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異世界で奴隷を買いました

13.血の契約

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「本当に気が強いな……」

 奴隷商は呆れたように言うと、懐を探って薄汚れた紙を取り出した。日本で見たような白く薄い紙はこちらでは高価らしく、茶色くてごわついたものだ。巻物のようにまるめられていたそれを広げると私へと手渡してくる。

「これが契約書だ。ほら、お嬢さん。ナイフは持っているか?」
「へ? ナイフ?」
「奴隷を買うときの契約をしないといけないんだよ。血の誓約で縛っておかないと、奴隷が反逆するかもしれないだろう? だから契約書に血を垂らして彼がニーナの持ち物だって彼の魂に鎖をかけるんだ」

 血の契約。契約書に血を垂らすって……そんなんで言うことを聞かせるようにするの? 魂に鎖をかけるってどういうこと? まったく理解できなくて固まっていると、ルドが鞄から小ぶりなナイフを取り出した。

「ニーナ。これ使って」
「え、っと、それってやらないと駄目なの?」

 できたらそんな怖いことしたくないんだけど……。やや腰が引けている私に、ルドは神妙な顔をして頷いた。

「獣人奴隷に血の誓約をしなかったら、一瞬で食い殺されて終わりだよ」
「うう……分かった……」

 食い殺されてしまうのは嫌だ。まぁ奴隷っていう立場の人を、私みたいに非力な人間が買ったとなったら、なにかしら契約をしておかないと逃げられてしまうだろう。理解しきれていないことをするのは嫌だったけど、言われるがままにナイフを手に取って指の先に滑らせる。

 つぅ、と一筋赤い線が走る。ぷくりと血が指の先端に溜まり、そして契約書へと落ちていく。
 そしてその血が紙に染みこんだと思った瞬間、道に倒れ伏していた青年の体がびくんと大きく跳ねた。

「ふ、ぐ……ぅう、あ゙!」
「……!?」

 痙攣するようにびくりびくりと何度も跳ねて、口からは苦しそうなうめき声が漏れる。驚いて地面に膝を付き、彼の体に触れると驚くほど熱い。

「え、ちょっと大丈夫!?」

 どうしよう。痙攣? さっきの契約のせい? それとも殴られすぎたせい? 分からなくて彼の痛そうな声が可哀そうでたまらない。だけど傍で見ていた奴隷商はいたって落ち着いていて、フンと鼻を鳴らした。

「契約が完了したな。これでこいつはお嬢さんに絶対に危害は加えられないし、命令に逆らったら心臓に痛みが走る。まぁあんまりウスノロだったら鞭打って調教してくれ。鞭も売ってやろうか?」
「いりません!」

 そんなのいるわけないじゃない!
 憤慨しながら奴隷商を睨みつけるけど、彼は面白そうに笑うだけだった。ひらひらと手を振りながら奴隷商が立ち去って、私とルドと青年だけが取り残される。生まれてはじめての恐怖にさっきからずっと心臓がどきどきしていたけど、暴力的な男がいなくなって少し落ち着いてきた。

「あの、大丈夫ですか?」

 話しかけるけれど返事はない。まだ気絶しているのかも。背中の傷にさっきのうめき声。それにおそらく今まで積み重なってきたであろう暴力の数々。

「ルド。ここら辺にお医者さんって……」
「奴隷を診てくれるところなんてないよ」
「そうよねぇ……そんな気がしてたわ」
 
 この世界では奴隷は人間扱いされていないみたいだし、そんな人を受け入れてくれる病院なんてないよね。分かっていたけど、ため息をつきたくなる。

「じゃあルド、申し訳ないんだけど、この人を宿まで運んでくれない?」
「……ニーナが言うなら」

 私がお願いすると、ルドは一瞬顔を顰めて。だけどゆっくりと頷くと、気絶した青年を担ぎ上げてくれた。

 そうして私はこの世界で、奴隷を買い取ってしまったのだ。



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