48 / 165
イアンは苦労人
しおりを挟む
そしてまた例の如く、湯から上がった私はがしがしとアザゼル様に頭を拭かれることとなる。自分でできると何度か抵抗したのだけれど、その度に「床を汚したらイアンが…」と言われるので、もう途中から抵抗を諦めた。
「お前の髪の色、いいよな」
「えっ、この鈍色が…ですか?」
「こんな銀髪、他に見たことねぇよ」
自分の黒髪の方が、よほど艶やかで魅力的なのに。私の髪は伸ばし放題で、ばさばさに痛んでいるのだから。
「最近、前よりもずっと綺麗な髪になりましたよ」
珍しく、イアンまでもが同意した。
「以前はまるでかさかさに枯れた藁のような…おっと失礼」
「い、いえ」
「髪だけでなく、肌艶や肉付きも以前とは見違えたように思います。イザベラ様は、部屋の鏡はご覧にならないのですか?」
鏡…そういえば部屋の隅に、素敵な鏡台が置いてあった気がする。最近やっとベッドや椅子に慣れてきたところで、他にまで気を回すことができなかった。
「今ならきっと、色々なものが似合うのでは」
「わ、私は…」
「おいイアン!お前何イザベラに色目使ってんだ!」
私の髪を拭き終えたアザゼル様は、タオルごと私の頭をぎゅうっと抱き締める。
「減るから見んじゃねぇよ!」
「子供ですねぇ貴方は全く」
「ああ!?」
彼はまるでイアンから私を隠すように、ますます強く胸に抱く。それが耐えられなくて、私は全力で頭を振った。
「アザゼル様、離してください!」
「離したらイアンが見るだろうが!」
「いいから離して!」
ぷはっと息を吐いて、涙目になりながらも彼を睨みつける。椅子から立ち上がり、たたっと柱へ駆け寄った。
そこに体を隠し、顔だけを出して赤くなった頬を思いきり膨らませた。
「アザゼル様はいつもいつも、距離感がおかしいのです!」
「ああ!?お前だってこの間、俺のベッドに潜り込んできたくせに!」
「あれは貴方が無理矢理引き込んだのでしょう!」
やいのやいのと、不毛なやり取り。イアンからしてみれば、この人達は何度同じような痴話喧嘩を繰り返せば気が済むのだろうかと、溜息しか出ない。
その一方で、ここに連れてこられたばかりの頃の彼女の姿を思い返すと、これはいい傾向なのだろうとも思う。
その力だけを搾取され、本人には全く敬意を払わない。国の象徴ともいえる聖女があんな扱いを受けていると、一体誰が想像出来ただろう。
聖女であらねば自身に価値などないと錯乱し暴れていた彼女は、今やアザゼルとぎゃいぎゃい言い争うまでになっている。
すっかり拗らせた甘やかし馬鹿に成り果ててはいるが、やはりアザゼルはそういう人間だと、イアンは内心微笑ましかった。
「あ!イアンお前、今イザベラ見て笑ったな!変な目で見んなっつってんだろ!」
「…やはりただの馬鹿かもしれない」
イザベラが可愛いあまりに自分まで敵としてみなしてくる主人が、鬱陶しくて仕方ないイアンであった。
「お前の髪の色、いいよな」
「えっ、この鈍色が…ですか?」
「こんな銀髪、他に見たことねぇよ」
自分の黒髪の方が、よほど艶やかで魅力的なのに。私の髪は伸ばし放題で、ばさばさに痛んでいるのだから。
「最近、前よりもずっと綺麗な髪になりましたよ」
珍しく、イアンまでもが同意した。
「以前はまるでかさかさに枯れた藁のような…おっと失礼」
「い、いえ」
「髪だけでなく、肌艶や肉付きも以前とは見違えたように思います。イザベラ様は、部屋の鏡はご覧にならないのですか?」
鏡…そういえば部屋の隅に、素敵な鏡台が置いてあった気がする。最近やっとベッドや椅子に慣れてきたところで、他にまで気を回すことができなかった。
「今ならきっと、色々なものが似合うのでは」
「わ、私は…」
「おいイアン!お前何イザベラに色目使ってんだ!」
私の髪を拭き終えたアザゼル様は、タオルごと私の頭をぎゅうっと抱き締める。
「減るから見んじゃねぇよ!」
「子供ですねぇ貴方は全く」
「ああ!?」
彼はまるでイアンから私を隠すように、ますます強く胸に抱く。それが耐えられなくて、私は全力で頭を振った。
「アザゼル様、離してください!」
「離したらイアンが見るだろうが!」
「いいから離して!」
ぷはっと息を吐いて、涙目になりながらも彼を睨みつける。椅子から立ち上がり、たたっと柱へ駆け寄った。
そこに体を隠し、顔だけを出して赤くなった頬を思いきり膨らませた。
「アザゼル様はいつもいつも、距離感がおかしいのです!」
「ああ!?お前だってこの間、俺のベッドに潜り込んできたくせに!」
「あれは貴方が無理矢理引き込んだのでしょう!」
やいのやいのと、不毛なやり取り。イアンからしてみれば、この人達は何度同じような痴話喧嘩を繰り返せば気が済むのだろうかと、溜息しか出ない。
その一方で、ここに連れてこられたばかりの頃の彼女の姿を思い返すと、これはいい傾向なのだろうとも思う。
その力だけを搾取され、本人には全く敬意を払わない。国の象徴ともいえる聖女があんな扱いを受けていると、一体誰が想像出来ただろう。
聖女であらねば自身に価値などないと錯乱し暴れていた彼女は、今やアザゼルとぎゃいぎゃい言い争うまでになっている。
すっかり拗らせた甘やかし馬鹿に成り果ててはいるが、やはりアザゼルはそういう人間だと、イアンは内心微笑ましかった。
「あ!イアンお前、今イザベラ見て笑ったな!変な目で見んなっつってんだろ!」
「…やはりただの馬鹿かもしれない」
イザベラが可愛いあまりに自分まで敵としてみなしてくる主人が、鬱陶しくて仕方ないイアンであった。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!
友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」
婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。
そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。
「君はバカか?」
あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。
ってちょっと待って。
いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!?
⭐︎⭐︎⭐︎
「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」
貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。
あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。
「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」
「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」
と、声を張り上げたのです。
「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」
周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。
「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」
え?
どういうこと?
二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。
彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。
とそんな濡れ衣を着せられたあたし。
漂う黒い陰湿な気配。
そんな黒いもやが見え。
ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。
「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」
あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。
背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。
ほんと、この先どうなっちゃうの?
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約者から用済みにされた聖女 〜私を処分するおつもりなら、国から逃げようと思います〜
朝露ココア
恋愛
「覚悟しておけよ。貴様がこの世から消えれば良いだけの話だ」
「薄気味悪い人形が、私と結婚などできると思うな」
侯爵令嬢――エムザラ・エイルは、婚約者の王子から忌み嫌われていた。
彼女は邪悪な力を払う『聖女』の力を持って生まれた。
国にとって重要な存在である聖女のエムザラは、第一王子の婚約者となった。
国に言われるまま、道具のように生きてきたエムザラ。
そのため感情に乏しく、周囲からも婚約者からも疎ましく思われていた。
そして、婚姻を直前に控えて夜――婚約者の王子から送られてきた刺客。
「エムザラ……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」
だが、刺客は命を奪わずに言った。
君を幸せにしてやる……と。
「俺がもう一度、君を笑わせてやる」
聖女を誘拐した暗殺者。
彼の正体は、帝国の皇子で――
ただ一人の少女が心を取り戻すための、小さな恋の話。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる