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異世界で奴隷を買いました
8. 宝石商イーディー
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陽の光が差し込んではいるけれどやや薄暗い店内で、私はクッションの敷かれた質素な椅子に腰かけていた。
ついになる質素なテーブルの上には、温かく湯気を立てる薄緑色の飲み物。濃い緑茶のような色だけど匂いは甘ったるい。恐る恐る口にすると、喉の渇きを思い出して一気に飲み干してしまった。おいしい。
「……なるほど、田舎から出てきたらアルバート様にねぇ。大変だったねぇ」
私の前で頬に手を当てて憐れんだような声を出したのは、店主のイーディーさんの奥さんだ。私よりも少し年上くらいだろうか。豊かな巻き毛の茶髪に高い鼻。目元だけはややすっきりとした切れ長ももので美人だと思うけど……こちらの感覚だとどうなんだろう。
「まぁあんたの容姿ならそうなるだろうな」
「そうねぇ。これだけ美人さんですもの。どんな大富豪からだって求婚されちゃうわ」
「いや、そんなことは……」
ほぅ、とこちらの顔を見て感嘆のため息のようなものを吐かれ、なんだかお尻がもぞもぞしてしまう。だいたいこんな美男美女に囲まれていること自体が私には居心地悪いことこの上ない。なのにさらにその中で美人扱いだなんて。引きつった笑顔しか返せなくて顔を痙攣させていると、隣で黙って聞いていたルドが口を開いた。
「ニーナはとても謙虚なんだ」
いやいや。謙虚ではない。ただ適応できていないだけです。首を横に振るけど、それにも生暖かい視線を向けられた。
「ニーナを見ていた俺を、アルバート様が𠮟責したんだ。だけど気にしないと庇ってくれた。……まるで女神のようだった」
「めが……!? いやいや、本当に全然大したことはしてないです!」
待って。女神って、それはいくら何でも恥ずかしすぎる。慌ててルドの口を抑えようとルドはうっとりとしていて、心ここにあらずというった顔をしている。やめてよ。本当に困ってしまう。
ひぃひぃ言いながら顔を赤くしている私を見て、イーディーさんがゆっくりと口を開いた。
「なの、その……ニーナは行くところがないんだっけ?」
「あ、はい。その……知り合いと会う予定だったんですけど、……その、難しそうで」
「それだったら、俺たちの商品の販売をしてくれないか? その代わりに住む場所も給料も用意する」
「というと、宝石の販売ですか? 私、販売の経験も宝石の知識も全然ないんですが……」
販売。彼の言葉を聞いて、私はぴたりと動きを止めた。
今までの人生、陰気で地味なのでサービス業には絶対に向いていないと確信していた。だから事務員を選んだんだし、なんならアパレルとかの販売員は店員さんでも苦手だ。しかも、食べ物とかの販売ならまだしも宝石。
今夜の宿すら困っていたから有難い申し出だけど不安になる。
するとイーディーさんは「大丈夫だ」とにやりと笑った。
「この街には商人ギルドがある。そこに入るには多額の入会金がいるんだが、俺たちはそれが用意できていない。だからこんな奥まったところにしか店を構えられないんだ」
「商人ギルド……ですか?」
「ああ。それで、ここまで来てくれる金持ちなんて滅多にいないから、俺たちは商品を金持ちの家まで持って行って売りさばいている。だが見ての通り、こんな顔をしているから屋敷にすら入れてもらえないことが多い」
こんな顔、と言いながらイーディーは自分とルドのことを指さす。そう言われても、私にはイケメンにしか見えないんだけど……とりあえず曖昧にうなずいておく。
「商品自体は質がいいんだ。だけど商人ギルドにも加盟していない、こんな不細工な男が売りさばいている品じゃあなかなか……ようやく屋敷に入れてもらえても買いたたかれることもザラだ」
「そんな……」
「そこで、ニーナ。あんただ」
イーディーは少し大きな声を出すと、ずいと私の方へと身を乗り出した。
「難しいことはしなくていい。俺たちの代わりに屋敷の扉を叩いてくれ。屋敷に入れたら、商品の説明は俺がする。それで売れそうな商品があったらニーナが付けて見せてくれれば、きっとどんな奥様も欲しくなる」
扉を開けることと……あと私が付けて見せるって、つまりマネキンってこと?
