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第五章「運命の双子」
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助産婦エマーニーにとって、その夜は生涯忘れられない。煌々と輝く満月と、エトワナ侯爵家に響き渡る元気な男女の産声。屋敷中が静かな歓声と幸福に包まれ、またひとつこの国に幸せが訪れたと、彼女自身も達成感に満ちていた。
屋敷の前で待ち伏せていた、一人の少女に声を掛けられるまでは。
「お願いします、どうか……!どうか私の母を、生まれてくる弟妹を助けてください!」
月明かりに照らされたその少女はくたびれたドレスを身に纏い、顔のあちこちに痣があった。それだけでも息を呑んだエマーニーだが、彼女はお構いなしに地面に頭を擦り付けた。
「どうか……、どうか……っ!」
風貌からして、末席の貴族かそこそこの商家の娘だろうか。いや、そんなことは今考えるべきではない。エマーニーはしゃがみ込み、その少女に目線を合わせた。
「私に何を手伝えというの?」
「母が産気づき、今にも赤ん坊が産まれそうなんです!」
「掛かりつけのお医者様がいらっしゃるはずでしょう?」
「それが……」
掠れたようなブルーの瞳に、悲しみの色が浮かぶ。
「誰にも診てもらうことが出来ないのです」
「それはなぜ?」
スラム街の悪人でもない限り、そんなことはあり得ないというのに。こんな寒空の下で子供が土下座までして、よほどの事情があるのだと娘を憐れに思った。
彼女は言いづらそうに口籠もっていたが、やがてぽつりと真実を明かす。
「……双子だろうって、母が」
「双子?それならなおさら大切にされるでしょうに」
「母も双子だけど、痣持ちで……」
そこで、エマーニーはすべてを悟る。この国では、男女の双生児は繁栄と幸福の啓示。けれどその裏には、たったひとつ例外が存在していた。
――全身に痣を持つ男女の双生児は、災難と衰退の凶兆である。
その昔、セントラ王国で疫病や干ばつ、害虫などの凶事が続いた頃、当時の国王が言い訳のように流した言伝え。何かしらの要因を作らねば、国民の不満を抑えることが出来なかった。
おそらく病の類だったのだろうが、全身に痣や斑点を持って産まれる子が多く、国王はこれ幸いとそこに目を付けた。そして男女の双生児という縛りを設け、それに該当する赤子を災いをもたらす忌み子として、一家もろとも迫害した。
そうして鬱憤の発散場所を設け、同時に救いも与えた。同じ男女の双生児でも、満月の夜に産まれた健康な子は祝福の啓示として国王直々に祝辞を送った。
この時代はそもそも、双子や三子が全員無事に出生する確率が極端に低く、それも好都合だった。
側から見れば鬼畜の策略だが、飢餓と混乱に陥った国民同士があちこちで殺し合いをしていた為、何かを犠牲にしなければ国自体が滅びかねない事態まで迫っていのだ。
エマーニーが助産婦となる随分前に国は安定し、痣持ちの双子が生まれることはなくなった。が、今思えばたとえそういった子が誕生したとしても、親が必死に隠していたのかもしれない。
彼女がこの話を聞いたのも、師である祖母から「絶対に他言するな」と念を押された上で、教訓として教えられただけ。まさか自分が実際に遭遇することになるとは、想像もしていなかった。
この時すでに助産婦長を担っていた彼女は、他の見習い達を先に返し、医師にさえ告げずその娘についていった。おそらく、その場で忌み子の言伝えを知っているのはエマーニーだけだっただろう。
先ほどまで光り輝いていた満月はいつの間にか分厚い雲に覆われ、今は一筋の明かりさえ溢れていない。エマーニーは胸騒ぎに襲われながらも、黙って娘の後を追った。
助産婦エマーニーにとって、その夜は生涯忘れられない。煌々と輝く満月と、エトワナ侯爵家に響き渡る元気な男女の産声。屋敷中が静かな歓声と幸福に包まれ、またひとつこの国に幸せが訪れたと、彼女自身も達成感に満ちていた。
屋敷の前で待ち伏せていた、一人の少女に声を掛けられるまでは。
「お願いします、どうか……!どうか私の母を、生まれてくる弟妹を助けてください!」
月明かりに照らされたその少女はくたびれたドレスを身に纏い、顔のあちこちに痣があった。それだけでも息を呑んだエマーニーだが、彼女はお構いなしに地面に頭を擦り付けた。
「どうか……、どうか……っ!」
風貌からして、末席の貴族かそこそこの商家の娘だろうか。いや、そんなことは今考えるべきではない。エマーニーはしゃがみ込み、その少女に目線を合わせた。
「私に何を手伝えというの?」
「母が産気づき、今にも赤ん坊が産まれそうなんです!」
「掛かりつけのお医者様がいらっしゃるはずでしょう?」
「それが……」
掠れたようなブルーの瞳に、悲しみの色が浮かぶ。
「誰にも診てもらうことが出来ないのです」
「それはなぜ?」
スラム街の悪人でもない限り、そんなことはあり得ないというのに。こんな寒空の下で子供が土下座までして、よほどの事情があるのだと娘を憐れに思った。
彼女は言いづらそうに口籠もっていたが、やがてぽつりと真実を明かす。
「……双子だろうって、母が」
「双子?それならなおさら大切にされるでしょうに」
「母も双子だけど、痣持ちで……」
そこで、エマーニーはすべてを悟る。この国では、男女の双生児は繁栄と幸福の啓示。けれどその裏には、たったひとつ例外が存在していた。
――全身に痣を持つ男女の双生児は、災難と衰退の凶兆である。
その昔、セントラ王国で疫病や干ばつ、害虫などの凶事が続いた頃、当時の国王が言い訳のように流した言伝え。何かしらの要因を作らねば、国民の不満を抑えることが出来なかった。
おそらく病の類だったのだろうが、全身に痣や斑点を持って産まれる子が多く、国王はこれ幸いとそこに目を付けた。そして男女の双生児という縛りを設け、それに該当する赤子を災いをもたらす忌み子として、一家もろとも迫害した。
そうして鬱憤の発散場所を設け、同時に救いも与えた。同じ男女の双生児でも、満月の夜に産まれた健康な子は祝福の啓示として国王直々に祝辞を送った。
この時代はそもそも、双子や三子が全員無事に出生する確率が極端に低く、それも好都合だった。
側から見れば鬼畜の策略だが、飢餓と混乱に陥った国民同士があちこちで殺し合いをしていた為、何かを犠牲にしなければ国自体が滅びかねない事態まで迫っていのだ。
エマーニーが助産婦となる随分前に国は安定し、痣持ちの双子が生まれることはなくなった。が、今思えばたとえそういった子が誕生したとしても、親が必死に隠していたのかもしれない。
彼女がこの話を聞いたのも、師である祖母から「絶対に他言するな」と念を押された上で、教訓として教えられただけ。まさか自分が実際に遭遇することになるとは、想像もしていなかった。
この時すでに助産婦長を担っていた彼女は、他の見習い達を先に返し、医師にさえ告げずその娘についていった。おそらく、その場で忌み子の言伝えを知っているのはエマーニーだけだっただろう。
先ほどまで光り輝いていた満月はいつの間にか分厚い雲に覆われ、今は一筋の明かりさえ溢れていない。エマーニーは胸騒ぎに襲われながらも、黙って娘の後を追った。
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