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第一章「適当…と言う名の運命」
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ぺらりと表紙を捲ると、つらつらと紹介文が連なっている。たった一ページだけで、絵姿すら載せられていない。ものぐさなこの私でさえ、いやいやながら絵師に描いてもらったというのに。
「ちょっと変わった方なのかもしれないわね。ええっと、名前はどこに……。あ、あった。オズベルト・ヴァンドーム様?へぇ、随分、小洒落た名だわ」
私の言葉を聞いた瞬間、父が「きええぇ‼︎」と奇声を発した。何事かと振り向けば、既に三センチの距離に父がいて、思わず私まで奇声を上げそうになるのを、辛うじて飲み込んだ。
「フィリア‼︎今、オズベルト・ヴァンドームと言ったか⁉︎言ったな⁉︎言ったんだな⁉︎」
「え、ええ。確かに、言ったわ。だって、ここにそう書いてあるんだもの」
「正にその方なんだよ、お前に結婚を申し込んできたのは‼︎」
「きええぇ‼︎」
ああ、いけない。令嬢たるもの奇声なんて許されないと、母にきつく教えられてきたのに。だって、あまりにも出来過ぎた偶然で、つい。
「あれ?しかしおかしいな。僕は最初、彼からの婚約の申し出は受けないつもりで、釣書は候補から外しておいたはずなのに」
顎元に手を当て、父は首を傾げる。その場にいた全員が吸い込まれるように母に視線を向けると、彼女は「だって、あまりにも肩書きが魅力的でつい。てへ」と可愛らしくウィンクしてみせた。
「お、お母様ったら……」
「だって仕方ないじゃない。お相手は辺境伯令息様だし、これ以上ないご縁だと思ったんだもの」
辺境伯と聞いて、一気に頬がずり落ちる私。令嬢として……、というより女性としてあるまじき表情をしているだろうとは想像がつくが、正直に言って辺境伯夫人なんて面倒で仕方ない。
「よし、天の神様の言う通りをやり直そう」
「無理無理。もう、それ関係なくなってるから」
「く、くそう」
そういえばそうだった。結婚の申し込みをされていること、すっかり失念していた。
「フィリア様、少しよろしいですか」
両親が何やら盛り上がっている横で、マリッサがつんつんと私の肩を指でつつく。
「私、聞き及んだことがあります。ヴァンドーム辺境伯領であるブルーメルは、『花の楽園』とも称されるそれはそれは美しい大地。広い土地と穏やかな気候、領主は領民を軽んじることなく、また領民も領主を心から尊敬しているそうです。後、肉がめちゃくちゃに美味しい」
「さ、さ、最高じゃないの‼︎そんなところのご令息が、どうして我が家なんかに縁談を?」
「王都からとんでもなく遠いそうです。いわゆる、田舎というやつですね」
それを聞いた私はソファから飛び上がり、二人目掛けて突進のごとく抱きつく。
「きええぇ‼︎」
それに驚いた母が奇声を上げ、とうとう最後の砦はマリッサただ一人となった。
「私はやりませんよ、恥ずかしいので」
「あ、はい」
私達三人は、彼女のおかげで冷静さを取り戻した。
「私、ぜひこのお話を受けたいです!」
「まぁ、結婚となると我が家からはほぼほぼ断れないね」
「適当に決めた相手からも指名してくださるなんて、これは本当に運命に違いありません!」
「適当って認めたなフィリア」
田舎、いなか、INAKA。ああ、なんて最高の響き。王都からとんでもなく遠かったら、社交界もお茶会もほとんど免除されるかも。貴族同士の痺れるやり取りもなく、領地視察とかなんとか理由を付けて、堂々と花畑のど真ん中に寝転がれたりして。それって、この上ない理想の暮らし。やっぱり、天の神様方式は最強だ。
「では、早速返事をしよう」
「田舎ばんざい‼︎」
「……本当におばかだわ」
母は溜息、父は汗だく、侍女は呆れている。私だけが、この結婚生活に希望を抱いていたのだった。
「ちょっと変わった方なのかもしれないわね。ええっと、名前はどこに……。あ、あった。オズベルト・ヴァンドーム様?へぇ、随分、小洒落た名だわ」
私の言葉を聞いた瞬間、父が「きええぇ‼︎」と奇声を発した。何事かと振り向けば、既に三センチの距離に父がいて、思わず私まで奇声を上げそうになるのを、辛うじて飲み込んだ。
「フィリア‼︎今、オズベルト・ヴァンドームと言ったか⁉︎言ったな⁉︎言ったんだな⁉︎」
「え、ええ。確かに、言ったわ。だって、ここにそう書いてあるんだもの」
「正にその方なんだよ、お前に結婚を申し込んできたのは‼︎」
「きええぇ‼︎」
ああ、いけない。令嬢たるもの奇声なんて許されないと、母にきつく教えられてきたのに。だって、あまりにも出来過ぎた偶然で、つい。
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顎元に手を当て、父は首を傾げる。その場にいた全員が吸い込まれるように母に視線を向けると、彼女は「だって、あまりにも肩書きが魅力的でつい。てへ」と可愛らしくウィンクしてみせた。
「お、お母様ったら……」
「だって仕方ないじゃない。お相手は辺境伯令息様だし、これ以上ないご縁だと思ったんだもの」
辺境伯と聞いて、一気に頬がずり落ちる私。令嬢として……、というより女性としてあるまじき表情をしているだろうとは想像がつくが、正直に言って辺境伯夫人なんて面倒で仕方ない。
「よし、天の神様の言う通りをやり直そう」
「無理無理。もう、それ関係なくなってるから」
「く、くそう」
そういえばそうだった。結婚の申し込みをされていること、すっかり失念していた。
「フィリア様、少しよろしいですか」
両親が何やら盛り上がっている横で、マリッサがつんつんと私の肩を指でつつく。
「私、聞き及んだことがあります。ヴァンドーム辺境伯領であるブルーメルは、『花の楽園』とも称されるそれはそれは美しい大地。広い土地と穏やかな気候、領主は領民を軽んじることなく、また領民も領主を心から尊敬しているそうです。後、肉がめちゃくちゃに美味しい」
「さ、さ、最高じゃないの‼︎そんなところのご令息が、どうして我が家なんかに縁談を?」
「王都からとんでもなく遠いそうです。いわゆる、田舎というやつですね」
それを聞いた私はソファから飛び上がり、二人目掛けて突進のごとく抱きつく。
「きええぇ‼︎」
それに驚いた母が奇声を上げ、とうとう最後の砦はマリッサただ一人となった。
「私はやりませんよ、恥ずかしいので」
「あ、はい」
私達三人は、彼女のおかげで冷静さを取り戻した。
「私、ぜひこのお話を受けたいです!」
「まぁ、結婚となると我が家からはほぼほぼ断れないね」
「適当に決めた相手からも指名してくださるなんて、これは本当に運命に違いありません!」
「適当って認めたなフィリア」
田舎、いなか、INAKA。ああ、なんて最高の響き。王都からとんでもなく遠かったら、社交界もお茶会もほとんど免除されるかも。貴族同士の痺れるやり取りもなく、領地視察とかなんとか理由を付けて、堂々と花畑のど真ん中に寝転がれたりして。それって、この上ない理想の暮らし。やっぱり、天の神様方式は最強だ。
「では、早速返事をしよう」
「田舎ばんざい‼︎」
「……本当におばかだわ」
母は溜息、父は汗だく、侍女は呆れている。私だけが、この結婚生活に希望を抱いていたのだった。
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