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完璧なヒロイン

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 エリーザは困惑し、動揺していた。
 
 なんの連絡もなく、アランが自分の今住むリベルト邸本家にやってきたのだ。

 しかし、それだけではエリーザは動揺しない。

 それどころか、久しぶりの再会に喜んでいた。

 婚約が決まり、引越しや各所への挨拶で忙しく、休む暇もないのに、思い出に浸るなんてことができるはずもなかったからだ。

 アランが屋敷に来たことで、エリーザも久しぶりに忙しさから解放されると思っていた。

 しかし、屋敷の来客室に入ってきたアランの顔をみて、エリーザは、不安に駆られてしまった。

 誰から見ても、アランの表情は暗く沈んでおり、伏せ目がちな目には光が入っていない。

 まだ成人したばかりだし、社交場でなにかあったのかしら。もしかして、アイビー様と上手くいってないのかも。

 様々な憶測を頭の中で立てながら、エリーザは、アランから話を聞くことにした。

 「アラン、今日はどうして突然屋敷に来たの?」

 ゆっくり諭すように聞くエリーザに対してアランは、ゆっくりと口を開き、躊躇うように言葉を発した。

 「エリーザ、叔父上はアルベルト侯爵と不倫をしていたんだ。」

 アランの言葉を聞いた瞬間、エリーザは雷に打たれたように動けなくなってしまった。

 それから、なんとか脳を動かし自分なりに情報を整理する。

 ルートさんがエイド侯爵と不倫?

 いえ、まずはどうしてそんなことがわかったのか、いや、そもそもそれは事実なのか。

 「アラン、どうしてあなたはそのようなことを知っているのですか。」

 エリーザは、厳しい目つきでアランを問いただす。

 「屋敷の図書室に叔父上の日記帳があったんだ。そこに書いてあった。ちゃんとその日記帳は持ってきてある。」

 今度ははっきりと自分は嘘をついていないことを告げ、懐から小さな日記帳を取り出した。

 「信じられないなら読んでみてよ。」

 アランは縋るようにエリーザを見ながら日記帳を目の前の机の上に置く。

 エリーザはまた、考える。

 いくら婚約者のものでも人の日記を勝手に読んでは行けないわ。

 それにアランはきっと嘘を吐いていない。
 
 なぜ国の英雄とも呼ばれたアルベルト侯爵ともあろう方が、私のような子爵の令嬢とルートさんのような侯爵殿との婚約を取り持っていただけたのか、わかったわ。

 そして、エリーザは何かを決意したように両手を胸の前でぎゅっと握り、真剣な表情でアランの方を見た。

 その目には、もう不安や揺らぎはなくなっていた。

 「アラン。」

 「...。」

 アランは黙ってエリーザを見つめ返す。

 「私は、それでもあの人の隣にいたいわ。」

 エリーザは、青色の真っ直ぐな瞳をアランに向けたまま話を続ける。

 「あの人はまだアルベルト侯爵のことを想っているかもしれない。でも、私はきっと、あの人を振り向かせてみせる。」

 それから、少しはにかんで

 「だってあの人を、ルートさんを愛してるもの。」

 両手を胸の前で組み、うっとりと優しいく目を細め、微笑みながら、童話の中のヒロインのように想い人への想いを告げる。

 負けた。

 エリーザは自分が思っているよりもずっとルートのことを愛していた。

 「そっ...か。わかったよ。」

 これでエリーザはルートに愛想を尽かし、自分と逃げてくれるだろうと考えていた。

 そうだ。自分は今までエリーザの想いを何一つ考えてこなかった。

 この時、アランの計画は全て破綻した。

 当然の結果だ。分かりきっていたことだ。

 「それじゃあ、僕は帰るよ。」

 今のこんな顔をエリーザに見せられない。

 アランは自分の想いを告げることなく、エリーザの前から去ろうとした。

 「アラン!ちょっと待っ...」

 その時だった。

 ドンッと突然、来客室の扉が勢いよく開いた。

 アランはその扉の前に立っていた人物を凝視する。

 その扉の前に立っていたのは足まで隠れる黒いローブを身にまとい、右手に銀出できた鋭い短剣を持ったアイビーだった。

 「ねえ、アラン?どうしてエリーザの所にいるの?」

 アイビーは目を見開き引きつった笑顔でアランの方を見る。

 「は?何言って...」

 こいつは何がしたいんだ。

 こんなの計画になかったはずだ。

 アランが混乱し焦燥した様子でいる中、エリーザは、座っていたソファから滑り落ち、恐怖から腰を抜かして立ち上がれなくなっていた。

 「ねえ、私よりもエリーザの方を選ぶの?」

 「そんなの...」

 アランはどう答えるのが正解か分からず言葉をつぐむ。

 すると、アイビーは、右手に持ったナイフをエリーザの方に向け、素早くエリーザの目の前へと移動した。

 そして、ばっとナイフをエリーザに振りかざした。

 「いやぁぁぁぁ!!」

 エリーザの甲高い叫び声が屋敷中にこだました。

 エリーザの腹部にナイフが刺さる直前、アランは間一髪のところでアイビーの両手を押さえ、そのまま床に押し倒し拘束する。

 しかし、アイビーはアランの拘束を解こうとアランの下でじたばたと暴れていた。

 「どうして止めるの!どうして!」

 アランはアイビーを床に押さえつけ、両手を拘束したまま、アイビーの首めがけて重い一撃を与えた。

 その瞬間、アイビーの意識は途絶えた。
 
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