賢者と弟子

1000

文字の大きさ
上 下
1 / 1

賢者と弟子

しおりを挟む
ある賢者が言った。
「人生は楽しむものだ」と
その弟子は、こう答えた。
「今、とても苦しいです……」

賢者はいつも笑顔をたやさなかった。
どんなことにも楽しみを見出し、どんなことをも理解しようとした。
それが出来るのは賢者だからなのか、それとも大人になればわかるようになるのか、ただ幸運だからなのか。
弟子は知ろうとしたけど、すぐに諦めてしまった。

そして弟子は、賢者をうらやんだ。
「賢者様だけズルいです。僕にも教えて下さい! 僕をこの苦しみから救って下さい……! 幸せになりたい!」

賢者は少し眉を寄せて、そのあと優しく微笑んだ。
「お前にもわかるように言ってあげよう。私は私の人生を楽しいとは言っていない。人生は楽しむものだと言っているのだ」

弟子は、そんな賢者を見上げた。
賢者は自分の半分くらいの小さな背の弟子の頭をそっと撫でた。
「楽しいことと、楽しむことは違うんだよ。生きるということは、そういうことだ」
「……え? 賢者様……?」

ふたりは暗くなった森で、たき火をしていたが、賢者は弟子に寝袋を指さして言った。
「私が火を見ているよ。お前は眠るといい」

その時、弟子は浮かべた。

いつも、なにかを与えようとしてくれる賢者。
獣を探し、その狩り方を教えてくれる。
寒いと言えば、「こうすればお互いにあたたかいだろう」と、手を握り、歩いてくれる。
怪我をすれば治してくれる賢者。
あたたかい食事、あたたかな火、眠ることなく火を見続ける時間、賢者は何を考えているのだろうと。

そのひとつひとつに、幸せが眠っているのではないだろうかと。

「弟子よ。どうした?」
「……賢者様は、どうしていつもこんな僕に優しいのですか?」

賢者はいいやと、首をゆっくり左右に振った。

「両親に捨てられ、石を投げられ続けてきたお前に、人を信じろと言うのは酷だ。苦しみと言うのは、ずっと胸に残るもの。それを私は取り払ってやれない」
「……でも」
「だが、私にも出来ることはある」
「どんなことですか……?」

「それは、お前を信じてやることだ。お前自身が幸せだと感じられなければ、どんなに私が楽しもうとも、それは他人事だからな。お前が感じるんだ。お前が思う、幸せを見つけるんだ」

何も言えなくなった弟子を、見つめる賢者の瞳は真っ直ぐで優しかった。

「いつかわかる時が来ますか?」
「……そういうものは、失くしてから気づくことが多かった。だが、失くした後も人生は続くもんだ。だから、人生を楽しむといい。世界はひとりではないのだから」

その翌朝、寝袋から出た弟子は驚愕した。
どこを探しても賢者がおらず、たき火の火も消えていて、煙があがっていたからだ。

「賢者様……!」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

アビーの落とし穴

夢咲まゆ
ファンタジー
 二十二歳の青年ジェームズは、敬愛する魔法使い・リデルの側で日々家事や育児に奮闘していた。  俺も師匠のような魔法使いになりたい――  そう思い、何度も弟子入りを志願しているものの、リデルはいつも「やめた方がいい」と言って取り合わない。  一方、五歳になったアビーはいたずら盛り。家の中に魔法で落とし穴ばかり作って、ジェームズを困らせていた。  そんなある日、リデルは大事な魔導書を置いてふもとの村に出掛けてしまうのだが……。

黒炎の魔女ってちょっと痛くないですか?

暁月りあ
ファンタジー
少し魔法が使えて、薬学の知識もそれなり。周囲からの評価はそうなっているはずだ。それにも関わらず「魔女さま、今日はこちらの野菜がお安いですよ!」「魔女さま、腰の薬が切れてしまってのぉ」街に行くと気安くそう声をかけられてしまう。「ちょっとまって。魔女って呼ぶのはやめて!」年頃の病だと思われる通り名を消したいリリムと、本人の意思とはかかわらずに周囲は彼女に感謝して敬称は変わらない。そんな日々を送る彼女の元に、一件の依頼が舞い込む──。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或
恋愛
「どちらかが“過ち”を犯した場合、相手の伴侶に“人”を損なう程の神の『呪い』が下されよう――」 ファローダ王国の国王と王妃が事故で急逝し、急遽王太子であるリオーシュが王に即位する事となった。 まだ齢二十三の王を支える存在として早急に王妃を決める事となり、リオーシュは同い年のシルヴィス侯爵家の長女、エウロペアを指名する。 彼女はそれを承諾し、二人は若き王と王妃として助け合って支え合い、少しずつ絆を育んでいった。 そんなある日、エウロペアの妹のカトレーダが頻繁にリオーシュに会いに来るようになった。 仲睦まじい二人を遠目に眺め、心を痛めるエウロペア。 そして彼女は、リオーシュがカトレーダの肩を抱いて自分の部屋に入る姿を目撃してしまう。 神の『呪い』が発動し、エウロペアの中から、五感が、感情が、思考が次々と失われていく。 そして彼女は、動かぬ、物言わぬ“人形”となった―― ※視点の切り替わりがあります。タイトルの後ろに◇は、??視点です。 ※Rシーンがあるお話はタイトルの後ろに*を付けています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...