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第一章「この世界は、ヒトとジンロウが暮らしている」
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実際わたしも小さい頃、専用区なんて関係ない家の近くの川で溺れかけたところを人狼に助けてもらったことがある。
お母さんが高い熱を出したことがあって、リンゴを食べさせてあげたい思ったわたしはスーパーへ行こうと一人で家を出てしまった。
わたしが風邪を引いた時は、いつもそうしてもらってたから。
だけど途中で迷子になって泣きながらウロウロしていた時、運悪く河川敷で足を滑らせて川に落ちてしまった。
そこまで深かったわけじゃないけど、まだ小さかったわたしはパニックになった。暴れれば暴れるほど、鼻や口から水が入ってきてどうすることも出来なくて、何も考えられなくなった。
そんなわたしを助けてくれたのが、人狼だった。女のヒトで、多分お母さんと同じくらいの年齢だったと思う。
震えながら大泣きするわたしを抱っこして、ウチまで連れて帰ってくれた。
後から知ったことだけど、そのヒトは体が弱くて、他の人狼みたいに耳やシッポを隠すことが出来なかったらしい。帽子を被っていたみたいだったけど、わたしを助ける時に落としてしまったって。
怖がらせてごめんねって謝られたけど、その時のわたしは、怖がるよりも触ってみたいと思う気持ちの方が大きかった。快く触らせてくれたそれは、とてもふわふわであったかかった。
そのヒトの名前は、心(ココロ)さん。キレイで優しくて、おっとりしたステキな女性だった。
心さんには子どもがいて、わたしと同い年だったと思う。その子は一心(イッシン)君という名前で、心さんと一緒にしばらくウチに住んでいた。
お母さん達はきっと、事情を聞いていたんだと思う。まだ子供わたしは深く考えず、二人と居られることがただ嬉しかった。
一心君は、ピカピカに光る銀色のキレイな色の髪の毛をしていた。瞳は金色で、まん丸のお月様みたい。笑うと片方だけ小さな八重歯が覗いて、それが可愛かった。
わたしは二人のことがすぐに大好きになって、いつも家の中で一緒に遊んだ。
最初はわたしのことを怖がっているような雰囲気の一心君だったけど、そのうちすぐに仲良くなった。
彼はウチのオムライスを特に気に入っていて、店休日にはいつもお店の奥の席に二人で座って、お父さんが作ってくれたそれを食べた。
「このオムライス、本当においしいね。日向ちゃんのお父さんはすごいや」
「一心君のお父さんは、今どこにいるの?」
「今、お仕事で旅に出てるんだ。日向ちゃんみたいに、まいにちは会えない」
オムライスを食べる一心君の手が止まる。今にも泣き出しそうなその顔を見て、私は一心君の手をギュッと握った。
「そんな顔しないで!いつかわたしがお父さんよりもっとすごくておいしいオムライスを作るから、そしたら一心君がいちばんにわたしのおきゃくさんになってね!」
「わぁ!ぼく、すごくたのしみ!」
一心君は、嬉しそうに笑ってくれたっけ。
「日向ちゃんなら絶対なれる」って言ってくれた言葉を、今でも覚えてる。
あと、わたしはことあるごとに、一心君の耳を触りたがっていた気がする。ふわふわで柔らかくて、ずっと触っていられそうなくらいお気に入りだった。
一心君は恥ずかしそうに頬っぺたをピンク色に染めながら、いつもわたしのお願いを聞いてくれた。
「日向ちゃんは、じんろうがこわくないの?」
「全然こわくないよ!わたし、心さんのことも一心くんのことも、だいすきだもん」
胸を張ってそう言うと、彼は本当に嬉しそうに笑った。
「ずっとここにいればいいのに」
「ぼくもそうしたいけど、それはムリだってお母さんが」
ふわふわの耳が、悲しげにペタンと下がる。
「じゃあ、また遊びにおいでよ」
「大きくなっても、日向ちゃんはぼくのこと忘れない?」
「忘れないよ!一心くんこそ、わたしのこと忘れちゃダメだからね」
そう言って、彼の目の前に立てた小指を突き出す。一心君は、不思議そうに首を傾げた。
「ゆびきりげんまんしよう」
「ゆびきりげんまん?」
「これをしたら、ぜったいにやくそくを守りますって意味なんだよ!」
彼も、真似して小指を出す。わたし達は、それをギュッと絡ませあった。
それからしばらくして、心さんと一心君はウチを出ていくことになった。わたしは悲しくて、いっちゃ嫌だと泣きながら駄々をこねた。
「日向ちゃん」
「一心くん…」
「やくそくしたから、だからだいじょうぶ。ぼく、ぜったいにまた会いにくるから」
金色のキレイな瞳に涙をいっぱい溜めて、一心君はわたしにギュッと抱きつく。
「ほんとだよ、ぜったいだよ?わたしが作ったオムライス、ちゃんと食べにきてね?」
「うん、ぜったい。だから、泣かないで」
ふわふわの耳が顔に当たって、ちょっとくすぐったかった。だけどあったかくて、不思議と涙が引いていく。
「ぼくは、日向ちゃんのこと忘れないよ。ぜったいまたあいにくるから、そしたら……」
