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従姉妹と彼女の宣戦布告
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「そもそも、兄さんがこの人と付き合ってる意味が分からない」
罵詈雑言の嵐がぴたりと止む。
夏樹と彩乃からこれでもかというくらい罵倒され続けていた海人にとっては、悪魔のようで天使の一言だった。
冬香の疑問はもっともである。
恋人同士であれば彩乃の肩を持っても良さそうなのに、彼は歯切れの悪い言葉で濁してばかりなのだ。婚約者はおろか、恋人同士という言葉ですら疑ってしまう。
「兄さんのタイプじゃない。顔は・・・まぁ、分かるけど。胸は私の方が大きいし」
かちん、と音が聞こえてきそうなくらい、分かりやすく彩乃の顔が歪んだ。
「私は平均的です。Cはあるんですから」
「兄さんは大きい方が好き」
「あら、じゃあ私が一番じゃない。Fだし」
「・・・胸は大きじゃないんですよ!」
また強くテーブルを叩いた。
彩乃は決してスタイルが悪いというわけではないが、何故かひどく胸を気にしている節があった。
「いや、俺は別に・・・」
「じゃあなんであんな本を・・・牛乳だって我慢して飲んでるのに、誰のために努力してると思ってるんですか」
ふん、とそっぽを向く。
以前部屋を掃除していた際に偶然見つけた(探し当てた)いかがわしい本には、やたらと胸の大きな女性ばかりが写っていたのだ。
同学年と比べても羨ましがられるスタイルではあるが、それはあくまでスレンダーという意味である。
扇情的かと問われれば、「うーん、まぁ・・・」と言われるのは自覚しているのだから、彼女は必死で努力を重ねていたのだった。
ましていきなり現れた泥棒猫どもは自分よりもスタイルが良かった。
特に夏樹に関しては、グラビアアイドルですら白旗を振るんじゃないかと思わせるレベルなのだ。婚約者の視線がチラチラ行ってしまうのも無理はない。納得はできないが。
「っていうかさ、ホントそこらへんは不思議なのよね」
「なにがですか。胸のことですか」
「違うわよ。海人さ、本当にこの子と付き合ってるの?」
不意に投げかけられた疑問に、海人は面食らった。半ば蚊帳の外にいるような状態だったのだ。三人の視線が集まって居心地が悪くなる。
質問の意図を改めて理解して、海人は答えた。
「うーん、まあ。そうだね」
「なぁに、それ。ハッキリしないわね」
「いや、なんて言っていいのか・・・」
煮切らない態度に夏樹の疑念はさらに深まっていった。
恋人なら恋人だ、と言えばいいのにそうしないのは、なんらかの理由があるはず。
「確かに可愛いわよ。海斗だって惹かれてもおかしくない。でもね、なんか恋人って感じじゃないのよね」
「何が言いたいんですか。私と海人くんは、ちゃんとお付き合いしてます」
心外です、と彩乃は頬を膨らませた。
とは言え明らかに声がトーンダウンしているのだ。それを見逃すほど姉妹は甘くなかった。
「もしかしてさ、脅されたりしてる?弱み握られてるとか」
一瞬目を丸くした後、あはは、と海人は他人事のように笑った。
海人は夏樹の言葉を否定はしなかった。つまりは、そういう事だ。
バツの悪そうにしている彩乃の態度が証拠になった。嘘はつけないタチなのだ。ポーカーフェイスとは程遠いタイプで、カマをかけられれば直ぐにバレてしまう。
冬香の眼の色が変わった。
慕う兄が脅されているのだとしたら、許してはおけなかった。
「やっぱり。兄さんを虐めて、婚約者気取り?」
「それはっ・・・」
「酷い婚約者もいたものね」
「・・・二人とも待った。彩乃はそんなことしてないよ」
ストップをかけたのは海斗だった。
恋人が責められる様は見ていて胸がもやもやする。誤解もあるようだから、ここはもう全てを説明しておくべきだと思ったのだ。
