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世界一おいしい黒猫のごはん

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人間界の海の底:キャットシーには、世界一おいしい、ごはん屋さんがあります。
そこの店主は黒猫ですが、鏡に姿が映らない為、断固として人間だと信じ込んでいます。
「どこが、世界一だよ。アンタは猫だし、猫が好きそうな味じゃないか」
「それは、あなたの意見です。あそこに、ほら人間の女の子がいるだろう?」
「それが……?」
「いつもニコニコ笑って食べているじゃないか」

確かに、カウンターの端に座る女の子は、おいしそうに頬張っています。
その笑顔は、自分の味覚がおかしいと思うほどです。

「クロさん、今日もごちそうさま! クロさんのごはん、今日もおいしかったよ! ありがとう!」
「りりちゃん、いつもありがとう! クロは、りりちゃんのお陰で、今日も生きていける」
「……」
「だって、おいしいんだもん! クロさんの愛情がいっぱいなんだもん!」

ふたりのやり取りを見ていた青年は絶句し、しまいには、「オレがおかしいのかなぁ?」と呟き、帰っていきました。

「りりちゃんは、いつも、ごはん一粒も残さずに食べて、おいしいって言ってくれる。僕の神様だよ」
「それは違うよ?」
「どうして?」
「だって、りりは人間だもん」

りりはクロに、「明日も来るね!」と手を振り、お店を出ていきました。

残されたクロは、食べ終わったお皿をかたずけようとして、お皿の下に置かれていた紙に気づきます。
そこには、不器用な字で、こう書かれてありました。

(クロさん、ごめんなさい)

クロは不安になりました。
もしかして、りりがずっと嘘をついていたのではないかと。
おいしくなくて、もう来ないのではないかと。

その七日後、誰もいないお店のカウンターの端には、クロが座っていました。
その背中は曲がり、とても淋しそうです。

「クロさんですか?」

その背中に声をかけたのは、りりによく似た、大人の女性でした。
「あなたは?」

「りりの母:りこです。りりに優しくしていただいたようで、ご挨拶に」
「……? ご挨拶?」

りこに案内されるがまま、海のらせん階段を上がり地上へ。
そこから黒い車に乗り、クロが案内されたのは病院でした。

クロはベッドの上のりりを見下ろし震えました。

「僕のせい?」
「……いいえ、違います」
クロの言葉を否定したのは、りこでした。

「だったら!」

クロは思いました。
もしかしたら自分は猫で、人間が食べられないものを提供し続けていたのではと。

「りりには味覚がないのです」
「え?」

世界一おいしい、ごはん屋さん。
それを真実にしてくれたのは、りりでした。

りりがおいしいって、ありがとうって言うから、首を傾げる人はいても、否定し続ける人はいなかったのです。

「……ごめん」
クロのかすれ声に、りこは首を振りました。
「謝らないでください。りりが最期に、なんて言ったかわかりますか?」
「……」

「りこ、クロさんに会いたい……。そう言ったんです」

クロは、もう笑うことのない、りりの顔を見て、震える手で、そっと、りりの手を握りました。

「ありがとう。クロさんのごはんは世界一ですよ」
りりの口で、もう聞くことのできないそれを、りこが言って、「ありがとう」と顔を上げれば、そこには精一杯笑おうとする、りこの悲しみがありました。

お店に戻ったクロは、自分の作った、ごはんをおいしいと言ってくれる人が、もういないことに呆然としました。

「りりちゃん……」

その半年後に、クロはお店を閉じました。

そして、翌年のりりの命日……。

1日だけと、クロはお店を開けました。
そこに訪れたのは、りこでした。
「一度、食べてみたかったので嬉しいです」
りこに出されたメニューは、りりのお気に入りの猫型のオムライスです。

「あら!」
「?」
「これ、おいしいじゃない!」
「え……?」

てっきり、顔をしかめられる覚悟をしていました。
「おいしいです! 嘘じゃないわ。ほんとに」

クロはそれがお世辞なのか本当なのかわからず、ただ首を傾げました。

「りりが言ってたんです」
「なんて?」

「余命を知り、病院を飛び出し、お金も尽きて、お腹が空いて、倒れて。その時、介抱してくれたクロさんが、りりの為に作ってくれた、ぬくもりのあるごはん」
「……」

「クロさんがくれた命を、クロさんに返したいって」

だから、おいしいって言ったのかもしれない。
りりのおいしいは、お世辞だったのかもしれない。
それでも、とクロは思う。

「僕は、りりちゃんと出会って変わりました」
「りりを元気づけようとして、りりだけのごはんを作り続けていたんでしょう?」
「……元気になったら行ってしまうとわかっていても、りりちゃんの笑顔に救われたから」
「りりは、それが嬉しかったのよ。ありがとう」

りこが去ってゆく後ろ姿を見て、クロは深々と頭を下げました。

『りりは、クロさんが大好き』
幻聴でしょうか? りりの声が後ろから聞こえた気がしました。

「りりちゃん?」
振り返れば、そこにクラゲのように透明で宙に浮いている、りりがいました。

『りり、伝えたいことがあったの』
「!」
『クロさんのごはんがおいしかったのは、私がクロさんのこと大好きな証だね!』
「え……?」

えへへって笑うと、『また、おいしいごはん作ってね!』って笑って、りりが消えます。
「また始めるよ。いつか君に届くまで」

end
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みんなの感想(1件)

黒猫乃おトメ

めっちゃ、良かったです!!じんわり、ほっこり、心が温かくなりました。久しぶりに何か作ろうかなぁ(´・ω・`)

1000
2022.12.01 1000

ヽ(`▽´)/♪
作るのって楽しいし、伝わることって嬉しいですよね!

ありがとー!

解除

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