【美醜逆転】助けた奴隷は獣人の王子でした

のらすて

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異世界で奴隷を買いました

10. ちょろい商売と、アルバートの影

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 そう。私はここには長居できない。

 ルドもイーディーも奥さんもすごく優しいし、今の仕事はめちゃくちゃ簡単で良い待遇だと思う。イーディーの奥さんに紹介してもらった宿も、日本との違いに戸惑うことはあるけどそれほど悪くない。私の容姿を馬鹿にする人もいなければ、辛くて泣きたくなるような仕事もない。なんなら、ここならイケメンと結婚することだってできちゃうんじゃ……なんて考えたこともある。

 だけど、現実問題、ずっとこの場所に留まることは難しいのだ。
 日本とは違ってスマホもネットもない世界だけど、それでも戸籍も身分証明書もなくて一般常識がない私は怪しすぎる。イーディーと一緒に貴族の家を回っていた時は黙っていることが「神秘的」なんて言われてたけど、もし軍人に尋問されたら。いくら顔がいいって言っても牢屋行きな気がする。私の世間知らずっぷりをイーディーもルドも最初は笑っていたけれど、最近は少し訝しく思っているみたいだし。
 まぁ、お金も見たことない、水の出し方も火の起こし方も知らない、トイレすら使い方分からない。どこの村の出身か聞かれても濁す、じゃあ不審に思って当然だろう。できるだけ普通を装ってたんだけどなぁ……。記憶喪失とか言っておけば良かったと少し後悔した。

「ニーナ? 大丈夫か?」
「あ、うん。なんでもない」

 うんうん唸っているとルドが心配そうにこちらを覗き込んでいた。なんでもないよと手を振ると、心配そうな表情をひっこめてまた赤面に戻る。忙しいわねルド。

「そろそろ陽が落ちる。送っていくよ」
「ありがとう」

 まだ銀貨を数えているイーディーを置いて、ルドが椅子から立ち上がる。それに付いて私も重いお尻を椅子から引き剥がした。
 この世界ってこういうところは不便よね。家まで帰るのに遠くても徒歩だし、日が暮れたら女性は危なくて一人歩きができない。馬車を呼ぶとなっても電話がないから人伝に頼まないとだし、時間通りになんて来ないし。

「お金、この中に入れて。これはニーナにあげるから」
「え、いいの? ありがとう」
「ニーナのおかげで俺の給料も上がったしね。お返し」
 
 ルドが手渡してくれたのは肩から下げるタイプの大きな袋だった。オシャレとは言い難いけど頑丈そうで沢山物が入る。有難く受け取ってさっそく銀貨の入った袋をしまい、その上からローブを羽織った。

 ここだとお金は持ち歩かないといけないものね。年収より大金が入った袋と思うとなんだか重たい。どうかスリに遭いませんようにとこっそり願いながら、私とルドは店を後にした。










 夕日が土壁に反射して、まるで街全体が淡く光っているような時間帯。街を歩く人々は誰もが彫りの深い美男美女で、土埃を避けるためのローブを纏っている。時折子供の鳴き声や馬のひづめの音、聞いたこともない楽器を奏でる音がどこからともなく風に乗ってやってくる。

 徒歩だとか不便だとか散々さっきは文句を言ったけど、その光景はエキゾチックで息を飲むほど美しい。これがただの旅行で、異世界に迷い込んだみたい~とか言っていられたら良かったんだけどな。

 辺りをきょろきょろと見回しながらルドの後を付いて歩いていると、不意に彼が立ち止まった。

「ニーナ……、こっちの道を通ろう」
「え? どうしたの?」

 す、と音もなく脇道に逸れるルド。その後を小走りで追っていくと、彼は声を落として囁いた。

「……アルバート様がいる」
「え、アルバートが?」

 大通りの方をちらりと向いてみる。気が付かなかったけど、そう言えば少し先の方になにやら馬に乗った男たちがうろうろしているのが見えた。

「ああ。ニーナ、最近あちこちの貴族の館に出入りしているだろう。ひっそりとだけど噂になっているみたいだ。とんでもない美人が宝石を売っていて、その美人から買うと幸せになれるって」
「はぁ?」
「しっ」

 幸せになれる? なに言ってるの。そんなわけないじゃない。
 思わず大きな声をあげると、ルドが慌てたように指を口の前で立てた。

「ごめん。でもなにそれ……適当な噂じゃない」
「噂の内容はともかく、それでアルバート様がその美人の名前がニーナじゃないかって聞いて回っているみたいだ」
「げぇ」

 アルバート、まだ私のこと誘拐しようと思ってたの? こんな女捕まえても内蔵なんて高く売れないと思うんだけど。私がそう思っていると、ルドが困ったように眉根を寄せた。
 
「近くにいることがバレるとまずいかもしれない。アルバート様……ニーナの運命の人だって言って回ってるから」
「は? 運命!? 何言ってん……」
「こら、ニーナ、しーっ!」

 運命の人? リアルで誰かが口にしたの初めて聞いたかもしれない。それくらい私には縁のない言葉だし寒々しい。思わず拒否反応から大声を出そうとすると、ルドが慌てて私の口を塞いできた。
 そして一瞬の後、はたと我に返ったように赤面して二歩くらい飛び退いた。
  
「ご、ごめん。でも静かに」
「……いえ、こっちこそごめんなさい」

 気まずい沈黙が落ちる。
 おそらく女の子に触り慣れていないルド。そして同じく男の人なんて触ったことのない私。双方固まってじわりと嫌な汗が垂れる。そこで先にまるでロボットのようにぎこちなく動いたのはルドの方だった。

「行こうか。こっちの道、あまり治安が良くないから使ってなかったんだけど……俺が付いてるから大丈夫だと思う」
「そ、そうね……見つかっても困るし、行きましょうか……」

 微妙に視線をずらしたままぎくしゃくと足を進める。そうして怪しい動きをするルドと私は、大通りとは違った薄暗く細長い道へと足を踏み入れた。

 





※次話でようやくヒーローでます。
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