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当たり前など存在しないと

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何百年もの間力を溜め込んでいた大神官様の瘴気は、本当に凄まじかった。やはり体力の差が症状の重さに関わるようで、健康な子供達はどの子も比較的軽症だった。

逆に、老人であればあるほど既に息を引き取っている確率も高く、私にはどうすることもできない。

命の選別をするのはとても心苦しかったけれど、この状況下で判断を迷っている暇などなかった。

「イザベラ様!あの黄色い屋根のお家の人達、動けなくて助けが呼べないみたい」
「分かったわラーラ。今行く」
「イザベラ、ここに集めといたぞ」
「ありがとうアザゼル様」

ラーラは本当によく働く子だった。きっと怖くて堪らないだろうに、それを必死に耐えながら街の人々の為に尽力していた。そんな彼女にまず触発されたのは、同じ年代の子供達だった。

ラーラの真似をして、私に自力で動くことのできないような重傷者を教えてくれた。そのおかげで私は迷うことなく、より多くの命を救うことができている。

もちろん、アザゼル様も協力してくれている。順番を待てず私に掴みかかろうとする人達を魔術で拘束したり、あちこちに散らばっている人達を纏めて運んできたりと、本当に有難い。やり方が少々乱暴なところは、アザゼル様らしいけれど。

「…もう大丈夫です。後はとにかく、ゆっくり休んで」
「ああ聖女様…本当にありがとうございます」

目の前で血を流し倒れていた夫と、自身も激痛だろうに必死に寄り添っていたその妻。私は彼らの手を握り、聖女の力を注ぎ込んでいく。

人々は絶望から解放された安堵に涙を流し、その潤んだ瞳で私に感謝を伝えてくれた。こんなことは、今までになかったことだ。

「大方、終わったかしら…」

いつの間にかすっかり夜が明けている。曇天の空が、少しでもこの凄惨な光景を覆い隠そうとしているかのようだった。

助けられた命ばかりではなかった。それに瘴気はまだ辺りに充満しているし、予断は許さない。

街には酷い混乱の跡が残り、あちこちに赤黒い地の跡がこびりついていた。

(でも、行かなくちゃ。ここにばかりはいられない)

私が優先的に治癒を施した街の自警団に、後のことを任せる。今まで私に意見などされたことのなかった彼らは初めのうち少し戸惑っていたけれど、アザゼル様が睨みを効かせたことにより皆大人しく従ってくれた。

「おいお前ら、よぉく覚えとけよ。この瘴気を撒き散らしたのは、お前らが崇め奉ってた大神官ラファエルだ。それを倒したのはイザベラで、お前らの命を救ってやったのもイザベラだ。忘れんじゃねぇぞ」

アザゼル様が声高々にそう告げると、たちまち喧騒が広がっていく。大神官様が化け物だったとは、俄かに信じがたい様子だった。

「聖女は民を救って当たり前だ」

誰かが上げたそんな声に、アザゼル様が怒号を飛ばす。私が止めても、彼は止まらなかった。

「何が当たり前だふざけんじゃねぇよ。大体こうなったのも、全部自業自得だろ。誰かを見下して溜まった鬱憤ぶつけて、聖女なら当然だ?馬鹿も大概にしろよ。なんならお前らそのまま死んで一掃されちまった方が、この国の為になったかもなぁ!」
「な、何だとお前!よくもそんな酷いことが」
「黙れゴミ屑!イザベラに土下座して詫びやがれカスどもが!」

必死で彼のローブを掴み、やめてくれと訴える。けれどそのローブが土埃や血に塗れているのに気付いて、胸の奥が熱くなった。

「アザゼル様、行きましょう」

私はそっと、彼の手を握る。そしてまっすぐに前を見据えた。

「皆さんの言う通り、私は聖女です。けれど一つでも多くの命を救いたいと思ったのは、聖女だからではありません。もしも自分に特別な力がなかったとしても、きっと私はそう思ったでしょう。私は私の意志で、行動したのです」

聖女だから当たり前だと言われるのは、もうたくさんだ。

これからは、イザベラとして胸を張って生きていきたい。

「後のことはお任せいたします。どうか助け合いの心を忘れませんよう」
「聖女様…」

自警団の団長に頭を下げ、私はアザゼル様と共な街に歩みを進める。

「イザベラ様、本当にありがとう!」
「あなたは英雄よ、ラーラ。どうか胸を張って生きてね」
「また絶対、会いにきてね!」

その小さな両手をいっぱいに広げ大きく手を振るラーラと、街の子供達。

(きっと、大丈夫)

曇天の空に負けない程、彼らの瞳はきらきらと輝いていた。

「糞共が!」
「アザゼル様、落ち着いてください」
「無理に決まってんだろうが!」

次の街へ向かう為、彼は私を抱き抱える。街を出てからも怒りがおさまらないようで、ずっとぶつくさ悪態を吐いていた。

「ふふっ」
「ああ?何笑ってんだイザベラ」
「だって嬉しくて」

そう告げると、アザゼル様がぴたりと口を閉じた。私は彼の胸元に、そっと頬を寄せる。

「アザゼル様がお傍にいてくださるからこそ、私は頑張れるのです」
「…ちっ」

それが照れ隠しの舌打ちだと分かり、余計に彼を愛おしく感じたのだった。
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