。

こんな姿で何を手伝えることも無いのだが、

「少なくとも彼女を孤独にさせない」

事だけは一生懸命に取り組んだ。

 そんなある日、軍服を身にまとった若い役人が彼女に求婚の申し込みにやってきた。

『その方、我に相応しき女と見定めた。こんな汚い宿屋を捨て、軍人の妻として国王に使えるがよい』

と、彼女は即答で断った。

それに腹を立てた軍人は彼女に平手打ちをくらわし、胸のポケットに居た僕を握りつぶそうとしたのだ。

その瞬間、彼女のペンダントがまぶしく光り、軍人はマントの男同様に宿屋の外まで吹っ飛んだ。何が起こったかわからない軍人は

『悪魔の仕業だ!』

と馬を走らせて一目散に退散した、僕もトーエも大笑いした。

「夜に来たら大きなコジロウやお父様がいるからもっと簡単に追い払われていたでしょうにね」

どうやらこのペンダントは彼女を守っているようだ。

若しくは彼女の感情によって反応しているのか、今の僕ではよくわからないが無事でよかった。

それからというもの、話はすれど危ないからという理由で昼間はゲージの中に入れられた。

「トーエ、ここのところお客さん来ないね」

僕が頬袋に向日葵の種を溜め込みながら話しかけると

『口にいっぱい詰め込んで話しかけないの、でも本当にお客様減っちゃってもう火の車よ』

精一杯の作り笑いで彼女は答えた。
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