【美醜逆転】助けた奴隷は獣人の王子でした

のらすて

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異世界で奴隷を買いました

4. 大都市アクラガート

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「ここが……アクラガート、ですよね」
「ああ。この地方だと一番の大都市だよ」

 馬に乗ったままきょろきょろと辺りを見渡すと、たしかに大都市の名前に恥じない活気があった。街への入り口は塀に囲われ、そこに入る入口には衛兵らしき鎧を着た男が立っていた。今まで通り抜けてきた道は街の外側の外側、ほとんど街の外のような扱いらしい。その門を通り抜けると、塀に守られているとは思えないほど広々とした街並みが広がっていた。

 アルバートはどうやらこの街の大きな商家の息子らしく、あちこちで声を掛けられている。さらに彼のおかげで門をくぐる時にともにいる私が誰何されることはなかった。良かった。なにしろ私には身分証が一切ないのだ。
 それどころか街の名前一つ知らないのだから、もし怪しいと思われて引っ立てられたら、弁明のしようもない。
 衛兵が持っていた長く尖った槍を思い出すとお腹の奥がひやりと冷える。ここはちゃんとした司法制度はあるのかしら? あんまり期待できなさそうな感じがする。まさか怪しいから即死刑、なんてないと思うけど……!

 なんにせよ捕まらないように細心の注意を払うのが一番。そのためにはできるだけ目立たず、喋らず、人と関わらず……。と思っていたら、私の後で馬に跨っていたアルバートが急に大声を発した。

「おい、そこの不細工! 美人だからってあんまり彼女を見るんじゃない! 彼女が怯えるだろう!」
「は? え、私?」

 不細工と言われてとっさに私のことかと飛び上がってしまう。だがアルバートの視線を辿ると、どうやら道端に立っていた筋骨隆々の青年のことを指しているようだった。

「も、申し訳ありません!」

 青年は細い声で謝ると、その場に膝を付いて頭を下げる。

「自分の容姿をわきまえろ! 汚い視線で見つめられて、彼女が汚れたらどうするんだ!」

 アルバートは訳の分からないことを言いながら、憤懣やるせないとでも言いたげにその青白い頬を赤く染めている。そしてしきりに「彼女」と言いながら私の肩を抱いてくるのだが……やめてほしい。
 
 だって目の前にうずくまっているのは、どう見てもイケメンなのだ。日に焼けた肌にくっきりとした目鼻立ち。座っているとは言え体格が良いのが見て取れるし、どう考えても私なんかをジロジロ見ることはないだろう。それにこんな地味女が「あの男に見られた!」なんて騒ぐのは恥ずかしすぎる。自意識過剰だ。

「い、いやいや、アルバートさん。私のことですか? 別に私なんて見てないですよ、ね?」
「……申し訳ありません。見て……おりました」
 
 え? 見てたの?
 アルバートが身分が高いとかで反論できないのかと、うずくまる青年に聞いてみると予想外の答えが返ってきてしまった。
 
「あ~、えっと、珍しいから、とかですかね。気にしないので大丈夫ですけど、その」

 こんな地味な女なんで見てたんだろう。確かに洋風な顔立ちの人ばかりの街で、一人だけ純日本人かつ平坦な見た目で、違和感があったとか? 首を捻りながらそう呟くけど、なぜか美形な青年は恥じ入ったように顔を赤くして俯いてしまった。日に焼けているのに、耳まで赤いのが分かるくらい。いやいや、なんでそんな王子様に声を掛けられた乙女みたいな反応なの。むしろこっちの方が、美形に話しかけて緊張してるっていうのに。
 なんとフォローしていいのか分からなくなってあたふたしていると、私の後のアルバートがふんと鼻を鳴らした。

「ほら、見ていただろう! それにしてもニーナは美しいのに危機感が足りなすぎる。世の中にはあの男のように醜い顔をして卑劣なことを考える男がうじゃうじゃいるんだから、あまり優しくしては危険だよ!」

 はーやれやれと言わんばかりのアルバート。彼……いやもうこいつと呼んでいいかもしれない。こいつのさっきからの酷い言動に、私はじわじわと腹の奥から怒りがわいてくるのを感じた。

「すみません。助けて頂いた身で生意気ですが、その言い方は失礼です」
「ニーナ、失礼って……彼はあんな顔だよ?」
「顔立ちは関係ないでしょう。人にそんな物言いをしたらいけないと思います」

 首を捻ってアルバートの方を向き、彼の薄い顔を見つめる。

 だって許せないのだ。
 私も散々容姿で馬鹿にされてきた嫌な記憶がよみがえる。その嫌な振る舞いを、親しくないとはいえ知人のアルバートがしていることが許せなかった。アルバートだってモブな地味顔なんだから容姿をあげつらわれる気分の悪さは分かるだろうに、なんであんな酷いことが言えるんだろう。
 これでこいつが怒って、ここで放り出されるならそれまでだわ。

「ニ、ニーナ……」

 アルバートは私がそう言うなんて思いもよらなかったのか、口をぱくぱくさせている。こいつからの謝罪は望めなさそうと諦めて、私はぽかんとした顔をしている美形の青年へと視線を向けた。

「ごめんなさい」

 調子に乗ってあれこれ言ったけど、余計なお世話だったかもしれない。不細工なんかに庇われたくなかったかな。
 ちょっと心配だったけどごめんなさいと言う以上の謝罪は思いつかず、私はまだ呆けているアルバートに小声で耳打ちした。

「アルバート、行きましょう。あなたが大声出すから人が集まってきちゃったし」
「あ、ああ……」
「あとね、羨んでもしょうがないこともあるのよ」

 アルバートの暴言はきっと美形を恨んでのことじゃないかしら。金持ちに生まれて、それで身分の低そうな人が美形だったから面白くなかったのかも。勝手にそう結論付けた私は、聞こえるか聞こえないか程度の声でそう彼に囁いた。

 それにしても……。

 おかしい。なにかがおかしい。こんな不細工陰キャがぴったりの地味顔の男が自信満々で、先ほどの筋骨隆々な美青年はまるで人目を避けるように顔を隠している。一体なんで? 金持ちだから、だけでは説明できないことが横たわっているようで、どうにも気持ち悪い。

 私はなんだか大きなことを見逃しているのかしら。どうにも釈然としないまま、馬が進むままにその背に揺られていた。

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