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廊下での出来事

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毒が盛られていないか入念に調べられた食事も、結局は普通のものだった。ステイプ伯爵は食堂にほんの少し顔を見せただけで、後は私達だけ。

「ステイプ伯爵に同居人はいらっしゃらないのですか?」

傍に控えていた執事長らしき人物に、イアンが問いかける。

「伯爵様は数年前、奥様とご令息を不慮の事故で亡くされています。現在はたったお一人で、このステイプ家を守っていらっしゃるのです」

彼の瞳は哀れみに満ちており、その話が嘘ではないと思わされる。

「そうですか。事情は理解しました」

イアンは特に何の反応も見せず、そのまま食事を続ける。

私も余計な感情は不要だと、改めて心を引き締めた。

食事を終え、ぜひ入浴をという言葉に甘え手短に体を清めた。

客室へと戻る途中の廊下に、誰かがうずくまっていることに気付く。格好から見るに、メイドのようだ。

「あの、大丈夫ですか!」
「申し訳ございません、急に目眩が…」
「待っていてください、すぐに誰かを」

私の言葉に、そのメイドは力なく首を横に振る。

「どうか伯爵様には…」

(そんなに怖い方には見えなかったけれど)

どちらかというとおどおどしていて、伯爵という高貴な立場の方には見えないほどだったけれど、使用人には厳しいのだろうか。

「分かりました。肩を貸しますから、どこかで休みましょう」
「そんな、聖女様の手を煩わせるなど…っ」
「大丈夫です。立てないのであれば、無理をしないでください」

無闇に力を使うべきではないので、この場でいますぐ治癒を施すわけにはいかない。

「ここにいては、騒ぎになってしまうかもしれません」
「では、やはり肩を。どこか休める場所へ行きましょう」
「申し訳ございません、聖女様」

気にしなくていいという意思表示に、にこりと笑ってみせる。余程調子が悪いのだろう。顔面蒼白で、肩も小刻みに震えている。

「本当に申し訳ございません。本当に…」
「もうそんなに謝らないでください」

こちらの方が恐縮してしまう程に、メイドは謝罪を繰り返す。そんな彼女の体を支えながら、私はゆっくりと足を進めた。




奥に使用人部屋があるというので、私達はそこを目指す。私の肩に回されている腕は、随分と細々しい。

(もしかして本当に、ステイプ伯爵は酷い人なのかもしれない)

もしもそうならば、このお屋敷の使用人達を気の毒に思う。

「聖女様、ここです」

弱々しく刺された指の先、何の変哲もない扉。私は頷き、片手でそれを開く。

中に入るとそこにはいくつもベッドがあり、私達が案内された客室よりもずっと質素に見える。確かに使用人部屋のようだ。

「さぁ、あそこのベッドへ」

メイドの体をゆっくりと座らせ、顔を覗き込む。

「やはり顔色がよくないですね。お医者様に知らせましょう」

そう口にして、はたと考える。使用人は医者に診てもらうことはできないのだろうか。貴族の常識が備わっていない私には、その辺りの事情が分からない。

(…あまり酷いようなら)

力を使うこともやむを得ないかもしれないと思っていた矢先、部屋の扉が開く。顔を覗かせたのは、ステイプ伯爵だった。

「…なぜ、今こちらに」

きっと、使用人部屋に屋敷の主人が顔を見せるなど、本来はあり得ない。いやそもそもここは本当に、使用人部屋なのだろうか。

「聖女イザベラ様」

後ろ手に扉を閉めながら、ステイプ伯爵がこちらに近付いてくる。

「その者が貴女の手を煩わせてしまい、本当に申し訳ございません」

(…やっぱり、おかしい)

全てを知っているような口振りに、私は悟る。これは仕組まれたことなのだと。

「もっ、申し訳ございません聖女様…どうか報復などは…」

メイドがしきりに謝罪をしていたのは、こういうことだったのか。
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