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第五章「タイセツだと思うから」

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いつもより何倍も速い心臓の鼓動を先輩に聞かれないよう、胸に手を当てる。こんな風に隣を歩かせてもらえるなんて、私ってホントに運がいいよね。

今更だけど、皆の憧れ王寺先輩と一緒に帰るなんて、いいのかな。陰で色々言われてそうな気がするけど。

「地区大会もうすぐですね。男子テニス部の皆さんのことも、全力で応援してます!」

「ありがとう。白石さんも会場には来るんでしょ?」

「はい!私試合を見るの初めてなので、ワクワクしてます」

自分より何倍も上手な人達の本気のプレーを見られる機会なんて、きっと滅多にないし。

王寺先輩は上手だし、きっと地区大会も勝ち続けて、夏の県大会まで行くんだろうな。私もいつか、そんな風になりたい。

「…」

もし私が、大きな大会に出られたら。甘崎君、観に来てくれたりするかなぁ…

いつのまにかまた、頭の中に甘崎君の顔が浮かんでくる。

今日の甘崎家のご飯は何だろう。やっぱりいつもみたいに、みんな競争みたいにして食べるんだろうな。

なんてそんな想像をしてたら、思わず頬が緩んだ。

「白石さん?」

「あっ、はい!」

私ってば何してるの!せっかく王寺先輩が一緒に帰ってくれてるのに。

先輩との会話に集中しようと、私はブルブル頭を左右に振って気持ちを切り替える。

「白石?」

その瞬間、頭の中の甘崎君が私の名前を呼んだ。

「あ、甘崎君っ」

もうそうじゃなかった。本物の甘崎君が少し先に立ってこっちを見てる。いつのまにか、家のすぐ側まで来てたみたいだ。

「ツバサちゃん!」

「ツバサー!」

彼の後ろからヒョコヒョコッと現れたのは、五歳児ツインズのミドリ君とアオ君。私を見つけて、満面の笑みでこっちに駆けてきた。

「二人とも、お買い物?」

「そう、僕達マシロにぃのお手伝いしてたの!」

「そうなんだ、偉いねぇ」

飛びついてきた二人を受け止めながら、私は笑顔でそう口にする。驚いて目を丸くしてる王寺先輩に、二人がお隣さんであることを説明した。

「翠、蒼。帰るぞ」

ガサガサとビニール袋を手にした甘崎君が、教室の時と同じクールな顔で二人を呼ぶ。

「えぇ!ツバサは?」

「ツバサちゃん今日は来てくれないの?」

「ごめんね二人とも。また今度遊んでね」

ミドリ君もアオ君も、悲しそうにしょんぼりしてる。そんな表情されたら、なんだか凄く申し訳なくなる。

「あ、ツバサちゃん。この間のクッキー、また今度作ってね!」

甘崎君が二人と手を繋いで帰ろうとした瞬間、アオ君がキラキラした表情で私を見つめた。それに反応したのは、ミドリ君だ。

「俺にも俺にも!マシロにぃずるいんだ、ほとんど一人で食べちゃったんだから」

「え…っ」

思わず甘崎君の顔を見ると、彼は一瞬で顔を真っ赤にして私からフイッと目を逸らした。

「余計なことばっか言ってないでもう行くぞ!」

「ツバサちゃんバイバーイッ」

「ツバサまたなー!」

甘崎君に引きずられるようにして帰っていくミドリ君とアオ君。私はその背中に思いきり手を振った。
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