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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」

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「フィリア、これも食べて」
「えっ、いいんですか?」
「少し痩せていたようだったから」
 旦那様の分のスコーンが、私のお皿の上に乗せられる。新鮮な山羊のチーズと合わせて食べると、相性抜群で美味しいなんてもんじゃない。
「では、遠慮なく」
 きちんとお礼を言ってから、ぱくりと口に頬張る。どうしてこんなに幸せなのか、それは隣に旦那様がいてくれるからだ。同じものを同じ分だけ食べても、彼がいない時はこんな気持ちを感じることは出来ない。
「とっても美味しいです旦那様!」
「ああ、そうか」
 彼は食べていないのに、それは嬉しそうに微笑んでいる。久しぶりにこうして朝食を共にして、改めて「何を食べるかじゃなく、誰と食べるか」という言葉が身に沁みた。あ、ベッドの上での食事はカウントせずで。あれはあれで幸せだけれど、恥ずかしくて集中出来ない。
「……お前は、そんな顔もするんだな」
 ぽつりと溢すアイゼンベルク様は、私と違ってほとんど色が進んでいない。長旅でお疲れになったのかしらと心配しつつ、ふと彼のお皿の中のラズベリーパイだけがなくなっていることに気付いた。
「夫の食事を奪う妻なんか、初めて見たな!」
 ぱちっと目が合うと、アイゼンベルク様はふんとそっぽを向きながらそう口にする。初めて出会った時と変わらない、つんけんしたものの言い方。このお屋敷ということもあってか、やっぱり昔の旦那様によく似ていると思う。黄金虫みたいだと言ったら、不愉快そうに怒っていたっけ。
「ふふっ、おっしゃる通りですね」
 普通、貴族の妻は絶対にこんな行動は取らない。それを分かっていてもなかなか直せなくて、悩んだ日もあるようなないような。
 思えば初めから、旦那様は私に自分のステーキをくださった。あの時はまだ、白い結婚の約束だったのに。
 過去を振り返れば振り返るほど、愛おしい気持ちが溢れて止まらない。大旦那様もアイゼンベルク様もいるのに、つい顔がにやにやと緩んでしまう。
「……貴女は腹が立たないのか?俺はいつも、酷い態度ばかりとっているのに」
 銀灰色の瞳はこちらを見ないまま、アイゼンベルク様はテーブルの上にぽんと言葉を投げた。
「そうですか?私はあまり感じませんが……」
「フィリア様はとても懐の深い方ですから」
「ち、ちょっと、マリッサ!」
 絶対そんなふうに思ってないくせに。ちらっと彼女に視線をやると、無表情でぺろりと舌を右上に突き出していた。もう、マリッサったら悪戯好きなんだから。
「クロードは結婚を考えていないのかい?」
「そうですね、なかなか上手くいきません」
「君ほどの男ならば、引く手数多だろうに」
「だから手に負えないんです」
 ふぅ……と憂いの溜息を吐くアイゼンベルク様は、さながら一枚の絵画のよう。オークションに出せばどれだけの値がつくだろうと、どうでもいいことを真剣に考えた。
「ですが……まぁ。もしも結婚するのであれば、懐の深い相手が理想的かと」
 大旦那様からの質問を躱す為の適当な答だったのだろう。けれどそれに過剰反応したのは、旦那様だった。勢いよく立ち上がった反動で椅子が倒れ、やけに大きな音が響いた。
「フィリアはやらん‼︎」
「は、はぁ?」
「その為にわざわざ来たんだろう‼︎俺にはお見通しなんだからな‼︎」
 突然何を言い出すのやら、アイゼンベルク様も目を剥いて驚いている。と思いきや、なぜか受けて立つかのように彼も立ち上がった。
「美形同士の睨み合いは迫力があるわね」
「何を呑気な。フィリア様の取り合いをしていますのに」
「もう、またそんな適当なこと言って……」
 やれやれと肩をすくめてみても、なぜか誰も否定してくれない。旦那様はともかく、アイゼンベルク様は私のことがお嫌いだと思う。だって、大好きな旦那様を奪ってしまったのだから。
「焼きもち……ですねぇ」
 彼が私に、という意味合いだったのだけれど、どうやら上手く伝わらなかったらしい。ますますびりびりと雰囲気が張り詰めて、気のせいか強風が吹き荒れている。
 仲の良い友人同士だと言っていたのに、あれは嘘だったのかしら。顔を合わせた途端、こんなことになってしまうなんて。
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