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LAST.EP「道しるべ」
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ーー
美空とその旦那さんである五十嵐先輩が、二人で家に夕飯を食べにやってきた。
五十嵐先輩はサッカー部時代から美空に対して過保護だったけれど、今日はそれが特に顕著だ。
「そこ!ドアがあるから!」
「言われなくても見えてるし」
「危ないからもっとゆっくり歩いて!」
「煩いなぁもう」
百八十センチは有に超えているであろう五十嵐先輩が、美空に合わせて背筋を丸めしきりに彼女を気遣っている。
美空はそれに対して鬱陶しそうな態度を取りながらも、彼女自身もまるで宝物を隠しているかのように腹部に手を当てていた。
私よりもずっとほっそりとした骨格でスタイルもいい美空の、ほんのり丸く膨らんだ下腹。私はつい、気が付けば視線をそこにやっていた。
「本当におめでとう」
四人でノンアルコールカクテルが注がれたグラスを合わせ、蒼と私は笑顔で口にする。五十嵐先輩は喜びを隠すことなく破顔しているが、美空に至っては笑顔の中にどこか複雑な想いが混ざっているように見える。
五十嵐夫妻は男性側の不妊で、手術も受けている。数年前は美空も不安定な状態にあり、よく自宅に行き話を聞いていた。
五十嵐先輩の母親、つまりは彼女の義母が陰で美空を責めるらしく、その所為もあり一時期追い詰められていた。
美空は気が強いように見えて、意外と繊細だ。家族を大切にしている五十嵐先輩には、あまり愚痴をこぼせなかったのだろう。
焦っても仕方がないと悟ったのか、最近はもう塞ぐことはなくなったように感じていた。
「ありがとう。お前らには感謝してるよ」
「俺達は何も。お二人が幸せそうで、本当に良かったです」
「ああ、もう人生でこんなに嬉しかったのは美空と付き合えた時とプロポーズをオッケーしてもらえた時以来だよ」
「やめてよ、恥ずかしい」
美空は安定期に入るまで、私を含め両親にさえ話さなかった。彼女がこれまでどれだけ、葛藤してきたのか。それを思うと、私の胸は罪悪感で押し潰されそうになっていた。
私も出来にくい体質だと、嘘を吐いていたからだ。
(慣れきってたんだな…)
つくづく、自分がどれだけ利己的な性分であったのかと実感する。
祝いの席で暗い顔など見せてはいけないと、美空を気遣いながら私は精いっぱいの笑顔を繕った。
「茜、これ」
キッチンに立つ私に、美空が空いた皿を運んでくる。私はすぐにそれを受け取り、隅に置いてあるスツールを薦めた。
「体調は平気?」
「うん。つわりもなくて、怖いくらい」
やはり、彼女の笑顔には影が見える。私は作業の手を止め、美空の側に寄った。
「こんなこと言うのはよくないかもしれないけど、やっぱり不安?」
「…正直、かなり」
美空の視線の動かし方から、彼女が発言をためらっているのが窺える。
「痛い思いして手術したのは、私じゃなくて陽一だから。私のせいでそれを台無しにしたら、どうしようって。考えすぎだって分かってるけど、怖いんだ…」
「美空…」
しきりに腹部を撫でる彼女は、私の目からは既にしっかりと母親の表情に見えた。
大切な人との間に出来た大切な我が子を案じる、母親の顔。
「無責任なことは言えないけど、五十嵐先輩と美空なら心配いらないと思う」
「…茜」
「うん、そうだよ。二人なら大丈夫だよ」
美空の掌越しに、私もそこにそっと手を当てる。瞬間目の前にふわりと灯りが灯ったような、不思議な感覚に襲われた。
「茜に言われると、ホントにそんな気がする」
「あんまりいいこと言えないけど」
「充分だよ。ありがとう茜」
