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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」

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「フィ、フィリア⁉︎帰るってどうして急に……」
「旦那様の顔も見れたし匂いも嗅げたし、もう十分です。もともと一目会ったら帰るつもりでしたし」
「そ、そんな。せっかく会えたのに」
 今度は旦那様が涙目になり、私の腕をぎゅっと掴んでくる。それがお菓子をねだる小さな子どもみたいで、あまりの可愛さに心臓がみしりと軋んだ。
「俺のせいか?俺がお前を『こんな女』呼ばわりしたから」
「そうでしたっけ?あまり聞いていなくて、すみません」
 昔から、嫌味も悪口も私の耳には右から左。私がスイーツを辞められないのと一緒で、他人の口を思い通りに操ることは出来ない。気にするだけ時間の無駄で、そんな暇があったら網を持って森に出掛けたい。
「この度は急な訪問にも関わらず手厚いおもてなしをしていただき、本当にありがとうございます」
 何が何だか分からないという表情を浮かべているアイゼンベルク様に向かって、私は丁寧に淑女の礼をしてみせる。今さら遅いのは重々承知の上で、最後くらいは良い格好をしておこうと。
「……貴女は一体、何がしたいんだ?」
 綺麗な銀配色の瞳には、先ほどまで浮かんでいた嫌悪の色はない。ただただ戸惑うように、背中を丸めてこちらを見上げていた。
「ただ本当に、旦那様のお顔が見たかったのです」
「たったそれだけの理由で、こんな遠くまで来たのか?」
「夫婦とはそういうものです」
 なんて、ちょっと偉そうな物言いだっただろうか。まぁたまには、夫婦という言葉に酔ってみても良いかな、なんて。
「それにお約束しましたでしょう?もしも次にお会い出来た時は、必ずや恩返しをさせてくださいと」
「……貴女のような女性は、初めてだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
 褒め言葉ではないと分かりながら、私は微笑みながら頷いた。そしていまだ涙目の旦那様の目元に、そっとハンカチを当てる。
「ブルーメルで、貴方様のお帰りを待っていますね。大人しく……出来るかどうかは分かりませんけれど」
「フィリア……」
「あそこはとっても素敵な場所ですが、旦那様がいらっしゃらないと私は駄目なんです」
 そう口にした瞬間、ぎゅうっと力強く抱き締められる。人様のお屋敷で破廉恥だと思いながらも、私は黙ってそれを受け入れた。

――こうしての旅は慌ただしく終わり、また十何日もかけてブルーメルへと戻ってきた。お別れは寂しいけれど、元気なお顔が見れたからもう大丈夫。それに、後幾らもしないうちに旦那様の公務も終わるとおっしゃっていたし。
「あ゙あ゙、ようやくブルーメルだわ……。やっぱりここは最高ね、だって地面が揺れていないもの」
「陸地はどこもそうです」
「まぁ……、うん。おぅえっぷ」
 例によって盛大に船酔い+馬車酔いしまくった私は、マリッサに支えられながらようやく帰家した。どうあっても食欲は辞められず、行きと同じように魚に餌を撒いてしまったわけだけれど、私的には普段の半分くらいしか食べられていなかった気がする。
「当たり前です。乗船する前、ロウワード帝国の話題スイーツをこれでもかと腹に収めていらっしゃいましたから」
「あはは、だってそれは……。ねぇ?」
 帝都のスイーツは、噂に違わぬ洗練された上品な美味しさだった。見た目も女性ウケしそうな可愛らしいものばかりだったし、あんまり堪能せずすぐ口に入れてしまったことが今も悔やまれる。
「旦那様とアイゼンベルク様から日持ちのするお菓子もたくさんいただいたし、後でお屋敷の皆や領地の子ども達にも配りましょう」
「はい、かしこまりました」
 今回同行してくれた護衛三人組のおかげもあって、お土産も山ほど持って帰れた。いくつかこっそりポケットに忍ばせているのは、きっと誰にもバレていないはず。
 ようやく帽子を脱いで、ふぅと溜息をひとつ。今夜からまた私の夜のお供はバスローブになりそうだけれど、あと少しだと思えば耐えられる。頭の中の旦那様の笑顔はしっかりアップデートされて、今もまだ抱き締められた時の温もりが残っているかのよう。体には熱が籠り、思い出すたびに無意識に手で首元を摩った。
「あちらも危険はまったくなさそうだっだし、アイゼンベルク様という良きご友人はいらっしゃったし、私が心配することはなかったわね」
「良きご友人、かどうかは分かりかねますが」
「あらあら、マリッサったら」
 彼女はツンケンとしているように見えて、私をとても大切に思ってくれている。だから最初は、旦那様に対してもなかなかに厳しい態度だった。もちろん、今はもうそんなことはないけれど。
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