ちらり、と彩乃に視線を送る。
眉を顰めていた。すぐに良い言い訳が思いつかなかったのか、諦めたように小さく溜め息を吐く。
黙って彼女が頷くのを確認してから、海人は理由を説明した。
「オヤジがね。彩乃の家に借金してるんだよ」
「・・・あぁー・・・」
夏樹が大きく首を振った。
想像通りというか、なんとなくそんな気はしていたのだ。なにせ彼の父親は破天荒を通り越して最早奇人といっても違和感がないくらいなのである。目的の為なら息子を売り飛ばすくらいやってのけそうなものだった。
「ちなみにいくら借りてんの」
「これくらい」
海人は指を三本立てた。
はっきりとした金額は把握していないのだが、彩乃の母からだいたいの金額を聞かされたことがあった。
「三百万?三千万?」
「三億」
「はっ?」
「三億だってば」
「・・・呆れた。空さん何考えてるのよ」
想像以上だ。
現実味のない金額だった。「貸すほうも貸すほうよ」とぶつぶつ言ってはいるが、今さら何を言っても無駄だろう。
「でも、それだけじゃ兄さんが付き合う理由にはならない」
「別に借金があるから彩乃と付き合ってるわけじゃないんだけど・・・」
「じゃあこの女のこと、好きなの?」
「・・・・・・好きだよ」
「私達よりも?」
「それは・・・」
「ほら」
冬香はじろりと彩乃を睨んだ。
「やっぱりお金で兄さんを買ったんだ」
「言い方に悪意があります!」
今度は二回、力一杯テーブルを叩いた。
痺れる手を無視して食って掛かる。姉妹は先程から明らかに悪い方向へ解釈を捻じ曲げようとしているのだ。
加えてはっきりと自分のほうが好きだ、と断言してくれない恋人に対しても不満は募っていった。確かに借金は出会うキッカケではあるのだが、それだけが全てじゃないのだ。
「海人くんと私はちゃんと愛し合ってます!」
「兄さんはそう言ってない」
「海人くん!」
本日何度目か分からない殴打にテーブルが悲鳴を上げた。
いい加減壊れそうだから止めてくれ、とも思ったが、自業自得のような気がしてそれも憚られる。
優柔不断は自覚しているのだ。この状況が自分のせいだという事くらい分かっていた。
「待った、三人とも落ち着いて」
「誰のせいでこうなってると思ってんのよ」
夏樹がけらけらと笑う。
彼女は二人と比べて、あまり怒っている様子はなかった。どこかからかっているようにも見え、この状況を楽しんでいる感じだ。
とは言え、彼女の相手をしてしまえばまたぐずぐずと諍いが起きるのは目に見えていた。あえて無視して、海人は説明を続けることにする。
「彩乃はお金のことに関してはなんの関係もないし、そのことには触れることだってないよ。負い目がないって言えば嘘になるけど、そんなの関係ないって言ってくれてる」
「海人くんに一目惚れしてから、ずっとアピールしてきたんですから。半年かけてやっとお付き合いできたのに、お金でどうこうしようなんて思ってません」
当然です、と彩乃は胸を張った。
あくまで親同士の貸し借りであって、自分達にはなにも関係がないと常々口にしている。
信じて貰えずに影で謂れの無いことが噂となっているらしいが、それでも彼女は頑として「私は海人くんを愛しているんです」と言い続けていた。
「えー、嘘くさーい」
「兄さんは騙されてるんですよ」
姉妹はもちろん嘘だと思っていた。
心のどこかで断ってはいけないと思わせる作戦なのだろう。現に海人自信が負い目が無いわけではないと言ったのだ。
「騙してなんかいません。私たちはちゃんと愛し合ってるんですから」
海人は返事の変わりに、彩乃の頭を撫でた。
擽ったそうに受け入れる様子は子猫のようで、先程までの怒りはどこへやら「えへへ」と可愛らしく笑った。
「彩乃の事は大事に思ってるよ。でも同じくらい、姉さんたちも大事なんだ」
さらさらとした髪を手に感じたまま、海人諭すように話し続けた。
