一心君は、人狼です!

清澄 セイ

文字の大きさ
上 下
8 / 33
第二章「たくさん雨が降る日の、出会い」

しおりを挟む
 ーーそれから一心君は、五日も高熱に苦しんだ。六日目の今日はだいぶ良くなったみたいだけど、それでもまだ完璧には下がっていない。

 だけど今はもう耳もシッポも出てないし、髪も瞳の色も黒に戻ってる。それを少しだけ、寂しいと思った。

「一心君、ちゃんと薬飲まなきゃダメだよ」
「…苦いから嫌だ」
「子供みたいなこと言ってないで、ほら。これ飲んで?」
「……」

 一心君は私が差し出した粉薬をジッと睨みつけた後、パッと取って一瞬で口に含む。ものすごく不味そうに顔をしかめながら、コップの水を勢いよく飲み干した。

 彼の部屋を訪れるたびに嫌そうな顔をされるけど、それでもわたしはめげない。

「早く熱下がるといいね」
「…別に、毎日来なくていいのに」
「だって心配だから」

 笑いながらそう言ったけど、ふいっと顔を逸らされてしまう。このそっけない感じ、同じイヌ科でもココアとは大違いなんて言ったら、絶対怒るだろうなぁ。

「食べたいものとかしてほしいこととか、なんでも遠慮なく言ってね」

 なにも答えない一心君の横顔をまじまじと見ていると、前にどこかで聞いた「人狼には美形が多い」っていうのは、もしかしたら本当かもしれないと思った。

 目の前の一心君は、テレビや雑誌で活躍している人狼タレントやアイドル達に全く見劣りしないくらいに、整った顔立ちをしている。

 白い肌にキレイな黒い瞳、涼しげな目元に通った鼻筋。髪の毛も黒だけど、光の加減で銀にも見える。

 そもそもこれって、どういう仕組みなんだろう。そう考えると、人狼って不思議だよな。

「…なんで」
「えっ?」

 ふいに一心君が呟く。彼の瞳は伏せられてて、長いまつ毛が頬っぺたに影を作ってる。

「なんで俺に構うんだ。俺が人狼だって知ってるくせに」
「一心君は一心君だよ」
「俺は、お前のことなんか覚えてない」
「わたしが覚えてるから、大丈夫」
「昔のことを持ち出されても、こっちは迷惑でしかない」

 一段低くなった彼の声に、思わずビクッと体が反応する。

「…ごめんなさい」

 確かに、少し無神経だったかもしれない。わたしにとって一心君は大切な幼馴染みたいな存在だけど、彼にとっては初対面の知らない人だから。

 ズキズキと痛む胸の奥を押さえながら、無理矢理笑顔を作る。

「これからはもっと、一心君の気持ちを考えるように気をつけるね」
「……」
「じゃあ、わたし部屋に戻るよ。あっ、でもなにかしてほしいことがあったら、本当にエンリョしないで。お大事に」

 立ち上がりながらあの早口でそう言うと、わたしはそのまま逃げるように部屋を後にした。



「キャンキャン!」

 リビングに降りると、すぐにココアが寄ってくる。

「おいで、ココア」

 手を伸ばすと嬉しそうにシッポを振りながら、わたしの体によじ登ろうと必死に前足を動かしている。

「ココアはホントに可愛いなぁ」
「クゥン」

 そういえばココアも、ウチにやってきた最初の頃は凄く怯えていた。全身をふるふると震わせて、小さな物音にもいちいち反応していた。

 ご飯もあんまり食べなかったし、夜泣きもあった。

 だから、一日に四回か五回くらいに分けて、吐かないように少しずつご飯をあげた。夜はココアのケージをわたしの部屋において、そこで一緒に眠ったり。

 あんまり構いすぎるとココアが成長出来ないってお母さんに言われたから、ゆっくり少しずつ距離を測りながら、ココアが心を開いてくれるのを待った。

 吠えられたり、噛まれそうになったりすると悲しかったけど、ココアだってしたくてしているわけじゃない。不安や恐怖で、どうしたらいいのか分からなくなってるだけだったんだ。

 もしかしたら一心君も、今はそういう気持ちなのかもしれないと思う。それは人だとか人狼だとか犬だとか関係なく、心の問題だ。

 焦らずゆっくり気持ちを伝えていけば、いつかきっと一心君もわたしを信頼してくれる。だから今は焦らないで、待つ時間も大切だ。

「ココアに教えられちゃった。ありがとうね、ココア」
「クゥン?」

 わたしの顔を覗き込みながら、ココアが不思議そうな顔をする。

「よし、遊ぼうか!」
「キャンキャン!」

 わたしの言葉に、ココアは嬉しそうにシッポをブンブン振った。

 窓の外は雨が酷くて、太陽の日差しもない。それでもわたしの心の中は、やけに晴れやかだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

隣国は魔法世界

各務みづほ
ファンタジー
【魔法なんてあり得ないーー理系女子ライサ、魔法世界へ行く】 隣接する二つの国、科学技術の発達した国と、魔法使いの住む国。 この相反する二つの世界は、古来より敵対し、戦争を繰り返し、そして領土を分断した後に現在休戦していた。 科学世界メルレーン王国の少女ライサは、人々の間で禁断とされているこの境界の壁を越え、隣国の魔法世界オスフォード王国に足を踏み入れる。 それは再び始まる戦乱の幕開けであった。 ⚫︎恋愛要素ありの王国ファンタジーです。科学vs魔法。三部構成で、第一部は冒険編から始まります。 ⚫︎異世界ですが転生、転移ではありません。 ⚫︎挿絵のあるお話に◆をつけています。 ⚫︎外伝「隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー」もよろしくお願いいたします。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...