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第二章「たくさん雨が降る日の、出会い」
⑤
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ーーそれから一心君は、五日も高熱に苦しんだ。六日目の今日はだいぶ良くなったみたいだけど、それでもまだ完璧には下がっていない。
だけど今はもう耳もシッポも出てないし、髪も瞳の色も黒に戻ってる。それを少しだけ、寂しいと思った。
「一心君、ちゃんと薬飲まなきゃダメだよ」
「…苦いから嫌だ」
「子供みたいなこと言ってないで、ほら。これ飲んで?」
「……」
一心君は私が差し出した粉薬をジッと睨みつけた後、パッと取って一瞬で口に含む。ものすごく不味そうに顔をしかめながら、コップの水を勢いよく飲み干した。
彼の部屋を訪れるたびに嫌そうな顔をされるけど、それでもわたしはめげない。
「早く熱下がるといいね」
「…別に、毎日来なくていいのに」
「だって心配だから」
笑いながらそう言ったけど、ふいっと顔を逸らされてしまう。このそっけない感じ、同じイヌ科でもココアとは大違いなんて言ったら、絶対怒るだろうなぁ。
「食べたいものとかしてほしいこととか、なんでも遠慮なく言ってね」
なにも答えない一心君の横顔をまじまじと見ていると、前にどこかで聞いた「人狼には美形が多い」っていうのは、もしかしたら本当かもしれないと思った。
目の前の一心君は、テレビや雑誌で活躍している人狼タレントやアイドル達に全く見劣りしないくらいに、整った顔立ちをしている。
白い肌にキレイな黒い瞳、涼しげな目元に通った鼻筋。髪の毛も黒だけど、光の加減で銀にも見える。
そもそもこれって、どういう仕組みなんだろう。そう考えると、人狼って不思議だよな。
「…なんで」
「えっ?」
ふいに一心君が呟く。彼の瞳は伏せられてて、長いまつ毛が頬っぺたに影を作ってる。
「なんで俺に構うんだ。俺が人狼だって知ってるくせに」
「一心君は一心君だよ」
「俺は、お前のことなんか覚えてない」
「わたしが覚えてるから、大丈夫」
「昔のことを持ち出されても、こっちは迷惑でしかない」
一段低くなった彼の声に、思わずビクッと体が反応する。
「…ごめんなさい」
確かに、少し無神経だったかもしれない。わたしにとって一心君は大切な幼馴染みたいな存在だけど、彼にとっては初対面の知らない人だから。
ズキズキと痛む胸の奥を押さえながら、無理矢理笑顔を作る。
「これからはもっと、一心君の気持ちを考えるように気をつけるね」
「……」
「じゃあ、わたし部屋に戻るよ。あっ、でもなにかしてほしいことがあったら、本当にエンリョしないで。お大事に」
立ち上がりながらあの早口でそう言うと、わたしはそのまま逃げるように部屋を後にした。
「キャンキャン!」
リビングに降りると、すぐにココアが寄ってくる。
「おいで、ココア」
手を伸ばすと嬉しそうにシッポを振りながら、わたしの体によじ登ろうと必死に前足を動かしている。
「ココアはホントに可愛いなぁ」
「クゥン」
そういえばココアも、ウチにやってきた最初の頃は凄く怯えていた。全身をふるふると震わせて、小さな物音にもいちいち反応していた。
ご飯もあんまり食べなかったし、夜泣きもあった。
だから、一日に四回か五回くらいに分けて、吐かないように少しずつご飯をあげた。夜はココアのケージをわたしの部屋において、そこで一緒に眠ったり。
あんまり構いすぎるとココアが成長出来ないってお母さんに言われたから、ゆっくり少しずつ距離を測りながら、ココアが心を開いてくれるのを待った。
吠えられたり、噛まれそうになったりすると悲しかったけど、ココアだってしたくてしているわけじゃない。不安や恐怖で、どうしたらいいのか分からなくなってるだけだったんだ。
もしかしたら一心君も、今はそういう気持ちなのかもしれないと思う。それは人だとか人狼だとか犬だとか関係なく、心の問題だ。
焦らずゆっくり気持ちを伝えていけば、いつかきっと一心君もわたしを信頼してくれる。だから今は焦らないで、待つ時間も大切だ。
「ココアに教えられちゃった。ありがとうね、ココア」
「クゥン?」
わたしの顔を覗き込みながら、ココアが不思議そうな顔をする。
「よし、遊ぼうか!」
「キャンキャン!」
