4 / 99
第一章「適当…と言う名の運命」
4
しおりを挟む
「た、た、大変だ!」
血相を抱えて飛び込んできたのは、父であるレイモンド。我がマグシフォン子爵家当主であり、厳格な……とは程遠い、貴族間の結婚にしては珍しく妻の尻に敷かれている温和で気弱な性格の人。
さして広くない領地は、その人柄に支えられているといっても過言ではない。時には領民に紛れて鍬を持つようなこともあり、その度母に叱られている。しかも、母が怒ると嬉しそうなのでちょっと怖い。
私や弟のケニーにも甘いとよく注意されているけれど、そんな父が私は好きだった。
「どうされました?そんなに急いで」
母が立ち上がり、父の汗をハンカチで拭う。まるで手のかかる子供のようだと思いながらも、二人の仲の良さは素直に微笑ましい。
「じ、実は今しがた、フィリアに結婚の申し込みが届いたんだ」
「何ですって、結婚?」
「ああ、そうだ。婚約すっ飛ばして、即結婚がしたいのだと!」
さすがの母もこれにはあんぐりと口を開け、父は滝のような汗をかき続けている。唯一表情が変わらないのは、いつでも冷静な侍女マリッサだけ。
当の私はというと、その話を聞いてキュッと唇を尖らせた。
「もう。せっかく、大変な思いをして旦那様を決めたっていうのに」
「お黙り!貴女は口を挟まないでちょうだい!」
どうやら母は、現在大混乱中らしい。黙って口を噤んでおいた方が、無難だと判断した。
「それにしても、婚約期間なしに結婚だなんて。話が急過ぎませんこと?」
「実は、釣書は既に受け取っている。その時はまだ婚約という話だったのだが、我が家とはどう考えても差があり過ぎたからな。折を見て断るつもりでいたんだ。まさか、向こうも本気とは思わなかったし」
「本気でないのに婚約の申し込みを?」
「いや、数打ちゃ当たる戦法かなって」
なんなんだ、それは。私は試し撃ちの的じゃないと言いたい。仮にそうなら、娘を蔑ろにしたともっと怒ってほしいものだ。
「どうするのですか、旦那様」
「どうしよう、リリベル」
「落ち着いてくださいませ」
おろおろと慌てふためく父を、母が慰めている。そして突然、きっ!とこちらを睨めつけた。
「貴女のことなんだから、ちゃんと意見を述べなさい!」
「理不尽過ぎるわ!」
落ち着いた方がいいのは貴女だと、突っ込みを入れたくなった。
「お嬢様は、どうなさりたいのですか?」
「そうねぇ。とりあえず、選んだ釣書でも見ようかしら」
「はい?」
マリッサは怪訝そうな顔をするけれど、だってせっかく選んだのだしどんな方かくらいは知りたいと思うのが人情というものだ。きっともう、ご縁はなくなってしまうのだろうけれど。
血相を抱えて飛び込んできたのは、父であるレイモンド。我がマグシフォン子爵家当主であり、厳格な……とは程遠い、貴族間の結婚にしては珍しく妻の尻に敷かれている温和で気弱な性格の人。
さして広くない領地は、その人柄に支えられているといっても過言ではない。時には領民に紛れて鍬を持つようなこともあり、その度母に叱られている。しかも、母が怒ると嬉しそうなのでちょっと怖い。
私や弟のケニーにも甘いとよく注意されているけれど、そんな父が私は好きだった。
「どうされました?そんなに急いで」
母が立ち上がり、父の汗をハンカチで拭う。まるで手のかかる子供のようだと思いながらも、二人の仲の良さは素直に微笑ましい。
「じ、実は今しがた、フィリアに結婚の申し込みが届いたんだ」
「何ですって、結婚?」
「ああ、そうだ。婚約すっ飛ばして、即結婚がしたいのだと!」
さすがの母もこれにはあんぐりと口を開け、父は滝のような汗をかき続けている。唯一表情が変わらないのは、いつでも冷静な侍女マリッサだけ。
当の私はというと、その話を聞いてキュッと唇を尖らせた。
「もう。せっかく、大変な思いをして旦那様を決めたっていうのに」
「お黙り!貴女は口を挟まないでちょうだい!」
どうやら母は、現在大混乱中らしい。黙って口を噤んでおいた方が、無難だと判断した。
「それにしても、婚約期間なしに結婚だなんて。話が急過ぎませんこと?」
「実は、釣書は既に受け取っている。その時はまだ婚約という話だったのだが、我が家とはどう考えても差があり過ぎたからな。折を見て断るつもりでいたんだ。まさか、向こうも本気とは思わなかったし」
「本気でないのに婚約の申し込みを?」
「いや、数打ちゃ当たる戦法かなって」
なんなんだ、それは。私は試し撃ちの的じゃないと言いたい。仮にそうなら、娘を蔑ろにしたともっと怒ってほしいものだ。
「どうするのですか、旦那様」
「どうしよう、リリベル」
「落ち着いてくださいませ」
おろおろと慌てふためく父を、母が慰めている。そして突然、きっ!とこちらを睨めつけた。
「貴女のことなんだから、ちゃんと意見を述べなさい!」
「理不尽過ぎるわ!」
落ち着いた方がいいのは貴女だと、突っ込みを入れたくなった。
「お嬢様は、どうなさりたいのですか?」
「そうねぇ。とりあえず、選んだ釣書でも見ようかしら」
「はい?」
マリッサは怪訝そうな顔をするけれど、だってせっかく選んだのだしどんな方かくらいは知りたいと思うのが人情というものだ。きっともう、ご縁はなくなってしまうのだろうけれど。
109
お気に入りに追加
2,757
あなたにおすすめの小説
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる