一心君は、人狼です!

清澄 セイ

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第二章「たくさん雨が降る日の、出会い」

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 ♢♢♢

 今日も一日学校が終わり、リビングでテレビを見ながら擦り寄ってくるココアと遊ぶ。

 なにをするにも全力で、甘えてくる時は目をトロンとさせるし、綿あめみたいな触り心地も最高だし、もう存在そのものが尊くてかわいい。

 ココアが特に喜ぶのはアゴの下辺りを指でサワサワしながら、テレビに視線を向ける。

 夕方のニュースの合間にやっている、ご当地グルメ番組。今日は“映えパンケーキ”特集だから、楽しみにしてたんだよね。

「あ、あれ美味しそう」

 特に目をひかれたのは、甘さ控えめのふわふわパンケーキ。横に添えられているのはフルーツでもクリームでもなく、目玉焼きとソーセージ。

 これなら朝ごはんにもピッタリだし、明日は土曜日だからちょうどいい。甘いパンケーキも大好きだけど、たまには違うものも新鮮で楽しそうだ。

「そういえばホットケーキミックスって、この間使い切っちゃったよね」

 キッチンのパントリーを確認したけど、やっぱり見当たらない。

「夕飯食べる前にコンビニ行こうかな」

 カーテンを開けて空を見上げると、今にも雨が降りしそうな空模様で、出かけるのを少しためらう。

 だけどあのパンケーキが、どうしても食べたい気分になってしまった。

「ココア。ちょっとだけ出掛けてくるから、いい子で待っててね」
「キャイン!」

 ココアの小さな頭を撫でてから、わたしは玄関にあったお気に入りの黄色い傘を持って、近所のコンビニへと急いだ。



「いらっしゃいませ。日向ちゃんこんばんは」
「こんばんは」

 このコンビニでアルバイトをしている、大学生らしきお姉さんが私に向かってそう言う。

 家から近いここにしょっちゅう立ち寄っているうちに、いつのまにかすっかり顔見知りになってしまった。

 ニコッと笑うと、倉橋さんみたいに少しだけ八重歯が覗いて、それが凄く可愛い。

「雨降りそうだから、気を付けて帰ってね」
「ありがとうございます」

 ホットケーキミックスをリュックにしまうと、優しいお姉さんに深々とお辞儀をしてからもう一度自動ドアをくぐる。コンビニの中には五分もいなかったのに、来た時よりも空が暗くて雲も分厚くなっていた。

 雷でも鳴ったらココアが怖がるから、早く帰ろう。

 まだ閉じたままの傘を握りしめて、小走りで家を目指す。いつもはもっと蒸し暑いのに、風が吹いているせいか少しだけ体が冷える。

 早く帰って、お風呂に入って温まりたい。

 そう思いながら角を曲がった瞬間、誰かがウチの店の前に立っているのが見えた。

 順番待ちのお客さんかもしれないと思ったけど、パッと見た感覚ではわたしと同い年くらいの男の子ような気がする。家族や友達と一緒ではなく一人で立っているのが、めずらしい。

 気づかないフリをして階段を上がろうかとも思ったけど、もしも順番待ちのお客さんでお母さんが気付いていないだけだったら、待ちぼうけになってしまう。

「あの、お客様ですか…?」

 そう思ったわたしは、おそるおそる話しかけた。

「……」

 声をかけた瞬間ピクリと肩を震わせて、その男の子は振り返る。鋭い目つきで、わたしを睨みつけるような視線を向けた。

 透き通った、黒い瞳。まるで、今にも降りだしそうな雨の日の空の色みたいなーー

「いっしん…君…?」

 どうしてそう思ったのか、自分自身にも分からなかった。わたしはハッとして、両手で口元を押さえる。

 違う、一心君の瞳は金色だった。髪の色だって違うし、だいいち彼はこんな風に誰かを睨んだりするような子じゃなかった。

 それなのにどうしてわたしは、目の前のこの男の子を一心君だと思ったんだろう。

「…なんで俺の名前を知ってる」

 唸るような低い声と、身構える姿勢。わたしのことを睨みつけながら、一歩後ろに下がった。

「一心君…?やっぱり一心君なの!?」

 冷たい態度を取られていることも忘れて、わたしは彼に近づく。やっぱり、一心君で間違いなかったんだ。

「久しぶりだね!人違いじゃなくてよかった!わたしのこと覚えてるよね?わたしは…」

 思わず伸ばした手が、パシンと払われる。

 彼はイカクするように歯を見せながら、思いきり眉間にシワを寄せた。

「お前なんか知らない、気安く近づくな」

 ガン、と頭を殴られたのかと思うくらいの衝撃だった。手から力が抜けて、持っていた傘が地面に落ちた。

 ーーぼく、日向ちゃんのことぜったい忘れないから!

 そう約束して、二人でゆびきりげんまんをした。わたしは、あの頃のことを忘れた日なんてないのに。

「わたしだよ、日向だよ!昔一緒に…」
「知らないって言ってるだろ」

 一心君は迷惑そうに言って、わたしから視線を外す。もうこれ以上、話すことはないと言われているみたいだった。

 ポツッ

 頬に冷たい何かが当たる。ひとつぶ、またひとつぶと落ちてきた雨は、あっという間にざぁざぁと音を立て始めた。

「あら…もしかしてお客様ですか?それに日向も、何やってるのこんなところで!」

 カランコロンと、お店の扉が開くベルの音が響く。中から顔を覗かせたお母さんは目を丸くしながら、わたし達に手招きをした。
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