「昔住んでたところってホント人が少なくてさ。同年代の子なんかほとんどいなかったし、ずっと仲良くしてくれてたのは夏樹ねえさんと冬香だけだったんだよ」
父のせいで家を失ったとき、受け入れてくれたのも姉妹の両親だった。
学費やらを負担してくれていたと知ってからは、ますます頭が上がらなくなってしまっている。
「ずっと助けてもらってたんだ。だからさ・・・」
「いいです、わかりました」
顔を伏せたままの彩乃が言った。
撫でる手を止め、申し訳なさそうに頬を掻いた。恋人が好意を持っている他の女のこと住んでも良いか、と説得しているのだ。嫉妬深い彼女の性格を知っているからこそ、自分が無茶を言っているのも理解していた。
「不本意ではありますが・・・私の夫となる人ですから、モテるのは鼻が高いことだと呑み込みましょう。ですが」
きっ、と顔を上げる。
少し目が潤んでいた。それが余計に罪悪感を煽る。
「海人くんは私のモノです。愛し合っているんです。お二人がどれだけ足掻こうとも、割って入る余地がないことを思い知らせてあげます」
「言ってくれるわね。何その余裕、ムカつくんだけど」
「兄さんは渡さない」
夏樹はぎらぎらと対抗心を燃やし、冬香は静かに闘志を漲らせている。
大見得を切った彩乃は海人の腕を取り、胸に強く抱き締めた。
「海人くんが十八歳になったら、私たちは結婚するんです」
これは希望ではなく事実である。
彩乃の強い希望で押し切られた部分もあるが、彩乃の両親とはそう合意しているし、父もそれを認めている。もちろん海人だってイエスと頷いていた。
「貴女たちが邪魔をするというのならそれも構いません。私たちの愛の前には無駄だということを証明してあげます!」
大声で言い切って、彩乃は海人の唇を奪った。
ちゅっ、と短いキスではあったが、姉妹の闘争心を煽るには十分すぎる行動であった。
「ッ・・・そう。上等じゃない。奪られてから吠え面かいたって知らないわよ」
青筋を立てながら、夏樹は挑発を受け入れる。
あまり独占欲がないとはいえ、目の前でやられては面白くない。というか、非常に頭にくる。味わうように舌で唇を拭ったのが余計に腹立たしかった。
「・・・先に兄さんと子供を作っちゃえば・・・」
不穏な言葉をぽつりと呟きながら、冬香はうんうんと頷いている。
物静かでクールな彼女は、実は夏樹よりも行動力に溢れていた。やるといったらやる女、を地でいく少女なのだ。
両親や夏樹に黙ってこちらの高校を受験していたりと、強かな一面も持ち合わせている少女である。
「いいわ。受けてたってあげる。海人は返して貰うわよ」
夏樹が立ち上がる。
自慢の胸を張って、不敵な笑みを浮かべていた。
「そんな女より、私のほうがいい」
冬香は座ったまま。
だが爛々と輝かせた瞳には静かな炎が宿っている。
「お二人とも結婚式で最前列に並べてあげますから!」
敵意剥き出して、彩乃は宣戦布告した。
三者三様のやる気を漲らせている。めらめらと燃える炎が目に見えるようであった。
そんな中で、海人はどうしたものか、と困惑していた。
何時間も続いた修羅場が収束してくれるのは嬉しいし、何だかんだで彩乃も姉妹が住むことを認めてくれるのも助かる。
だがどうしてか変な方向へ熱が向いてしまっているような気がしてならなかった。
もしかしたら自分はマズイことをしてしまったのではないかと不安になる。まさか彩乃が易々と認めてくれるとは思ってもみなかったのだ。
どれだけ嫌いな相手だろうが、事情を鑑みて譲歩してしまうあたりに彼女の人の良さが伺えた。そんなところに惚れているのかな、と海人は苦笑してしまった。
「えーっと、話は・・・」
「つきました。海人くん、私は信じてますからね」
抱え込んだ彼の腕をぎゅっと抱き締めて、彩乃は上目遣いをしてみせる。
海人はこういった甘える仕草に弱いのだ。憎き脂肪で勝てない分、彼の好みや自負のある可愛らしさで繋ぎとめればならない。
(・・・あんなケダモノのような女たちには、負けません!)
