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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」

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 そんなこんなで、二人は無事に仲直り。アイゼンベルク様はやっぱりベリー系のお菓子やパンが好きみたいで、それを見抜いた私を称賛してくれた。
 実はかなりの偏食家で、寝相も悪くて早起きも苦手。すぐに部屋は散らかすし不精者だし、おまけに大の虫嫌い。と、これらは全部旦那様からの暴露。
「なんせ外見が一級品だから、内面もそうだと決めつけられるんだ」
「まぁ、美形の方は本当に大変ですね」
「さすがは夫人、理解が深い」
 私のオリジナルブレンドのハーブティーは、どうやら彼の口に合ったらしい。六回目のおかわりの時、マリッサが微かに嫌な顔をしたのが面白かった。
「オズベルトだって、昔は俺に負けず劣らず捻くれ者だったくせに。夫人は知っているのか?お前が昔、ある令嬢にしつこく付き纏われた時、とうとう痺れを切らして怒鳴り散らすかと思えば、子どもみたいに両腕を振り回しながら暴れ回ったことがあるのを」
「お、お前!余計な話をするなよ!」
 自分だけ暴露されたのが我慢ならなかったのか、旦那様は見事オズベルト様の返り討ちにあった。
「あれのおかげでまんまと嫌われたのは良かったが、しばらくは『駄々っ子のオズベルト』と陰口を叩かれたよな」
「煩い、それを言うならお前だって……!」
 今度は競って暴露合戦になり、私はそれを笑いながら眺めている。マリッサは深い溜息を吐きながら、七回目のおかわりハーブティーを注いだ。
「オズベルト。お前は本当に、強運の持ち主だな。夫人のような女性は二度と現れないぞ」
「ああ、分かっている。僕はこの幸せを、決して手放したりしない。一生、フィリアを大切にするつもりだ」
 さっきまですっかり蚊帳の外だったので、気を抜いてお菓子を頬張っていた私は、危うく喉に詰まらせてしまいそうになる。瞳孔をかっ!と開いて胸をどんどん叩いているその様は、とても素敵な奥様とは言い難い。
「大丈夫か、フィリア!ほら、これを飲んで!」
「う、うぐぅ……」
「落ち着いて、ゆっくりで構わないから」
 旦那様は慌てて私にハーブティーを飲ませながら、懸命に背中を摩ってくれる。ようやく喉につかえていたマフィンが胃の方に流れていったけれど、それでも彼は甲斐甲斐しく世話を焼く。
「お前、本当に変わったな」
「愛は人を変えるものだろう」
「……ああ、そうかよ」
 アイゼンベルク様は綺麗な銀灰色の瞳を細めながら、もう諦めたように溜息をひとつ吐いた。
「それにしても、今日は一段と良く食べるな」
「ご安心ください、アイゼンベルク様のお好きなベリーのスイーツはちゃんと残していますから!」
「いや、俺はもう十分いただきましたから、よければ夫人が食べてください」
「そうですか?では遠慮なく!」
 お許しも出たところで、私はあーんと大きな口を開けて目の前のベリープティグを頬張った。
「夫人は、本当に何でも美味しそうに召し上がりますね」
「それくらいしか特技がありませんから」
「そこも、フィリアの愛らしいところだ」
 すっかり遠慮がなくなった旦那様は、アイゼンベルク様の前でもぴったりと私に寄り添ったまま。心底愛おしそうにこちらを見つめながら、ふっと綺麗に笑みを溢した。
「もうすぐ、ロウワードの菓子が輸入出来るようになる。我が領地を輸入の経由地とするから、誰よりも早くそれを食べられるだろう」
「きええぇぇ‼︎」
 あまりの衝撃に、久々に母直伝の奇声が飛び出した。まさかあのハイカラでオシャレでトレンディなスイーツがここでも食べられるなんて思わなかったから、つい叫んじゃった。
 お屋敷の皆や子ども達に配る分はたくさん買ったけれど、自分用はもうすっかりお腹に収めた後だったから。
「口煩い爺どもを黙らせたのは、オズベルトだ。夫人を喜ばせる為だけに、第二王子まで言いくるめてまんまとブルーメルを拠点にしたんだからな」
「人聞きの悪い言い方をするな。結果的に双方に利のある取引だろう」
「まぁ確かに、仲介となるアイゼンベルク家にとっては旨みしかない。ただこれはオズベルトが急に言い出したことで、当初交わした書面には菓子は含まれていなかった。だからこうして、俺がはるばる契約を締結しに来てやったんだ」
 感謝しろ、と言わんばかりの得意げな顔は私にとっては可愛らしく映るけれど、どうやら旦那様にとっては違うみたい。せっかく消えた眉間の皺が、またぎゅぎゅっと顔を覗かせた。
 とまぁ、それは一旦置いておいて。今は存分に、この喜びを爆発させるべき時。
「旦那様、ありがとうございます!大好きです、愛しています、一生着いていきますうぅぅ‼︎」
 人前だというのに、まるで獲物に飛びかかる獅子のように私は思いきり旦那様に抱き着いた。彼はそれをなんなく受け止めて、それは嬉しそうに口元を緩ませる。眉間の皺は、一瞬で鳴りを顰めた。
「いただいたお土産だけでなく、もっと他の色んなものを皆と楽しめるなんて、本当に夢みたいです‼︎」
「ははっ、喜んでもらえて良かった」
 お姫様抱っこみたいな体勢で抱えられても、今はちっとも恥ずかしさを感じない。それだけでは足りなくて、大胆にも彼の右の頬にちゅっとキスを落とす。その瞬間、アイゼンベルク様が自身の目をさっと掌で隠した。
「俺の前では辞めてくれ!友人が鼻の下をだらしなく伸ばしているところを見たくない!」
「ごめんなさい、自重します」
「いや、コイツのことは気にしなくていい」
 旦那様はけろりとした顔でそう言うと、お返しに私の頬にもキスをしてくれた。
「はぁ、熱い!嬉しい知らせを聞いたから、汗が止まりません!」
 旦那様に抱っこされたまま、ぱたぱたと手団扇で自分を顔を仰ぐ。
「こんなに良い天気の日に、スカーフを二枚も巻いているからじゃ?外したらいかがですか?」
「えっ?いえ、これは……」
 アイゼンベルク様にとっては何気ないひと言、だけど私はぎくん!と大仰に肩を震わせる。いくら人前でいちゃいちゃとしていても、さすがにこの下のあれを見せるのは気が引ける。
「や、やっぱり寒いみたいです!ほら、体ががたがた震えてる!」
「顔中汗まみれですが」
「これは冷や汗です‼︎そうに違いないわ‼︎」
 妙に勘が鋭いアイゼンベルク様は、私の完璧な言い訳をちっとも信じてくれない。愛しい妻がこんなに困っているのに、にやにやと悪戯っ子のような笑みを浮かべているだけの旦那様に、私はぷくっと盛大に頬を膨らませたのだった。
 
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