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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」
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その後もたっぷりと十分過ぎるほどに愛された私は、よろよろと腰を抑えながら十何日かぶりに寝室から出た。
「フィリア、もっと側へ」
彼は満面の笑みを浮かべながら、ぴたりと私に寄り添う。誰がどう見てもまごうことなき「事後」で、使用人達の暖かい目が逆に居た堪れない。
「フィリア様、バスローブは洗濯に出しておきました」
「ちょっとマリッサったら、余計なこと言わないで!」
そういえばいつもの定位置に置いていなかったなと、今さらながらに気付いた。旦那様はご満悦のまま、なんのことだと首を傾げる。
「ご安心ください、それについては私から詳細を」
「い、言わなくていいから!」
あたふたと慌てる私と、もう何をしても嬉しそうな旦那様と、相変わらず無表情に徹しているマリッサ。二人きりで寝室に篭って時もずっと恥ずかしかったけれど、今は今で思わず奇声を上げそうなくらいには羞恥心でいっぱいだ。
「旦那様も、良い加減に離れてください!」
「何ヶ月も離れ離れだったんだ、このくらいは許してくれないか?」
「……ううっ」
人前でここまで表情を崩す人じゃなかったのに、どうやらようやくの帰国に相当浮かれているらしい。かくいう私も、旦那様がいないことに耐えられなくて会いにいっちゃうくらいだから、あまり彼ばかり責められないのが辛いところ。
形の良い唇をきゅっと尖らせ、懇願するように眉を下げるその顔を見て、断れる人なんてこの世界には存在しない。スカーフも私の首にしっかりと巻かれたまま、取るどころか二枚に増えたし。
「と、とにかく!早く食堂に向かいましょう。大旦那様を待たせるなんていけませんから」
「困っているフィリアも可愛らしいな。参った、もう一度寝室に……」
「ば、馬鹿者‼︎」
遂に夫に対して悪態をついてしまったが、これは絶対に私は悪くない。
「ほら、早く早く!」
愛とは時に、非常に厄介だ。自分自身の感情さえ上手くコントロール出来ないのに、甘えたモードの旦那様を私に制御できるわけがない。だって内心では、鼻の下を伸ばしながら「ぐへへ」と気持ち悪い笑顔で涎を拭っているのだから。
「ああ、そういえば」
べたべたとくっ付いてくる旦那様を牽制(ほとんどフリ)しながら、ちらっとマリッサに目を向ける。話を始めたのは彼女の方なのに、なぜだか「やっぱりいいです」と言って口を噤んでしまった。
その時は気にする余裕もなかったけれど、すぐに理由が判明する。開けられた食堂の扉を潜ると、そこには大旦那様の他にもうお一方。相変わらず風も吹いていないのに銀髪がさらさらと靡いて、心なしか後光が指しているようにさえ見える。
ちらりと向けられた銀灰色の瞳が、私たちを非難するかのように細められた。
「随分と遅かったな、オズベルト」
「ク、クロード‼︎お前、なぜここに……」
さすがの旦那様もあんぐりと口を開けて、驚きを隠せない様子で彼を見つめている。私も私で驚いてはいるけれど、彼の体が離れたことにふぅと溜息を吐いた。安堵が半分、残念が半分。いや、やっぱり残念が九割で。
「交易の件に決まっているだろ」
「いや、だがあれは既に」
「国同士ではなく、俺はヴァンドーム家と直接の取引に来ただけだ。そもそも、その話はお前が言い出したことじゃないか」
アイゼンベルク様は涼しい顔をして旦那様を諌めながら、優雅にブレックファーストティーを嗜んでいる。まさかこんなに早く再会の日がやって来るとは、私も思っていなかった。
大旦那様に促され各々席に着いた後も、旦那様はまだ文句を言い足りない様子。仏頂面でぶつくさと不満を溢している。その間も大旦那様とアイゼンベルク様は思い出話に花を咲かせ、私は久々のゆったりとした朝食に舌鼓を打つ。
船の中で食べた食事も美味しかったけれど、あれは残念ながら魚の餌に変わってしまった。ここは地面も揺れていないし、しっかり地に足をつけておいしいご飯を堪能出来る。
「やっぱり、ブルーメルのお肉は最高です!」
しっかり焼いたベーコンは、丁度良い塩加減で脂もしつこくない。焼きたての白パンはふわふわで、搾りたてのミルクと一緒に食べると口の中であっという間にとろけてしまう。
「はわぁ……、おいしい……」
正直に言って、ベッドの上では集中出来なかったのだ。素肌にシーツを巻きつけただけの心許ない姿で、旦那様から「ほら、あーんして」と餌付けされるあの時間は、嬉しいけれど恥ずかしい。
「……物凄い量だな」
