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第三章「仲間を増やそう大作戦」
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場をとりなすように軽く咳払いをして、レオニルは再び王子らしいきりりとした表情を浮かべる。
「とにかく、話を元に戻そうか」
「はい、大変失礼いたしました」
謝罪の言葉と共に目を伏せると、長い睫毛がゆらりと揺れる。姉を守るようにぴったりと寄り添っているぽっちゃり双子は、姉が勇気を出したことが嬉しくてにこにこと笑いながら頬を膨らませた。
「リリアンナお姉様、格好良かったよ!」
「さすがお姉様だわ!」
弟妹は姉を褒めちぎるが、先ほどやり取りの一体どこに格好良さがあったのかと、レオニルは首を傾げたくなる。だが目の前の三人は本当に幸せそうで、いつも無表情で紅茶を一杯だけ嗜んで帰るリリアンナからは想像もつかない。彼女の境遇を知っているレオニルは、ずっと無理をしていた婚約者の苦悩を気付けなかった自身を情けなく思った。
と同時に、羨ましいという感情がふつふつと湧き上がる。優秀な兄といつも比べられ、どんなに努力を重ねても誰からも褒められることなどなかった。
リリアンナと同様、レオニルもずっと自我を押し殺して生きてきたのだ。顔を合わせるたびに愛おしさが爆発しそうになるのを堪え、さも興味のない振りをしてきた。王子としての振る舞いももちろんだが、こんな気持ちを抱くことは許されないと、心の奥底に閉じ込め幾重にも鍵をかけた。
そのはずだったのに、突然素直になったリリアンナを見ていると、自身もそうしたいという欲望が抑えられなくなる。ただでさえ滅多に会えないのに、目の前でそんなにも嬉しそうな笑顔を見せられたら――。
「私達も大好きよ!」
ケイティベルがそう言ってリリアンナに抱きついたその瞬間、とうとうレオニルのタガが外れた。錆びついた鍵は粉々に砕け散り、本当の感情が勢いよく飛び出す。「もうだめだ我慢出来ない!可愛い!可愛いが過ぎる!!この世の何よりも可愛くて仕方ない!!」
まるでデジャヴでも見ているかのように、彼は魂の雄叫びを上げる。その視線の先に映っているのは婚約者リリアンナではなく、その妹ケイティベルだった。
「レ、レオニル殿下……?」
瞳孔は開き鼻の穴は膨らみ、見目麗しい完璧王子の面影はどこか遠くへ消え去っている。ふぅふぅと肩で息をしながら、レオニルは完全に我を失っていた。
「ずっとずっと思っていたんだ。ふっくらした頬と柔らかそうな手、可愛らしい唇から紡がれる声はまるで小鳥の囀りで、永遠に聞いていたくなる。満開の花のような笑顔は、見ているだけでその場の人間を幸せにする。晴天の空に良く似た瞳は澄んでいて、もしも見つめられたら体が浄化して溶けてしまうのではと思うほど……」
「お、お待ちください殿下!」
止めなければ止まりそうにないので、リリアンナは慌てて彼の言葉を遮った。まさか自分とそっくりの人間がいるなど想像もしておらず、驚きと共に「私ってこんな風に見えていたのね」と、思わず己を顧みて反省した。
「お気持ちは痛いほどよく分かります」
「あ、ああ。ありがとう……」
「ですが、まずは深呼吸を。私の大切な弟妹が非常に困惑しておりますので」
リリアンナに指摘され始めて、ケイティベルの瞳が怯えたように揺れていることに気が付く。レオニルはその場に膝を突き、がっくりと肩を落として項垂れた。
「本当に申し訳ない。十近く歳が上の男に好意を持たれるなど、気味が悪い以外の何者でもないだろうに」
「あ、あの。私は別に……」
「望むなら、今すぐこの場で腹を斬ってケジメをつけても……」
「そ、それは結構です!」
瞳孔の開いた彼の視線が壁に掛かった剣に向いていたのに気付いたリリアンナが、慌てて止めに入る。どうやらレオニルは自分とまったく同じ人種であると、非常に信じ難い事実に戸惑いを隠せない。
こんなにも長い間婚約者として過ごしてきたのに、互いについて何も知らなかったのだと、改めてそう思う。リリアンナが命よりも弟妹を大切に思っていることも、レオニルがケイティベルを可愛いと思っていることも、本人以外は誰も気付かなかった。
