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第五章「タイセツだと思うから」

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ーー

それから数日が経った。王寺先輩と一緒に帰った日のことを思い出しては、一人でにやけたりしてたんだけど。

ふとした瞬間に隣から甘崎君家族の声が聞こえてくると、あの日の甘崎君の顔を思い出して胸がギュウッと苦しくなった。

いつのまにか私は、家の中にいてもイヤホンをつけることがなくなった。

甘崎君が「耳が悪くなる」ってお母さんみたいな心配してくれたのが、おもしろかったなぁ。

シンとした部屋が苦手だったけど、甘崎兄弟と仲良くなってからはなぜか寂しいと思わなくなった。

私はいつも、甘崎君に助けてもらってばかり。私も何か、甘崎君の役に立てることがあればいいのに。

そう思っても、あのクッキーの件で嫌われたんじゃないかって思ったら、学校でもなかなか話しかける勇気が持てなかった。

「やっぱりまだ元気ないね。せっかく王寺先輩と一緒に帰れたっていうのに」

お昼休み。パンを半分しか食べなかった私に、はーちゃんが私の顔を覗き込みながらそう言う。

この間からはーちゃんにも心配かけてばかりで申し訳なくて、早く元気にならなくちゃって思うんだけど。

教室で甘崎君を見かけるたびに、どうしても胸が苦しくなる。もう話せないのかと思うと、鼻の奥がツンとする。

私は自分で思ってる以上に、甘崎君に救われてたんだ。

「ねぇ、はーちゃん」

私は甘崎君の席の方を見ながら、はーちゃんの名前を呼ぶ。彼の席には、今誰もいない。お昼休みは、大体そこで本を読んでることが多いのに。

「今日、甘崎君ちょっと元気なかった?」

「えっ、甘崎君?」

急に彼の名前が出てきたことに驚いたのか、彼女が目をまん丸にする。それもそうだよね。甘崎君、学校では私はもちろん女子とほとんど話したりしないし。

「よく見てないけど、別にいつもと変わらないんじゃない?」

「そうかなぁ…何か顔色が悪く見えたんだよね」

「ツバサが王寺先輩以外の男子を気にするなんて、珍しいね。甘崎君と仲良かったっけ?」

「そういうわけじゃないんだけど…」

甘崎君と家が隣同士になったことを、私はまだ誰にも話してない。はーちゃんに嘘をついてるのは心苦しかったけど、甘崎君は目立つことを嫌がるんじゃないかと思ったから。

「甘崎君って謎だよね。私達とは小学校違ったしさ。楽しそうに喋ってるところとかも見たことないし」

「でもいい人だよ、甘崎君は」

つい反論してしまった。はーちゃんはビックリしたように目を丸くする。

「な、何かそんな感じするなぁって!怒ったりしなさそうっていうか」

「まぁ、それは確かに」

「あっ、予鈴鳴った!」

タイミングよく予鈴のチャイムが鳴って、私は慌てて自分の席に戻る。彼女は納得いかなそうな顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。

それから本鈴が鳴った後も甘崎君の席は空っぽのままで、先生はそのまま授業を始める。

甘崎君、どうしたんだろう…

そう思っていたら、保健室の先生が甘崎君のカバンを取りに来た。どうやら、体調が悪くて早退するみたいだ。

やっぱり、顔色が悪そうに見えたのは気のせいじゃなかったんだ。

こんなことなら教室にいた時に声をかければよかったと、私は凄く後悔した。
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