上 下
3 / 99
第一章「適当…と言う名の運命」

3

しおりを挟む
「あ、貴女って人は……」
 母は頭を抱えながら、まるで支えを失ったようにふらふらと体をよろけさせる。
「奥様、どうかお気を確かに」
「ああ、マリッサ。貴女にも苦労をかけるわね」
「お気になさらないでください。私はいつ何時も、奥様の味方です」
「なんて素晴らしい子なの……!」
 悲劇のヒロインよろしく、目元にハンカチを当てる母。マリッサはマリッサで、そんな母に同情の熱い視線を注いでいた。
「な、なによ二人して!だって、しっかり読み込んだって決められないんだもの!もう、こうして選ぶより他はないじゃない!」
 迷った時には、これが一番最強なんだから。
「絵姿だけご覧になっては?顔は大事ですよ」
「自分が大したことないのに、相手だけ素敵だったら嫌じゃない」
「おや、意外とまともなご意見」
 マリッサは、一体私をなんだと思っているのやら。だけど、彼女のこういう嘘を吐かない正直なところが、私は大好きなのだ。
「確かに、それもそうですね」
 にしても、ここは嘘でも良いから否定してほしかった。
「まぁ、良いわ。どの殿方を選んでも家柄身分共に申し分ない男性だから。むしろ、こちらが申し訳ないくらいよ」
「そうですよ、お母様。不良債権の押し付けはいけません」
「どの口が言うのかしら」
 至極まともな意見を述べたのに、ウジでも見るかのような視線を向けられてしまった。
「私の娘は、どこに出しても恥ずかしくないわ。不良債権なんて無粋な表現は辞めてちょうだい」
「お、お母様……」
 普段怒ってばかりでも、実はそんな風に思ってくれていたのかと、じいんと胸が熱くなる。
「どう、マリッサ。今の台詞、慈母ぽかったかしら」
「ええ、奥様。とてもそれらしくて素敵でした」
 二人の会話で、一気に氷点下まで胸が冷えました。思っても口に出さないでほしかった。
「とにかく、本当にその方で良いのね?中身すら見ていないけれど」
「女に二言はありませんわ!運命の女神が、この方を選べと私に囁かれたのです!」
「ただ適当に決めただけじゃない」
 どちらにしようかな、天の神様の言う通り。は、決して適当なんかではない。
「まぁ、良いわ。気が変わらない内に、さっさと先方へお伺いしましょう」
「えっ、行くの?」
「……おばかさん」
 コルセット、パニエ、お化粧、整髪。考えただけで、クローゼットに閉じこもりたくなった。
「まぁ、良いわ。旦那様となる方に、交渉すればいいだけの話ですもの。たくさん愛人を作っても構わないから、私を自由にさせてくださいって」
「今、とんでもなく聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするのだけれど」
 私の心の呟きは、いつも勝手に外へと飛び出す。無表情でゆらりと立ち上がった母に向かって、どうにか誤魔化そうと選んだ釣書を掲げた。
「ほ、ほらほら!中を見ましょう、お母様!」
「そうね。まずはそこからね」
 しぶしぶ座り直した彼女に、私はほうっと胸を撫で下ろす。表紙を捲ろうと手を掛けたその瞬間、ばん!と勢いよく扉が開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話

下菊みこと
恋愛
九歳差の年の差のカップルがいかにしてくっついたかってお話です。 主人公は婚約者に大切にしてもらえません。彼には病弱な幼馴染がいて、そちらに夢中なのです。主人公は、ならば私もと病弱な第三王子殿下のお世話係に立候補します。 ちょっと短編と設定が違う部分もあります。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...