一心君は、人狼です!

清澄 セイ

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第三章「昔の彼と、今の彼」

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 それからまた数日が経ち、一心君の熱もほとんど下がった。わたしはというと、あの日の反省を生かしながら彼とのちょうどいい距離を模索中だ。

「おはよう、日向」

 朝、学校へ向かう途中で後ろからポンと肩を叩かれる。

「コマちゃんおはよう」
「今日は雨じゃなくてよかったね」
「やっとコートで練習できるよ。廊下で筋トレばっかりしてて、飽きあきしてたんだ」

 コマちゃんはソフトテニス部で、まだ入ったばっかりなのにもうエース候補だって言われているらしい。真剣な表情でさっそうとコートを駆ける姿は、すごくかっこいい。

 ちなみにわたしは、なんの部活にも入っていない。ココアの散歩にも行きたいし、将来の夢の為に料理の練習もしたいからっていう理由。

 お母さんは「せっかくの青春なのに」なんて言ってたけど、わたしの毎日は十分充実してる。

「おはよう三ツ星さん」
「あ、月森君。おはよう」

 今度は左の肩を叩かれて振り向くと、爽やかな笑顔を浮かべた月森君が立っていた。

「今日も暑いね」
「ちょっと月森。わたしには?」
「ああ、居たんだ。おはよう」
「この…っ」

 ぐぬぬ…という効果音が聞こえてきそうなコマちゃんの顔。月森君は特に気にする様子もなく、わたしの隣に並んだ。

 こうして登校している間にも、あちこちからハートマークの視線が彼に刺さっている。

「ホントあんたって良い性格してるよね」
「君には言われたくないな」

 顔を合わせると言い合いばかりしている二人だけど、裏を返せばそれだけ気のおけない関係だってことなのかもしれない。

「二人とも仲良しだね」
「「絶対やめて!!」」

 ニコニコしながらそう言うと、間髪入れずに両サイドから大声が飛んでくる。

 それは見事にピッタリと重なっていた。

「そういえば、昨日《ルプス》の写真集が届いたんだけど」

 コマちゃんがわたしに話を振ると、すかさず月森君が嫌そうな顔で止める。

「朝からそんな話はやめてくれ」
「なによ月森!だったらアンタは先に行けばいいでしょ!」
「僕は三ツ星さんと一緒に行きたいんだ!」
「わたしだってそうだし!」

 わたしを真ん中に挟んで、コマちゃんと月森君がまたギャイギャイと言い合いをはじめた。

「まぁまぁ落ち着いて」

 そう言って笑いながら、わたしはふと一心君のことを思い出す。これはもう最近のクセみたいなもので、ことあるごとに彼のことを考えてしまってる。

 わたしがこうして友達と楽しく会話してる間も、一心君は部屋で一人なんだろうなって。

「三ツ星さんどうしたの?ボーッとして」
「えっ?ううん、なんでもないよ」
「月森、あんた日向のこと見過ぎだから。顔近いし、ちょっと離れてよね」

 シッシッと言いながら手をヒラヒラさせるコマちゃんに、月森君は怒ったように眉を吊り上げた。

「おい生駒、君いい加減に…っ」
「あらら?みんなのアイドル月森君がそんな怖い顔していいのかなぁ?ファン達が見てるよ」

 コマちゃんがニヤニヤしながらそう言った瞬間、月森君はハッとした表情で辺りを見回す。

「せーのっ、月森せんぱーい!」

 流石月森君。後輩の女の子達が彼に向かって手を振っている。さっきまでの怒った顔が嘘みたいに、彼は王子様スマイルを浮かべる。

 かと思ったら、ハッとしたようにわたしを見た。

「ちっ、違うんだ三ツ星さん!彼女達はあくまで僕のファンという立ち位置で、僕はいつだって…っ」
「ああもう、月森がいると一生学校に着かない!行こう、日向!」

 しびれを切らしたコマちゃんが、パシッとわたしの手を掴む。そしてそのまま、勢いよく駆け出した。

「あ、あれ?月森君ごめん先に行くね!」
「ちょっと待って、三ツ星さん…!」

 テニス部期待の星であるコマちゃんの足は、わたしには止められない。こっちに手を伸ばしながら叫んでいる月森君の声を聞きながら、コマちゃんが大笑いしていた。



 それから午前中の授業を受けて、昼休みは机机をくっつけてエッコちゃんと一緒に食べる。残念ながらハルちゃんは今日、風邪でお休みだ。

「明日はまた雨だって」
「雨は嫌いじゃないけど、ココアの散歩が出来なくなるのがなぁ」
「サンちゃんは本当にココアちゃん好きだね。ウチはお父さんが犬嫌いだから飼えなくて、うらやましいな」
「またいつでもココアに会いに来てよ」

 エッコちゃんのお家は、道場を営んでいる。若い頃オリンピックの出場候補に選ばれたこともあるらしくて、この辺りでは有名人だ。

「あのね?ウチのお父さん、昔人狼にケガさせられたことがあるんだ。だから犬も苦手になっちゃったんだって」

 ふいにエッコちゃんの表情が曇る。わたしは思わず、手に持っていたおにぎりを置いた。

「オリンピックに出ても絶対メダルは獲れるだろうって言われてたらしいんだけど、そのケガが原因で調子が出なくて結局選手から外されちゃって、すごく辛い思いをしたって。その話を聞いてからわたし、人狼のことが好きじゃないんだ。もちろん、みんな一緒にしちゃダメだってことも分かってるんだけどね」

 そういう事情があったんだと、心が痛む。

「エッコちゃんのお父さんはすごいね。そんなに辛いことがあっても、ちゃんと乗り越えて先生として慕われてるんだもん」
「ありがとう。そう言ってもらえるとお父さんも嬉しいと思う」

 ニコッと笑うエッコちゃんは、家族思いの優しい子だ。

「アンちゃんが言ってたでしょ?差別されたくないから、人狼だってことを隠して生活してる人もいるって」
「そういえば、そんなこと言ってたね」
「サンちゃんはもし、仲の良い子が本当は人狼だったって知ったら、どうする?」

 そう言われて頭に真っ先に浮かんだのは、一心君と心さんの顔。

 わたしは、二人のことが大好きだった。人だとか人狼だとかそんなこと関係ないし、そんな世界になればいいのになって思う。

「もし友達が人狼だったとしても、なにも変わらないと思う。だってわたしは、その子自身のことを好きになったんだもん」

 そう口にした後、ハッとする。

「あ、でもエッコちゃんのお父さんやエッコちゃんの考え方も分かるし、あくまでわたしはってことだから!」
「うん、分かってるから大丈夫」

 胸の前で両手をブンブンと振るわたしを見て、エッコちゃんは笑った。

「サンちゃんっていつもそうだもんね。誰にでも同じように優しいっていうか、人の良いところを見つけるのが得意っていうか」
「えっ、そうかな?」
「そうだよ。トロいってからかわれてたわたしに、ゆっくりで丁寧にできてすごいって言ってくれたもん。あれ、嬉しかったなぁ」

 褒められると恥ずかしくて、頬っぺたが熱くなる。

「あ、お父さんの話は誰にもしたことないから、内緒ね?ついでに、犬が苦手だってことも」
「もちろん、言わないよ」

 グッと拳を握ると、エッコちゃんは「ありがとう」と笑いながらうなずいた。

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