「それだけでいいんですか? 私、売り込みとかできないかもしれませんよ?」
「ああ。売れなくても給料は出すし、思った以上に売れたらその分報酬も出す」
イーディーはこくこくと力強く頷くと熱意のこもった瞳でこちらを見つめてきた。
どうしよう。後で「役に立たなかった」と言われるかも。そんな考えがちらりと頭をかすめるけど……でも他に行き場所もない。それに今まで、こんなに熱心に一緒に働きたいと言われたこともない。
ほんの少し不安も感じるけれど、他に選べる道もない。腹をくくるしかないのかしら。そう思って私は恐る恐るだけれど頷いた。
「それじゃあ……お願いします」
「良かった! よろしくな、ニーナ!」
差し出された手を握り返す。そうして私の異世界生活が始まったのだった。
ついになる質素なテーブルの上には、温かく湯気を立てる薄緑色の飲み物。濃い緑茶のような色だけど匂いは甘ったるい。恐る恐る口にすると、喉の渇きを思い出して一気に飲み干してしまった。おいしい。
「……なるほど、田舎から出てきたらアルバート様にねぇ。大変だったねぇ」
私の前で頬に手を当てて憐れんだような声を出したのは、店主のイーディーさんの奥さんだ。私よりも少し年上くらいだろうか。豊かな巻き毛の茶髪に高い鼻。目元だけはややすっきりとした切れ長ももので美人だと思うけど……こちらの感覚だとどうなんだろう。
「まぁあんたの容姿ならそうなるだろうな」
「そうねぇ。これだけ美人さんですもの。どんな大富豪からだって求婚されちゃうわ」
「いや、そんなことは……」
ほぅ、とこちらの顔を見て感嘆のため息のようなものを吐かれ、なんだかお尻がもぞもぞしてしまう。だいたいこんな美男美女に囲まれていること自体が私には居心地悪いことこの上ない。なのにさらにその中で美人扱いだなんて。引きつった笑顔しか返せなくて顔を痙攣させていると、隣で黙って聞いていたルドが口を開いた。
「ニーナはとても謙虚なんだ」
いやいや。謙虚ではない。ただ適応できていないだけです。首を横に振るけど、それにも生暖かい視線を向けられた。
「ニーナを見ていた俺を、アルバート様が𠮟責したんだ。だけど気にしないと庇ってくれた。……まるで女神のようだった」
「めが……!? いやいや、本当に全然大したことはしてないです!」
待って。女神って、それはいくら何でも恥ずかしすぎる。慌ててルドの口を抑えようとルドはうっとりとしていて、心ここにあらずというった顔をしている。やめてよ。本当に困ってしまう。
ひぃひぃ言いながら顔を赤くしている私を見て、イーディーさんがゆっくりと口を開いた。
「なの、その……ニーナは行くところがないんだっけ?」
「あ、はい。その……知り合いと会う予定だったんですけど、……その、難しそうで」
「それだったら、俺たちの商品の販売をしてくれないか? その代わりに住む場所も給料も用意する」
「というと、宝石の販売ですか? 私、販売の経験も宝石の知識も全然ないんですが……」
販売。彼の言葉を聞いて、私はぴたりと動きを止めた。
今までの人生、陰気で地味なのでサービス業には絶対に向いていないと確信していた。だから事務員を選んだんだし、なんならアパレルとかの販売員は店員さんでも苦手だ。しかも、食べ物とかの販売ならまだしも宝石。
今夜の宿すら困っていたから有難い申し出だけど不安になる。
するとイーディーさんは「大丈夫だ」とにやりと笑った。
「この街には商人ギルドがある。そこに入るには多額の入会金がいるんだが、俺たちはそれが用意できていない。だからこんな奥まったところにしか店を構えられないんだ」
「商人ギルド……ですか?」
「ああ。それで、ここまで来てくれる金持ちなんて滅多にいないから、俺たちは商品を金持ちの家まで持って行って売りさばいている。だが見ての通り、こんな顔をしているから屋敷にすら入れてもらえないことが多い」
こんな顔、と言いながらイーディーは自分とルドのことを指さす。そう言われても、私にはイケメンにしか見えないんだけど……とりあえず曖昧にうなずいておく。
「商品自体は質がいいんだ。だけど商人ギルドにも加盟していない、こんな不細工な男が売りさばいている品じゃあなかなか……ようやく屋敷に入れてもらえても買いたたかれることもザラだ」
「そんな……」
「そこで、ニーナ。あんただ」
イーディーは少し大きな声を出すと、ずいと私の方へと身を乗り出した。
「難しいことはしなくていい。俺たちの代わりに屋敷の扉を叩いてくれ。屋敷に入れたら、商品の説明は俺がする。それで売れそうな商品があったらニーナが付けて見せてくれれば、きっとどんな奥様も欲しくなる」
扉を開けることと……あと私が付けて見せるって、つまりマネキンってこと?
「それだけでいいんですか? 私、売り込みとかできないかもしれませんよ?」
「ああ。売れなくても給料は出すし、思った以上に売れたらその分報酬も出す」
イーディーはこくこくと力強く頷くと熱意のこもった瞳でこちらを見つめてきた。
どうしよう。後で「役に立たなかった」と言われるかも。そんな考えがちらりと頭をかすめるけど……でも他に行き場所もない。それに今まで、こんなに熱心に一緒に働きたいと言われたこともない。
ほんの少し不安も感じるけれど、他に選べる道もない。腹をくくるしかないのかしら。そう思って私は恐る恐るだけれど頷いた。
「それじゃあ……お願いします」
「良かった! よろしくな、ニーナ!」
差し出された手を握り返す。そうして私の異世界生活が始まったのだった。
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