姉妹を思い切り睨みつけて、彩乃は勝利を誓った。
罵詈雑言の嵐がぴたりと止む。
夏樹と彩乃からこれでもかというくらい罵倒され続けていた海人にとっては、悪魔のようで天使の一言だった。
冬香の疑問はもっともである。
恋人同士であれば彩乃の肩を持っても良さそうなのに、彼は歯切れの悪い言葉で濁してばかりなのだ。婚約者はおろか、恋人同士という言葉ですら疑ってしまう。
「兄さんのタイプじゃない。顔は・・・まぁ、分かるけど。胸は私の方が大きいし」
かちん、と音が聞こえてきそうなくらい、分かりやすく彩乃の顔が歪んだ。
「私は平均的です。Cはあるんですから」
「兄さんは大きい方が好き」
「あら、じゃあ私が一番じゃない。Fだし」
「・・・胸は大きじゃないんですよ!」
また強くテーブルを叩いた。
彩乃は決してスタイルが悪いというわけではないが、何故かひどく胸を気にしている節があった。
「いや、俺は別に・・・」
「じゃあなんであんな本を・・・牛乳だって我慢して飲んでるのに、誰のために努力してると思ってるんですか」
ふん、とそっぽを向く。
以前部屋を掃除していた際に偶然見つけた(探し当てた)いかがわしい本には、やたらと胸の大きな女性ばかりが写っていたのだ。
同学年と比べても羨ましがられるスタイルではあるが、それはあくまでスレンダーという意味である。
扇情的かと問われれば、「うーん、まぁ・・・」と言われるのは自覚しているのだから、彼女は必死で努力を重ねていたのだった。
ましていきなり現れた泥棒猫どもは自分よりもスタイルが良かった。
特に夏樹に関しては、グラビアアイドルですら白旗を振るんじゃないかと思わせるレベルなのだ。婚約者の視線がチラチラ行ってしまうのも無理はない。納得はできないが。
「っていうかさ、ホントそこらへんは不思議なのよね」
「なにがですか。胸のことですか」
「違うわよ。海人さ、本当にこの子と付き合ってるの?」
不意に投げかけられた疑問に、海人は面食らった。半ば蚊帳の外にいるような状態だったのだ。三人の視線が集まって居心地が悪くなる。
質問の意図を改めて理解して、海人は答えた。
「うーん、まあ。そうだね」
「なぁに、それ。ハッキリしないわね」
「いや、なんて言っていいのか・・・」
煮切らない態度に夏樹の疑念はさらに深まっていった。
恋人なら恋人だ、と言えばいいのにそうしないのは、なんらかの理由があるはず。
「確かに可愛いわよ。海斗だって惹かれてもおかしくない。でもね、なんか恋人って感じじゃないのよね」
「何が言いたいんですか。私と海人くんは、ちゃんとお付き合いしてます」
心外です、と彩乃は頬を膨らませた。
とは言え明らかに声がトーンダウンしているのだ。それを見逃すほど姉妹は甘くなかった。
「もしかしてさ、脅されたりしてる?弱み握られてるとか」
一瞬目を丸くした後、あはは、と海人は他人事のように笑った。
海人は夏樹の言葉を否定はしなかった。つまりは、そういう事だ。
バツの悪そうにしている彩乃の態度が証拠になった。嘘はつけないタチなのだ。ポーカーフェイスとは程遠いタイプで、カマをかけられれば直ぐにバレてしまう。
冬香の眼の色が変わった。
慕う兄が脅されているのだとしたら、許してはおけなかった。
「やっぱり。兄さんを虐めて、婚約者気取り?」
「それはっ・・・」
「酷い婚約者もいたものね」
「・・・二人とも待った。彩乃はそんなことしてないよ」
ストップをかけたのは海斗だった。
恋人が責められる様は見ていて胸がもやもやする。誤解もあるようだから、ここはもう全てを説明しておくべきだと思ったのだ。
ちらり、と彩乃に視線を送る。
眉を顰めていた。すぐに良い言い訳が思いつかなかったのか、諦めたように小さく溜め息を吐く。
黙って彼女が頷くのを確認してから、海人は理由を説明した。
「オヤジがね。彩乃の家に借金してるんだよ」