その続きは、遠い記憶の中に閉じ込められたまま。いつか会えると信じて、今もまだ心の真ん中に彼がいる。
だけどこれは仲良しのコマちゃんにさえ内緒の、わたしだけの秘密なんだ。
お母さんが高い熱を出したことがあって、リンゴを食べさせてあげたい思ったわたしはスーパーへ行こうと一人で家を出てしまった。
わたしが風邪を引いた時は、いつもそうしてもらってたから。
だけど途中で迷子になって泣きながらウロウロしていた時、運悪く河川敷で足を滑らせて川に落ちてしまった。
そこまで深かったわけじゃないけど、まだ小さかったわたしはパニックになった。暴れれば暴れるほど、鼻や口から水が入ってきてどうすることも出来なくて、何も考えられなくなった。
そんなわたしを助けてくれたのが、人狼だった。女のヒトで、多分お母さんと同じくらいの年齢だったと思う。
震えながら大泣きするわたしを抱っこして、ウチまで連れて帰ってくれた。
後から知ったことだけど、そのヒトは体が弱くて、他の人狼みたいに耳やシッポを隠すことが出来なかったらしい。帽子を被っていたみたいだったけど、わたしを助ける時に落としてしまったって。
怖がらせてごめんねって謝られたけど、その時のわたしは、怖がるよりも触ってみたいと思う気持ちの方が大きかった。快く触らせてくれたそれは、とてもふわふわであったかかった。
そのヒトの名前は、心(ココロ)さん。キレイで優しくて、おっとりしたステキな女性だった。
心さんには子どもがいて、わたしと同い年だったと思う。その子は一心(イッシン)君という名前で、心さんと一緒にしばらくウチに住んでいた。
お母さん達はきっと、事情を聞いていたんだと思う。まだ子供わたしは深く考えず、二人と居られることがただ嬉しかった。
一心君は、ピカピカに光る銀色のキレイな色の髪の毛をしていた。瞳は金色で、まん丸のお月様みたい。笑うと片方だけ小さな八重歯が覗いて、それが可愛かった。
わたしは二人のことがすぐに大好きになって、いつも家の中で一緒に遊んだ。
最初はわたしのことを怖がっているような雰囲気の一心君だったけど、そのうちすぐに仲良くなった。
彼はウチのオムライスを特に気に入っていて、店休日にはいつもお店の奥の席に二人で座って、お父さんが作ってくれたそれを食べた。
「このオムライス、本当においしいね。日向ちゃんのお父さんはすごいや」
「一心君のお父さんは、今どこにいるの?」
「今、お仕事で旅に出てるんだ。日向ちゃんみたいに、まいにちは会えない」
オムライスを食べる一心君の手が止まる。今にも泣き出しそうなその顔を見て、私は一心君の手をギュッと握った。
「そんな顔しないで!いつかわたしがお父さんよりもっとすごくておいしいオムライスを作るから、そしたら一心君がいちばんにわたしのおきゃくさんになってね!」
「わぁ!ぼく、すごくたのしみ!」
一心君は、嬉しそうに笑ってくれたっけ。
「日向ちゃんなら絶対なれる」って言ってくれた言葉を、今でも覚えてる。
あと、わたしはことあるごとに、一心君の耳を触りたがっていた気がする。ふわふわで柔らかくて、ずっと触っていられそうなくらいお気に入りだった。
一心君は恥ずかしそうに頬っぺたをピンク色に染めながら、いつもわたしのお願いを聞いてくれた。
「日向ちゃんは、じんろうがこわくないの?」
「全然こわくないよ!わたし、心さんのことも一心くんのことも、だいすきだもん」
胸を張ってそう言うと、彼は本当に嬉しそうに笑った。
「ずっとここにいればいいのに」
「ぼくもそうしたいけど、それはムリだってお母さんが」
ふわふわの耳が、悲しげにペタンと下がる。
「じゃあ、また遊びにおいでよ」
「大きくなっても、日向ちゃんはぼくのこと忘れない?」
「忘れないよ!一心くんこそ、わたしのこと忘れちゃダメだからね」
そう言って、彼の目の前に立てた小指を突き出す。一心君は、不思議そうに首を傾げた。
「ゆびきりげんまんしよう」
「ゆびきりげんまん?」
「これをしたら、ぜったいにやくそくを守りますって意味なんだよ!」
彼も、真似して小指を出す。わたし達は、それをギュッと絡ませあった。
それからしばらくして、心さんと一心君はウチを出ていくことになった。わたしは悲しくて、いっちゃ嫌だと泣きながら駄々をこねた。
「日向ちゃん」
「一心くん…」
「やくそくしたから、だからだいじょうぶ。ぼく、ぜったいにまた会いにくるから」
金色のキレイな瞳に涙をいっぱい溜めて、一心君はわたしにギュッと抱きつく。
「ほんとだよ、ぜったいだよ?わたしが作ったオムライス、ちゃんと食べにきてね?」
「うん、ぜったい。だから、泣かないで」
ふわふわの耳が顔に当たって、ちょっとくすぐったかった。だけどあったかくて、不思議と涙が引いていく。
「ぼくは、日向ちゃんのこと忘れないよ。ぜったいまたあいにくるから、そしたら……」
その続きは、遠い記憶の中に閉じ込められたまま。いつか会えると信じて、今もまだ心の真ん中に彼がいる。
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