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特別編「フィリアとオズベルトは、理想の夫婦」

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「……貴女という人は、なんと非常識な」
 他人から見たら変なやり取りをしているであろう私達に、まるでゴミか害虫でも見るかのような瞳を向けているのはキラキラの色男……もとい、クロード・アイゼンベルク様(多分)。
「オズベルトという伴侶がいながら、この俺に運命などと。堂々と夫の友人に色目を使って、恥ずかしいとは思わないのか」
「えっ?ああ、それは意味が違……」
「違うものか‼︎世の中の女は全員、俺を気色の悪い目で見つめてくる‼︎所詮お前も、その他大勢と同類だ‼︎」
 周囲に響く大声で、アイゼンベルク様(多分)は面と向かって私を罵倒する。
「お、奥様!何やら酷い勘違いをされています」
「誤解を解いた方がよろしいのでは」
「なんなら私達から説明を」
 護衛三人組が私を心配してくれたけれど、ふるふると首を振りながら「大丈夫」と頷いてみせる。だって、正直面倒なんだもの。モテを拗らせた男性は、私みたいな女の話はきっと聞いてくれない。だからまぁ、とりあえず現状維持ということで。
「さすがはフィリア様。あの旦那様を手懐けた猛者」
「今のは聞かなかったことにしておくわね、マリッサ」
「と言いつつ、半笑いですが」
 だって、色々思い出しちゃったから。初対面での旦那様が、まるで手負いの猪みたいだった頃を。
「とってもお可愛らしい」
「……は?貴女はまだ俺を褒めるのか」
「えっ?あはは」
 私が呑気に過去の回想をしている間にも、アイゼンベルク様(多分)の勘違いは益々ヒートアップしていく。私が彼を好きになる確率はゼロだと言い切れるけれど、本当の問題はそこではない。
「アイゼンベルク様(多分)、少々よろしいでしょうか」
 いまだに私への疑念と軽蔑を口にしまくっている彼の目の前に立ち、しっかりと視線を上に上げる。銀配色の瞳は冷ややかそうに見えて、その奥にはしっかりと熱が籠っていた。私に対する、怒りの感情が。
「なんだ、言い訳か?というか、多分とはなんだ多分とは」
 あらら、余計な部分まで声に出ていたみたいだ。まったく私ったら、おっちょこちょいなんだから。
「……その、片目を閉じながら下を横からぺろりと出す仕草は止めろ」
「おっと、失礼」
 旦那様にはこれで大体許してもらえるのだけれど、アイゼンベルク様(確定)には通用しなかった。
 気を取り直して、私はんん!と咳払いをひとつ。彼の綺麗な瞳を見つめながら、今思いつく最大の褒め言葉を堂々と口にした。
「アイゼンベルク様って、まるでアシダカグモのようですね!」
「……な、なんだと?」
「知りません?アシダカグモ。手脚がとっても長くて、大きいものでは掌くらいもある蜘蛛です。ちょうどアイゼンベルク様の瞳と同じ色をしていて、家の中でよく見かける……」
「し、詳細が知りたいんじゃない!」
 まるで彼にとっては、私がアシダカグモに見えているかのように、一瞬でササッと距離を取られる。実は初めてお見かけした時から、ずっとずっと言いたくて仕方がなかったのだ。
「まさか貴女は今、この俺を蜘蛛に例えたのか……?」
「はい、そうです!」
「し、信じられない……。あんな八本足の、気持ちの悪くて近付きたくもないような生き物と俺を同列に扱うとは」
 アイゼンベルク様は信じられないとでも言いたげに、顔面を紙のように白くして唇を震わせている。私としては彼の怒りを鎮めたかっただけなのだけれど、どうやら火に油ならぬ色男に節足動物だったらしい。
「いえいえ、それは違います!アシダカグモは立派な益虫ですよ。人間にとって害のある虫を食べてくれますし、毒もなければ蜘蛛の巣を張って家を汚すこともないですし。それにあのフォルム、とってもカッコいいじゃないですか!」
 うっとりとした瞳でアシダカグモについて語る私と、ますます顔面蒼白になっていくアイゼンベルク様。チラッと視界に入った護衛三人組も彼と同様にぶるぶる怯えていて、マリッサだけがほんの少し口元を緩めて笑ってくれた。
「確かに慣れるまでは怖いと感じるかもしれませんが、よくよく観察してみると愛着が湧いてきますよ。もしよろしければ、今度私が捕まえて」
「ぜ、絶対に止めろ‼︎」
 今日イチの絶叫が辺りに響き渡った瞬間、私の肩にぽんと手が置かれる。慣れ親しんだ感触と、ふわりと香る華やかで繊細な花のような香り。たった一瞬で理解した私の体は、ぶわりと体中の毛を逆立たせた。
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