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EP.5「三年前、茜の過ち」

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あの時の私は、とても追い詰められていたのだと思う。だからといって、決して許されることではないけれど。

どうしても、彼を失いたくなかった。

失うくらいならば、彼の望むことをさせてあげた方が百倍マシだと、そう考えてしまったのだ。

それが後にどれだけ自身の首を締めることにあるなるのか、考えもせずに。




ーー

「妻よりも先に、三笹さんに出逢っていればどれだけ幸せだったか。何をしていても、君の顔が頭から離れないんだ」
「…すみません。私はそのお気持ちには」
「分かってる、君にも僕にも立場があるってこと」

三年前の夏、私はある人に少々困っていた。その人は中村という名前で、私の担当する老舗和菓子屋「虎ノ屋」の担当営業。何故だか突然私を好きだと言ってきたのだ。

特別な感情を持って接したことなど一度もないが、取引先に対して丁寧な応対を心がけるのは極当然のこと。誤解されるような行動を取ったつもりはなかったけれど、彼はそう捉えてしまったらしい。

年に二度程この「虎ノ屋」で研修のようなものがあり、私はもうそれに何度も出席していた。その時は他の百貨店などからも販売員が研修に来ていて、私や中村さんを含め親睦会のようなものが毎回開催されていた。

そこで確か中村さんが体調を崩したことがあり、たまたま側に座っていた私が彼を介抱したような記憶がある。と言っても、大したことはしていない。

けれど彼は、それがきっかけで私に好意を寄せるようになったと言っていた。ただ常識的な行動を取っただけなのに、非常に迷惑な話だ。

食品部の部長に相談しようかとも思ったけれど、どんな風に伝えればいいのか分からなかったし、それに、老舗百貨店で「虎ノ屋」が入っているというのは一種のステータスのようなもの。万が一私のせいで拗れ撤退される、などという事態が起こっては責任が取れない。

そんな気持ちもあって、私は板挟みに陥っていたのだ。

「こんな時間に電話をかけるのはやめてください」
「だけど出てくれた」
「それは」

プライベートの携帯からだと私が出ないから、わざわざ会社の固定電話を使いかけてくる。仕事のことかもしれないと思うと、無視もできない。

というよりも、こんな風に言い寄られた経験のない私は、あまり深く考えていなかったという落ち度も確かにあった。どうせすぐに飽きるだろうと。

そしてその読みは当たり、三ヶ月もすれば彼からの連絡はぴたりと止んだ。

この時は会社に報告しなくてよかったと、心底思ったものだ。

この件で「虎ノ屋」との関係がどうこうというのもなかったし、思い返す程のことでもないのだけれど、ちょうど同時期に起こった出来事のせいで、セットで思い出すようになってしまった。

蒼の様子が、おかしくなったのだ。
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