一心君は、人狼です!

清澄 セイ

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第四章「キケンな男の子と、二人の思い出」

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 ココアの足をキレイにした後リビングに下ろして、わたしは一心君の部屋にやってきた。彼はやっぱり難しそうな顔をして、窓の外を見つめてる。

「これ、よかったらお茶飲んで」
「…サンキュ」

 ペットボトルを渡すと、一心君は素直に受け取ってくれた。

「あの…ごめんね。わたしロン君が人狼だったなんて知らなくて…」
「いつ、どこで知り合った?」
「ついさっきだよ。河川敷でココアの散歩してたら話しかけられて、お腹が空いてるって言うからウチのお店でなにか食べたら?って」
「…アイツの言う通り、ホントお人好しだなお前」

 確かに、ちょっと軽率すぎたかもしれない。ロン君のフレンドリーな空気に流されて、ついここまで連れてきてしまった。

「別に謝る必要ないから」
「で、でも…あの人って【ウルフマン】のメンバーなんでしょ?一心君がここにいることがバレちゃうよ」

 わたしのせいで…

 そう思うと申し訳なくて、泣きたくなるのをグッとガマンした。

「アイツは多分言わないと思う。少なくとも今は、だけど」
「ロン君って、一心君の味方なの?友達?」
「友達ではない」

 なぜか一心君は、すごく嫌そうな顔をした。

「昔から知ってるけど、やたらとまとわりついてきてうっとうしい」
「じゃあやっぱり、一心君のことが好きなんだね」
「そういうことでもないと思うけど」

 一心君は言葉を濁した後、わたしをジッと見つめる。

「なにかされたりしてない?」
「えっ?うん、わたしはなにもされてないよ。ホントに、ただここに案内しただけだし」
「…なら、いい」
「心配かけてごめんね?」
「…別に」

 一心君の“別に”はもう口グセなんだと思う。怒ってはないみたいだし、わたしもこれ以上謝るのはやめておこう。

「ロン君、不思議な人だったね。まさか人狼だとは思わなかったけど、優しいようなそうじゃないような、独特の雰囲気っていうか」
「笑いながら物壊したりするから、もうアイツには近づくな」
「えっ、そ、そうなんだ」

【ウルフマン】のメンバーってことは、やっぱり人間が好きじゃないのかな。さっきも一瞬だけど、睨まれた気がする。

「あのさ…ちょっと聞いてもいいかな」
「なに?」
「一心君と心さんって、ここを出てからずっと【ウルフマン】のメンバーだったの?」
「……」
「あっ、答えたくないならいいからね!」

 ずっと触れない方がいいんじゃないかと思ってたけど、思いきって聞いてしまった。今の一心君はずっと「人間は嫌い」って言ってたから。

 もしかしたらここにいるのも、本当は嫌なんじゃないかって。

「俺は確かに人間が嫌いだし、【ウルフマン】が存在することも全部が全部間違いだとは思わない」
「…うん」
「でも母さんは、ずっと違った。多分ここで暮らしてたことが理由で、俺にも何回も言ってた。人間と人狼は仲良くできるって」

 一心君の声のトーンが、ほんの少し下がる。心さんのことを思い出してるのかと思うと、わたしの方が泣きそうになってしまう。

「まぁ、とにかく。母さんは今あそこにいることを望んでない。でも俺達の意思だけじゃ、あのグループからは抜けられない理由がある」
「…分かった、話してくれてありがとう」

 わたしが小さく頭を下げると、一心君はふいっとそっぽを向いて「別に」と呟いた。

「ロンはまたここ来る。俺よりずっと人間嫌いだし、次はお前にも何をしてくるか分からない」
「…うん。わたしももっと気をつける」

 ちょっと呑気に考えすぎたかもしれないって、反省する。心さんを安全に連れ出すためには、一心君が一刻も早く記憶を取り戻す必要がある。だけど、それをジャマしてくる人がいるんだってことも考えなくちゃいけないんだ。

 グウウゥゥ

「アハハ」
「…笑うな」
「ごめんごめん」

 気を引き締めようと思った途端に一心君のお腹が鳴ったから、おかしくなってつい笑ってしまった。

「夕飯にはちょっと早いよね。簡単に食べられるもの探してくるから、ちょっと待ってて」

 わたしはそう言って部屋を出ると、急いでキッチンにやってくる。お菓子でも持っていこうとして、はたと手を止めた。

「そうだ…あれ作ろう!」

 一人でポン!と手を叩いて、わたしはブレッドケースから食パンを取り出す。ひらめいたのはレンジで出来る簡単ラスク。昔一心君ともよく食べた、思い出の味ともいえるのかな。

 まず六枚切りの食パンをサイコロ状に切って、耐熱容器に並べる。同じく小さく切ったバターをパンの上に散りばめて、電子レンジで温めるだけ。

 ポイントは、レンジにかける時間。焦げないように様子を見ながら、カリカリになるまで何回かに分けて温める。

 ウチのレンジだと、まず600ワットで一分半。それからバターが全体に行き渡るように混ぜて、さらに三十秒。それをもう一、二回繰り返せば丁度いいカリカリ感になるんだよね。それに砂糖をまぶせば、出来上がり。

「一心君見て、ラスク作ってきた!」

 出来立てのそれを持って、再び彼の部屋に行く。

「昔二人でおやつによく食べてたんだよ。はい、どうぞ」
「…サンキュ」

 一心君は指でつまんで、口に放り込む。サクサクと言う小気味いい音をさせながら、彼は少しだけ目を丸くした。

「…うまい」
「ホント?よかった!」

 一心君にそう言ってもらえるとすごく嬉しい。わたしはニコニコしながら、自分もラスクをつまむ。

「うん、おいしい」

 わたしと一心君はいつも、二人で最後の一個をゆずりあってたことを思い出す。最後は「勝った方が相手にあげられる」っていう、不思議なじゃんけんで決着を着けてたっけ。

「…なぁ、これって」
「うん、なに?」
「…いや、やっぱいい」

 一心君はそう言って、ただひたすらにラスクをつまんでは口に運んでる。彼の言いかけたことが気になって何回も聞いたけど、返ってくるのはサクサクという小気味いい音だけで、結局教えてはもらえなかった。
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