とんでもなく弛んだ顔をして、次々に料理を口に放り込んでは咀嚼する幸せの時間。このお屋敷の皆にとっては当たり前の光景で、アイゼンベルク様だけが呆れたようにそう呟いていた。
「フィリア、もっと側へ」
彼は満面の笑みを浮かべながら、ぴたりと私に寄り添う。誰がどう見てもまごうことなき「事後」で、使用人達の暖かい目が逆に居た堪れない。
「フィリア様、バスローブは洗濯に出しておきました」
「ちょっとマリッサったら、余計なこと言わないで!」
そういえばいつもの定位置に置いていなかったなと、今さらながらに気付いた。旦那様はご満悦のまま、なんのことだと首を傾げる。
「ご安心ください、それについては私から詳細を」
「い、言わなくていいから!」
あたふたと慌てる私と、もう何をしても嬉しそうな旦那様と、相変わらず無表情に徹しているマリッサ。二人きりで寝室に篭って時もずっと恥ずかしかったけれど、今は今で思わず奇声を上げそうなくらいには羞恥心でいっぱいだ。
「旦那様も、良い加減に離れてください!」
「何ヶ月も離れ離れだったんだ、このくらいは許してくれないか?」
「……ううっ」
人前でここまで表情を崩す人じゃなかったのに、どうやらようやくの帰国に相当浮かれているらしい。かくいう私も、旦那様がいないことに耐えられなくて会いにいっちゃうくらいだから、あまり彼ばかり責められないのが辛いところ。
形の良い唇をきゅっと尖らせ、懇願するように眉を下げるその顔を見て、断れる人なんてこの世界には存在しない。スカーフも私の首にしっかりと巻かれたまま、取るどころか二枚に増えたし。
「と、とにかく!早く食堂に向かいましょう。大旦那様を待たせるなんていけませんから」
「困っているフィリアも可愛らしいな。参った、もう一度寝室に……」
「ば、馬鹿者‼︎」
遂に夫に対して悪態をついてしまったが、これは絶対に私は悪くない。
「ほら、早く早く!」
愛とは時に、非常に厄介だ。自分自身の感情さえ上手くコントロール出来ないのに、甘えたモードの旦那様を私に制御できるわけがない。だって内心では、鼻の下を伸ばしながら「ぐへへ」と気持ち悪い笑顔で涎を拭っているのだから。
「ああ、そういえば」
べたべたとくっ付いてくる旦那様を牽制(ほとんどフリ)しながら、ちらっとマリッサに目を向ける。話を始めたのは彼女の方なのに、なぜだか「やっぱりいいです」と言って口を噤んでしまった。
その時は気にする余裕もなかったけれど、すぐに理由が判明する。開けられた食堂の扉を潜ると、そこには大旦那様の他にもうお一方。相変わらず風も吹いていないのに銀髪がさらさらと靡いて、心なしか後光が指しているようにさえ見える。
ちらりと向けられた銀灰色の瞳が、私たちを非難するかのように細められた。
「随分と遅かったな、オズベルト」
「ク、クロード‼︎お前、なぜここに……」
さすがの旦那様もあんぐりと口を開けて、驚きを隠せない様子で彼を見つめている。私も私で驚いてはいるけれど、彼の体が離れたことにふぅと溜息を吐いた。安堵が半分、残念が半分。いや、やっぱり残念が九割で。
「交易の件に決まっているだろ」
「いや、だがあれは既に」
「国同士ではなく、俺はヴァンドーム家と直接の取引に来ただけだ。そもそも、その話はお前が言い出したことじゃないか」
アイゼンベルク様は涼しい顔をして旦那様を諌めながら、優雅にブレックファーストティーを嗜んでいる。まさかこんなに早く再会の日がやって来るとは、私も思っていなかった。
大旦那様に促され各々席に着いた後も、旦那様はまだ文句を言い足りない様子。仏頂面でぶつくさと不満を溢している。その間も大旦那様とアイゼンベルク様は思い出話に花を咲かせ、私は久々のゆったりとした朝食に舌鼓を打つ。
船の中で食べた食事も美味しかったけれど、あれは残念ながら魚の餌に変わってしまった。ここは地面も揺れていないし、しっかり地に足をつけておいしいご飯を堪能出来る。
「やっぱり、ブルーメルのお肉は最高です!」
しっかり焼いたベーコンは、丁度良い塩加減で脂もしつこくない。焼きたての白パンはふわふわで、搾りたてのミルクと一緒に食べると口の中であっという間にとろけてしまう。
「はわぁ……、おいしい……」
正直に言って、ベッドの上では集中出来なかったのだ。素肌にシーツを巻きつけただけの心許ない姿で、旦那様から「ほら、あーんして」と餌付けされるあの時間は、嬉しいけれど恥ずかしい。
「……物凄い量だな」
とんでもなく弛んだ顔をして、次々に料理を口に放り込んでは咀嚼する幸せの時間。このお屋敷の皆にとっては当たり前の光景で、アイゼンベルク様だけが呆れたようにそう呟いていた。
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