わたしの言葉に、ココアは嬉しそうにシッポをブンブン振った。
窓の外は雨が酷くて、太陽の日差しもない。それでもわたしの心の中は、やけに晴れやかだった。
だけど今はもう耳もシッポも出てないし、髪も瞳の色も黒に戻ってる。それを少しだけ、寂しいと思った。
「一心君、ちゃんと薬飲まなきゃダメだよ」
「…苦いから嫌だ」
「子供みたいなこと言ってないで、ほら。これ飲んで?」
「……」
一心君は私が差し出した粉薬をジッと睨みつけた後、パッと取って一瞬で口に含む。ものすごく不味そうに顔をしかめながら、コップの水を勢いよく飲み干した。
彼の部屋を訪れるたびに嫌そうな顔をされるけど、それでもわたしはめげない。
「早く熱下がるといいね」
「…別に、毎日来なくていいのに」
「だって心配だから」
笑いながらそう言ったけど、ふいっと顔を逸らされてしまう。このそっけない感じ、同じイヌ科でもココアとは大違いなんて言ったら、絶対怒るだろうなぁ。
「食べたいものとかしてほしいこととか、なんでも遠慮なく言ってね」
なにも答えない一心君の横顔をまじまじと見ていると、前にどこかで聞いた「人狼には美形が多い」っていうのは、もしかしたら本当かもしれないと思った。
目の前の一心君は、テレビや雑誌で活躍している人狼タレントやアイドル達に全く見劣りしないくらいに、整った顔立ちをしている。
白い肌にキレイな黒い瞳、涼しげな目元に通った鼻筋。髪の毛も黒だけど、光の加減で銀にも見える。
そもそもこれって、どういう仕組みなんだろう。そう考えると、人狼って不思議だよな。
「…なんで」
「えっ?」
ふいに一心君が呟く。彼の瞳は伏せられてて、長いまつ毛が頬っぺたに影を作ってる。
「なんで俺に構うんだ。俺が人狼だって知ってるくせに」
「一心君は一心君だよ」
「俺は、お前のことなんか覚えてない」
「わたしが覚えてるから、大丈夫」
「昔のことを持ち出されても、こっちは迷惑でしかない」
一段低くなった彼の声に、思わずビクッと体が反応する。
「…ごめんなさい」
確かに、少し無神経だったかもしれない。わたしにとって一心君は大切な幼馴染みたいな存在だけど、彼にとっては初対面の知らない人だから。
ズキズキと痛む胸の奥を押さえながら、無理矢理笑顔を作る。
「これからはもっと、一心君の気持ちを考えるように気をつけるね」
「……」
「じゃあ、わたし部屋に戻るよ。あっ、でもなにかしてほしいことがあったら、本当にエンリョしないで。お大事に」
立ち上がりながらあの早口でそう言うと、わたしはそのまま逃げるように部屋を後にした。
「キャンキャン!」
リビングに降りると、すぐにココアが寄ってくる。
「おいで、ココア」
手を伸ばすと嬉しそうにシッポを振りながら、わたしの体によじ登ろうと必死に前足を動かしている。
「ココアはホントに可愛いなぁ」
「クゥン」
そういえばココアも、ウチにやってきた最初の頃は凄く怯えていた。全身をふるふると震わせて、小さな物音にもいちいち反応していた。
ご飯もあんまり食べなかったし、夜泣きもあった。
だから、一日に四回か五回くらいに分けて、吐かないように少しずつご飯をあげた。夜はココアのケージをわたしの部屋において、そこで一緒に眠ったり。
あんまり構いすぎるとココアが成長出来ないってお母さんに言われたから、ゆっくり少しずつ距離を測りながら、ココアが心を開いてくれるのを待った。
吠えられたり、噛まれそうになったりすると悲しかったけど、ココアだってしたくてしているわけじゃない。不安や恐怖で、どうしたらいいのか分からなくなってるだけだったんだ。
もしかしたら一心君も、今はそういう気持ちなのかもしれないと思う。それは人だとか人狼だとか犬だとか関係なく、心の問題だ。
焦らずゆっくり気持ちを伝えていけば、いつかきっと一心君もわたしを信頼してくれる。だから今は焦らないで、待つ時間も大切だ。
「ココアに教えられちゃった。ありがとうね、ココア」
「クゥン?」
わたしの顔を覗き込みながら、ココアが不思議そうな顔をする。
「よし、遊ぼうか!」
「キャンキャン!」
わたしの言葉に、ココアは嬉しそうにシッポをブンブン振った。
窓の外は雨が酷くて、太陽の日差しもない。それでもわたしの心の中は、やけに晴れやかだった。
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