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第三章「縮んでいくキョリ」
⑥
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「あ、あはは…凄いでしょこれ」
盛大に生卵が飛び散った床のこと、すっかり忘れてた。キッチンの上は粉まみれだし、テーブルの上には食べきれなかったクッキーの山。
こんな状態だったのをすっかり忘れて、甘崎君を中に招いてしまった。恥ずかしくて笑ってごまかすけど、彼の表情はいたって普通。
「もしかして、これ作ってたの?」
「実はそうなんだ。ごめんね、せっかくのお誘い何度も断っちゃって」
「それはいいけど、でも何で?」
「実は…」
私は、ことの経緯を全部甘崎君に話した。彼がどんな顔をして聞いてるのか見るのが怖くて、私はずっと俯いたままだった。
甘崎君はただ黙って、私が話すことに静かに耳を傾けてくれていた。
「…というわけなんだ。甘崎君の好意をこんな風にしちゃって、本当にごめんなさい」
「…」
甘崎君、黙ったままだ。やっぱり呆れるよね。もしかしたら、もう話しかけてくれなくなるかもしれない。
そう思うと、自分でもビックリするくらいに胸の奥がズキズキと痛んだ。また泣きそうになるのを、必死で堪える。
「白石さんってさ」
「…うん」
「凄く正直だよね」
予想外の言葉に、私はパッと顔を上げた。私を見つめる甘崎君の顔が優しげで、心臓がギュッと反応する。
「そんな正直に言うことないのに」
「だって私、甘崎君の心のこもったクッキーを悪用したんだよ?」
「言い方が大げさだなぁ」
甘崎君は小さく笑いながら、テーブルの上のクッキーを一枚つまんでパクリと食べる。その様子を、私はドキドキしながら見つめた。
「うん、普通」
「だ、だよね」
「別に悪くないよ」
そう言って、またクッキーに手を伸ばす。つまんだ一枚を、甘崎君はなぜかジッと見つめた。
「こんな必死に練習するほど、その先輩のことが好きなの?」
「え…?」
「…いや、なんでもない」
甘崎君はふいっと顔を逸らして、その一枚も口に放り込む。私はさっきの言葉の意味を、それ以上彼に聞くことはできなかった。
「でもまだあげるわけじゃないんでしょ?」
「うん。というか、別に先輩にあげようと思って作ってたわけでもないんだ。ただ、甘崎君の苦労を味わいたかったというか」
「何それ」
笑いながら三枚目に手を伸ばす甘崎君から、私はなぜか目が離せなかった。自分の作ったものを食べてもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ。
「これ、持って帰っちゃダメ?翠達喜んで食べると思うから」
「えっ、でも…」
「俺もまだ、食べたいから」
甘崎君の作るお菓子の方が何倍もおいしいのに。彼の気遣いにまた泣きそうになりながら、私は笑顔で頷いた。
それから甘崎君はクッキーを保存袋に入れて、たくさん持って帰ってくれた。
「甘崎君、色々ありがとう」
甘崎君のおかげですっかり立ち直った私は、彼に向かって深々と頭を下げる。
「今から肉じゃが食べるね」
「うん」
「最近自分の夜はクッキーばっかり食べてたから、甘崎君のご飯楽しみだなぁ」
キッチンに置いてあるタッパーの中の肉じゃが。その味を想像したら、急にお腹が空いてきた。
背を向ける直前、甘崎君は視線だけを私に向ける。
「今度、一緒に作る?クッキー」
「え…いいの?」
「いいよ」
甘崎君と一緒に何か作れるなんて、凄く嬉しい。
「ありがとう!甘崎君」
「…うん」
甘崎君の言葉に、私はキラキラと目を輝かせる。外は薄暗くて彼の表情はよく見えなかった。
盛大に生卵が飛び散った床のこと、すっかり忘れてた。キッチンの上は粉まみれだし、テーブルの上には食べきれなかったクッキーの山。
こんな状態だったのをすっかり忘れて、甘崎君を中に招いてしまった。恥ずかしくて笑ってごまかすけど、彼の表情はいたって普通。
「もしかして、これ作ってたの?」
「実はそうなんだ。ごめんね、せっかくのお誘い何度も断っちゃって」
「それはいいけど、でも何で?」
「実は…」
私は、ことの経緯を全部甘崎君に話した。彼がどんな顔をして聞いてるのか見るのが怖くて、私はずっと俯いたままだった。
甘崎君はただ黙って、私が話すことに静かに耳を傾けてくれていた。
「…というわけなんだ。甘崎君の好意をこんな風にしちゃって、本当にごめんなさい」
「…」
甘崎君、黙ったままだ。やっぱり呆れるよね。もしかしたら、もう話しかけてくれなくなるかもしれない。
そう思うと、自分でもビックリするくらいに胸の奥がズキズキと痛んだ。また泣きそうになるのを、必死で堪える。
「白石さんってさ」
「…うん」
「凄く正直だよね」
予想外の言葉に、私はパッと顔を上げた。私を見つめる甘崎君の顔が優しげで、心臓がギュッと反応する。
「そんな正直に言うことないのに」
「だって私、甘崎君の心のこもったクッキーを悪用したんだよ?」
「言い方が大げさだなぁ」
甘崎君は小さく笑いながら、テーブルの上のクッキーを一枚つまんでパクリと食べる。その様子を、私はドキドキしながら見つめた。
「うん、普通」
「だ、だよね」
「別に悪くないよ」
そう言って、またクッキーに手を伸ばす。つまんだ一枚を、甘崎君はなぜかジッと見つめた。
「こんな必死に練習するほど、その先輩のことが好きなの?」
「え…?」
「…いや、なんでもない」
甘崎君はふいっと顔を逸らして、その一枚も口に放り込む。私はさっきの言葉の意味を、それ以上彼に聞くことはできなかった。
「でもまだあげるわけじゃないんでしょ?」
「うん。というか、別に先輩にあげようと思って作ってたわけでもないんだ。ただ、甘崎君の苦労を味わいたかったというか」
「何それ」
笑いながら三枚目に手を伸ばす甘崎君から、私はなぜか目が離せなかった。自分の作ったものを食べてもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ。
「これ、持って帰っちゃダメ?翠達喜んで食べると思うから」
「えっ、でも…」
「俺もまだ、食べたいから」
甘崎君の作るお菓子の方が何倍もおいしいのに。彼の気遣いにまた泣きそうになりながら、私は笑顔で頷いた。
それから甘崎君はクッキーを保存袋に入れて、たくさん持って帰ってくれた。
「甘崎君、色々ありがとう」
甘崎君のおかげですっかり立ち直った私は、彼に向かって深々と頭を下げる。
「今から肉じゃが食べるね」
「うん」
「最近自分の夜はクッキーばっかり食べてたから、甘崎君のご飯楽しみだなぁ」
キッチンに置いてあるタッパーの中の肉じゃが。その味を想像したら、急にお腹が空いてきた。
背を向ける直前、甘崎君は視線だけを私に向ける。
「今度、一緒に作る?クッキー」
「え…いいの?」
「いいよ」
甘崎君と一緒に何か作れるなんて、凄く嬉しい。
「ありがとう!甘崎君」
「…うん」
甘崎君の言葉に、私はキラキラと目を輝かせる。外は薄暗くて彼の表情はよく見えなかった。
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