涙を堪えるような微笑み方に、鼻の奥が痛む。彼女が無事に出産を終えたら、きっと真実を話そうと心に決め、私はこくりと頷いた。
美空とその旦那さんである五十嵐先輩が、二人で家に夕飯を食べにやってきた。
五十嵐先輩はサッカー部時代から美空に対して過保護だったけれど、今日はそれが特に顕著だ。
「そこ!ドアがあるから!」
「言われなくても見えてるし」
「危ないからもっとゆっくり歩いて!」
「煩いなぁもう」
百八十センチは有に超えているであろう五十嵐先輩が、美空に合わせて背筋を丸めしきりに彼女を気遣っている。
美空はそれに対して鬱陶しそうな態度を取りながらも、彼女自身もまるで宝物を隠しているかのように腹部に手を当てていた。
私よりもずっとほっそりとした骨格でスタイルもいい美空の、ほんのり丸く膨らんだ下腹。私はつい、気が付けば視線をそこにやっていた。
「本当におめでとう」
四人でノンアルコールカクテルが注がれたグラスを合わせ、蒼と私は笑顔で口にする。五十嵐先輩は喜びを隠すことなく破顔しているが、美空に至っては笑顔の中にどこか複雑な想いが混ざっているように見える。
五十嵐夫妻は男性側の不妊で、手術も受けている。数年前は美空も不安定な状態にあり、よく自宅に行き話を聞いていた。
五十嵐先輩の母親、つまりは彼女の義母が陰で美空を責めるらしく、その所為もあり一時期追い詰められていた。
美空は気が強いように見えて、意外と繊細だ。家族を大切にしている五十嵐先輩には、あまり愚痴をこぼせなかったのだろう。
焦っても仕方がないと悟ったのか、最近はもう塞ぐことはなくなったように感じていた。
「ありがとう。お前らには感謝してるよ」
「俺達は何も。お二人が幸せそうで、本当に良かったです」
「ああ、もう人生でこんなに嬉しかったのは美空と付き合えた時とプロポーズをオッケーしてもらえた時以来だよ」
「やめてよ、恥ずかしい」
美空は安定期に入るまで、私を含め両親にさえ話さなかった。彼女がこれまでどれだけ、葛藤してきたのか。それを思うと、私の胸は罪悪感で押し潰されそうになっていた。
私も出来にくい体質だと、嘘を吐いていたからだ。
(慣れきってたんだな…)
つくづく、自分がどれだけ利己的な性分であったのかと実感する。
祝いの席で暗い顔など見せてはいけないと、美空を気遣いながら私は精いっぱいの笑顔を繕った。
「茜、これ」
キッチンに立つ私に、美空が空いた皿を運んでくる。私はすぐにそれを受け取り、隅に置いてあるスツールを薦めた。
「体調は平気?」
「うん。つわりもなくて、怖いくらい」
やはり、彼女の笑顔には影が見える。私は作業の手を止め、美空の側に寄った。
「こんなこと言うのはよくないかもしれないけど、やっぱり不安?」
「…正直、かなり」
美空の視線の動かし方から、彼女が発言をためらっているのが窺える。
「痛い思いして手術したのは、私じゃなくて陽一だから。私のせいでそれを台無しにしたら、どうしようって。考えすぎだって分かってるけど、怖いんだ…」
「美空…」
しきりに腹部を撫でる彼女は、私の目からは既にしっかりと母親の表情に見えた。
大切な人との間に出来た大切な我が子を案じる、母親の顔。
「無責任なことは言えないけど、五十嵐先輩と美空なら心配いらないと思う」
「…茜」
「うん、そうだよ。二人なら大丈夫だよ」
美空の掌越しに、私もそこにそっと手を当てる。瞬間目の前にふわりと灯りが灯ったような、不思議な感覚に襲われた。
「茜に言われると、ホントにそんな気がする」
「あんまりいいこと言えないけど」
「充分だよ。ありがとう茜」
涙を堪えるような微笑み方に、鼻の奥が痛む。彼女が無事に出産を終えたら、きっと真実を話そうと心に決め、私はこくりと頷いた。
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