くまのくま吉さん

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くまのくま吉さん

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 毎日、夜遅くに帰ってくる、お母さん。

 お仕事が大変だって知っているよ。
 いつもお疲れ様、ありがとう。
 
 お母さんが僕の三歳の誕生日にくれた「くまのくま吉さん」が、僕のお父さんなんだ。
 いつも傍にいてくれるんだよ。

 ひとりじゃないから大丈夫!
 心配させないように、ご飯も作れるようになったよ。
 えっへん!


 お母さんはどんなに忙しくても、朝、必ず起こしに来てくれる。
 遅くに帰ってきて、傍らのお布団で眠る時、眠ったふりをしている僕の頭を撫でてから眠る。
 
 時々、思うんだ。
 お母さんの助けになりたい。
 早く大人になりたい。
 お母さんの疲れた顔よりも笑顔が見たい。

 でも、困らせちゃうから言わない。
 言えない。


 明日の五歳の誕生日プレゼントはなんだろう。
 わくわくしながら、お布団に戻り、目を閉じた。
 
 時計の針が0時をさした時、突然ゴーンゴーンと鐘の音がした。
(え?)
 そんな音の鳴るおもちゃは家にはない。
 パチッとまぶたを開けると、僕の胸の上に「くまのくま吉さん」が立っていた。
『りょうくんは、いい子だクマ。ボクはそんなりょうくんに、神がつかわした「くまのくま吉さん」だクマ』


 突然のことに、何を言っているのかわからない。
(夢……?)

 それでも「くまのくま吉さん」には興味をいだく。
 もしかしたら、お母さんが僕にくれた高級版の「くまのくま吉さん」かもしれない。
(いつも抱いていてボロボロになったから、新しく買ってくれたのかな?)


「ねぇ、「くまのくま吉さん」は……」
『? なんだクマ?』
 首を傾げる「くまのくま吉さん」が可愛い。
 思わず、ほっこりしながら、「くまのくま吉さん」を胸に抱く。
「「くまのくま吉さん」は僕の新しい家族?」
『! そ、そうだクマ……』
 
 ビクッとした後、じっと僕を見上げる「くまのくま吉さん」に、(このおもちゃ、よく出来ているなぁ)って思う。
「じゃあ、お父さんだね」
『……そ、その呼び方は』
「嫌なの?」
『い……いい。むしろいいクマ』

「ところで、お父さんは、僕に何をしてくれるの?」
 いじわるな質問のような気もするけど、お母さんの働いているお金で買える代物とは思えない。
 だとすると、何か特別な、例えば、1日だけ借りたとかかもしれない。
 早めに役目を果たしてもらおうと思ったのだ。

『りょうくんがいつも無理して笑っているから、休んでいいんだよって言いにきたクマ』
「……」
『いい子じゃなくたって、ボクらは君を愛せるよって……言いたいクマ』
「それって……」

 あまりに高性能すぎて、僕は逆にこわくなってきてしまう。
(まさか盗んだもの?)
 でも、すぐに、お母さんはそんなことをする人じゃないと首を振る。

『どうしたクマ?』
 僕はどうしたらいいかわからなくなる。
「くまのくま吉さん」を、お布団の上に降ろした。

「ずっとはいれないよね?」
『そうだクマ』
「ずっといられないのに家族なの?」
『!』

 途端、しょんぼり沈んでしまう「くまのくま吉さん」に、僕はようやく気づく。
(おもちゃにしては、リアルすぎない?)

「お父さんは、いくらしたの?」
『?』
「高かったよね! だって、喋るんだもん」
『あっ!』

 どこかでお母さんが聞いているかもと思った僕は、わざと大きい声で言った。
 でも、お母さんが現れる気配はない。
 それどころか、「くまのくま吉さん」は、違う違うと首を横に振る。
『ボクはぬいぐるみに宿った魂で、売り物じゃないクマ』

 もし、それが本当だとするなら、その魂は誰のものなんだろう?
「……まさか、ほんとのお父さん?」
 すると、びくんっと「くまのくま吉さん」がはねる。
『ボ……ボクはけして……』
 急にわたわたと両手をばたつかせ、落ち着かなくなる「くまのくま吉さん」に、やっぱりと確信する。
「……ごめんなさい」
『違……っ』
「もし、あなたがお父さんなら、とても酷いことを言った気がします……」

 現実に思えないようなことだけど、お金で買ったものじゃないなら、きっと本当のお父さんなんだ。
「ずっと、お父さんは遠いところにいるよって言われていたんです。でも……」
『普通に喋ってクマ! ボクはお父さんじゃないクマよ!』
「……」
『信じるクマ!』


 お父さんなら、伝えたいことがあった。
 もしお母さんに頼まれたなら、お礼が言いたかった。

『りょうくんを傷つけるつもりはないクマよ』

 そもそも、ぬいぐるみの口が動いているのがおかしい。
 ぬいぐるみに、誰のものかわからない魂が、本当に宿ったのだろうか?
「神様がって、さっき言っていたけど」
『そうクマ! お母さんの仕事が忙しくても、遊んでもらえる時間がなくても、りょうくんはひとりでも、お料理を作ったり、洗濯したり、お掃除をしたり、いつも笑顔でいたり、立派に生きている。それが認められて、ボクは少しの間、宿ることを許されたクマ』

 じゃあ、「くまのくま吉さん」は一体、誰の魂なのだろう?
「どれくらい傍にいられるの?」
 ポリポリと頬をかいた「くまのくま吉さん」は、『三日』と答えた。

 高級版の「くまのくま吉さん」でも、お父さんの魂の入った「くまのくま吉さん」でも、それ以外のだれかでも、僕はいつもいい子になろうとして、頑張って生きてきたことを評価されたのは嬉しかった。
「来てくれて、ありがとう。三日間、よろしくね」
『了解したクマ!』
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