「・・・あぁー・・・」
夏樹が大きく首を振った。
想像通りというか、なんとなくそんな気はしていたのだ。なにせ彼の父親は破天荒を通り越して最早奇人といっても違和感がないくらいなのである。目的の為なら息子を売り飛ばすくらいやってのけそうなものだった。
「ちなみにいくら借りてんの」
「これくらい」
海人は指を三本立てた。
はっきりとした金額は把握していないのだが、彩乃の母からだいたいの金額を聞かされたことがあった。
「三百万?三千万?」
「三億」
「はっ?」
「三億だってば」
「・・・呆れた。空さん何考えてるのよ」
想像以上だ。
現実味のない金額だった。「貸すほうも貸すほうよ」とぶつぶつ言ってはいるが、今さら何を言っても無駄だろう。
「でも、それだけじゃ兄さんが付き合う理由にはならない」
「別に借金があるから彩乃と付き合ってるわけじゃないんだけど・・・」
「じゃあこの女のこと、好きなの?」
「・・・・・・好きだよ」
「私達よりも?」
「それは・・・」
「ほら」
冬香はじろりと彩乃を睨んだ。
「やっぱりお金で兄さんを買ったんだ」
「言い方に悪意があります!」
今度は二回、力一杯テーブルを叩いた。
痺れる手を無視して食って掛かる。姉妹は先程から明らかに悪い方向へ解釈を捻じ曲げようとしているのだ。
加えてはっきりと自分のほうが好きだ、と断言してくれない恋人に対しても不満は募っていった。確かに借金は出会うキッカケではあるのだが、それだけが全てじゃないのだ。
「海人くんと私はちゃんと愛し合ってます!」
「兄さんはそう言ってない」
「海人くん!」
本日何度目か分からない殴打にテーブルが悲鳴を上げた。
いい加減壊れそうだから止めてくれ、とも思ったが、自業自得のような気がしてそれも憚られる。
優柔不断は自覚しているのだ。この状況が自分のせいだという事くらい分かっていた。
「待った、三人とも落ち着いて」
「誰のせいでこうなってると思ってんのよ」
夏樹がけらけらと笑う。
彼女は二人と比べて、あまり怒っている様子はなかった。どこかからかっているようにも見え、この状況を楽しんでいる感じだ。
とは言え、彼女の相手をしてしまえばまたぐずぐずと諍いが起きるのは目に見えていた。あえて無視して、海人は説明を続けることにする。
「彩乃はお金のことに関してはなんの関係もないし、そのことには触れることだってないよ。負い目がないって言えば嘘になるけど、そんなの関係ないって言ってくれてる」
「海人くんに一目惚れしてから、ずっとアピールしてきたんですから。半年かけてやっとお付き合いできたのに、お金でどうこうしようなんて思ってません」
当然です、と彩乃は胸を張った。
あくまで親同士の貸し借りであって、自分達にはなにも関係がないと常々口にしている。
信じて貰えずに影で謂れの無いことが噂となっているらしいが、それでも彼女は頑として「私は海人くんを愛しているんです」と言い続けていた。
「えー、嘘くさーい」
「兄さんは騙されてるんですよ」
姉妹はもちろん嘘だと思っていた。
心のどこかで断ってはいけないと思わせる作戦なのだろう。現に海人自信が負い目が無いわけではないと言ったのだ。
「騙してなんかいません。私たちはちゃんと愛し合ってるんですから」
海人は返事の変わりに、彩乃の頭を撫でた。
擽ったそうに受け入れる様子は子猫のようで、先程までの怒りはどこへやら「えへへ」と可愛らしく笑った。
「彩乃の事は大事に思ってるよ。でも同じくらい、姉さんたちも大事なんだ」
さらさらとした髪を手に感じたまま、海人諭すように話し続けた。
「昔住んでたところってホント人が少なくてさ。同年代の子なんかほとんどいなかったし、ずっと仲良くしてくれてたのは夏樹ねえさんと冬香だけだったんだよ」
父のせいで家を失ったとき、受け入れてくれたのも姉妹の両親だった。
