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第一章「愛されぽっちゃり双子と悪役令嬢の姉」
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「うわぁ、リリアンナお姉様だ!」
素直なルシフォードは、素直に反応する。ケイティベルも弟と同じように、手に持っていた花冠をぽとりと落とした。
「どうしてお姉様が、わざわざ私達を呼びに来るの?」
「そうだよ!ここはお姉様の部屋から遠いのに」
見たところ、リリアンナが乗ってきたと思しき馬車は見当たらない。まさかドレスにヒール姿で歩いてやって来たのかと、双子は顔を見合わせる。
二人の反応を見ても、リリアンナの顔色は寸分も変わらない。どうせいい顔をされないという予想はついていたが、それでも内心は怯えたような視線がグサグサと彼女の心を貫いていた。
「仕方ないわ。たまたま手の空いている者がいなかったから。私は常に忙しい身だけれど、本当に偶然時間が空いていたの」
彼女が瞬きを繰り返すのは、嘘を吐く時の癖。長く密度の高い睫毛がばさばさと上下に動くだけで、どうしてだか威圧的に見えてしまう。特に、まだ十にもならない子どもにとっては。
「じゃあ、馬車を使っていないのはどうして?」
「それも、偶然よ。近くにいたから、乗る必要がなかっただけ」
本当はただ、早く二人の顔が見たくて思わず駆け出しただけの話。道すがら「馬車を使った方が早く会えた」と気付いても、引き返すことも躊躇われたので、結局そのまま全力疾走した。
――だって、何か口実でもなければ話す機会なんてないんだもの。
リリアンナは心の中で真実を吐露するが、それは誰にも伝わらない。
「でも、お母様はお屋敷の中にいるよね?偶然声を掛けられたなら、お姉様もそこにいたんじゃないの?」
「確かに、ルーシーの言う通りだわ」
意外と鋭い推理に、内心冷や汗を掻くリリアンナ。これ以上上手い言い訳が思いつかなかったので、適当に咳払いをしてその場を誤魔化すことにした。
「どこにいようが、私は用を済ませたわ。それが事実なのだから、余計な詮索はやめてちょうだい」
口にした後、すぐに後悔する。図星を突かれて焦ったからと、冷たい言い草をしてしまったと。案の定二人はびくりと肩を震わせ、口をつぐんで俯く。
リリアンナの声は女性にしてはハスキーで、それも彼女がキツく感じる一因となっている。身長も高く、手足もすらりと長い。常にまっすぐ伸びた背筋とやや痩せ気味の体は、こと貴族男性からはマイナス要素として捉えられていた。彼女の隣に立つと、大抵の男は引き立て役になってしまうから。
「やっぱり、お姉様って怖いや」
「ルーシー、口に出ちゃってるわよ!」
「えっ、嘘!心の中で言ったつもりだったのに!」
慌てて口元を押さえる様子が可愛らしく、つい笑いそうになったリリアンナは必死に堪えようと頬に力を入れる。その表情が、ルシフォードにとっては怒っているようにしか見えなかった。
「ごめんなさい、お姉様。ルーシーを怒らないであげて」
「別に謝る必要はないでしょう」
大きな空色の瞳いっぱいに涙を溜めて、うるうると自分を見つめる妹の可愛さに、リリアンナは内心悶絶している。なんとか気分を紛らわそうと、彼女はケイティベルの耳元に挿されている花に目を止めた。
「それ、萎れているわね。別の花に変えたら?」
「えっ?でもこれは……」
「貴女には相応しくないように見えるわ」
抑揚のない声色で放ったその台詞の真意は「可愛い貴女にはもっと美しい花が似合う」というものだったが、幼い二人がそれを汲み取れるはずがない。一番目立つ花を自らの手で彼女にプレゼントしたくて堪らなかった。
ルシフォードはそんなリリアンナの言葉に傷付き、ぎゅっと唇を噛み締める。萎れていると分かっていてあの花を選んだのは、元気がなくて可哀想だと思ったから。
彼は彼なりに、ちゃんとした想いがあってのことだったのだが、今しがた姿を現したばかりのリリアンナがそれを知るはずもない。
