ナノカの魔法使い

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ナノカの魔法使い

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ぼくはどんな願いも
7日だけ叶えられる。

神さまだと言う人もいれば、
悪魔だと思う人もいる。

だけど、そんなぼくにだって、
ちゃんとした名前があるんだ。

ナノカ。
それが、ぼくの名前。
誰かがつけてくれた。
でも誰かわからない。

生まれながらにつけていて外せない
仮面の意味もわからない……。

「きっみーきっみー、すっきすっきすー♪」
「キミズキは、その歌が大好きだね」
「もっちろーん♪ ナノカさまに
つけていただいたのでー♪」

ぼくには森散策につきあってくれる
黒猫のキミズキとの記憶がない。

だけど、となりにいるのが
キミズキだとわかる。

そして、キミズキだとわかると、
なぜか切なくて……。
切ないはずなのに、
ほっとするんだ。

「ナノカさま、だっこー!」
すぐ歩き疲れてしまうキミズキを
抱っこすると、そのぬくもりに、
じんとしてしまう。

「うるうるおめめのナノカさま~」
「……ぼくは泣いてなど」
「泣いてはいません。でも、うるうる」
「君が悪いんだ」

キミズキのぬくもりが、
ぼくの中のなにかに触れた。

「そんなんじゃ、7日もたないですよー」
「7日?」
「……そう、7日」
「どういう意味……?」

キミズキをじっと見ると、
「今回も駄目かなー」と残念そう。
「何が駄目?」
「……ぜんぶですよ」

それ以上の会話はなかった。

いつのまにか目を閉じて
体をゆだねてくるキミズキの頬に、
ぼくは自分の頬をすり寄せて、
意味もわからずに震えた。

「ナノカ様! ナノカ様」
気づけば、またキミズキと森を歩いている。
「なに? キミズキ」
「ナノカ様、時間には限りがあるんですよ!」

「……どういう意味?」

「今日は2日目なんだから、
もっと、ちゃんと遊んでくださいよー!」

次のシーンは、泉の前から始まった。
「お魚、捕まえてくるんで! 火の準備を!」

ぼくはキミズキに言われた通り、
枯れた木を集めてきて、
泉のそばに置くと、魔法で火をつけた。
泉の中から、ひょこっとキミズキが顔を出す。

「ナノカ様、大量!」
「キミズキ、すご!」
褒めてやると、にこっと笑い、
ダッシュして、ぴょーんと飛びついてくる。

「愛してまー---す!」

「な、なにをいきなり……!」
「人生には限りがあるんですよ。
言わなかったら、永遠にはならないんです」
ぼくにはキミズキの言葉の意味がわからない。

「どういうこと?」
「3日目も駄目でしたか。では、また明日」

4日目は、キミズキを抱いて走っていた。
「ぼくらは、どこを目指して……」
そう問うと、キミズキはくしゃっと
顔をゆがめた。

「ナノカ様、あんなに本気だったのに、
わたくしを忘れてしまうんですか?」
キミズキは哀しそうだ。
抱きしめたら、壊れそうだった。

「忘れたくない……!」
「わたくしだって、忘れられたくないです」
「なのに」
「……なのに?」

近づきたい気持ちと逃げてしまいたい思い。

「胸が苦しくて……おそろしい」

キミズキは「そうですね」って、
哀し気に笑った。

「4日目は終わりですね。それでは、また明日」

5日目、また歩いていた。
だけど、今日は隣にキミズキがいない。

いつもとなりにいて、いつも哀しそうで、
いつも、いつも、いつも、いつも……!

キミズキが見つからないまま、6日目になった。
そして、6日目も終わり、7日目が始まる。

浮かんだのは、森の中……。

目の前に倒れている長い黒髪の少女は、
両目が傷つき、ふせられたまま。
少女は魔女の証である黒いマントをつけていた。
身動きのとれないまま、こう、つぶやいた。

「わたくしは……魔女になんて
生まれたくなかった……。
だけど……今日だけは」

スウッと透明になっていく魔女。
右手に短剣をもち、ふるえるぼく。

ぼくたちを囲む、
おぼろげにしか見えない人たち。

「大好きなナノカ様の力で、
消えられるんですもの」

「ぼくは君を好きにはなれない」
「いいの」
「ぼくに好かれるために、君は、
世界中の女性を……」

世界でひとりだけの少女になった
君の望みをぼくは叶えられない。

「ぼくは君を好きになんてならない!」

魔女が完全に消えて見えなくなると、
そこには魔女の証である黒いマントだけが残った。

魔女がずっと好きだと言い続けてくれたことが、
ぐるぐる頭の中でよみがえっては消えた。

魔女は一途に、ずっと愛してくれた。

「帰りましょう。ナノカ様」
おぼろげな誰かが、ぼくに言った。

「君を……好きになんて」
「ナノカ様?」
「誰も好きになんて……」
「え? ちょ、なに……!?」

ぼくは短剣を、おぼろげな人たちに向けた。

「お前たちが、魔女を殺せって言うから!」

歯車のひとつが壊れたような音がした。

「うわぁああ! 王子が!」
「助け! ナノカ様!」
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!」
「みんな、ぼくと……! ぼくの気持ちなんて!」

王子のぼくに、叶えられない願いなんてなかった。
だけど、大きすぎる力をおそれたぼくは、
7日というルールを作り、
民の願いを叶え続けた。

魔女だけが、ぼくに願わなかった。
それが不思議な力をもつからでもよかった。
魔女だけは、自分のもつ精一杯で、
ぼくを愛し続けてくれたから。

なのに、魔女をぼくは……。
魔女を殺せる短剣で、ぼくは……。

「君が好きだって……」
まだ言ってないのに。

君がずっと……。
「君がずっと好きなのに」

パリンッと割れる音がして、
ぼくはすべてを忘れた。

目が覚めた時、ぼくは森に倒れていた。
その体の上には、黒いマント……。

そして、
「みゃーん」

黒猫が、ぼくの頬をなめていた。

わけもわからずに、ぼくは、
ゆがんだ記憶をもって、
世界にひとりの王になって、
夢を見始めた。

「キミズキなんて……」
ハハッとぼくは笑った。
「君がずっと好きだったなんて……」
言えなかったから……。
「もう届かないよな?」
ごめん。

「誰でもいい。ぼくの願いを叶えてよ」

思い出せば、消えてしまう願いでも。
ぼくは。

「君が好きだよ」

パキパキッと音をたて、
ずっと、つけていた仮面が壊れた。

そして、ぼくは目を見開いた。

目の前に、黒いマントを身にまとった
両目に傷のある黒猫が座っている。

「あの日に聞きたかったけど、でも、
それが今でもいいのです」

体が少女に、魔女に変化していくキミズキ。

「キミズキ!」

抱きしめると、抱きしめ返してくれたキミズキは、
小さく笑った。

「例え世界にふたりきりでも、
ナノカ様となら、7日も超えていけます!」

その両目に、ぼくがつけた傷があった。
夢で傷ついていなかったように、
キミズキには、それを治す力があるらしい。
でも、それがあって、今があるのだと、
消したくないのだそうだ。

「もう王子じゃないけど、愛してくれる?」
「一度だって、ナノカ様に
力を求めたことがありますか?」
「……ないね」

ぼくは王子だった。
君は魔女だった。
ぼくはもう誰にも命令しない。
君は、これからは力を使わない。

「それが答えです」
end
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