学費やらを負担してくれていたと知ってからは、ますます頭が上がらなくなってしまっている。
「ずっと助けてもらってたんだ。だからさ・・・」
「いいです、わかりました」
顔を伏せたままの彩乃が言った。
撫でる手を止め、申し訳なさそうに頬を掻いた。恋人が好意を持っている他の女のこと住んでも良いか、と説得しているのだ。嫉妬深い彼女の性格を知っているからこそ、自分が無茶を言っているのも理解していた。
「不本意ではありますが・・・私の夫となる人ですから、モテるのは鼻が高いことだと呑み込みましょう。ですが」
きっ、と顔を上げる。
少し目が潤んでいた。それが余計に罪悪感を煽る。
「海人くんは私のモノです。愛し合っているんです。お二人がどれだけ足掻こうとも、割って入る余地がないことを思い知らせてあげます」
「言ってくれるわね。何その余裕、ムカつくんだけど」
「兄さんは渡さない」
夏樹はぎらぎらと対抗心を燃やし、冬香は静かに闘志を漲らせている。
大見得を切った彩乃は海人の腕を取り、胸に強く抱き締めた。
「海人くんが十八歳になったら、私たちは結婚するんです」
これは希望ではなく事実である。
彩乃の強い希望で押し切られた部分もあるが、彩乃の両親とはそう合意しているし、父もそれを認めている。もちろん海人だってイエスと頷いていた。
「貴女たちが邪魔をするというのならそれも構いません。私たちの愛の前には無駄だということを証明してあげます!」
大声で言い切って、彩乃は海人の唇を奪った。
ちゅっ、と短いキスではあったが、姉妹の闘争心を煽るには十分すぎる行動であった。
「ッ・・・そう。上等じゃない。奪られてから吠え面かいたって知らないわよ」
青筋を立てながら、夏樹は挑発を受け入れる。
あまり独占欲がないとはいえ、目の前でやられては面白くない。というか、非常に頭にくる。味わうように舌で唇を拭ったのが余計に腹立たしかった。
「・・・先に兄さんと子供を作っちゃえば・・・」
不穏な言葉をぽつりと呟きながら、冬香はうんうんと頷いている。
物静かでクールな彼女は、実は夏樹よりも行動力に溢れていた。やるといったらやる女、を地でいく少女なのだ。
両親や夏樹に黙ってこちらの高校を受験していたりと、強かな一面も持ち合わせている少女である。
「いいわ。受けてたってあげる。海人は返して貰うわよ」
夏樹が立ち上がる。
自慢の胸を張って、不敵な笑みを浮かべていた。
「そんな女より、私のほうがいい」
冬香は座ったまま。
だが爛々と輝かせた瞳には静かな炎が宿っている。
「お二人とも結婚式で最前列に並べてあげますから!」
敵意剥き出して、彩乃は宣戦布告した。
三者三様のやる気を漲らせている。めらめらと燃える炎が目に見えるようであった。
そんな中で、海人はどうしたものか、と困惑していた。
何時間も続いた修羅場が収束してくれるのは嬉しいし、何だかんだで彩乃も姉妹が住むことを認めてくれるのも助かる。
だがどうしてか変な方向へ熱が向いてしまっているような気がしてならなかった。
もしかしたら自分はマズイことをしてしまったのではないかと不安になる。まさか彩乃が易々と認めてくれるとは思ってもみなかったのだ。
どれだけ嫌いな相手だろうが、事情を鑑みて譲歩してしまうあたりに彼女の人の良さが伺えた。そんなところに惚れているのかな、と海人は苦笑してしまった。
「えーっと、話は・・・」
「つきました。海人くん、私は信じてますからね」
抱え込んだ彼の腕をぎゅっと抱き締めて、彩乃は上目遣いをしてみせる。
海人はこういった甘える仕草に弱いのだ。憎き脂肪で勝てない分、彼の好みや自負のある可愛らしさで繋ぎとめればならない。
(・・・あんなケダモノのような女たちには、負けません!)
姉妹を思い切り睨みつけて、彩乃は勝利を誓った。
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