どちらも鉄仮面の下に拗らせた愛情を隠している、少々危ない人物である。
「とにかく、話を元に戻そうか」
「はい、大変失礼いたしました」
謝罪の言葉と共に目を伏せると、長い睫毛がゆらりと揺れる。姉を守るようにぴったりと寄り添っているぽっちゃり双子は、姉が勇気を出したことが嬉しくてにこにこと笑いながら頬を膨らませた。
「リリアンナお姉様、格好良かったよ!」
「さすがお姉様だわ!」
弟妹は姉を褒めちぎるが、先ほどやり取りの一体どこに格好良さがあったのかと、レオニルは首を傾げたくなる。だが目の前の三人は本当に幸せそうで、いつも無表情で紅茶を一杯だけ嗜んで帰るリリアンナからは想像もつかない。彼女の境遇を知っているレオニルは、ずっと無理をしていた婚約者の苦悩を気付けなかった自身を情けなく思った。
と同時に、羨ましいという感情がふつふつと湧き上がる。優秀な兄といつも比べられ、どんなに努力を重ねても誰からも褒められることなどなかった。
リリアンナと同様、レオニルもずっと自我を押し殺して生きてきたのだ。顔を合わせるたびに愛おしさが爆発しそうになるのを堪え、さも興味のない振りをしてきた。王子としての振る舞いももちろんだが、こんな気持ちを抱くことは許されないと、心の奥底に閉じ込め幾重にも鍵をかけた。
そのはずだったのに、突然素直になったリリアンナを見ていると、自身もそうしたいという欲望が抑えられなくなる。ただでさえ滅多に会えないのに、目の前でそんなにも嬉しそうな笑顔を見せられたら――。
「私達も大好きよ!」
ケイティベルがそう言ってリリアンナに抱きついたその瞬間、とうとうレオニルのタガが外れた。錆びついた鍵は粉々に砕け散り、本当の感情が勢いよく飛び出す。「もうだめだ我慢出来ない!可愛い!可愛いが過ぎる!!この世の何よりも可愛くて仕方ない!!」
まるでデジャヴでも見ているかのように、彼は魂の雄叫びを上げる。その視線の先に映っているのは婚約者リリアンナではなく、その妹ケイティベルだった。
「レ、レオニル殿下……?」
瞳孔は開き鼻の穴は膨らみ、見目麗しい完璧王子の面影はどこか遠くへ消え去っている。ふぅふぅと肩で息をしながら、レオニルは完全に我を失っていた。
「ずっとずっと思っていたんだ。ふっくらした頬と柔らかそうな手、可愛らしい唇から紡がれる声はまるで小鳥の囀りで、永遠に聞いていたくなる。満開の花のような笑顔は、見ているだけでその場の人間を幸せにする。晴天の空に良く似た瞳は澄んでいて、もしも見つめられたら体が浄化して溶けてしまうのではと思うほど……」
「お、お待ちください殿下!」
止めなければ止まりそうにないので、リリアンナは慌てて彼の言葉を遮った。まさか自分とそっくりの人間がいるなど想像もしておらず、驚きと共に「私ってこんな風に見えていたのね」と、思わず己を顧みて反省した。
「お気持ちは痛いほどよく分かります」
「あ、ああ。ありがとう……」
「ですが、まずは深呼吸を。私の大切な弟妹が非常に困惑しておりますので」
リリアンナに指摘され始めて、ケイティベルの瞳が怯えたように揺れていることに気が付く。レオニルはその場に膝を突き、がっくりと肩を落として項垂れた。
「本当に申し訳ない。十近く歳が上の男に好意を持たれるなど、気味が悪い以外の何者でもないだろうに」
「あ、あの。私は別に……」
「望むなら、今すぐこの場で腹を斬ってケジメをつけても……」
「そ、それは結構です!」
瞳孔の開いた彼の視線が壁に掛かった剣に向いていたのに気付いたリリアンナが、慌てて止めに入る。どうやらレオニルは自分とまったく同じ人種であると、非常に信じ難い事実に戸惑いを隠せない。
こんなにも長い間婚約者として過ごしてきたのに、互いについて何も知らなかったのだと、改めてそう思う。リリアンナが命よりも弟妹を大切に思っていることも、レオニルがケイティベルを可愛いと思っていることも、本人以外は誰も気付かなかった。
どちらも鉄仮面の下に拗らせた愛情を隠している、少々危ない人物である。
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