今にも泣き出しそうなルシフォードに気付いた彼女は、長い睫毛をばさばさと上下させながら大いに動揺した。
素直なルシフォードは、素直に反応する。ケイティベルも弟と同じように、手に持っていた花冠をぽとりと落とした。
「どうしてお姉様が、わざわざ私達を呼びに来るの?」
「そうだよ!ここはお姉様の部屋から遠いのに」
見たところ、リリアンナが乗ってきたと思しき馬車は見当たらない。まさかドレスにヒール姿で歩いてやって来たのかと、双子は顔を見合わせる。
二人の反応を見ても、リリアンナの顔色は寸分も変わらない。どうせいい顔をされないという予想はついていたが、それでも内心は怯えたような視線がグサグサと彼女の心を貫いていた。
「仕方ないわ。たまたま手の空いている者がいなかったから。私は常に忙しい身だけれど、本当に偶然時間が空いていたの」
彼女が瞬きを繰り返すのは、嘘を吐く時の癖。長く密度の高い睫毛がばさばさと上下に動くだけで、どうしてだか威圧的に見えてしまう。特に、まだ十にもならない子どもにとっては。
「じゃあ、馬車を使っていないのはどうして?」
「それも、偶然よ。近くにいたから、乗る必要がなかっただけ」
本当はただ、早く二人の顔が見たくて思わず駆け出しただけの話。道すがら「馬車を使った方が早く会えた」と気付いても、引き返すことも躊躇われたので、結局そのまま全力疾走した。
――だって、何か口実でもなければ話す機会なんてないんだもの。
リリアンナは心の中で真実を吐露するが、それは誰にも伝わらない。
「でも、お母様はお屋敷の中にいるよね?偶然声を掛けられたなら、お姉様もそこにいたんじゃないの?」
「確かに、ルーシーの言う通りだわ」
意外と鋭い推理に、内心冷や汗を掻くリリアンナ。これ以上上手い言い訳が思いつかなかったので、適当に咳払いをしてその場を誤魔化すことにした。
「どこにいようが、私は用を済ませたわ。それが事実なのだから、余計な詮索はやめてちょうだい」
口にした後、すぐに後悔する。図星を突かれて焦ったからと、冷たい言い草をしてしまったと。案の定二人はびくりと肩を震わせ、口をつぐんで俯く。
リリアンナの声は女性にしてはハスキーで、それも彼女がキツく感じる一因となっている。身長も高く、手足もすらりと長い。常にまっすぐ伸びた背筋とやや痩せ気味の体は、こと貴族男性からはマイナス要素として捉えられていた。彼女の隣に立つと、大抵の男は引き立て役になってしまうから。
「やっぱり、お姉様って怖いや」
「ルーシー、口に出ちゃってるわよ!」
「えっ、嘘!心の中で言ったつもりだったのに!」
慌てて口元を押さえる様子が可愛らしく、つい笑いそうになったリリアンナは必死に堪えようと頬に力を入れる。その表情が、ルシフォードにとっては怒っているようにしか見えなかった。
「ごめんなさい、お姉様。ルーシーを怒らないであげて」
「別に謝る必要はないでしょう」
大きな空色の瞳いっぱいに涙を溜めて、うるうると自分を見つめる妹の可愛さに、リリアンナは内心悶絶している。なんとか気分を紛らわそうと、彼女はケイティベルの耳元に挿されている花に目を止めた。
「それ、萎れているわね。別の花に変えたら?」
「えっ?でもこれは……」
「貴女には相応しくないように見えるわ」
抑揚のない声色で放ったその台詞の真意は「可愛い貴女にはもっと美しい花が似合う」というものだったが、幼い二人がそれを汲み取れるはずがない。一番目立つ花を自らの手で彼女にプレゼントしたくて堪らなかった。
ルシフォードはそんなリリアンナの言葉に傷付き、ぎゅっと唇を噛み締める。萎れていると分かっていてあの花を選んだのは、元気がなくて可哀想だと思ったから。
彼は彼なりに、ちゃんとした想いがあってのことだったのだが、今しがた姿を現したばかりのリリアンナがそれを知るはずもない。
今にも泣き出しそうなルシフォードに気付いた彼女は、長い睫毛をばさばさと上下させながら大いに動揺した。
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